一話
ー/ー
ヒューマンドール、それは命を宿された人形、さらになんでも言う事を聞くという不思議な人形。
ヒューマンドールには心がない。
最初はただの人形、動く気配すらない球体関節人形。ただ、それはある技術者の手によって人間となんら変わらない物へ変貌を遂げる。見た目は周りの人間とさほど変わらない。ただ人間と違い、【主君契約】をしなければ動かないということ。
【主君契約】とは、ヒューマンドールと人間との間に交わされる契約。契約を行うことでその人間は主人となり、ヒューマンドールを思い通りに扱える。使い方は人それぞれだ。
忠実な従業員として働かせるもよし、寂しさから恋人や夫婦として生活をするもよし、ストレス発散の為に日々暴力を振るうことも可能だ、繁殖はできないが性行為を行い欲だって満たせる。
もう一度言うが、ドールには心がない。
これは、そんな世界に生まれた一つの命の物語。
いいえ――二つの命の物語。
◻︎ ◻︎ ◻︎
《痛い……やめて……なんで僕だけが嫌がらせに耐えなきゃいけないんだ……僕が何をしたっていうの!》
彼の髪は薄黒く、少し癖がある為か時折重力に逆らい上を向いていたりする。背は高くも低くもなく、いい意味でも悪い意味でも普通ということだ。
肌も白く迫力のない見た目に普段から彼はいじめの対象となっていた。服は汚れていて服の端は擦れたように荒く破れている。
暗く小さな部屋、ジメッとするような空気、部屋の中央には、今にも崩れそうなボロボロな木の机が四台あり、向かいあわせでくっつけて並べられている。当然のように椅子もボロい木でできている。
部屋には彼の同僚が四人おり、四人ともあちこち破れた服を身につけている。当然のように顔や手が黒く汚れており、髪の毛は洗っていないのか皮脂でギトギトだ、そんな連中から彼は毎日虐められ耐えている。
なぜやり返さないのか、なぜ耐えるのか、その理由は一つだ。
辞めてしまうとお金が稼げなくなる、食べ物が買えなくなる……死んでしまうからだ。何としてでも耐え抜かなければならない、という思考を巡らせば巡らせるほど精神的ストレスは大きい。
「もう……嫌だ……」
生き甲斐のない日々を送るある日、通勤中の彼は一枚のポスターに目を奪われる。
「ヒューマンドール?」
――ヒューマンドール製作所〈命の宿り木〉
僕の創る生きたドールが、あなたの心に空いた穴を埋めてくれることでしょう。信じたあなたの幸せを保証いたします。 では。
ひび割れたコンクリートの壁に、剥がれかけながらも頑固に張り付くそのポスターに、彼はどんどん惹き込まれていく。
「行く……か」
彼は半信半疑の中ほんの少しの希望を胸に命の宿り木へ向かう。
◻︎ ◻︎ ◻︎
「ここでヒューマンドールが創られてるのか……」
看板もなければ何の情報もない、木造で周りのコンクリートの部分はひび割れがよく目立つ、一見するとまるで廃墟のような建物。
ゆっくり扉を開ける、錆びきったドア金具の音が嫌に空気を振動させ、彼の鼓膜へ伝える。中へ入り少し歩くと地面に小さな物置用のドアがあり、ドアの中央に小さくこう書いてある。
――ここだよ。
と、それだけ。
それを見て少し安心するも、その不気味な雰囲気は彼の心の奥に少し恐怖を植え付けた。彼は恐怖に身体のあちこちが硬直する。が、勇気を振り絞り扉を開ける。
中は地下へ続く階段が伸びていた。壁に蝋燭が等間隔で並んではいるがとても薄暗い。彼は恐る恐る壁を伝って降りていく、蝋燭の灯りだけを頼りに。
「あ、拓けてる」
降りて行くと目の先に拓けた場所が見えてくる。階段を降り切るとそこには広場があり、辺りを見渡すとそこは端まで灯りが届かないほどに広かった。
だが、次に彼の目に映ったのはそれより驚くべき物だった。
「デ……デカすぎるだろぉ……」
巨大な扉だ。
彼を縦に並べても余裕で十人は入りそうなほどに……、声が徐々に小さくなり、最後は吐息と混じり消えていく。あまりの衝撃に次の言葉が出てこない。そっと扉に手を当て、両手目一杯に力を入れドアを押す。
「あ、開か……ないっ!」
しばらく、押しては休憩してを繰り返す。
すると先ほど彼は巨大な扉に目をとられ気付かなかったが、巨大な扉の右下には小さな扉があり、金属音を鳴らしその扉が開いた。
「そういう事ね……」
全身の力が抜けていく、疲れがドッと全身に襲いかかり、ため息をつきながら扉を見つめる。
扉の向こう側は奥へ長く伸びた道になっている。そしてその道を挟むように、人ほどの大きさをした人形が一列に並んでおり、それぞれ首は横に倒れ、女の子座りのような座り方で手をぶらんとただ下げている、主人のいないマリオネットのように。
「凄い……なんて数だ」
一体一体数える事を諦めてしまうほど大量の人形が並んである。フェイスラインの途中、顎の辺りから両端の口角に伸びた線、各関節は曲げられるように細工がされてある。
《まさに人形って感じだな、でも仮にこの人形たちが動くのだとしたら、その動力源はどこにあるのだろうか》
そんなことばかりが彼の脳裏を過ぎる。考え事をしながらも彼はしばらく歩みを止める事はない。人形に挟まれながら。
「って、この通路どこまで続くん、」
「ワッ!」
「うわ!って、に、人形が動いて!?」
突然端に並んであった人形のうち一体が真横から声を上げ飛び出てきた。この人形たちは動かない物だと思っていた彼は腰を抜かし地面へ尻もちをついた。
「あははは、いーリアクションだねぇ、まってたよぉ、いいや待ちくたびれたほどさ、君って臆病なんだねぇ。うんうん、ようこそ〈命の宿り木〉へ」
彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ここが……」
この出会いで、彼の瞳にほんの少しだが希望が宿った。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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ヒューマンドールには心がない。
最初はただの人形、動く気配すらない球体関節人形。ただ、それはある技術者の手によって人間となんら変わらない物へ変貌を遂げる。見た目は周りの人間とさほど変わらない。ただ人間と違い、【主君契約】をしなければ動かないということ。
【主君契約】とは、ヒューマンドールと人間との間に交わされる契約。契約を行うことでその人間は主人となり、ヒューマンドールを思い通りに扱える。使い方は人それぞれだ。
忠実な従業員として働かせるもよし、寂しさから恋人や夫婦として生活をするもよし、ストレス発散の為に日々暴力を振るうことも可能だ、繁殖はできないが性行為を行い欲だって満たせる。
もう一度言うが、ドールには心がない。
これは、そんな世界に生まれた一つの命の物語。
いいえ――二つの命の物語。
◻︎ ◻︎ ◻︎
《痛い……やめて……なんで僕だけが嫌がらせに耐えなきゃいけないんだ……僕が何をしたっていうの!》
彼の髪は薄黒く、少し癖がある為か時折重力に逆らい上を向いていたりする。背は高くも低くもなく、いい意味でも悪い意味でも普通ということだ。
肌も白く迫力のない見た目に普段から彼はいじめの対象となっていた。服は汚れていて服の端は擦れたように荒く破れている。
暗く小さな部屋、ジメッとするような空気、部屋の中央には、今にも崩れそうなボロボロな木の机が四台あり、向かいあわせでくっつけて並べられている。当然のように椅子もボロい木でできている。
部屋には彼の同僚が四人おり、四人ともあちこち破れた服を身につけている。当然のように顔や手が黒く汚れており、髪の毛は洗っていないのか皮脂でギトギトだ、そんな連中から彼は毎日虐められ耐えている。
なぜやり返さないのか、なぜ耐えるのか、その理由は一つだ。
辞めてしまうとお金が稼げなくなる、食べ物が買えなくなる……死んでしまうからだ。何としてでも耐え抜かなければならない、という思考を巡らせば巡らせるほど精神的ストレスは大きい。
「もう……嫌だ……」
生き甲斐のない日々を送るある日、通勤中の彼は一枚のポスターに目を奪われる。
「ヒューマンドール?」
――ヒューマンドール製作所〈命の宿り木〉
|僕《・》|の《・》|創《・》|る《・》生きたドールが、あなたの心に空いた穴を埋めてくれることでしょう。信じたあなたの幸せを保証いたします。 では。
ひび割れたコンクリートの壁に、剥がれかけながらも頑固に張り付くそのポスターに、彼はどんどん惹き込まれていく。
「行く……か」
彼は半信半疑の中ほんの少しの希望を胸に|命の宿り木《そこ》へ向かう。
◻︎ ◻︎ ◻︎
「ここでヒューマンドールが創られてるのか……」
看板もなければ何の情報もない、木造で周りのコンクリートの部分はひび割れがよく目立つ、一見するとまるで廃墟のような建物。
ゆっくり扉を開ける、錆びきったドア金具の音が嫌に空気を振動させ、彼の鼓膜へ伝える。中へ入り少し歩くと地面に小さな物置用のドアがあり、ドアの中央に小さくこう書いてある。
――ここだよ。
と、それだけ。
それを見て少し安心するも、その不気味な雰囲気は彼の心の奥に少し恐怖を植え付けた。彼は恐怖に身体のあちこちが硬直する。が、勇気を振り絞り扉を開ける。
中は地下へ続く階段が伸びていた。壁に|蝋燭《ろうそく》が等間隔で並んではいるがとても薄暗い。彼は恐る恐る壁を伝って降りていく、蝋燭の灯りだけを頼りに。
「あ、拓けてる」
降りて行くと目の先に拓けた場所が見えてくる。階段を降り切るとそこには広場があり、辺りを見渡すとそこは端まで灯りが届かないほどに広かった。
だが、次に彼の目に映ったのはそれより驚くべき物だった。
「デ……デカすぎるだろぉ……」
巨大な扉だ。
彼を縦に並べても余裕で十人は入りそうなほどに……、声が徐々に小さくなり、最後は吐息と混じり消えていく。あまりの衝撃に次の言葉が出てこない。そっと扉に手を当て、両手目一杯に力を入れドアを押す。
「あ、開か……ないっ!」
しばらく、押しては休憩してを繰り返す。
すると先ほど彼は巨大な扉に目をとられ気付かなかったが、巨大な扉の右下には小さな扉があり、金属音を鳴らしその扉が開いた。
「そういう事ね……」
全身の力が抜けていく、疲れがドッと全身に襲いかかり、ため息をつきながら扉を見つめる。
扉の向こう側は奥へ長く伸びた道になっている。そしてその道を挟むように、人ほどの大きさをした人形が一列に並んでおり、それぞれ首は横に倒れ、女の子座りのような座り方で手をぶらんとただ下げている、主人のいないマリオネットのように。
「凄い……なんて数だ」
一体一体数える事を諦めてしまうほど大量の人形が並んである。フェイスラインの途中、顎の辺りから両端の口角に伸びた線、各関節は曲げられるように細工がされてある。
《まさに|人《・》|形《・》って感じだな、でも仮にこの人形たちが動くのだとしたら、その動力源はどこにあるのだろうか》
そんなことばかりが彼の脳裏を過ぎる。考え事をしながらも彼はしばらく歩みを止める事はない。人形に挟まれながら。
「って、この通路どこまで続くん、」
「ワッ!」
「うわ!って、に、人形が動いて!?」
突然端に並んであった人形のうち一体が真横から声を上げ飛び出てきた。この人形たちは動かない物だと思っていた彼は腰を抜かし地面へ尻もちをついた。
「あははは、いーリアクションだねぇ、まってたよぉ、いいや待ちくたびれたほどさ、君って臆病なんだねぇ。うんうん、ようこそ〈命の宿り木〉へ」
彼はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ここが……」
この出会いで、彼の瞳にほんの少しだが希望が宿った。