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それから

ー/ー



──結婚して三年目の春だった。

 娘が生まれた。

 夫は娘が生まれてから家に寄りつかなくなってしまった。子供が自分の子供だと思えないのかと思ったが、彼は私が部屋にいない時に、部屋に来ては子供をあやしているという。

 次第に私は夫に言いたいことが言えなくなり、その途端、彼の些細な行動が気になり嫌悪感を持つようになってしまった。

 もともと彼の方が二つ年が上で、西園寺グループ会社の次期社長ということもあり、こちら側が遠慮している部分があった。けれど物静かで謙虚な彼の事は好きだったし、優しくて何でも話を聞いてくれる人だった。それが、どうしてこうなってしまったのか。

 彼は西園寺家の跡取りだ。私が男の子を授かる事が出来なければ、愛人を持つ可能性だってあるだろう──心の何処かで、そう感じていたが、受け入れることは出来なかった。


※※※※※


 私は知り合いに紹介してもらったネットサイトのオークションに参加し、薬を手に入れていた──男性器を不能にする薬だ。

 本来なら、医者に許可を得て使用するものだが、特定のオークションで売っていた物は足がつかないと聞いていた。

 私は薬が入った小瓶をポケットから取り出すと、キッチンの棚にある籠へ入れた。

 それからは、朝早くキッチンへ行っては、毎日ラベルを見て棚に戻すという、意味不明な行動を繰り返していた。

 そんなある日、料理人が風邪をこじらせて入院することになり、代わりに使用人達が交替で、私達の食事を作ってくれることになった。

 私は、絶好のチャンスだと思ってしまった。使用人達を手伝うフリをして、夫の食事に、この間ネットオークションで買った薬を入れようと思った。

 夫のいる書斎へ昼食用のスープとサンドイッチを持って行く役を買って出た私は、部屋へ向かう途中、階段の踊り場で袖の下に隠した薬をこっそり取り出し、スープの上に振りかけた。

 罪悪感に苛まされながらも、夫のいる執務室へ食事を運ぶと、夫は私に礼を言って食事を始めた。

 私は平然としている夫を見て、愕然とした。偽物を売りつけられたのか──それとも、夫に効かなかったのか。

 暫くの間、混乱していた私だったが、平然と食事をしている夫を見ている内に、何だか馬鹿らしくなってきて、私は心の中で溜め息をついた。 

「うっ……」

「?!」

 帰ろうとして後ろから聞こえた夫の呻き声に振り返ると、夫は椅子に座りながら空を仰ぐように天井を見つめていた。

「あなた?」

「うっ」

「う?」

「うまいな、このスープ」

 戸惑いを隠せなかった私は、冷汗をかきながら頷いた。

「作ったのは、家で雇っている留学生のポリーナですわ。後で褒めておきましょう」

「そうか、ありがとう」

 私は手に汗握る思いをしながら、部屋へ戻ったのだった。




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──結婚して三年目の春だった。
 娘が生まれた。
 夫は娘が生まれてから家に寄りつかなくなってしまった。子供が自分の子供だと思えないのかと思ったが、彼は私が部屋にいない時に、部屋に来ては子供をあやしているという。
 次第に私は夫に言いたいことが言えなくなり、その途端、彼の些細な行動が気になり嫌悪感を持つようになってしまった。
 もともと彼の方が二つ年が上で、西園寺グループ会社の次期社長ということもあり、こちら側が遠慮している部分があった。けれど物静かで謙虚な彼の事は好きだったし、優しくて何でも話を聞いてくれる人だった。それが、どうしてこうなってしまったのか。
 彼は西園寺家の跡取りだ。私が男の子を授かる事が出来なければ、愛人を持つ可能性だってあるだろう──心の何処かで、そう感じていたが、受け入れることは出来なかった。
※※※※※
 私は知り合いに紹介してもらったネットサイトのオークションに参加し、薬を手に入れていた──男性器を不能にする薬だ。
 本来なら、医者に許可を得て使用するものだが、特定のオークションで売っていた物は足がつかないと聞いていた。
 私は薬が入った小瓶をポケットから取り出すと、キッチンの棚にある籠へ入れた。
 それからは、朝早くキッチンへ行っては、毎日ラベルを見て棚に戻すという、意味不明な行動を繰り返していた。
 そんなある日、料理人が風邪をこじらせて入院することになり、代わりに使用人達が交替で、私達の食事を作ってくれることになった。
 私は、絶好のチャンスだと思ってしまった。使用人達を手伝うフリをして、夫の食事に、この間ネットオークションで買った薬を入れようと思った。
 夫のいる書斎へ昼食用のスープとサンドイッチを持って行く役を買って出た私は、部屋へ向かう途中、階段の踊り場で袖の下に隠した薬をこっそり取り出し、スープの上に振りかけた。
 罪悪感に苛まされながらも、夫のいる執務室へ食事を運ぶと、夫は私に礼を言って食事を始めた。
 私は平然としている夫を見て、愕然とした。偽物を売りつけられたのか──それとも、夫に効かなかったのか。
 暫くの間、混乱していた私だったが、平然と食事をしている夫を見ている内に、何だか馬鹿らしくなってきて、私は心の中で溜め息をついた。 
「うっ……」
「?!」
 帰ろうとして後ろから聞こえた夫の呻き声に振り返ると、夫は椅子に座りながら空を仰ぐように天井を見つめていた。
「あなた?」
「うっ」
「う?」
「うまいな、このスープ」
 戸惑いを隠せなかった私は、冷汗をかきながら頷いた。
「作ったのは、家で雇っている留学生のポリーナですわ。後で褒めておきましょう」
「そうか、ありがとう」
 私は手に汗握る思いをしながら、部屋へ戻ったのだった。