藤城皐月は図書室の空いている席に座り、借りた『るるぶ』を読み始めた。映える写真がたくさんあり、どこもかしこも行ってみたくなる。
神谷秀真が言うように、訪問先を絞り込むのは大変かもしれない。
「あ〜っ! 藤城君に先を越された」
背後から声をかけてきたのは児童会長の
江嶋華鈴だった。華鈴と皐月は五年生の時の同級生で、実果子と同じく席が隣同士になって仲良くなった女子だ。
「江嶋も班行動の資料を探しに来たのか? まだ他の本が残ってるぞ」
「どうせ藤城君が一番いいの取ったんでしょ。あ〜あ、やられたちゃったな……」
「嘆く暇があったらさっさと取ってくれば? 他の六年生が来たら取られちゃうぞ。あっ、ちなみに本があったのはあそこね」
皐月が『るるぶ』があった場所を指差すと、華鈴は急いで本を見に行った。華鈴は『地球の歩き方 京都』を選んで持ってきて皐月の正面に座った。
「ここ座ってもいい?」
「どうぞ。でももうすぐ俺の班の奴らもここに来るぜ。おっ、江嶋はそっちの本を選んだのか……。俺、迷ったんだよな。そっちの方が分厚いから、情報量も多いかなって」
「じゃあ私が先に取っても、藤城君が選ぶ本は変わらなかったわけだ。慌てちゃってバカみたい。……それにしても珍しいね、藤城君が図書室に来るなんて」
「まあな。修学旅行だしな。それにしてもあいつら
遅ぇな〜」
図書室は利用する児童で賑わってきた。
栗林真理ならともかく、
二橋絵梨花にしては来るのが遅い。絵梨花は人を待たせるような子ではないと皐月は思っていた。
焦れながら入口を見てみると絵梨花たちがやって来た。真理だけでなく
吉口千由紀も一緒だった。
「真理、遅えぞ!」
「味噌汁と麦ごはんをお代わりしてたから、掃除に取りかかるのが遅れちゃったの。給食当番の子たちに迷惑かけちゃった」
「お代わり? お前、みんなを待たせておいて、よくメシなんか食ってられんな?」
「野菜たっぷりの味噌汁って久しぶりだったし。それに皐月が本探しててくれるんだったら、掃除が遅くなってもいいかなって思って」
舌を出してウインクをした真理がかわいかった。それに野菜たっぷりの味噌汁が久しぶりだと言われると、怒る気になれなかった。
真理は普段、あまり栄養のあるものを食べていないのかもしれない。受験勉強が忙しくて、自炊をする暇なんてないのだろう。俺ん
家にご飯を食べに来ればいいのに、と思った。
「まあいいけどさ……」
「藤城さんって真理ちゃんには優しいんだね」
絵梨花が下から皐月を覗き込むようにしながら笑っていた。
「真理には、じゃなくて真理にも、だからね。そこんとこ間違えないように」
「藤城君って二橋さんにも優しいんだね」
千由紀がニヤニヤしながら突っ込んできた。千由紀も随分表情が柔らかくなった。
「吉口さんにだって優しいよ、俺。まあ真理には優しくする必要はないかな」
「ひどいっ! 扱い悪過ぎない?」
「なんだよ、お前の方が扱い悪いじゃねえか。俺が待ってるのをわかってて、メシなんか食ってやがって」
「藤城、うるさいっ!」
図書委員の
野上実果子に一喝された。こういう時の実果子は迫力があるので、下級生たちがびっくりしていた。優等生の絵梨花と真理は同級生からこんな扱いを受けたことがないだろう。
「ごめんな、江嶋。うるさくしちゃって。野上に怒られちゃったな」
「相変わらずだね。五年生の時もこうやって藤城君の巻き添えになって、実果子に怒られてたな。なんか懐かしいね」
実果子に聞こえないような小さな声で皐月と華鈴は話をした。実果子はカウンターで図書室利用の下級生の相手をして忙しそうだ。
皐月は横に並んで座っている絵梨花たちに『るるぶ』を渡した。横一列に並ぶと話がしにくくなるので、皐月はテーブルの反対側まわり、華鈴の隣の席へ移動した。
「とりあえず三人で『るるぶ』見てみてよ。俺はこの本借りたから、家でゆっくり読めるんで、お先にどうぞ」
「皐月。あんた、この本借りたの?」
真理が意外そうな顔をしていた。
「まあね。だってその方がいいでしょ。借りておけば教室でも見られるじゃん。返却日までには毎日学校に持ってくるからさ、班のみんなだって読めるし。なんなら他の班の奴らにも見せてやろうかな」
「だったら買えばいいのに」
「あっ、そうか……買えば旅行に持って行けるか。その方がいいかも」
「藤城さんって他の班の人のことまで考えてたのね。絶対、私より学級委員に向いてると思う」
絵梨花はよく人のことを褒める。だが皐月は過大評価をされているようで落ち着かない。
「最初から他の班の奴らのことなんて考えてなかったよ。ただぱっと本を見た時にそう思っただけで……。なあ江嶋、お前もその本借りて、1組の奴らに見せてやったら?」
「そうね……うちの学校って4組まであるけど、京都の本は3冊しかないし……。借りちゃっていいのかな? 全クラスに行き渡らなくなっちゃうし、どうしよう……」
「そんなの気にしなくてもいいんじゃないの? 2組や3組の奴らが俺たちみたいに本を借りに来るかどうかなんてわかんないじゃん。俺、明日この本を返却するからさ、読みたい奴がいたら借りられるよ。それに、家に京都のガイドブックがある奴だって何人かいるだろうし、江嶋がそこまで気を使わなくたっていいんじゃない?」
「そうだね。私が気にしたって仕方がないか。じゃあ借りようかな。それとも買ってしまおうか……って高っ! やっぱり借りよ。もし買うんだったら、藤城君と同じ『るるぶ』にするよ。じゃあね」
スッキリした顔で華鈴は貸出カウンターへ行った。貸出の手続きをしている間、去年同じクラスだった実果子と何かを話していた。
ときおり二人でこっちの方を見て笑っていた。何がおかしいのか皐月は少し気になったが、二人とも楽しそうなので手を振った。もっと笑われるかと思ったが、華鈴も実果子も手を振り返してくれた。