品川駅――22時31分
スーツのボタンはひとつ外れ、ネクタイは緩んだまま。
田中は、どこか体の一部が軋むような感覚を抱えながら、ぎこちなく足を運んでいた。
背中には一日分の疲労がまとわりついている。
特に腰が――。
「……いてて」
小さく唸りながら腰に手を当てる。デスクワーク続きの身体に、今日も鞭を打つ。
何度目の月曜だろうかと、ぼんやり考える。
(あ〜……疲れた……月曜日からこれかよ)
呼吸の代わりのように、ため息が漏れた。
肩が落ち、口元は緩く下がっている。疲労と諦めが綯い交ぜになった表情で、改札前に立つ。
ポケットからスマホを取り出し、雑に画面を表示する。
無言で改札にかざした――その瞬間、
「ピンポーン!」
反応はなかった。代わりに、無慈悲な音とともに閉じた改札のバーが、膝にガツンと命中。
「っっ……!」
一拍置いて、鋭い視線が周囲から突き刺さる。
若い女性会社員、疲れた顔の中年男性、外国人旅行客――。
誰も言葉は発さない。だが、確実に見られている。
(……やめてくれ、俺を見ないでくれ……)
田中は小さくうつむきながら、額に手を当てるようにして顔を隠した。
物理的な痛みは一瞬だった。だが、羞恥心という名の鈍痛は、心臓の奥にまで染み込んでくる。
(これだからモバイルは嫌なんだよ……)
ため息交じりに今度はスマホを慎重にかざし、ポケットに突っ込みながら、PASM〇にするべきか、などとどうでもいいことを考える。
その間も、体は本能のように6番ホームへ向かっていた。
「やべっ……!もう着いてるじゃねぇかよぉぉ!」
足元から重力を蹴り、階段を駆け降りる。
息を切らしながらホームに飛び出すと、電車のドアがすでに開いていた。
吐き出された空気に、焦りが拍車をかける。
最後の一歩――その瞬間、
「……っ?」
足が、ホームに、つかない。
一瞬、重力が消える。足裏にあったはずの感触が、すうっと消えた。
視界が暗転し、音も、光も、空気さえも遠のいていく。
意識は、そのまま、落ちていった――。