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 本土から離れた篭斎島国(ロンジャイトウコク)

 小さな島国ではあったが戦を知らない自然に恵まれた平和な国であった。

 しかし環栄帝国の皇帝である肖 德荣(シャオデロン)は、戦に必要な武器の生産や開発のため、本土から離れた篭斎島国を植民地にしようと考えていた。

 篭斎島国の皇帝、叶祖安(ヨウズアン)はそれを拒否すると両国の戦が始まる。

 美しかった島国は途端に硝煙を放ち焼け野原と化した。叶祖安は処刑され、叶祖安の美しい皇妃 凛朿(リンジー)は肖 德荣の側室として娶られた。

 そしてまだ幼かった娘の佳莉(シャーリー)は、他国の後宮に売られることとなった。


 しかし佳莉が牢馬車で輸送される道中、牢馬車が山賊に襲われたのだ。

「山賊だ!山賊が現れたぞ!!」

 真っ先に逃げようとした御者が背中を剣で切られ、同乗していた兵士たちも次々と刺殺された。

 山賊が馬や兵士たちの武器を奪う姿を怯えながらに牢の鉄格子から見守る佳莉。

 高い背丈に大きな身体。フードを頭に被る集団は毛皮のような手袋をしていた。

 違和感ばかりを覚える山賊の姿に、佳莉は恐怖で声を上げることも出来ない。

「おい、団長!この娘はどうする?小さすぎて腹の足しにもなんねーな。」

「捨て置けばいい。」

 二人の山賊から遠退くように牢の奥へと後退る佳莉。

 しかしそのうち一人の山賊が、佳莉をフードの中からじっと見つめると、剣を薙ぎ下ろし牢の鍵を壊した。

「団長?」

「気が変わった。こいつを連れ帰る。」

「はあ?!人間嫌いのあんたが何だってそんな、」

「いや、人間だからこそ利用出来るやもしれん。」

 佳莉の震える小さな身体が団長と呼ばれる山賊に抱かれると、佳莉はふとその心地よさに眠ってしまった。

「ハハッ、随分と肝の座ったガキだな。」

「面白い。」

 団長が佳莉の身体を包むように抱え優しく口角を上げる。

「おいおい、まさか人間相手に情が移っちまったわけじゃねえよな?」

「⋯⋯」

 佳莉は団長の身体の温かさに寝息を立てるのであった。

 その山賊らは人ではない。獣人と呼ばれる種族だった。獣人とは獣が人間を真似て進化したもの。

 団長と呼ばれる男がフードを取ると、中からは白い毛を纏った狐の顔が現れた。二足歩行の獣の姿をした彼の名は白狐(ビャオフ)。赤い目に赤い髭を生やした彼は、その山賊の中で主導者の役割を担っていた。

 仲間には黒い狼や灰色の豹、金色の馬など様々な獣がいたが、美しい毛並みに優れた頭脳を持ち合わせた白狐に、皆一番の信頼を寄せていた。

 獣人はその見た目から人権が与えられていなかったため、独自に集落や村を作るもの、中には人間に仕え生活しているものもいたが、白狐らは山賊として生きていた。


 大木にかかげられた見張り用の小屋。その周りに張り巡らされた侵入者を防ぐための罠。そのさらに奥に、獣人らのアジトである洞窟があった。


「あ、あなたは誰なの? 人間じゃ、ないの⋯⋯?」

 葉を継ぎ合わせて作られた布団から上体を起こし、瑠璃色の長い髪を頬に張り付けたまま、瑠璃色の目を丸くする佳莉。

 彼女は初めて目にする彼らの姿に、恐怖よりも関心を寄せた。

「ああ我らは獣人だ。
人の子よ、我らと共に肖 德荣(シャオデロン)に復讐しようではないか。」

「復讐?」

「父親を殺され生き残った民は奴隷のように働かされている。お前も他国に売られる身だった。しかしお前の母である皇妃は、運良く肖の側室として見初められたのだ。」

「お、お母様は、生きてるの?!」

「ああ、肖に復讐し、凛朿皇妃を奪還しようではないか!」


 白狐の言葉に佳莉は生きる希望を見出だせた。

 彼ら獣人もまた、肖に恨みを持っていたのだった。

 そして白狐は佳莉を育て肉体作りの鍛練と武器の使い方を学ばせた。

 最初白狐意外の獣人らは、人間の、しかも女の子供に武術を学ばせるなど無理だと漏らしていた。

 そもそも獣人と人間では身体の作りが違う。教えようにも相当な手加減をしなければならない。

 それでも国を失った佳莉にとって、武術は生き延びる術になると積極的に学んだ。それに母親を奪還するためなら多少きつくても鍛練に励むことが出来た。

 佳莉は仲間に早く認めて貰えるようにと、蛙や蛇を捕まえたり、川の魚を素手で捕まえたり、皆の食料を少しでも多く手に入れようと努めた。

 流れの早い川の魚を素手で捕まえるのは人間の子供にとって至難の技。鍛練の合間に川に行って練習する姿を見て、白狐は佳莉に、魚の一歩先の動きを見極めることが重要だと助言した。

 最初は何一つこなせなかった課題が、ゆっくりと、少しずつではあるが日を追うごとにこなしていくことが出来た佳莉。力もスピードも獣人についていくのがやっとだったが、素直で懸命な彼女の姿に獣人たちは認めざるを得なかった。


 そして18歳になった佳莉は強く美しい女性に成長していた。


「佳莉右足が退けているぞ。もっと前に踏み込んで膝の力を使え!」

「はいっ! 団長!!」

「いいぞ! 爪先の動きが機敏になった!」

 佳莉は双剣を振るい稽古をつけて貰っている最中にも関わらず、白狐の褒め言葉に思わず頬を染めた。

 自分を助け、ここまで育ててくれた白狐に絶大な信頼を寄せると共に、恋心を芽生えさせていた佳莉。彼女にとって、彼が人間ではなく獣人という事実などどうでもよいことだった。

 佳莉の双剣が白狐の白い毛を舞わせた時、黒い狼の狼夜(ロンイエ)が慌てた様子で二人の元にやって来た。

「団長!! 皇妃が、凛朿皇妃が疫病で亡くなったらしい!」

「えっ?!」

「おい狼夜!佳莉の前だぞ!」

 佳莉の母である凛朿は肖 德荣の側室として囚われていたが、環栄帝国で疫病が流行り、疫病にかかると皆篭斎島国へと隔離された。そして叶妃は治療を施されることもなく息を引きとったのだ。

 佳莉は泣き崩れた。それから3日3晩、ろくに食べもせずただ泣き続けた。母を奪還するという目的が無くなり、佳莉は次第に気力を失っていった。


「佳莉、悔しいか。」

「⋯⋯」

「肖が憎いか。」

「⋯⋯」

「肖はお前の母を側室に入れておきながら病気になると隔離したのだ。我らは肖に恨みを持つ同志!我らと共に復讐しようではないか!」

 狭い部屋に白狐の言葉が掻き消された。

 部屋の隅でうずくまっていた佳莉は、泣き腫らした顔をゆっくりと上げると。

「団長たちは、何故そんなに肖を恨んでいるのですか。私にはもう、そんな復讐などという気力は、ありません。」

 佳莉は白狐に肖に恨みがあるとは聞かされていたがその内情までは聞かされていなかった。

「我ら獣人は昔、環栄帝国の騎士として肖に仕えていた。」

「え?」

「肖は領土を拡大するため、我らにいくつもの国を襲わせた。」

「⋯⋯」

「我らはこの世界では人として扱われない。生きていくためには肖に仕えるしかなかったのだ。」

「⋯⋯」

「だがある時、肖に脅威を感じた他国が、環栄帝国に戦を仕掛けた。肖は負けそうになると我らを悪者に仕立て上げ、他国に我らをつき出した。」

「そ、そんな⋯⋯」

「そのせいで仲間が何人も処刑された。」

 白狐は騎士団長として肖に仕えていたため、その名残で皆から団長と呼ばれていた。

 彼らは他国から逃亡し処刑を免れたが、獣人らは皆お尋ね者となり今では身を隠し山賊として生きる生活を余儀なくされているのだ。

 
 佳莉は正直、もう自分の復讐などどうでもよくなっていたが白狐の熱い復讐心には逆らうことが出来なかった。好きな人の役に立てるならばと再び復讐の道を歩むことを約束した。

 しかし佳莉には疑問があった。人間に騙され人間に仲間を処刑され、人間に恨みを持っているはずの白狐がなぜ自分をここまで育ててきたのか。

「肖はお前の母の容姿に惚れ込んで側室に入れた。お前なら肖の心を掴めるはずだ。」

「⋯⋯」

 "お前なら"。その言葉に、佳莉は自分は利用されているだけかもしれないと、どこかで感じ始めていた。


 それから数日後の夜、湯浴みを終えた佳莉は白狐の自室に呼ばれていた。

「佳莉、今日から武術に加え房中術(ぼうちゅうじゅつ)を学んでもらう。」

「ぼ、房中術?」

「肖をお前の身体で誘惑し、その隙をついて殺すのだ。」

「えっ? ゆ、誘惑?!」


 房中術とは男女の性行を意味するもの。肖を身体で誘惑するだけでなく、万が一捕まってしまった時、その欲に流されぬよう冷静を保つための技法を佳莉に身に付けさせようというものだった。

「ま、待って下さい団長! 私なんかでは到底誘惑なんて、」

「いや、お前の身体は私が育てたのだ。食事も鍛練も全て肖好みに育つよう与えてきた。」

「肖好みって⋯⋯」

 白狐に助けられ育てられてきた意味が今全てみえてしまった。

 自分はやはり復讐の材料でしかない。

 復讐を無事終えた後、自分はどうなってしまうのだろう。知らない国に奴隷として売られるのだろうか。それも見越した上で房中術を学ばせると言っているのだろうか?

 それなのに、白狐の思念を理解してしまった今でも彼を好きなのはなぜだろう。

 ここから逃げ出しても当てはないし、また兵士に捕まって他国の奴隷にされるよりはずっとマシなのかもしれない。

 それなら好きな人のために添い遂げるのが一番幸せなのだろう。

 佳莉は涙を見せまいと歯を喰い縛ると、白狐のいう房中術を学ぶことを受け入れた。

しかし、

「団長、わかりました、ですが私は団長からしか房中術を学びたくありません!」

「⋯⋯何、」

「皆優しい仲間ですが、こ、この身体は、一番信頼している団長にしか触れられたくありません!」

「私はお前のように若くもない。身体に傷も沢山ある。それでも良いのか?」

「そ、それがいいんです!」

 佳莉は顔を真っ赤にし条件を伝えた。

 もはや告白のようなものだったが、白狐は顔色一つ変えずにそれを受け入れたのだった。


 夜着を脱いだ佳莉の上に白い毛を纏う獣が覆い被さる。

「佳莉、辛いか? 辛かったらすぐに言うんだぞ。」

「は、はい、だ、だいじょぶですっ」

 武術を指南する時の白狐とはまるで違う。

 白狐は自身の長い爪を切り、佳莉の身体を撫でるように触るとゆっくり時間をかけ準備を施した。


「明日の鍛練は休みにする。ゆっくり休め、佳莉。」

 初めての行為を終え、佳莉は幸せの余韻に浸りながら眠りについた。温かい白狐の腕の中で。

 それから佳莉はたびたび白狐の自室で抱かれた。

 ただただ優しく白狐に身体を溶かされ唇を舐められて、愛されている錯覚にさえ陥る佳莉。自分に優しく触れる白狐がこんなにも愛しい。

 房中術を学ぶはずが、抱かれれば抱かれるほど益々好きになってしまう。


「だ、団長、まま待って、待ってくださ」

「何だ。」

「こ、これじゃあ私が団長に誘惑されてるみたいですっ!!」

「では私のを見て学べばいい。」

「あっ」

 白狐はそれからも佳莉を優しく抱き続けた。

肖への復讐の日が近づき、その計画が佳莉にも伝えられた。

 狼夜(ロウイエ)が木の板に小さなナイフでキズをつけ、紙とペンに見立てて説明していく。

「全ては佳莉がカギだ。一月後に宮廷の女官雇用試験が行われる。」


 環栄帝国の宮廷や後宮には約500人が暮らしており、戦好きの肖のこと、奇襲があっても宮廷を守れるようにと、宮廷の女官は兵士のように強い女を求めていた。

 他にも炊事、裁縫や針仕事、そして幹部や皇帝の夜伽。皇帝の夜伽までこぎ着けるには、運が良くとも三月の時間は要する。










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 本土から離れた|篭斎島国《ロンジャイトウコク》。
 小さな島国ではあったが戦を知らない自然に恵まれた平和な国であった。
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 篭斎島国の皇帝、|叶祖安《ヨウズアン》はそれを拒否すると両国の戦が始まる。
 美しかった島国は途端に硝煙を放ち焼け野原と化した。叶祖安は処刑され、叶祖安の美しい皇妃 |凛朿《リンジー》は肖 德荣の側室として娶られた。
 そしてまだ幼かった娘の|佳莉《シャーリー》は、他国の後宮に売られることとなった。
 しかし佳莉が牢馬車で輸送される道中、牢馬車が山賊に襲われたのだ。
「山賊だ!山賊が現れたぞ!!」
 真っ先に逃げようとした御者が背中を剣で切られ、同乗していた兵士たちも次々と刺殺された。
 山賊が馬や兵士たちの武器を奪う姿を怯えながらに牢の鉄格子から見守る佳莉。
 高い背丈に大きな身体。フードを頭に被る集団は毛皮のような手袋をしていた。
 違和感ばかりを覚える山賊の姿に、佳莉は恐怖で声を上げることも出来ない。
「おい、団長!この娘はどうする?小さすぎて腹の足しにもなんねーな。」
「捨て置けばいい。」
 二人の山賊から遠退くように牢の奥へと後退る佳莉。
 しかしそのうち一人の山賊が、佳莉をフードの中からじっと見つめると、剣を薙ぎ下ろし牢の鍵を壊した。
「団長?」
「気が変わった。こいつを連れ帰る。」
「はあ?!人間嫌いのあんたが何だってそんな、」
「いや、人間だからこそ利用出来るやもしれん。」
 佳莉の震える小さな身体が団長と呼ばれる山賊に抱かれると、佳莉はふとその心地よさに眠ってしまった。
「ハハッ、随分と肝の座ったガキだな。」
「面白い。」
 団長が佳莉の身体を包むように抱え優しく口角を上げる。
「おいおい、まさか人間相手に情が移っちまったわけじゃねえよな?」
「⋯⋯」
 佳莉は団長の身体の温かさに寝息を立てるのであった。
 その山賊らは人ではない。獣人と呼ばれる種族だった。獣人とは獣が人間を真似て進化したもの。
 団長と呼ばれる男がフードを取ると、中からは白い毛を纏った狐の顔が現れた。二足歩行の獣の姿をした彼の名は|白狐《ビャオフ》。赤い目に赤い髭を生やした彼は、その山賊の中で主導者の役割を担っていた。
 仲間には黒い狼や灰色の豹、金色の馬など様々な獣がいたが、美しい毛並みに優れた頭脳を持ち合わせた白狐に、皆一番の信頼を寄せていた。
 獣人はその見た目から人権が与えられていなかったため、独自に集落や村を作るもの、中には人間に仕え生活しているものもいたが、白狐らは山賊として生きていた。
 大木にかかげられた見張り用の小屋。その周りに張り巡らされた侵入者を防ぐための罠。そのさらに奥に、獣人らのアジトである洞窟があった。
「あ、あなたは誰なの? 人間じゃ、ないの⋯⋯?」
 葉を継ぎ合わせて作られた布団から上体を起こし、瑠璃色の長い髪を頬に張り付けたまま、瑠璃色の目を丸くする佳莉。
 彼女は初めて目にする彼らの姿に、恐怖よりも関心を寄せた。
「ああ我らは獣人だ。
人の子よ、我らと共に|肖 德荣《シャオデロン》に復讐しようではないか。」
「復讐?」
「父親を殺され生き残った民は奴隷のように働かされている。お前も他国に売られる身だった。しかしお前の母である皇妃は、運良く肖の側室として見初められたのだ。」
「お、お母様は、生きてるの?!」
「ああ、肖に復讐し、凛朿皇妃を奪還しようではないか!」
 白狐の言葉に佳莉は生きる希望を見出だせた。
 彼ら獣人もまた、肖に恨みを持っていたのだった。
 そして白狐は佳莉を育て肉体作りの鍛練と武器の使い方を学ばせた。
 最初白狐意外の獣人らは、人間の、しかも女の子供に武術を学ばせるなど無理だと漏らしていた。
 そもそも獣人と人間では身体の作りが違う。教えようにも相当な手加減をしなければならない。
 それでも国を失った佳莉にとって、武術は生き延びる術になると積極的に学んだ。それに母親を奪還するためなら多少きつくても鍛練に励むことが出来た。
 佳莉は仲間に早く認めて貰えるようにと、蛙や蛇を捕まえたり、川の魚を素手で捕まえたり、皆の食料を少しでも多く手に入れようと努めた。
 流れの早い川の魚を素手で捕まえるのは人間の子供にとって至難の技。鍛練の合間に川に行って練習する姿を見て、白狐は佳莉に、魚の一歩先の動きを見極めることが重要だと助言した。
 最初は何一つこなせなかった課題が、ゆっくりと、少しずつではあるが日を追うごとにこなしていくことが出来た佳莉。力もスピードも獣人についていくのがやっとだったが、素直で懸命な彼女の姿に獣人たちは認めざるを得なかった。
 そして18歳になった佳莉は強く美しい女性に成長していた。
「佳莉右足が退けているぞ。もっと前に踏み込んで膝の力を使え!」
「はいっ! 団長!!」
「いいぞ! 爪先の動きが機敏になった!」
 佳莉は双剣を振るい稽古をつけて貰っている最中にも関わらず、白狐の褒め言葉に思わず頬を染めた。
 自分を助け、ここまで育ててくれた白狐に絶大な信頼を寄せると共に、恋心を芽生えさせていた佳莉。彼女にとって、彼が人間ではなく獣人という事実などどうでもよいことだった。
 佳莉の双剣が白狐の白い毛を舞わせた時、黒い狼の|狼夜《ロンイエ》が慌てた様子で二人の元にやって来た。
「団長!! 皇妃が、凛朿皇妃が疫病で亡くなったらしい!」
「えっ?!」
「おい狼夜!佳莉の前だぞ!」
 佳莉の母である凛朿は肖 德荣の側室として囚われていたが、環栄帝国で疫病が流行り、疫病にかかると皆篭斎島国へと隔離された。そして叶妃は治療を施されることもなく息を引きとったのだ。
 佳莉は泣き崩れた。それから3日3晩、ろくに食べもせずただ泣き続けた。母を奪還するという目的が無くなり、佳莉は次第に気力を失っていった。
「佳莉、悔しいか。」
「⋯⋯」
「肖が憎いか。」
「⋯⋯」
「肖はお前の母を側室に入れておきながら病気になると隔離したのだ。我らは肖に恨みを持つ同志!我らと共に復讐しようではないか!」
 狭い部屋に白狐の言葉が掻き消された。
 部屋の隅でうずくまっていた佳莉は、泣き腫らした顔をゆっくりと上げると。
「団長たちは、何故そんなに肖を恨んでいるのですか。私にはもう、そんな復讐などという気力は、ありません。」
 佳莉は白狐に肖に恨みがあるとは聞かされていたがその内情までは聞かされていなかった。
「我ら獣人は昔、環栄帝国の騎士として肖に仕えていた。」
「え?」
「肖は領土を拡大するため、我らにいくつもの国を襲わせた。」
「⋯⋯」
「我らはこの世界では人として扱われない。生きていくためには肖に仕えるしかなかったのだ。」
「⋯⋯」
「だがある時、肖に脅威を感じた他国が、環栄帝国に戦を仕掛けた。肖は負けそうになると我らを悪者に仕立て上げ、他国に我らをつき出した。」
「そ、そんな⋯⋯」
「そのせいで仲間が何人も処刑された。」
 白狐は騎士団長として肖に仕えていたため、その名残で皆から団長と呼ばれていた。
 彼らは他国から逃亡し処刑を免れたが、獣人らは皆お尋ね者となり今では身を隠し山賊として生きる生活を余儀なくされているのだ。
 佳莉は正直、もう自分の復讐などどうでもよくなっていたが白狐の熱い復讐心には逆らうことが出来なかった。好きな人の役に立てるならばと再び復讐の道を歩むことを約束した。
 しかし佳莉には疑問があった。人間に騙され人間に仲間を処刑され、人間に恨みを持っているはずの白狐がなぜ自分をここまで育ててきたのか。
「肖はお前の母の容姿に惚れ込んで側室に入れた。お前なら肖の心を掴めるはずだ。」
「⋯⋯」
 "お前なら"。その言葉に、佳莉は自分は利用されているだけかもしれないと、どこかで感じ始めていた。
 それから数日後の夜、湯浴みを終えた佳莉は白狐の自室に呼ばれていた。
「佳莉、今日から武術に加え|房中術《ぼうちゅうじゅつ》を学んでもらう。」
「ぼ、房中術?」
「肖をお前の身体で誘惑し、その隙をついて殺すのだ。」
「えっ? ゆ、誘惑?!」
 房中術とは男女の性行を意味するもの。肖を身体で誘惑するだけでなく、万が一捕まってしまった時、その欲に流されぬよう冷静を保つための技法を佳莉に身に付けさせようというものだった。
「ま、待って下さい団長! 私なんかでは到底誘惑なんて、」
「いや、お前の身体は私が育てたのだ。食事も鍛練も全て肖好みに育つよう与えてきた。」
「肖好みって⋯⋯」
 白狐に助けられ育てられてきた意味が今全てみえてしまった。
 自分はやはり復讐の材料でしかない。
 復讐を無事終えた後、自分はどうなってしまうのだろう。知らない国に奴隷として売られるのだろうか。それも見越した上で房中術を学ばせると言っているのだろうか?
 それなのに、白狐の思念を理解してしまった今でも彼を好きなのはなぜだろう。
 ここから逃げ出しても当てはないし、また兵士に捕まって他国の奴隷にされるよりはずっとマシなのかもしれない。
 それなら好きな人のために添い遂げるのが一番幸せなのだろう。
 佳莉は涙を見せまいと歯を喰い縛ると、白狐のいう房中術を学ぶことを受け入れた。
しかし、
「団長、わかりました、ですが私は団長からしか房中術を学びたくありません!」
「⋯⋯何、」
「皆優しい仲間ですが、こ、この身体は、一番信頼している団長にしか触れられたくありません!」
「私はお前のように若くもない。身体に傷も沢山ある。それでも良いのか?」
「そ、それがいいんです!」
 佳莉は顔を真っ赤にし条件を伝えた。
 もはや告白のようなものだったが、白狐は顔色一つ変えずにそれを受け入れたのだった。
 夜着を脱いだ佳莉の上に白い毛を纏う獣が覆い被さる。
「佳莉、辛いか? 辛かったらすぐに言うんだぞ。」
「は、はい、だ、だいじょぶですっ」
 武術を指南する時の白狐とはまるで違う。
 白狐は自身の長い爪を切り、佳莉の身体を撫でるように触るとゆっくり時間をかけ準備を施した。
「明日の鍛練は休みにする。ゆっくり休め、佳莉。」
 初めての行為を終え、佳莉は幸せの余韻に浸りながら眠りについた。温かい白狐の腕の中で。
 それから佳莉はたびたび白狐の自室で抱かれた。
 ただただ優しく白狐に身体を溶かされ唇を舐められて、愛されている錯覚にさえ陥る佳莉。自分に優しく触れる白狐がこんなにも愛しい。
 房中術を学ぶはずが、抱かれれば抱かれるほど益々好きになってしまう。
「だ、団長、まま待って、待ってくださ」
「何だ。」
「こ、これじゃあ私が団長に誘惑されてるみたいですっ!!」
「では私のを見て学べばいい。」
「あっ」
 白狐はそれからも佳莉を優しく抱き続けた。
肖への復讐の日が近づき、その計画が佳莉にも伝えられた。
 |狼夜《ロウイエ》が木の板に小さなナイフでキズをつけ、紙とペンに見立てて説明していく。
「全ては佳莉がカギだ。一月後に宮廷の女官雇用試験が行われる。」
 環栄帝国の宮廷や後宮には約500人が暮らしており、戦好きの肖のこと、奇襲があっても宮廷を守れるようにと、宮廷の女官は兵士のように強い女を求めていた。
 他にも炊事、裁縫や針仕事、そして幹部や皇帝の夜伽。皇帝の夜伽までこぎ着けるには、運が良くとも三月の時間は要する。