第11話_色彩の海
ー/ーボールの海に沈んだ身体を、田中は必死にもがきながら浮かび上がらせた。
腕を振るたびに鈍い色のボールがざらりと擦れ、冷たい汗のにじむ手に違和感を返す。
本来なら軽やかに弾むはずの玩具なのに、粘り気のある水の中を泳いでいるようで、呼吸さえ奪われそうだった。
「はぁっ……はぁっ……ここ……は……?」
喉は乾き、声は震え、胸は焼けるように熱い。
無理やり視線を上げると、周囲一面に広がる色とりどりの海――カラーボールの無限の波。
その深さは計り知れず、底など存在しないのではと錯覚する。
背筋に冷たいものが走り、思わず足を掻き寄せる。
そのとき、一つの黄色のボールが目に入った。
プリントされたにこちゃんマーク。
ただの印刷に過ぎないのに――今は違った。
黒い瞳孔と歪んだ笑みが、こちらを凝視しているように思えてならない。
「……やめろ……見るな……!」
思わず声を上げ、首を振る。
だが、目を逸らせば逸らすほど、背後からも同じ笑顔に見つめられている気がして、心臓がさらに早鐘を打った。
冷たい息が漏れ、喉がひゅっと狭まる。
田中は本能のままに赤いマットへ這い上がり、荒い息を吐いた。
肩は上下に大きく揺れ、喉は焼けるように乾いている。
たった数メートル進んだだけなのに、全身から力が抜け落ちていく。
(……逃げないと……ここから……)
背後のボールの海を見返すことはできなかった。
あの無数のにこちゃんマークに再び目を合わせたら、二度と抜け出せない気がした。
田中は視線を逸らし、暗闇へ身を投じるように通路を進む。
抜けた先――そこは、まったく別の空間だった。
床にはカラフルなマットが敷き詰められている。
だが、その上に並ぶのは均一とも乱雑ともつかないデスクとPC。
子どもの落書きのような図や笑顔がホワイトボードに描かれ、
さきほど見たあのにこちゃんマークが再びこちらを見つめている。
プリンターにはおもちゃが無理やり突っ込まれ、動作音を立てながら何枚もの紙を吐き出していた。
紙には稚拙な字で書かれた「かいぎ」「しごと」「しゃちょう」といった単語が並び、
だがその裏側には、読み取れない数列や奇妙な記号がびっしりと刻まれていた。
田中の胸に、ぞわりとした寒気が走る。
子どもの世界と大人の世界が、無理やり繋ぎ合わされている。
まるで幼い憧れが、醜く歪んで実体化したかのようだった。
そのとき――
プルルルル……
室内に甲高い電話のベルが響いた。
見れば、デスクの上に置かれた黒電話のおもちゃ。
だがその音は、玩具の域を超えて鋭く空気を震わせ、田中の鼓膜を抉った。
彼の背筋に、氷のような冷たさが走った。
受話器を取るべきか、逃げ出すべきか――。
腕を振るたびに鈍い色のボールがざらりと擦れ、冷たい汗のにじむ手に違和感を返す。
本来なら軽やかに弾むはずの玩具なのに、粘り気のある水の中を泳いでいるようで、呼吸さえ奪われそうだった。
「はぁっ……はぁっ……ここ……は……?」
喉は乾き、声は震え、胸は焼けるように熱い。
無理やり視線を上げると、周囲一面に広がる色とりどりの海――カラーボールの無限の波。
その深さは計り知れず、底など存在しないのではと錯覚する。
背筋に冷たいものが走り、思わず足を掻き寄せる。
そのとき、一つの黄色のボールが目に入った。
プリントされたにこちゃんマーク。
ただの印刷に過ぎないのに――今は違った。
黒い瞳孔と歪んだ笑みが、こちらを凝視しているように思えてならない。
「……やめろ……見るな……!」
思わず声を上げ、首を振る。
だが、目を逸らせば逸らすほど、背後からも同じ笑顔に見つめられている気がして、心臓がさらに早鐘を打った。
冷たい息が漏れ、喉がひゅっと狭まる。
田中は本能のままに赤いマットへ這い上がり、荒い息を吐いた。
肩は上下に大きく揺れ、喉は焼けるように乾いている。
たった数メートル進んだだけなのに、全身から力が抜け落ちていく。
(……逃げないと……ここから……)
背後のボールの海を見返すことはできなかった。
あの無数のにこちゃんマークに再び目を合わせたら、二度と抜け出せない気がした。
田中は視線を逸らし、暗闇へ身を投じるように通路を進む。
抜けた先――そこは、まったく別の空間だった。
床にはカラフルなマットが敷き詰められている。
だが、その上に並ぶのは均一とも乱雑ともつかないデスクとPC。
子どもの落書きのような図や笑顔がホワイトボードに描かれ、
さきほど見たあのにこちゃんマークが再びこちらを見つめている。
プリンターにはおもちゃが無理やり突っ込まれ、動作音を立てながら何枚もの紙を吐き出していた。
紙には稚拙な字で書かれた「かいぎ」「しごと」「しゃちょう」といった単語が並び、
だがその裏側には、読み取れない数列や奇妙な記号がびっしりと刻まれていた。
田中の胸に、ぞわりとした寒気が走る。
子どもの世界と大人の世界が、無理やり繋ぎ合わされている。
まるで幼い憧れが、醜く歪んで実体化したかのようだった。
そのとき――
プルルルル……
室内に甲高い電話のベルが響いた。
見れば、デスクの上に置かれた黒電話のおもちゃ。
だがその音は、玩具の域を超えて鋭く空気を震わせ、田中の鼓膜を抉った。
彼の背筋に、氷のような冷たさが走った。
受話器を取るべきか、逃げ出すべきか――。
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