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第18話 イメイア家 ⑥女の戦い -1/2-

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意外にも、ダンスホールは空いていた。
ルネのファン達が大分いなくなり、いるのはドレス姿の女性隊士達と、事務方の女性男性、教師など関係者だけだった。
今はプラグの兄、イルモンテ・カルタが穏やかな曲を奏でている。相変わらずの素晴らしさに一瞬聞き惚れる。カタリベの伴奏もあり、華麗さを引き立てている。
今日の主役――ルネとリリはまだいた。踊り疲れたのか、二人とも端の椅子に腰掛け休んでいる。

ホールではダンス教師のシェリル・ル・ロット先生とクロード・ル・ロット先生が楽しく優雅に踊っている。ダンスの補助教師達もいて、こちらも美しい衣装を着て踊っていた。
バウル教授やミッシェラ先生、その他の先生もちらほらいる。
踊りは円を描きながら女性をエスコートする、一番簡単な物だ。

「あ、思ったより少ないわ。関係者や先生ばかりね。これなら踊りやすそう」
アルスが言った。しかし女子達は焦っている。
踊れない代表でペイトが首を振った。
「あー、私は端で見てるわ。実際見ておけばどんな感じか分かるし。音楽ってこんな感じなのね、華やか。リルカはできそう?」
「これならたぶん……でも自信は無いわ。端でちょっと練習していいかしら」
するとシェリル先生とロット先生が気付いて、くるくる回りながら近づいて来た。

シェリル先生が、ロット先生と片手を繋いだまま優雅に礼をした。
「皆さんこんばんは! 素晴らしい夜ですね! 良い機会ですから、音に合わせて、少し踊ってみますか?」
シェリル先生の言葉に、ロット先生が苦笑する。
「さすがにまだ無理じゃないかな。でも、感じを見るだけでも勉強になるよ」
「そうですね。では、見学を。踊れる方は踊ってみて下さい。もう女性達は帰りましたので、緊張しなくてもいいですよ。あ、そうです。その前に、エアリ公爵夫妻にお礼とお祝いを。あ、人にぶつからないように、窓際を通って下さいね」
シェリル先生が微笑んだ。皆、思い出して頷いた。

「プラグ君」
踊っていたアドニスとナージャが止まり、歩いて来た。
「アドニス。ここにいたんだ」
「ええ、少し前から。ナージャさん、そろそろ下りましょう」
「はい」
ナージャが頷いた。
「疲れましたか?」
「いいえ、でも休憩しましょう。まだデザートはあるでしょうか」
ダンスホールでも軽食を配っているが、音楽があるので騒がしい。
「まだあると思うよ。ファンの人達も減ってる」
プラグは答えた。
アドニスとナージャは降りて行った。

ホールの端を歩く途中、プラグは窓の外を一瞬眺めた。日が落ちていて、窓も閉めてあるがカーテンは開いている。外は静かな闇……。一方、室内はきらびやかで、どこか奇妙な感じがする。
プラグは最後の方にルネに祝いを述べた。
アルスは先に言い終わって、少し避けて待っていた。

「お二人とも、改めまして。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」「ありがとうございます」
ルネとリリが答えた。
「お二人はそろそろ休むんですか?」
プラグの言葉にルネが頷いた。
「そうだね、そうするよ。後はリリ――じゃなかった、誰かに任せよう」
ルネが苦笑する。いつもの癖で言ったらしい。プラグも微笑んだ。
ルネは思い出話をする古参の隊士達に声をかけ、少し前に進み出た。

「では、僕達はこれで失礼致します。皆さん楽しんで下さい」
ルネ達は優雅に頭を下げて去って行った。ダンス途中だった教師達も一旦、止まって礼で見送る。そしてそのまま、帰る者もいた。
曲は途切れる事なく続いていて、残った数組がまた踊り出す。

「さて、じゃあ踊ろうか」
プラグはアルスに話しかけた。
「そうね、そうしましょう」
「どのあたり? 端?」
「ええ、皆そろって、窓際でいいんじゃない?」
プラグは頷き、アルスの手を取った。

「皆もこっちで踊る?」
プラグが言うと、リルカや貴族女性――カトリーヌ、リアンナが頷いた。
「そうするわ。えっとー誰か、踊れる人? フィニー君は? 踊れる?」
「できるけど、下手だよ凄く」
「じゃあちょっとくらいなら、教えるわ。とりあえずホールドから」
「えーっと、こうだっけ?」
「そうそう、右足から」
二人は動きを確認しながら、ゆっくりと、たどたどしく踊り始めた。

アラークが溜息を吐いた。
「じゃあ、俺はカトリと踊るか、いい? 踊れる?」
「え、はい、踊りは得意です」
二人とも首都貴族だからか、慣れた様子で踊り始めた。

「じゃ、俺も踊るか――誰か……あ、リアンナ? お前できるか」
言ったのはシオウだった。リアンナはぽつんと立っていたが、シオウを見て驚きながらも頷いた。
「あっ、はい、一応」
「じゃ、頼む。こっちの踊りよく分からんけど、ま、練習だな、ほら」
「あ、はい……!」
そして二人も踊り出した。シオウは普通に上手い。
貴族のマシルは何かを考えた末、誰かを探し――キールに声をかけていた。

プラグはと言うと、アルスと踊りながら様子を見て微笑んでいた。
「よそ見しないの」
「ああ、ごめん」
「それにしても上手いわね。普通に踊ってるし。どこで覚えたの?」
そう言うアルスもさすが王女。慣れている。プラグは苦笑した。
「実は、ここに来る前、猛特訓した。精霊騎士なら絶対必須だって。厳しかった」
「そうなの? 意外、あ、もうちょっと離れましょう」

アルスが進む先を示して言った。プラグはついて動く。
「貴方なら生まれた時から踊れそうよね」
「さすがに無理だよ。最初は相手の足、凄く踏んだし」
「ええ? 誰と踊ったの?」
「巫女のサリーと、ミーア、後は巫女全員と練習した。巫女もたまにダンスするから。女性の方も出来るよ」
「ああ、そうなの。大変ね。ふーん。笑い以外にもできない事があったのね? さっきの話、面白かったわ」
アルスが思い出し笑いをした。
「忘れてくれ。慣れないことはする物じゃない……」
「またやって欲しいわ」
「もう無理!」
「っふふ――この曲、素敵よね」
「うん」
しばらく音に耳を傾け、踊る事に集中した。アルスもそんな様子だ。
プラグはあまり踊りを好む方では無いのだが、楽しくなって来た。
「ダンスは好き?」
「ええ、面白いわ、あ、腕上げて、くぐりたいわ」
「ああ」
プラグが腕を上げると、アルスがくるりと回って、腕の下をくぐった。
アルスが微笑み、プラグを褒める。
「そうそう、上手よ」
アルスに言われてプラグは微笑んだ。
「ありがとう」
「踊るのって、楽しいわねー」
アルスはダンスが好きらしく、目を閉じて得意げだ。水を泳ぐ魚のようで、プラグは面白くなった。
「ああ」
それから、たまに、ああして、こうしてと言われ、応えながら、一分ほど踊っただろうか。

「――このくらいにしましょうか。後は皆に教えましょう」
「あ、そうだな」
珍しくプラグはもう少し踊りたいと思った。けれど候補生を放っておくのも忍びないので、アルスと一緒に窓際に戻った。

「すげー、普通に踊ってる!」
ビリーが褒めてくれた。
「お前なんでもできるんだなぁ」
エミールが呆れた様子で言った。プラグは苦笑した。
「これはそんなに難しくないから、皆もすぐできると思う。先生もいるし……」
するとシェリル先生が近づいて来て「特別授業、こっそりしますか?」と言った。
すると候補生達は、一瞬迷う者もいたが……深く頷いた。
実際のパーティだし、こんないい機会はない。
「では二人組になって、踊れる人は踊れない人とペアを組んで――ああ、そうだわ、その辺りの紳士淑女の皆様、皆さんをエスコォト! して下さいませんかー?」
シェリルは壁際で暇そうにしている隊士達を手招いた。
すると隊士達は「ああ」と頷いてこちらに来てくれた。女性も男性もいる。

「ダンスって、面倒だからねー」
と言ったのはリゼラだ。コリントも頷いている。
「俺も実際に踊るまではよく分からなかった。じゃあ、皆、候補生と組んでやろう。そしたら良いだろ」
「このダンスはそんなに難しくは無いですよ。教えますから、一緒に踊りましょう」
ピンク色のドレスを着たクラリーナが、優しく微笑んで、側にいたビリーの手を取った。ビリーは頰を染めて「お願いします!」と言っていた。
他の隊士達も小さな紳士淑女の手を取った。

「プラグ君、教えてくれる?」
言ったのは、ちょうど近くにいたバーバラだった。プラグは頷いた。
そしてプラグを含めた候補生達は踊り始めた。
――と言うよりは練習を始めたと言う感じだが、身内しかいないので問題は無い。
女性達はルネ達の退出の後、もう全て帰ってしまった……と思ったら、しばらくして、新たに五名ほど広間に入って来た。かなり若い、十代の少女達だ。
皆、綺麗なドレスを着てめかし込んでいる。

少女達は訓練着の候補生達が踊っているのを見て、少し戸惑った様子だ。
「あれ、終わっちゃったのかな」
「帰る?」

ちょうど近かったので、プラグは止まった。
「あ、バーバラ、ちょっと、声、掛けてくる」
「あ、うん」
バーバラは止まってくれた。プラグは少女達に声をかけた。

「――こんばんは。今から踊ります?」
「あ、はい……でももう、終わってます?」
「大丈夫ですよ。ちょっと詰めます。えっとー男性は、隊士が空いてるから、その方達と踊ります? せっかくですし」
「え、いいんですか?」
「ええ、気にせずどうぞ。皆も練習してますから、誰か呼んで来ます――えっと五人ですか?」
「ええ、あとでもう少し来ます」
「わかりました。少し待って下さい」

プラグは部屋の端を歩いて、余っていた男性隊士に声を掛けた。
「あちらの女性達が踊りたいそうなんですが、誰か、お相手をお願い出来ますか?」
「ああ――いいよ」「お、新しい子達が来たんだな」
隊士達は入り口の少女達を見て、快く頷いてくれた。隊士五名と一緒に戻って後は任せる。
少女達にお辞儀をされたので、プラグは軽く手を振って、後は任せてバーバラの所に戻った。

バーバラはクロード先生と踊っていたが、クロード先生がプラグが戻って来たのを見て交代した。プラグは先生に礼を言ってバーバラの手を取った。
「ごめん」
「いいわ。よし、頑張ろう! ちょっと教えてもらったわ。全然分からないけど!」
「よし、じゃあまずは、姿勢からだ」
「うん」
ダンス教室の先生達もいて、候補生達の様子を見てくれる。少女達も隊士と一緒に踊り――やがて、曲が盛り上がり、イルモンテが気合いを入れて終曲させる。

踊っている最中だったが、皆が注目する素晴らしさだ。
終曲と共に皆が足を止め、惜しみない拍手を送った。
イルモンテはすぐ立ち上がり礼をした。
「ありがとうございます。皆様、私は一旦休憩を挟みます。曲は続きますので、では……次、頼めるかな?」
「はい」
カタリベの女性がクラーシュの前に座る。
女性が弾き始めた曲は、踊る事もできるし、休む事もできる穏やかな曲だった。

「あ、休憩みたい。私も休もうかな」
バーバラが言った。十五分くらいは練習していたので、疲れただろう。
「どう、できそう?」
プラグは尋ねた。
「なんとか……引っ張ってもらえればできそう。意外に簡単に思えるけど、プラグ君がいるからよね?」
「そんな事は無いと思う。足、踏まないし、バーバラは筋が良いと思うよ。ステップもできているから」
プラグは少し遠くのフィニーとリルカを見た。フィニーはリルカの足を踏みまくって、ぶつかり合って、ついには転んでいた。
「初めてでこれなら、フィニーよりセンスがあるかも?」
バーバラが笑った。
「ねえ、ちょっと慣れたから、試しに、別の人と踊ってもいい? 隊士さんと」
「うん、いいよ。お疲れ様。俺は休憩する。――あそうだ、兄さんどこだ……」
「お兄さん?」
「さっきのクラーシュの人」
「え、そうなの」
「うん。挨拶したいけど……」
プラグはイルモンテを探したが、もう部屋にはいない。さっさと退出していたから、トイレだろうか。

候補生達は休憩している者もいるが、隊士とダンスの確認をしている者もいる。
プラグは端に寄って、椅子に座って休む事にした。今日はこのくらいにしておこう、と思ったのだ。後は久しぶりに会う兄ともう少し話したい。知っているかは分からないが、カルタの様子も聞きたいし、養父母への伝言を頼みたいのだ。
部屋の端には、休めるように、壁に沿って一人掛けの椅子が沢山用意されている。
プラグは、入って右側の壁、真ん中辺りに腰掛けた。
すると先程入って来た少女達が歩いて来て、声を掛けられた。
「あの、さっきはどうも……」
「あ、いえ」
プラグは立ち上がった。すると女性達が止めた。
「あ、どうぞ休んでいて下さい」
「私達も休みます。お隣、良いでしょうか?」
「ええ。それなら詰めますよ」
プラグが真ん中辺りだったので、プラグが奥に詰めれば皆が座れる。
プラグは部屋の隅、端の方へとに移動した。プラグの右側はあと三席で壁だ。
女性達は、ドレスの広がりがあるので真隣ではなく、一人目が二つほど開けてプラグの左隣に座った。後の三人もそれぞれ座ったが、残り二人はプラグの側に立っていた。

一人は金髪碧眼の少女で、深緑色のドレスを着ている。ドレスはレースが少なく、古風で地味な印象があった。年はプラグより少し上に見える。
もう一人は亜麻色の髪の少女だった。こちらは水色のドレスを着ている。
金髪碧眼の少女が、少し戸惑った様子で……丁寧にお辞儀をして話し掛けてきた。
「はじめまして。私、サンドラ・ル・ハインと申します。ここに兄がいて、公爵様にはお世話になっております」
髪を細く何本かに巻いて垂らし、耳の横の髪を三つ編みにしている。大人しそうな印象の少女で、下がりぎみの目尻が、どことなく優しげだ。整った顔立ちをしていて、美少女と言える。装飾品は青い石が入った金色のネックレスと、髪につけた緑のリボンだけだった。

「ああ、クライヴ隊士の妹さんですか?」
プラグはすぐに気が付いた。
「はい」
少女が頷いた。
クライヴ・ル・ハインは二十二歳、淡い金髪の隊士だ。優しげな目元が良く似ている。クライヴ隊士は、貴族で男爵の令息なので、彼女は男爵令嬢だ。立つべきなのだが、先程座っていて良いと言われたので座っておく。
プラグは――周囲を見たが、いないようだ。
「あれ……クライヴ隊士はいませんね?」
「ええ、下で会いました。あの、エアリ公爵様がこちらにいらっしゃると伺いましたが、もう、いらっしゃらないんでしょうか?」
「ああ、先程、退出されましたよ」
「そうなのですね。お祝いを言おうと思って来たのですが、またにします。もう帰ろうかしら……リーサさん、どうしましょう?」
サンドラは隣の少女に話し掛けた。
「そうね……早めに帰った方がいいかもしれないわ」
「ええ、もう、皆さん練習なさっているし。少し遅かったかも」
サンドラが苦笑した。
「帰られますか?」
プラグは尋ねた。するとサンドラが答えた。
「ええ、父が来ているので、皆で一緒に帰ります」
サンドラは保護者付きで来たらしい。確かにこの時間ならそれが安心だ。
「それなら下まで送りますよ」
プラグは立ち上がった。女性はドレスを着ていると、階段で滑って転ぶ事がある。そうならないように誰かが付き添うのが普通だ。

「あっ、私、兄に挨拶します」
すると一番端に座っていた、一番若い、十二歳くらいの少女が立ち上がった。
プラグは、彼女の癖の無いブラウンの髪と、藍色の目を見た時、あ、と思った。
「……あ! もしかしてマシルの妹さんですか?」
「あ。はい……! ライラ、です」
ライラの髪型は左右を少し編み込み、後は真っ直ぐに流すという、少女らしい簡単な結い方だが、編み込みに沿って百合の飾りがついているので、とても華やかで可愛い。
ドレスは黄緑色で、首にも百合の花をかたどったネックレスを付けているので、小ぶりなネックレスとリボンだけのサンドラの方が地味に見える。
貴族女性が髪を結うのはだいたい、十四、五歳頃からで、それまでは、ませている印象になるので下ろす事も多いが、今回、ライラが髪を結っていないのは、急な席だったからかもしれない。他の少女も凝った髪型はしていない。

「マシルは――ああ、あそこか」
プラグはマシルを探した。すると中央付近にいた。明らかに練習中だし、人の中にいるので、話し掛けづらかったのだろう。
「じゃあ呼んで来ますよ。サンドラさん達も座って、少し待っていて下さい。まだお時間は大丈夫ですか?」
「はい」
サンドラが笑って頷いた。
「なら、皆にも紹介しましょうか。適当に呼んで来ます」

「マシル」
プラグはマシルに近づいて声を掛けた。マシルはキールと真剣に練習をしていた。
「なんだ?」
プラグは部屋の端を示した。
「妹さんが来てるよ。ライラさん」
「えッ? ――うそ?」
マシルは驚いた様子で部屋の端を見た。
「あ、ほんとだ! おお、ライラ!」
マシルが笑顔で手を振った。ライラも立ち上がって近づいて来た。
入って来たとき見えたはずだが、気づいていなかったらしい。
そう言えばライラは最後に入ってきたから、少女達の影か、扉の陰に隠れていたのかもしれない。

兄妹は手を取り合った。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
「ああ、お前今日は何で来たんだ? って言うか、良く来たな?」
「うん、サンドラ様達が誘って下さって、今、あちらにいるからご挨拶して来てよ」
「ああ、わかった」
マシルは歩き始めたが、ライラはその場に残った。
「マシルの妹?」「わー、かわいい!」
候補生達は興味津々だ。
「こんにちは……ではなくて、こんばんは皆様。初めまして。マシルの妹、ライラ・ル・プルレウスです。いつも兄がお世話になっています」
「わー! 妹?」「よく似てる」「よろしくねー」
「お幾つなの?」
「十二歳です」
「わー! かわいい!」「マシルがよく話してるよ。確かに可愛い」
ライラは目が大きく、とても愛らしい少女だった。
「お邪魔してすみません」
ライラが恐縮して言った。
「ご飯、食べた?」
「はい、少し頂きました」
「楽しんでねー、時間も、もうちょいあると思うから」
「あ、サンドラ様達ね。私も挨拶しようかしら」
アルスが言った。
「知り合い?」
「ええ、たまに話すわ。お邪魔かしら?」
「どうだろう。そろそろ帰るみたいに仰っていたけど」
とそこで、ライラが「あれ?」と声を上げた。
「……まさか、……あの……? 王女、殿下……?」
「あ、そうだけど、今はアルスで良いわ。気にしないで。ライラさんはサンドラ様達とは仲がいいの?」
アルスが微笑んだ。
――ライラはアルスをしばらく見て、ひえっと姿勢を正して頭を下げた。
「いえ! まだ先週会ったばかりですけど、仲良くしてくれます」
「そうなのね。あ、ライラさん達は、選挙でいらしているのかしら?」
「はい! 投票に付き添って。兄がいるので、初めて……ついてきました」
「そうなのね。じゃあ挨拶してくるわ。一緒に戻る?」
「あ、はい……!」
ライラは瞬きを繰り返しながら、戸惑いつつ、アルスについていった。
どうやらアルスとライラは初対面らしい。
少しライラが可愛そうになったので、プラグもついて行くことにする。

「確かサンドラ様のお父様と、プルレウス男爵様は仲が良いのよね」
アルスがライラに話しかけた。
「あ、はい」
「そうなんだ?」
プラグが言うとアルスが説明した。
「サンドラ様のお父様は評議員で、プルレウス様は良くお手伝いをしているわ。でも投票できたかしら?」
「それが、母がくじに当たってしまって。父は評議員のお手伝いをしています」
「まあ、そうなの? おめでとう!」

来月……七月末に、三年に一回の評議員選挙があるのだが、投票権は『ゼ・キルト・ストラヴェル』『ゼ・ハイング・ラヴェル』『ゼ・ライン・アストラ』の名を持つ王族全員と、公爵三家、公爵と公爵夫人、公爵の子供。そして各領の領主にある。
それ以外にも貴族票があり、これは成人した全貴族の中から、選ばれた貴族五十名が投票する。
決定はくじ引きで、性別を問わないので「えっ私が?」と言う貴族婦人や、成人した貴族令嬢が当たる事もある。
くじの結果が分かるのは六月の頭。くじに当たると近い城から、立派な使者が来て、投票命令を読み上げて、希望の日付に首都まで送迎してくれる。そして投票が終わって帰るまで護衛がついてくれるのだ。服が無ければタダで借りるか、割安で作ってもらえるし、宿泊は城内の屋敷を使わせてもらえる。もちろん家族も一緒に泊まれる。
地方貴族にとっては珍しい首都観光、タダ旅行の機会だが、当たってしまって戸惑うこともある――と聞いている。大抵は大喜びで、家族を連れて出かける事が多い。

プラグはサンドラ達の元へ戻り、マシルを含め改めて自己紹介をしあった。
マシルの挨拶は終わっていたので、次はアルスだ。
「サンドラ様、お久しぶりです。お元気そうですね」
ところがアルスは微笑んで普通に声をかけただけだ。
一方、サンドラ達は椅子から立って、丁寧に挨拶していた。
「はい、王女殿下におかれましても、ご機嫌麗しゅう」
「皆さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」
アルスは微笑んだ。女性達は立ち上がって、微笑んで「はい、王女殿下」と頭を下げる。自己紹介は省略された。どうやら皆、知り合いらしい。

そこでマシルがプラグを見た。
「お前、自己紹介まだだったのか? 貴族に会ったらちゃんとしろよ?」
「ああ、そうだね。忘れてた」
すぐ帰るだろうから、必要ないと思って省いてしまったのだ。これは良くなかったと反省する。
プラグは頷き、胸に右手を当て、頭を下げた。
騎士は胸に手を当てるとき、拳を握るが、貴族は指先を伸ばす。
ストラヴェルの場合、貴族同士では跪く挨拶は王族にしかしないので立礼が基本だ。その後で名乗る。
「先程は失礼致しました。プラグ・カルタです。カルタ領、フラム・カルタ伯爵の養子で五男です。以後お見知りおきを」
正確にはプラグは貴族では無いのだが、領主は伯爵として扱われるので、プラグも伯爵令息の扱いとなる。

するとサンドラが目を輝かせた。
「プラグ・カルタ様ですよね。サンドラ・ル・ハインと申します。お噂はかねがね伺っております」
「――え?」
プラグはえっと思ったし、マシルも首を傾げた。
「先日、アルマティラ・ラ・イメイア様を助けたとか……」
サンドラの言葉でプラグは納得した。
「ああ、よくご存じですね?」
「それは勿論。彼女のお父様が皆様に話していらっしゃいました」
「あー……そうなんですね、なるほど」
プラグは苦笑するに留めた。お礼をもらったし、明日にでも手紙を書こうと思った。

「私はリーサ・ル・ロベルナと申します。お会い出てきて光栄です」
「フィリル・ル・マータと申します。私も、お会いしたいと思っておりました」
「ベルナ・ラ・ニューラと申します。先程はありがとうございました」
残りの三人の女性も順番に名乗ってくれたのだが、どの女性もにこやかだ。

「お前、なんかしたのか?」
マシルが首を傾げて言った。
「少し前に、街でアルスと偶然会ったんだけど、その時に、侯爵令嬢を助けたんだ」
「もう噂になってるのね。さすが早いわー」
アルスが苦笑する。
「あ。それってもしかして、首都が封鎖されたときか?」
「そうその日」
「どこかの馬車が襲われた、とは聞いたけど……助けたのお前だったのかよ? と言うか、アルマティラ様だったのか……彼女、大丈夫だったのか?」
そう言うマシルもよく知っている。
「よく知ってるね?」
「俺、その日、外に出てたんだよ。近衛の説明を聞いて、慌てて帰ったけど」
「そうなんだ。うん、教会だったから、すぐ治療ができて。もう治ったのかな……?」
「アルマティラ様なら、お元気ですよ。昨日も、今日もお城でお見かけしましたから」
サンドラが微笑んで言った。
「あ、そうなんですね。良かった」
プラグはほっと息を吐いた。御者も護衛も死亡し、かなり衝撃を受けていた様子だったし、怪我も酷かったので心配していた。
サンドラが続けた。
「昨日はすぐ帰られたみたいですが、今日、もしかして、いらっしゃるかも……? お昼にお話ししたので……」
ちょうどその時、扉が開いた。顔を出したのはリズだ。リズは部屋に入って、あちこち見て、まずアルスに気付き、プラグに気付いて手招いた。

「プラグ、あとアルスも、ちょっと来い」
「はい?」
唐突だったし、動きが怪しいので何だろうと思った。
「いいから来い、ささっとな!」
「はい」
プラグは返事をして「では呼ばれたので失礼します」と言ってアルスと二人で部屋を出た。

■ ■ ■

「イメイア侯爵と令嬢が来てる。適当に失礼のないように。小切手の礼をしとけ」
リズが説明した。
プラグとアルスは顔を見合わせ、何となく緊張しつつ、階段を下りた。

一階の玄関ホールには、アルマティラとその父、エンディ・ラ・イメイア侯爵がいた。
二人はプラグを見ると表情を輝かせ、特にエンディは凄い勢いで近づいて来た。

「おお! プラグさん、お怪我は大丈夫ですか」
――そう言えばそうだった、と思いプラグは頷いた。
「はい。あれからきちんと治療して、治りました。いつもの事です」
精霊騎士課程が体罰をしている、と噂になるのは不味いのでなるべく軽く言っておいた。
「いや、びっくりしましたよ! おおぉ、なるほど、きれいなお顔だ!」
綺麗な、がとても、かなり強調されていた。
両手はしっかり握られている。
「……あ、はい、……あの、お礼を、沢山頂いてしまって、逆に申し訳無いのですが」
「いやいや、お気になさらず。安いくらいですよ! 娘に叱られまして」
イメイア侯爵がプラグの手を放し、さりげなくプラグの肩に手を置き、娘の方を見た。

アルマティラは今日はピンク色のドレスを着ている。深く、お辞儀をした。
「プラグ様、先日は、本当に……ありがとうございました……!」
頭を下げたまま言って、さらに続けた。
「本当に、貴方は命の恩人です……! 心から、感謝しています……どうしてもお礼を言いたくて、こうして、直接、来てしまいました。不作法をお許し下さい」

そこで彼女はようやく顔を上げた。
「王女殿下にも、ご迷惑をお掛けしました。お二人の力があって、こうして無事に回復しました。改めてお礼を申し上げます」
プラグは微笑んだ。
「とにかくご無事で良かったです。アルマティラ様はもう具合はよろしいのでしょうか……?」
化粧で誤魔化しているが、アルマティラは少しやつれているように見えるのだ。
正直言って、アルマティラの怪我ならもう少し寝込んでいてもおかしくない。
するとアルマティラが、目を潤ませ微笑んだ。
「ええ、もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「よかった、しばらくは無理はなさらず、養生なさってくださいね」
「――はい」
そこでイメイア侯爵が口を開いた。
「そう言えば、プラグさんの、お兄様の、イルモンテ様がこちらにいらしているとか。今、上におられますかな?」
「――いえ、先程、休憩に行って――」

するとちょうどイルモンテが、玄関ホールの中央……食堂の扉から出て来た。
「ふぅ沢山食べたー。お腹空いて死ぬかと思ったよ!」
「あれ……?」
「お、プラグだ! やぁ」
「兄さん。ここで食べたんですね」
「ああ、そうそう。取っておいてもらったんだ。演奏中に腹が鳴って困ったよ。あ、人も減ったし、君も演奏する?」
「いえ……今日はやめておきます」
プラグは首を振った。プラグはイルモンテのクラーシュに合わせて、一緒に演奏したり、歌ったりした事がある。
ちなみにイルモンテはプラグがアメルであること――女装趣味は知っているが、プラグが精霊だと言う事は知らない。
「勿体ない。折角の機会なのにー、ってそちらは? あれ、イメイア侯爵様ですか? こんなところに? って失礼か。そうだね、今日はお祝いだし、どうです、最後に一曲弾くので聴いていきます?」
イルモンテは音楽家にしては気難しくなく、誰に対してもこんな感じだ。その為、よく貴族に呼ばれる。
「おお! それは是非とも! アルマティラも一曲聴くくらいならいいだろう」
「ええ、そうですわね。でも、私もう、調子は良いんですの。あ。プラグ様もよろしければご一緒にどうでしょう?」
アルマティラが言ったが。プラグは即座に首を振った。

「あの……大変、申し訳ありませんが……まだ手伝いが残っていますので。そちらに行きます」
当然、嘘だったが……上の階に行ったら……サンドラ達にも見られるだろう。
そのままアルマティラと踊る流れになるかもしれない。それはあまり嬉しくない気がする。
下手をしたらそのまま、別の令嬢にも誘われる。
夜会はカルタでも何度かあったが……結局、全員と踊らなければ放してもらえないし、下手をすると、クラーシュを弾いて欲しい、弦楽器を弾いて欲しいと言われてしまう。
プラグはとりあえず精霊の様子を見に行こうと思った。おそらく宴会をしていると思う。

イルモンテが残念そうにした。
「なんだー、そうなの? じゃ、手伝い頑張って。行きましょう皆さん」
イルモンテは先に階段を上がっていく。プラグはほっとした。

「ええ、そうですわね……プラグ様、今日はこれで失礼致します。後日、改めてお礼の席を設けます。母もとっても感謝していたので」
アルマティラが言った。
「おお、そうだな。ニーナも会いたがっていた。どうでしょう? 次の休みにでも」
イメイア侯爵が言ったが、プラグは苦笑を作って、首を振った。
「申し訳ありませんが――休日はなるべく鍛練に充てたいので。お断りさせて頂きます。夫人にはよろしくお伝え下さい」
「ほう……それなら仕方無いな。頑張って良い騎士になってください」
イメイア侯爵がプラグの背に軽く触れた。背中はあまり嬉しくないが、軽く叩かれただけで嫌がるのは失礼だ。
「はい。ありがとうございます」
プラグは頭を下げた。
――これでもう良いと思う。後は手紙でいい。
しかし、アルマティラがプラグの左手を取った。
「あの、やっぱり、一緒に一曲、聴きませんか? お手伝いはもう少し後にして」
プラグは戸惑ったが、また首を振った。
「申し訳ありません。呼ばれているので……怒られます」
「まあ、真面目な方なのですね、失礼致しましたわ。お会い出来て本当に良かったです」
アルマティラが笑顔で手を放し、礼をして、父を追った。

プラグは二人の背中を見た。
……別にあの親子がどうこう、と言う訳では無いのだが、ルネに注意を促されていたし、また顔を殴られたくは無いので、近づかない方が無難だろう……。少し申し訳無く思った。
プラグはさあ行くか、と思ってきびすを返したが、すぐには歩き出さなかった。
理由はアルスが動かずにいるからだ。プラグはもう一度振り返り、アルマティラの姿が見えなくなった後、声をかけた。
「……どうしたの?」
「いえ、別に。どうしようかしら私……? 一緒に出て行っていいのかしら。貴方と、手伝いに……」
どうやらアルスは次の行動で迷っていたらしい。会話の間は、とても大人しく空気に徹していたが……。
「とりあえず行こう。早く行かないと怒られるよ? ほら」
とりあえず、プラグはアルスの手を引いた。

「いやアルス、お前は上に行ってこい」
するとアルスより更に空気だったリズが言った。ちなみにアルスの背後には更に更に空気だった近衛の二人がいる。
「え――?」
リズの言葉にアルスが目を丸くした。
「候補生代表つーことで。プラグは手伝いサボるな。厨房か? こっちは手、足りてるか?」
「どうでしょう。宿舎の方がいいかな。掃除しないと。あと、大広間ももう少し片づけしたいので……」
プラグは頷いた。
「あーはいはい、散らかってるだろうなぁ」
リズが言ったが、アルスは戸惑っているようだ。

「アルスはいいの……?」
プラグもリズの意図が分からず言ったのだが、リズに「ほら行った!」と言われて、追い立てられた。


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意外にも、ダンスホールは空いていた。
ルネのファン達が大分いなくなり、いるのはドレス姿の女性隊士達と、事務方の女性男性、教師など関係者だけだった。
今はプラグの兄、イルモンテ・カルタが穏やかな曲を奏でている。相変わらずの素晴らしさに一瞬聞き惚れる。カタリベの伴奏もあり、華麗さを引き立てている。
今日の主役――ルネとリリはまだいた。踊り疲れたのか、二人とも端の椅子に腰掛け休んでいる。
ホールではダンス教師のシェリル・ル・ロット先生とクロード・ル・ロット先生が楽しく優雅に踊っている。ダンスの補助教師達もいて、こちらも美しい衣装を着て踊っていた。
バウル教授やミッシェラ先生、その他の先生もちらほらいる。
踊りは円を描きながら女性をエスコートする、一番簡単な物だ。
「あ、思ったより少ないわ。関係者や先生ばかりね。これなら踊りやすそう」
アルスが言った。しかし女子達は焦っている。
踊れない代表でペイトが首を振った。
「あー、私は端で見てるわ。実際見ておけばどんな感じか分かるし。音楽ってこんな感じなのね、華やか。リルカはできそう?」
「これならたぶん……でも自信は無いわ。端でちょっと練習していいかしら」
するとシェリル先生とロット先生が気付いて、くるくる回りながら近づいて来た。
シェリル先生が、ロット先生と片手を繋いだまま優雅に礼をした。
「皆さんこんばんは! 素晴らしい夜ですね! 良い機会ですから、音に合わせて、少し踊ってみますか?」
シェリル先生の言葉に、ロット先生が苦笑する。
「さすがにまだ無理じゃないかな。でも、感じを見るだけでも勉強になるよ」
「そうですね。では、見学を。踊れる方は踊ってみて下さい。もう女性達は帰りましたので、緊張しなくてもいいですよ。あ、そうです。その前に、エアリ公爵夫妻にお礼とお祝いを。あ、人にぶつからないように、窓際を通って下さいね」
シェリル先生が微笑んだ。皆、思い出して頷いた。
「プラグ君」
踊っていたアドニスとナージャが止まり、歩いて来た。
「アドニス。ここにいたんだ」
「ええ、少し前から。ナージャさん、そろそろ下りましょう」
「はい」
ナージャが頷いた。
「疲れましたか?」
「いいえ、でも休憩しましょう。まだデザートはあるでしょうか」
ダンスホールでも軽食を配っているが、音楽があるので騒がしい。
「まだあると思うよ。ファンの人達も減ってる」
プラグは答えた。
アドニスとナージャは降りて行った。
ホールの端を歩く途中、プラグは窓の外を一瞬眺めた。日が落ちていて、窓も閉めてあるがカーテンは開いている。外は静かな闇……。一方、室内はきらびやかで、どこか奇妙な感じがする。
プラグは最後の方にルネに祝いを述べた。
アルスは先に言い終わって、少し避けて待っていた。
「お二人とも、改めまして。ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう」「ありがとうございます」
ルネとリリが答えた。
「お二人はそろそろ休むんですか?」
プラグの言葉にルネが頷いた。
「そうだね、そうするよ。後はリリ――じゃなかった、誰かに任せよう」
ルネが苦笑する。いつもの癖で言ったらしい。プラグも微笑んだ。
ルネは思い出話をする古参の隊士達に声をかけ、少し前に進み出た。
「では、僕達はこれで失礼致します。皆さん楽しんで下さい」
ルネ達は優雅に頭を下げて去って行った。ダンス途中だった教師達も一旦、止まって礼で見送る。そしてそのまま、帰る者もいた。
曲は途切れる事なく続いていて、残った数組がまた踊り出す。
「さて、じゃあ踊ろうか」
プラグはアルスに話しかけた。
「そうね、そうしましょう」
「どのあたり? 端?」
「ええ、皆そろって、窓際でいいんじゃない?」
プラグは頷き、アルスの手を取った。
「皆もこっちで踊る?」
プラグが言うと、リルカや貴族女性――カトリーヌ、リアンナが頷いた。
「そうするわ。えっとー誰か、踊れる人? フィニー君は? 踊れる?」
「できるけど、下手だよ凄く」
「じゃあちょっとくらいなら、教えるわ。とりあえずホールドから」
「えーっと、こうだっけ?」
「そうそう、右足から」
二人は動きを確認しながら、ゆっくりと、たどたどしく踊り始めた。
アラークが溜息を吐いた。
「じゃあ、俺はカトリと踊るか、いい? 踊れる?」
「え、はい、踊りは得意です」
二人とも首都貴族だからか、慣れた様子で踊り始めた。
「じゃ、俺も踊るか――誰か……あ、リアンナ? お前できるか」
言ったのはシオウだった。リアンナはぽつんと立っていたが、シオウを見て驚きながらも頷いた。
「あっ、はい、一応」
「じゃ、頼む。こっちの踊りよく分からんけど、ま、練習だな、ほら」
「あ、はい……!」
そして二人も踊り出した。シオウは普通に上手い。
貴族のマシルは何かを考えた末、誰かを探し――キールに声をかけていた。
プラグはと言うと、アルスと踊りながら様子を見て微笑んでいた。
「よそ見しないの」
「ああ、ごめん」
「それにしても上手いわね。普通に踊ってるし。どこで覚えたの?」
そう言うアルスもさすが王女。慣れている。プラグは苦笑した。
「実は、ここに来る前、猛特訓した。精霊騎士なら絶対必須だって。厳しかった」
「そうなの? 意外、あ、もうちょっと離れましょう」
アルスが進む先を示して言った。プラグはついて動く。
「貴方なら生まれた時から踊れそうよね」
「さすがに無理だよ。最初は相手の足、凄く踏んだし」
「ええ? 誰と踊ったの?」
「巫女のサリーと、ミーア、後は巫女全員と練習した。巫女もたまにダンスするから。女性の方も出来るよ」
「ああ、そうなの。大変ね。ふーん。笑い以外にもできない事があったのね? さっきの話、面白かったわ」
アルスが思い出し笑いをした。
「忘れてくれ。慣れないことはする物じゃない……」
「またやって欲しいわ」
「もう無理!」
「っふふ――この曲、素敵よね」
「うん」
しばらく音に耳を傾け、踊る事に集中した。アルスもそんな様子だ。
プラグはあまり踊りを好む方では無いのだが、楽しくなって来た。
「ダンスは好き?」
「ええ、面白いわ、あ、腕上げて、くぐりたいわ」
「ああ」
プラグが腕を上げると、アルスがくるりと回って、腕の下をくぐった。
アルスが微笑み、プラグを褒める。
「そうそう、上手よ」
アルスに言われてプラグは微笑んだ。
「ありがとう」
「踊るのって、楽しいわねー」
アルスはダンスが好きらしく、目を閉じて得意げだ。水を泳ぐ魚のようで、プラグは面白くなった。
「ああ」
それから、たまに、ああして、こうしてと言われ、応えながら、一分ほど踊っただろうか。
「――このくらいにしましょうか。後は皆に教えましょう」
「あ、そうだな」
珍しくプラグはもう少し踊りたいと思った。けれど候補生を放っておくのも忍びないので、アルスと一緒に窓際に戻った。
「すげー、普通に踊ってる!」
ビリーが褒めてくれた。
「お前なんでもできるんだなぁ」
エミールが呆れた様子で言った。プラグは苦笑した。
「これはそんなに難しくないから、皆もすぐできると思う。先生もいるし……」
するとシェリル先生が近づいて来て「特別授業、こっそりしますか?」と言った。
すると候補生達は、一瞬迷う者もいたが……深く頷いた。
実際のパーティだし、こんないい機会はない。
「では二人組になって、踊れる人は踊れない人とペアを組んで――ああ、そうだわ、その辺りの紳士淑女の皆様、皆さんをエスコォト! して下さいませんかー?」
シェリルは壁際で暇そうにしている隊士達を手招いた。
すると隊士達は「ああ」と頷いてこちらに来てくれた。女性も男性もいる。
「ダンスって、面倒だからねー」
と言ったのはリゼラだ。コリントも頷いている。
「俺も実際に踊るまではよく分からなかった。じゃあ、皆、候補生と組んでやろう。そしたら良いだろ」
「このダンスはそんなに難しくは無いですよ。教えますから、一緒に踊りましょう」
ピンク色のドレスを着たクラリーナが、優しく微笑んで、側にいたビリーの手を取った。ビリーは頰を染めて「お願いします!」と言っていた。
他の隊士達も小さな紳士淑女の手を取った。
「プラグ君、教えてくれる?」
言ったのは、ちょうど近くにいたバーバラだった。プラグは頷いた。
そしてプラグを含めた候補生達は踊り始めた。
――と言うよりは練習を始めたと言う感じだが、身内しかいないので問題は無い。
女性達はルネ達の退出の後、もう全て帰ってしまった……と思ったら、しばらくして、新たに五名ほど広間に入って来た。かなり若い、十代の少女達だ。
皆、綺麗なドレスを着てめかし込んでいる。
少女達は訓練着の候補生達が踊っているのを見て、少し戸惑った様子だ。
「あれ、終わっちゃったのかな」
「帰る?」
ちょうど近かったので、プラグは止まった。
「あ、バーバラ、ちょっと、声、掛けてくる」
「あ、うん」
バーバラは止まってくれた。プラグは少女達に声をかけた。
「――こんばんは。今から踊ります?」
「あ、はい……でももう、終わってます?」
「大丈夫ですよ。ちょっと詰めます。えっとー男性は、隊士が空いてるから、その方達と踊ります? せっかくですし」
「え、いいんですか?」
「ええ、気にせずどうぞ。皆も練習してますから、誰か呼んで来ます――えっと五人ですか?」
「ええ、あとでもう少し来ます」
「わかりました。少し待って下さい」
プラグは部屋の端を歩いて、余っていた男性隊士に声を掛けた。
「あちらの女性達が踊りたいそうなんですが、誰か、お相手をお願い出来ますか?」
「ああ――いいよ」「お、新しい子達が来たんだな」
隊士達は入り口の少女達を見て、快く頷いてくれた。隊士五名と一緒に戻って後は任せる。
少女達にお辞儀をされたので、プラグは軽く手を振って、後は任せてバーバラの所に戻った。
バーバラはクロード先生と踊っていたが、クロード先生がプラグが戻って来たのを見て交代した。プラグは先生に礼を言ってバーバラの手を取った。
「ごめん」
「いいわ。よし、頑張ろう! ちょっと教えてもらったわ。全然分からないけど!」
「よし、じゃあまずは、姿勢からだ」
「うん」
ダンス教室の先生達もいて、候補生達の様子を見てくれる。少女達も隊士と一緒に踊り――やがて、曲が盛り上がり、イルモンテが気合いを入れて終曲させる。
踊っている最中だったが、皆が注目する素晴らしさだ。
終曲と共に皆が足を止め、惜しみない拍手を送った。
イルモンテはすぐ立ち上がり礼をした。
「ありがとうございます。皆様、私は一旦休憩を挟みます。曲は続きますので、では……次、頼めるかな?」
「はい」
カタリベの女性がクラーシュの前に座る。
女性が弾き始めた曲は、踊る事もできるし、休む事もできる穏やかな曲だった。
「あ、休憩みたい。私も休もうかな」
バーバラが言った。十五分くらいは練習していたので、疲れただろう。
「どう、できそう?」
プラグは尋ねた。
「なんとか……引っ張ってもらえればできそう。意外に簡単に思えるけど、プラグ君がいるからよね?」
「そんな事は無いと思う。足、踏まないし、バーバラは筋が良いと思うよ。ステップもできているから」
プラグは少し遠くのフィニーとリルカを見た。フィニーはリルカの足を踏みまくって、ぶつかり合って、ついには転んでいた。
「初めてでこれなら、フィニーよりセンスがあるかも?」
バーバラが笑った。
「ねえ、ちょっと慣れたから、試しに、別の人と踊ってもいい? 隊士さんと」
「うん、いいよ。お疲れ様。俺は休憩する。――あそうだ、兄さんどこだ……」
「お兄さん?」
「さっきのクラーシュの人」
「え、そうなの」
「うん。挨拶したいけど……」
プラグはイルモンテを探したが、もう部屋にはいない。さっさと退出していたから、トイレだろうか。
候補生達は休憩している者もいるが、隊士とダンスの確認をしている者もいる。
プラグは端に寄って、椅子に座って休む事にした。今日はこのくらいにしておこう、と思ったのだ。後は久しぶりに会う兄ともう少し話したい。知っているかは分からないが、カルタの様子も聞きたいし、養父母への伝言を頼みたいのだ。
部屋の端には、休めるように、壁に沿って一人掛けの椅子が沢山用意されている。
プラグは、入って右側の壁、真ん中辺りに腰掛けた。
すると先程入って来た少女達が歩いて来て、声を掛けられた。
「あの、さっきはどうも……」
「あ、いえ」
プラグは立ち上がった。すると女性達が止めた。
「あ、どうぞ休んでいて下さい」
「私達も休みます。お隣、良いでしょうか?」
「ええ。それなら詰めますよ」
プラグが真ん中辺りだったので、プラグが奥に詰めれば皆が座れる。
プラグは部屋の隅、端の方へとに移動した。プラグの右側はあと三席で壁だ。
女性達は、ドレスの広がりがあるので真隣ではなく、一人目が二つほど開けてプラグの左隣に座った。後の三人もそれぞれ座ったが、残り二人はプラグの側に立っていた。
一人は金髪碧眼の少女で、深緑色のドレスを着ている。ドレスはレースが少なく、古風で地味な印象があった。年はプラグより少し上に見える。
もう一人は亜麻色の髪の少女だった。こちらは水色のドレスを着ている。
金髪碧眼の少女が、少し戸惑った様子で……丁寧にお辞儀をして話し掛けてきた。
「はじめまして。私、サンドラ・ル・ハインと申します。ここに兄がいて、公爵様にはお世話になっております」
髪を細く何本かに巻いて垂らし、耳の横の髪を三つ編みにしている。大人しそうな印象の少女で、下がりぎみの目尻が、どことなく優しげだ。整った顔立ちをしていて、美少女と言える。装飾品は青い石が入った金色のネックレスと、髪につけた緑のリボンだけだった。
「ああ、クライヴ隊士の妹さんですか?」
プラグはすぐに気が付いた。
「はい」
少女が頷いた。
クライヴ・ル・ハインは二十二歳、淡い金髪の隊士だ。優しげな目元が良く似ている。クライヴ隊士は、貴族で男爵の令息なので、彼女は男爵令嬢だ。立つべきなのだが、先程座っていて良いと言われたので座っておく。
プラグは――周囲を見たが、いないようだ。
「あれ……クライヴ隊士はいませんね?」
「ええ、下で会いました。あの、エアリ公爵様がこちらにいらっしゃると伺いましたが、もう、いらっしゃらないんでしょうか?」
「ああ、先程、退出されましたよ」
「そうなのですね。お祝いを言おうと思って来たのですが、またにします。もう帰ろうかしら……リーサさん、どうしましょう?」
サンドラは隣の少女に話し掛けた。
「そうね……早めに帰った方がいいかもしれないわ」
「ええ、もう、皆さん練習なさっているし。少し遅かったかも」
サンドラが苦笑した。
「帰られますか?」
プラグは尋ねた。するとサンドラが答えた。
「ええ、父が来ているので、皆で一緒に帰ります」
サンドラは保護者付きで来たらしい。確かにこの時間ならそれが安心だ。
「それなら下まで送りますよ」
プラグは立ち上がった。女性はドレスを着ていると、階段で滑って転ぶ事がある。そうならないように誰かが付き添うのが普通だ。
「あっ、私、兄に挨拶します」
すると一番端に座っていた、一番若い、十二歳くらいの少女が立ち上がった。
プラグは、彼女の癖の無いブラウンの髪と、藍色の目を見た時、あ、と思った。
「……あ! もしかしてマシルの妹さんですか?」
「あ。はい……! ライラ、です」
ライラの髪型は左右を少し編み込み、後は真っ直ぐに流すという、少女らしい簡単な結い方だが、編み込みに沿って百合の飾りがついているので、とても華やかで可愛い。
ドレスは黄緑色で、首にも百合の花をかたどったネックレスを付けているので、小ぶりなネックレスとリボンだけのサンドラの方が地味に見える。
貴族女性が髪を結うのはだいたい、十四、五歳頃からで、それまでは、ませている印象になるので下ろす事も多いが、今回、ライラが髪を結っていないのは、急な席だったからかもしれない。他の少女も凝った髪型はしていない。
「マシルは――ああ、あそこか」
プラグはマシルを探した。すると中央付近にいた。明らかに練習中だし、人の中にいるので、話し掛けづらかったのだろう。
「じゃあ呼んで来ますよ。サンドラさん達も座って、少し待っていて下さい。まだお時間は大丈夫ですか?」
「はい」
サンドラが笑って頷いた。
「なら、皆にも紹介しましょうか。適当に呼んで来ます」
「マシル」
プラグはマシルに近づいて声を掛けた。マシルはキールと真剣に練習をしていた。
「なんだ?」
プラグは部屋の端を示した。
「妹さんが来てるよ。ライラさん」
「えッ? ――うそ?」
マシルは驚いた様子で部屋の端を見た。
「あ、ほんとだ! おお、ライラ!」
マシルが笑顔で手を振った。ライラも立ち上がって近づいて来た。
入って来たとき見えたはずだが、気づいていなかったらしい。
そう言えばライラは最後に入ってきたから、少女達の影か、扉の陰に隠れていたのかもしれない。
兄妹は手を取り合った。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
「ああ、お前今日は何で来たんだ? って言うか、良く来たな?」
「うん、サンドラ様達が誘って下さって、今、あちらにいるからご挨拶して来てよ」
「ああ、わかった」
マシルは歩き始めたが、ライラはその場に残った。
「マシルの妹?」「わー、かわいい!」
候補生達は興味津々だ。
「こんにちは……ではなくて、こんばんは皆様。初めまして。マシルの妹、ライラ・ル・プルレウスです。いつも兄がお世話になっています」
「わー! 妹?」「よく似てる」「よろしくねー」
「お幾つなの?」
「十二歳です」
「わー! かわいい!」「マシルがよく話してるよ。確かに可愛い」
ライラは目が大きく、とても愛らしい少女だった。
「お邪魔してすみません」
ライラが恐縮して言った。
「ご飯、食べた?」
「はい、少し頂きました」
「楽しんでねー、時間も、もうちょいあると思うから」
「あ、サンドラ様達ね。私も挨拶しようかしら」
アルスが言った。
「知り合い?」
「ええ、たまに話すわ。お邪魔かしら?」
「どうだろう。そろそろ帰るみたいに仰っていたけど」
とそこで、ライラが「あれ?」と声を上げた。
「……まさか、……あの……? 王女、殿下……?」
「あ、そうだけど、今はアルスで良いわ。気にしないで。ライラさんはサンドラ様達とは仲がいいの?」
アルスが微笑んだ。
――ライラはアルスをしばらく見て、ひえっと姿勢を正して頭を下げた。
「いえ! まだ先週会ったばかりですけど、仲良くしてくれます」
「そうなのね。あ、ライラさん達は、選挙でいらしているのかしら?」
「はい! 投票に付き添って。兄がいるので、初めて……ついてきました」
「そうなのね。じゃあ挨拶してくるわ。一緒に戻る?」
「あ、はい……!」
ライラは瞬きを繰り返しながら、戸惑いつつ、アルスについていった。
どうやらアルスとライラは初対面らしい。
少しライラが可愛そうになったので、プラグもついて行くことにする。
「確かサンドラ様のお父様と、プルレウス男爵様は仲が良いのよね」
アルスがライラに話しかけた。
「あ、はい」
「そうなんだ?」
プラグが言うとアルスが説明した。
「サンドラ様のお父様は評議員で、プルレウス様は良くお手伝いをしているわ。でも投票できたかしら?」
「それが、母がくじに当たってしまって。父は評議員のお手伝いをしています」
「まあ、そうなの? おめでとう!」
来月……七月末に、三年に一回の評議員選挙があるのだが、投票権は『ゼ・キルト・ストラヴェル』『ゼ・ハイング・ラヴェル』『ゼ・ライン・アストラ』の名を持つ王族全員と、公爵三家、公爵と公爵夫人、公爵の子供。そして各領の領主にある。
それ以外にも貴族票があり、これは成人した全貴族の中から、選ばれた貴族五十名が投票する。
決定はくじ引きで、性別を問わないので「えっ私が?」と言う貴族婦人や、成人した貴族令嬢が当たる事もある。
くじの結果が分かるのは六月の頭。くじに当たると近い城から、立派な使者が来て、投票命令を読み上げて、希望の日付に首都まで送迎してくれる。そして投票が終わって帰るまで護衛がついてくれるのだ。服が無ければタダで借りるか、割安で作ってもらえるし、宿泊は城内の屋敷を使わせてもらえる。もちろん家族も一緒に泊まれる。
地方貴族にとっては珍しい首都観光、タダ旅行の機会だが、当たってしまって戸惑うこともある――と聞いている。大抵は大喜びで、家族を連れて出かける事が多い。
プラグはサンドラ達の元へ戻り、マシルを含め改めて自己紹介をしあった。
マシルの挨拶は終わっていたので、次はアルスだ。
「サンドラ様、お久しぶりです。お元気そうですね」
ところがアルスは微笑んで普通に声をかけただけだ。
一方、サンドラ達は椅子から立って、丁寧に挨拶していた。
「はい、王女殿下におかれましても、ご機嫌麗しゅう」
「皆さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」
アルスは微笑んだ。女性達は立ち上がって、微笑んで「はい、王女殿下」と頭を下げる。自己紹介は省略された。どうやら皆、知り合いらしい。
そこでマシルがプラグを見た。
「お前、自己紹介まだだったのか? 貴族に会ったらちゃんとしろよ?」
「ああ、そうだね。忘れてた」
すぐ帰るだろうから、必要ないと思って省いてしまったのだ。これは良くなかったと反省する。
プラグは頷き、胸に右手を当て、頭を下げた。
騎士は胸に手を当てるとき、拳を握るが、貴族は指先を伸ばす。
ストラヴェルの場合、貴族同士では跪く挨拶は王族にしかしないので立礼が基本だ。その後で名乗る。
「先程は失礼致しました。プラグ・カルタです。カルタ領、フラム・カルタ伯爵の養子で五男です。以後お見知りおきを」
正確にはプラグは貴族では無いのだが、領主は伯爵として扱われるので、プラグも伯爵令息の扱いとなる。
するとサンドラが目を輝かせた。
「プラグ・カルタ様ですよね。サンドラ・ル・ハインと申します。お噂はかねがね伺っております」
「――え?」
プラグはえっと思ったし、マシルも首を傾げた。
「先日、アルマティラ・ラ・イメイア様を助けたとか……」
サンドラの言葉でプラグは納得した。
「ああ、よくご存じですね?」
「それは勿論。彼女のお父様が皆様に話していらっしゃいました」
「あー……そうなんですね、なるほど」
プラグは苦笑するに留めた。お礼をもらったし、明日にでも手紙を書こうと思った。
「私はリーサ・ル・ロベルナと申します。お会い出てきて光栄です」
「フィリル・ル・マータと申します。私も、お会いしたいと思っておりました」
「ベルナ・ラ・ニューラと申します。先程はありがとうございました」
残りの三人の女性も順番に名乗ってくれたのだが、どの女性もにこやかだ。
「お前、なんかしたのか?」
マシルが首を傾げて言った。
「少し前に、街でアルスと偶然会ったんだけど、その時に、侯爵令嬢を助けたんだ」
「もう噂になってるのね。さすが早いわー」
アルスが苦笑する。
「あ。それってもしかして、首都が封鎖されたときか?」
「そうその日」
「どこかの馬車が襲われた、とは聞いたけど……助けたのお前だったのかよ? と言うか、アルマティラ様だったのか……彼女、大丈夫だったのか?」
そう言うマシルもよく知っている。
「よく知ってるね?」
「俺、その日、外に出てたんだよ。近衛の説明を聞いて、慌てて帰ったけど」
「そうなんだ。うん、教会だったから、すぐ治療ができて。もう治ったのかな……?」
「アルマティラ様なら、お元気ですよ。昨日も、今日もお城でお見かけしましたから」
サンドラが微笑んで言った。
「あ、そうなんですね。良かった」
プラグはほっと息を吐いた。御者も護衛も死亡し、かなり衝撃を受けていた様子だったし、怪我も酷かったので心配していた。
サンドラが続けた。
「昨日はすぐ帰られたみたいですが、今日、もしかして、いらっしゃるかも……? お昼にお話ししたので……」
ちょうどその時、扉が開いた。顔を出したのはリズだ。リズは部屋に入って、あちこち見て、まずアルスに気付き、プラグに気付いて手招いた。
「プラグ、あとアルスも、ちょっと来い」
「はい?」
唐突だったし、動きが怪しいので何だろうと思った。
「いいから来い、ささっとな!」
「はい」
プラグは返事をして「では呼ばれたので失礼します」と言ってアルスと二人で部屋を出た。
■ ■ ■
「イメイア侯爵と令嬢が来てる。適当に失礼のないように。小切手の礼をしとけ」
リズが説明した。
プラグとアルスは顔を見合わせ、何となく緊張しつつ、階段を下りた。
一階の玄関ホールには、アルマティラとその父、エンディ・ラ・イメイア侯爵がいた。
二人はプラグを見ると表情を輝かせ、特にエンディは凄い勢いで近づいて来た。
「おお! プラグさん、お怪我は大丈夫ですか」
――そう言えばそうだった、と思いプラグは頷いた。
「はい。あれからきちんと治療して、治りました。いつもの事です」
精霊騎士課程が体罰をしている、と噂になるのは不味いのでなるべく軽く言っておいた。
「いや、びっくりしましたよ! おおぉ、なるほど、きれいなお顔だ!」
綺麗な、がとても、かなり強調されていた。
両手はしっかり握られている。
「……あ、はい、……あの、お礼を、沢山頂いてしまって、逆に申し訳無いのですが」
「いやいや、お気になさらず。安いくらいですよ! 娘に叱られまして」
イメイア侯爵がプラグの手を放し、さりげなくプラグの肩に手を置き、娘の方を見た。
アルマティラは今日はピンク色のドレスを着ている。深く、お辞儀をした。
「プラグ様、先日は、本当に……ありがとうございました……!」
頭を下げたまま言って、さらに続けた。
「本当に、貴方は命の恩人です……! 心から、感謝しています……どうしてもお礼を言いたくて、こうして、直接、来てしまいました。不作法をお許し下さい」
そこで彼女はようやく顔を上げた。
「王女殿下にも、ご迷惑をお掛けしました。お二人の力があって、こうして無事に回復しました。改めてお礼を申し上げます」
プラグは微笑んだ。
「とにかくご無事で良かったです。アルマティラ様はもう具合はよろしいのでしょうか……?」
化粧で誤魔化しているが、アルマティラは少しやつれているように見えるのだ。
正直言って、アルマティラの怪我ならもう少し寝込んでいてもおかしくない。
するとアルマティラが、目を潤ませ微笑んだ。
「ええ、もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「よかった、しばらくは無理はなさらず、養生なさってくださいね」
「――はい」
そこでイメイア侯爵が口を開いた。
「そう言えば、プラグさんの、お兄様の、イルモンテ様がこちらにいらしているとか。今、上におられますかな?」
「――いえ、先程、休憩に行って――」
するとちょうどイルモンテが、玄関ホールの中央……食堂の扉から出て来た。
「ふぅ沢山食べたー。お腹空いて死ぬかと思ったよ!」
「あれ……?」
「お、プラグだ! やぁ」
「兄さん。ここで食べたんですね」
「ああ、そうそう。取っておいてもらったんだ。演奏中に腹が鳴って困ったよ。あ、人も減ったし、君も演奏する?」
「いえ……今日はやめておきます」
プラグは首を振った。プラグはイルモンテのクラーシュに合わせて、一緒に演奏したり、歌ったりした事がある。
ちなみにイルモンテはプラグがアメルであること――女装趣味は知っているが、プラグが精霊だと言う事は知らない。
「勿体ない。折角の機会なのにー、ってそちらは? あれ、イメイア侯爵様ですか? こんなところに? って失礼か。そうだね、今日はお祝いだし、どうです、最後に一曲弾くので聴いていきます?」
イルモンテは音楽家にしては気難しくなく、誰に対してもこんな感じだ。その為、よく貴族に呼ばれる。
「おお! それは是非とも! アルマティラも一曲聴くくらいならいいだろう」
「ええ、そうですわね。でも、私もう、調子は良いんですの。あ。プラグ様もよろしければご一緒にどうでしょう?」
アルマティラが言ったが。プラグは即座に首を振った。
「あの……大変、申し訳ありませんが……まだ手伝いが残っていますので。そちらに行きます」
当然、嘘だったが……上の階に行ったら……サンドラ達にも見られるだろう。
そのままアルマティラと踊る流れになるかもしれない。それはあまり嬉しくない気がする。
下手をしたらそのまま、別の令嬢にも誘われる。
夜会はカルタでも何度かあったが……結局、全員と踊らなければ放してもらえないし、下手をすると、クラーシュを弾いて欲しい、弦楽器を弾いて欲しいと言われてしまう。
プラグはとりあえず精霊の様子を見に行こうと思った。おそらく宴会をしていると思う。
イルモンテが残念そうにした。
「なんだー、そうなの? じゃ、手伝い頑張って。行きましょう皆さん」
イルモンテは先に階段を上がっていく。プラグはほっとした。
「ええ、そうですわね……プラグ様、今日はこれで失礼致します。後日、改めてお礼の席を設けます。母もとっても感謝していたので」
アルマティラが言った。
「おお、そうだな。ニーナも会いたがっていた。どうでしょう? 次の休みにでも」
イメイア侯爵が言ったが、プラグは苦笑を作って、首を振った。
「申し訳ありませんが――休日はなるべく鍛練に充てたいので。お断りさせて頂きます。夫人にはよろしくお伝え下さい」
「ほう……それなら仕方無いな。頑張って良い騎士になってください」
イメイア侯爵がプラグの背に軽く触れた。背中はあまり嬉しくないが、軽く叩かれただけで嫌がるのは失礼だ。
「はい。ありがとうございます」
プラグは頭を下げた。
――これでもう良いと思う。後は手紙でいい。
しかし、アルマティラがプラグの左手を取った。
「あの、やっぱり、一緒に一曲、聴きませんか? お手伝いはもう少し後にして」
プラグは戸惑ったが、また首を振った。
「申し訳ありません。呼ばれているので……怒られます」
「まあ、真面目な方なのですね、失礼致しましたわ。お会い出来て本当に良かったです」
アルマティラが笑顔で手を放し、礼をして、父を追った。
プラグは二人の背中を見た。
……別にあの親子がどうこう、と言う訳では無いのだが、ルネに注意を促されていたし、また顔を殴られたくは無いので、近づかない方が無難だろう……。少し申し訳無く思った。
プラグはさあ行くか、と思ってきびすを返したが、すぐには歩き出さなかった。
理由はアルスが動かずにいるからだ。プラグはもう一度振り返り、アルマティラの姿が見えなくなった後、声をかけた。
「……どうしたの?」
「いえ、別に。どうしようかしら私……? 一緒に出て行っていいのかしら。貴方と、手伝いに……」
どうやらアルスは次の行動で迷っていたらしい。会話の間は、とても大人しく空気に徹していたが……。
「とりあえず行こう。早く行かないと怒られるよ? ほら」
とりあえず、プラグはアルスの手を引いた。
「いやアルス、お前は上に行ってこい」
するとアルスより更に空気だったリズが言った。ちなみにアルスの背後には更に更に空気だった近衛の二人がいる。
「え――?」
リズの言葉にアルスが目を丸くした。
「候補生代表つーことで。プラグは手伝いサボるな。厨房か? こっちは手、足りてるか?」
「どうでしょう。宿舎の方がいいかな。掃除しないと。あと、大広間ももう少し片づけしたいので……」
プラグは頷いた。
「あーはいはい、散らかってるだろうなぁ」
リズが言ったが、アルスは戸惑っているようだ。
「アルスはいいの……?」
プラグもリズの意図が分からず言ったのだが、リズに「ほら行った!」と言われて、追い立てられた。