第12話_業務開始
ー/ー
ベッドは想像していたよりふんわりとしていて、薄い毛布に包まれると身体の力がするりと抜けていった。
どこか温かくて、ぽかぽかとした安心感が残る。
――気づけば、燈はぐっすりと眠り込んでいた。
白兎亭から、酔い潰れた管理人をイナバと協力して運んできたことを思い出す。
千鳥足で道を指さし、「ここを真っすぐ突っ切るのが最短ルートだ」などと言っては電柱にぶつかりそうになる管理人。
イナバは、笑いをこらえながら――いや、こらえ切れずに爆笑してた。
(あなたのせいですよ……)
そんなぼやきが脳裏に浮かび、思わず苦笑が漏れる。
まぶたがゆっくりと開く。
頭の奥に残る鈍い痛みを手のひらで押さえながら、伸びをするように背を反らせる。
隣で寝ていたはずの管理人はいなくなっていた。
扉を開け、眩しいLEDの光が柔らかに差し込む。目を細め、光に慣らしながら室内を見渡すと、管理人がデスクで紙にペンを走らせていた。
机の周りには書類の山、幾つかの監視用モニターが淡く画面を滲ませ、時折小さく情報の文字が流れる。
横には簡易のキッチン、シャワールーム――必要最低限の設備が整えられていて、ここが彼女の住処であることをありありと示している。
管理人はペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。
表情は変わらず淡々としているが、声には気遣いが滲んでいた。
「起きたな。体調は問題ないか?」
燈は首をゆっくり横に振り、まだ頭がぼんやりするのを両手でこすりながら答えた。
「はい……まだちょっとだけ頭が痛いですが……」
管理人は肩をすくめ、紙の端を指で押さえたままため息をつく。
「それは私もだ……あんのクソウサギめ、今度会ったら耳を引きちぎってやる」
言葉は乱暴だが、どこか愛情がにじんでいる。
管理人は立ち上がると、引き出しから小さな湯呑を取り出し、キッチンへ向かう。
「とりあえず水でも飲んどけ。二日酔いは大体それで治る」
蛇口をひねり、水を並々に注ぎ、燈に手渡す。
蛇口をひねり、透明な水を並々と注ぎ、燈に手渡す。
燈は両手でそれを受け取り、ゆっくりと口をつけた。
冷たい水が喉を伝い、火照った体内を静かに冷やしていく。
管理人はデスクに戻り、モニターのひとつを操作しながら言う。
「それで、今日から仕事を手伝ってもらおうと思っているが……いけるか?」
燈は湯呑を強く握りしめ、目を上げた。
「はい、大丈夫です。あの、今日は何をするんですか?」
管理人は短く息を吐き、画面を指で示した。
「もう間もなく、魂がここに到着する。これからやるのは『魂の選別と受け入れ』だ」
「燈には、主に魂の受け入れ部分を手伝ってもらおうと考えている」
「魂の受け入れ……ですか」
その言葉を口にしながらも、燈の頭にはまだ具体的な映像が浮かばない。
麦わら帽子を深くかぶり直し、管理人は椅子を押しのけ立ち上がる。
「まぁ実際に見たほうがいいだろう、早速仕事場へ向かうぞ」
燈は慌てて後を追いかける。
長い廊下には青白い照明が等間隔に並び、冷たい空気の中で微かに唸りを上げていた。
歩くたびに靴音を反響させ、まるで深い洞窟を進んでいるような錯覚を覚える。
やがて、4番と書かれたホームへ到着する。
「4番線ホーム……魂が到着するのはいつもここだ、覚えておけ」
「わかりました、あの……他の番号のホームは何に使うんですか?」
管理人は淡々と答える。
「魂を他の冥府の駅へ送るために使う。お前が好きな『きさらぎ駅』は8番線ホームから行けるぞ」
にやりとしながら、そう付け足す
「えっ……!?ここから行けるんですか!?」
燈の瞳がきらめく。
「やめとけ。ここが天国だとしたら、あそこは地獄だ。わざわざ行く価値も無い」
その声音には、冗談のかけらもなかった。
「地獄……冥府ごとに待遇の違いがしっかりとあるんですね」
「あぁ、今度資料も交えて詳しく説明しよう」
その瞬間、無機質なアナウンスがホームに響き渡った。
『まもなくつきのみや、つきのみやー。電車が止まったらさっさと降りろ』
(……口調、荒っ)
燈は思わず吹き出しそうになり、肩を震わせた。
だが、管理人はどこか満足そうに小さく笑っている。
遠くから、鉄の軋む音が聞こえ始めた。
暗闇のトンネル奥で微かな光が瞬き、やがて青白い閃光が走る。
風が巻き上がり、髪がなびく。
列車は、滑るようにホームへ入ってきた。
新幹線のように流線型の車体――だが、表面はどこか透けており、外の光を飲み込むような質感だった。
車内には、人影のようなものが整然と座っている。輪郭が曖昧で、顔は見えない。
レールの摩擦音が甲高く響き、やがて静止。
重々しいドアの開閉音がホームに響く。
管理人が一歩前へ出た。
「さぁ、業務開始だ」
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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千鳥足で道を指さし、「ここを真っすぐ突っ切るのが最短ルートだ」などと言っては電柱にぶつかりそうになる管理人。
イナバは、笑いをこらえながら――いや、こらえ切れずに爆笑してた。
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そんなぼやきが脳裏に浮かび、思わず苦笑が漏れる。
まぶたがゆっくりと開く。
頭の奥に残る鈍い痛みを手のひらで押さえながら、伸びをするように背を反らせる。
隣で寝ていたはずの管理人はいなくなっていた。
扉を開け、眩しいLEDの光が柔らかに差し込む。目を細め、光に慣らしながら室内を見渡すと、管理人がデスクで紙にペンを走らせていた。
机の周りには書類の山、幾つかの監視用モニターが淡く画面を滲ませ、時折小さく情報の文字が流れる。
横には簡易のキッチン、シャワールーム――必要最低限の設備が整えられていて、ここが彼女の住処であることをありありと示している。
管理人はペンを止め、ゆっくりと顔を上げる。
表情は変わらず淡々としているが、声には気遣いが滲んでいた。
「起きたな。体調は問題ないか?」
燈は首をゆっくり横に振り、まだ頭がぼんやりするのを両手でこすりながら答えた。
「はい……まだちょっとだけ頭が痛いですが……」
管理人は肩をすくめ、紙の端を指で押さえたままため息をつく。
「それは私もだ……あんのクソウサギめ、今度会ったら耳を引きちぎってやる」
言葉は乱暴だが、どこか愛情がにじんでいる。
管理人は立ち上がると、引き出しから小さな湯呑を取り出し、キッチンへ向かう。
「とりあえず水でも飲んどけ。二日酔いは大体それで治る」
蛇口をひねり、水を並々に注ぎ、燈に手渡す。
蛇口をひねり、透明な水を並々と注ぎ、燈に手渡す。
燈は両手でそれを受け取り、ゆっくりと口をつけた。
冷たい水が喉を伝い、火照った体内を静かに冷やしていく。
管理人はデスクに戻り、モニターのひとつを操作しながら言う。
「それで、今日から仕事を手伝ってもらおうと思っているが……いけるか?」
燈は湯呑を強く握りしめ、目を上げた。
「はい、大丈夫です。あの、今日は何をするんですか?」
管理人は短く息を吐き、画面を指で示した。
「もう間もなく、魂がここに到着する。これからやるのは『魂の選別と受け入れ』だ」
「燈には、主に魂の受け入れ部分を手伝ってもらおうと考えている」
「魂の受け入れ……ですか」
その言葉を口にしながらも、燈の頭にはまだ具体的な映像が浮かばない。
麦わら帽子を深くかぶり直し、管理人は椅子を押しのけ立ち上がる。
「まぁ実際に見たほうがいいだろう、早速仕事場へ向かうぞ」
燈は慌てて後を追いかける。
長い廊下には青白い照明が等間隔に並び、冷たい空気の中で微かに唸りを上げていた。
歩くたびに靴音を反響させ、まるで深い洞窟を進んでいるような錯覚を覚える。
やがて、4番と書かれたホームへ到着する。
「4番線ホーム……魂が到着するのはいつもここだ、覚えておけ」
「わかりました、あの……他の番号のホームは何に使うんですか?」
管理人は淡々と答える。
「魂を他の冥府の駅へ送るために使う。お前が好きな『きさらぎ駅』は8番線ホームから行けるぞ」
にやりとしながら、そう付け足す
「えっ……!?ここから行けるんですか!?」
燈の瞳がきらめく。
「やめとけ。ここが天国だとしたら、あそこは地獄だ。わざわざ行く価値も無い」
その声音には、冗談のかけらもなかった。
「地獄……冥府ごとに待遇の違いがしっかりとあるんですね」
「あぁ、今度資料も交えて詳しく説明しよう」
その瞬間、無機質なアナウンスがホームに響き渡った。
『まもなくつきのみや、つきのみやー。電車が止まったらさっさと降りろ』
(……口調、荒っ)
燈は思わず吹き出しそうになり、肩を震わせた。
だが、管理人はどこか満足そうに小さく笑っている。
遠くから、鉄の軋む音が聞こえ始めた。
暗闇のトンネル奥で微かな光が瞬き、やがて青白い閃光が走る。
風が巻き上がり、髪がなびく。
列車は、滑るようにホームへ入ってきた。
新幹線のように流線型の車体――だが、表面はどこか透けており、外の光を飲み込むような質感だった。
車内には、人影のようなものが整然と座っている。輪郭が曖昧で、顔は見えない。
レールの摩擦音が甲高く響き、やがて静止。
重々しいドアの開閉音がホームに響く。
管理人が一歩前へ出た。
「さぁ、業務開始だ」