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第2話 夜明け

ー/ー



「はい、これでOK。ていうかまた変っちゃったの?」

 また?

 そ。その人はちょっと困った顔をしてそう言った。

「私はカトリーヌ・デネヴ。ハルはいつもケィって呼んでる。ハルとケィっていつも大笑いしてたけど、日本語で何かあるの?」

 それはたぶんハレとケのこと。ってケィさん、日本語上手過ぎ。


「他所から来たハルは皆同じことを言うのね」

 爆笑が治まってから、ケィさんはそう言った。空間に広がる彼女の飛沫が一定方向に流れ出した。
 エアクリーナー?

「あのね。私たちが話してるこの言語、最初っからずーっと英語なのよ。あなたは日本語のつもりかもしれないけど、ここのハルの脳は英語対応」


 なんか情報量が多過ぎ。今の会話が英語ってのもだけど、聞き捨てならないのは「他所から来たハルは皆」の部分。
 ボクが初めてってワケじゃないの? ということは、ちゃんと戻れるってこと?!

「大丈夫。ちゃんと帰れるよ」

 ケィさんはボクの不安を全部解ってるみたい。

「まずは宇宙空間を満喫してね」


 ケィさんはボクの手を引いて、頭上の丸窓に向かってゆっくりと漂った。

「ここ、掴まって」

 彼女が指し示すパイプに掴まり動きを収めるボク。ほんの少しだけど無重力にも慣れてきた。

「そろそろ日の出ね。見ててごらん。目の前の細かい点できらきらした黒い円盤を。あれが右の方から明けてくるから」


 名前の付けられないアオで描かれた細い縁取りが、まばらに光点を散らす暗黒に向かって瞬く間に広がっていく。アオと大陸とを隔てる輪郭を露わにしてゆく地球。大仰な演出もBGMも伴わず、それを補い凌駕する圧倒的な質感。丸窓に押し当てたボクの瞳の先四百キロは、分厚い耐熱ガラスの他は何もない。


「『宇宙からの帰還』って本、知ってる?」

 視界に捉えきれない巨大なアオの天体に目を奪われているボクの耳元でケィさんは呟いた。聞き覚えの無いタイトルに、思わずボクは地球から目線を切り彼女を見る。

「昭和時代の本ってハルが言ってた。あ、こっちのハルね。宇宙飛行士の証言を集めた本だって」


「昔の宇宙飛行士たちは、衛星軌道から地球を見たとき、その奇跡的な美しさに触れて意識改革が起こったんだって」

 ケィさんの言葉で、ボクは再び地球に目を向けた。ほぼ全球が明るくなっている。

「今の私たちはいろんな映像で既に知ってるから彼らみたいな衝撃は受けないけど、奇跡なのは感じるよね」


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「はい、これでOK。ていうかまた変っちゃったの?」
 また?
 そ。その人はちょっと困った顔をしてそう言った。
「私はカトリーヌ・デネヴ。ハルはいつもケィって呼んでる。ハルとケィっていつも大笑いしてたけど、日本語で何かあるの?」
 それはたぶんハレとケのこと。ってケィさん、日本語上手過ぎ。
「他所から来たハルは皆同じことを言うのね」
 爆笑が治まってから、ケィさんはそう言った。空間に広がる彼女の飛沫が一定方向に流れ出した。
 エアクリーナー?
「あのね。私たちが話してるこの言語、最初っからずーっと英語なのよ。あなたは日本語のつもりかもしれないけど、ここのハルの脳は英語対応」
 なんか情報量が多過ぎ。今の会話が英語ってのもだけど、聞き捨てならないのは「他所から来たハルは皆」の部分。
 ボクが初めてってワケじゃないの? ということは、ちゃんと戻れるってこと?!
「大丈夫。ちゃんと帰れるよ」
 ケィさんはボクの不安を全部解ってるみたい。
「まずは宇宙空間を満喫してね」
 ケィさんはボクの手を引いて、頭上の丸窓に向かってゆっくりと漂った。
「ここ、掴まって」
 彼女が指し示すパイプに掴まり動きを収めるボク。ほんの少しだけど無重力にも慣れてきた。
「そろそろ日の出ね。見ててごらん。目の前の細かい点できらきらした黒い円盤を。あれが右の方から明けてくるから」
 名前の付けられないアオで描かれた細い縁取りが、まばらに光点を散らす暗黒に向かって瞬く間に広がっていく。アオと大陸とを隔てる輪郭を露わにしてゆく地球。大仰な演出もBGMも伴わず、それを補い凌駕する圧倒的な質感。丸窓に押し当てたボクの瞳の先四百キロは、分厚い耐熱ガラスの他は何もない。
「『宇宙からの帰還』って本、知ってる?」
 視界に捉えきれない巨大なアオの天体に目を奪われているボクの耳元でケィさんは呟いた。聞き覚えの無いタイトルに、思わずボクは地球から目線を切り彼女を見る。
「昭和時代の本ってハルが言ってた。あ、こっちのハルね。宇宙飛行士の証言を集めた本だって」
「昔の宇宙飛行士たちは、衛星軌道から地球を見たとき、その奇跡的な美しさに触れて意識改革が起こったんだって」
 ケィさんの言葉で、ボクは再び地球に目を向けた。ほぼ全球が明るくなっている。
「今の私たちはいろんな映像で既に知ってるから彼らみたいな衝撃は受けないけど、奇跡なのは感じるよね」