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043

ー/ー



「ねぇ、ちょっと話聞こえちゃったんだけど」
「あらっ、ヤマトさんじゃないですか」

 パンツスタイルのオフィスコーデでキメている大和兎である。知的で、ある種のちょっとした物憂さを感じさせる眼差しが数凪に向けられている。

「外で話しましょ?」
「う、うっす」

 半ば導かれるようにして、廊下に連れていかれた。

 隅の奥まった場所に着くと、周囲を確認したのち口を耳元に寄せてくる。

「ねぇ、私持ってるわよ。夕山四季のロッカーの鍵」
「えっ?! そうなんですか?」

 目を見開いた数凪の口元を、兎は人差し指でそっと押さえた。

「静かにね……紙魚さんに貸してもらったの。あの人合鍵持ってたみたいで」
「へえ~、信用されてたんですね」

 マネージャー業務をやっている中で、四季真希に頼まれて忘れ物を持っていくことなどあったのかもしれない。

「ええっと……ヤマトさんはなんで鍵を?」

 兎はにっこり笑った。

「あなたと同じ理由。ちょっと貸してたものがあってね。困ってたの。それはもう見つかったんだけど」

 兎はごく自然に、もう一度辺りに視線を回した。

「ねえ、紙魚さんに鍵を返す前に、あなたにも使わせてあげようか?」
「いいんですか?!」

 静かに。人差し指と親指で軽く唇を挟まれた。

「そのかわり秘密よ? 紙魚さんが合鍵持ってるってこと自体、人に知られていいことかどうかよくわからないし……」
「もちろんですよ。まかせといてください」

 一も二もなく数凪は、安っぽいロッカー鍵を受け取る。

『すげ~……こんなことってホントにあるんだな』

 数凪は突如己に訪れた天祐に感動していた。なんという僥倖であろうか。

『やっぱ感謝って必要なんだよな~。こういうことがあるからな~』

 上機嫌でエレベーターに乗って、三階に降り、ロッカールームに向かう。幸いなことに誰とも出会わなかった。

 鼻歌を唄いながらロッカー室へ向かう途中で、ふとついて来ている大和兎に気付いた。

「あれ? ヤマトさん、どうしたんですか?」
「どうって……ああ、別にスゥちゃんを信用してないわけじゃないんだけど、一応ね?」

 如才なさそうに目尻を下げる。〝ああ、ですよね〟と何でも無さそうに返事をし、
『う~ん、どうすりゃいいんだこれ』 
数凪にはちょっと持て余し気味のことを考えていた。

『〝やっぱいいっす〟とか言って断っても変だしな……別に傍にいたって良いっちゃ良いのかな?』

 貸していたものを取りにいくのだ、と言ってある以上、ロッカーから物を持っていくこと自体はおかしなことではない、はず。それに兎も同じ理由だと言っているのだから、大丈夫であろう……多分。

『まあ、なんかあったらその時考えればいいよな!』

 持前の楽天的資質を発揮する。

 ロッカールーム内にも、やはり誰もいない。中に入って扉を閉めると無機質な朝の静けさが強調され、街の雑踏が遠のくように感じられた。

 四季のロッカーの前に行き、鍵穴にもらった鍵を差し込む。シリンダーはほとんど抵抗なく回ってラッチの外れる音がした。

「開いたわね、良かった」

 ふう、と兎の一息つく音が聞こえてくる。

「えっ?」

「なんかこの前、鍵開いてたらしいのよね。用心して替えられてるかと思って」
「へえー」

 そういや沙希が開けたんだっけか、と考えつつ数凪はロッカーの戸を開いた。

 きれいに整頓されている。おそらく沙希が見た時のままであろう。

「どう? 見つかりそう?」
「ええ……まあ」

 数凪はあやふやな返事をしながら、ロッカー内部に目を走らせた。

『沙希……あいつ正確に覚えてやがんな』

 来るまでに、四季のロッカーの中のだいたいの見取り図を確認してきている。見取り図は佐神沙希の描いたもので、補足の説明も沙希にしてもらった。

 数凪は内心舌を巻いている。それほど沙希の描写は完璧に近いものだったのだ。

『あいつちゃらんぽらんに見えるけど、大したもんだ。……ええっと、海苔だっけか』

 知り合いの評価を改めながら、数凪はまず上部の網棚に載っている海苔の紙箱を手に取った。

 次はスケッチブックだ。レッスン室で使う上履きの下。さらにその薄青色の板の下……。 
 
 あった。確かにこれは隠しているようにも見える。

「なんだか変な組み合わせ……中は確認しなくていいの?」
「あ、だいじょぶです!」

 朗らかに応じ、数凪は急いで鍵を閉めた。

「そう。誰かに見られても面倒だから、さっさと行きましょうか」

 二人きりのエレベーターの中で、兎は鍵を受け取りつつ
「ね? くれぐれも誰にも言わないでね? 紙魚さんにも迷惑かかっちゃったら気の毒だから」
と、念を押してきた。

 数凪は〝わかってます!〟と頷きつつ、ここまでしつこく言われることに少々違和感を覚える。

 ただ、裏を返せば兎もこの時起こったことを人に知られたくないということで、それは数凪にとっても望むところなのだ。

『win‐winってやつか~』

 あまり気にしないことにする。

 ……一階で数凪と大和兎は手を振って別れた。


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「ねぇ、ちょっと話聞こえちゃったんだけど」
「あらっ、ヤマトさんじゃないですか」
 パンツスタイルのオフィスコーデでキメている大和兎である。知的で、ある種のちょっとした物憂さを感じさせる眼差しが数凪に向けられている。
「外で話しましょ?」
「う、うっす」
 半ば導かれるようにして、廊下に連れていかれた。
 隅の奥まった場所に着くと、周囲を確認したのち口を耳元に寄せてくる。
「ねぇ、私持ってるわよ。夕山四季のロッカーの鍵」
「えっ?! そうなんですか?」
 目を見開いた数凪の口元を、兎は人差し指でそっと押さえた。
「静かにね……紙魚さんに貸してもらったの。あの人合鍵持ってたみたいで」
「へえ~、信用されてたんですね」
 マネージャー業務をやっている中で、四季真希に頼まれて忘れ物を持っていくことなどあったのかもしれない。
「ええっと……ヤマトさんはなんで鍵を?」
 兎はにっこり笑った。
「あなたと同じ理由。ちょっと貸してたものがあってね。困ってたの。それはもう見つかったんだけど」
 兎はごく自然に、もう一度辺りに視線を回した。
「ねえ、紙魚さんに鍵を返す前に、あなたにも使わせてあげようか?」
「いいんですか?!」
 静かに。人差し指と親指で軽く唇を挟まれた。
「そのかわり秘密よ? 紙魚さんが合鍵持ってるってこと自体、人に知られていいことかどうかよくわからないし……」
「もちろんですよ。まかせといてください」
 一も二もなく数凪は、安っぽいロッカー鍵を受け取る。
『すげ~……こんなことってホントにあるんだな』
 数凪は突如己に訪れた天祐に感動していた。なんという僥倖であろうか。
『やっぱ感謝って必要なんだよな~。こういうことがあるからな~』
 上機嫌でエレベーターに乗って、三階に降り、ロッカールームに向かう。幸いなことに誰とも出会わなかった。
 鼻歌を唄いながらロッカー室へ向かう途中で、ふとついて来ている大和兎に気付いた。
「あれ? ヤマトさん、どうしたんですか?」
「どうって……ああ、別にスゥちゃんを信用してないわけじゃないんだけど、一応ね?」
 如才なさそうに目尻を下げる。〝ああ、ですよね〟と何でも無さそうに返事をし、
『う~ん、どうすりゃいいんだこれ』 
数凪にはちょっと持て余し気味のことを考えていた。
『〝やっぱいいっす〟とか言って断っても変だしな……別に傍にいたって良いっちゃ良いのかな?』
 貸していたものを取りにいくのだ、と言ってある以上、ロッカーから物を持っていくこと自体はおかしなことではない、はず。それに兎も同じ理由だと言っているのだから、大丈夫であろう……多分。
『まあ、なんかあったらその時考えればいいよな!』
 持前の楽天的資質を発揮する。
 ロッカールーム内にも、やはり誰もいない。中に入って扉を閉めると無機質な朝の静けさが強調され、街の雑踏が遠のくように感じられた。
 四季のロッカーの前に行き、鍵穴にもらった鍵を差し込む。シリンダーはほとんど抵抗なく回ってラッチの外れる音がした。
「開いたわね、良かった」
 ふう、と兎の一息つく音が聞こえてくる。
「えっ?」
「なんかこの前、鍵開いてたらしいのよね。用心して替えられてるかと思って」
「へえー」
 そういや沙希が開けたんだっけか、と考えつつ数凪はロッカーの戸を開いた。
 きれいに整頓されている。おそらく沙希が見た時のままであろう。
「どう? 見つかりそう?」
「ええ……まあ」
 数凪はあやふやな返事をしながら、ロッカー内部に目を走らせた。
『沙希……あいつ正確に覚えてやがんな』
 来るまでに、四季のロッカーの中のだいたいの見取り図を確認してきている。見取り図は佐神沙希の描いたもので、補足の説明も沙希にしてもらった。
 数凪は内心舌を巻いている。それほど沙希の描写は完璧に近いものだったのだ。
『あいつちゃらんぽらんに見えるけど、大したもんだ。……ええっと、海苔だっけか』
 知り合いの評価を改めながら、数凪はまず上部の網棚に載っている海苔の紙箱を手に取った。
 次はスケッチブックだ。レッスン室で使う上履きの下。さらにその薄青色の板の下……。 
 あった。確かにこれは隠しているようにも見える。
「なんだか変な組み合わせ……中は確認しなくていいの?」
「あ、だいじょぶです!」
 朗らかに応じ、数凪は急いで鍵を閉めた。
「そう。誰かに見られても面倒だから、さっさと行きましょうか」
 二人きりのエレベーターの中で、兎は鍵を受け取りつつ
「ね? くれぐれも誰にも言わないでね? 紙魚さんにも迷惑かかっちゃったら気の毒だから」
と、念を押してきた。
 数凪は〝わかってます!〟と頷きつつ、ここまでしつこく言われることに少々違和感を覚える。
 ただ、裏を返せば兎もこの時起こったことを人に知られたくないということで、それは数凪にとっても望むところなのだ。
『win‐winってやつか~』
 あまり気にしないことにする。
 ……一階で数凪と大和兎は手を振って別れた。