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第18話 イメイア家 ④ルネの結婚 -2/2-

ー/ー



リズはプラグの手を引いて、走り始めた。
「一体何なんです!?」
「お前、今すぐアメルに着替えろ! ルネ達がこっちに向かってる。ルネのファンが押しかけてヤバくてよ! どっから漏れたんだよ! つか、あんなにどっから!? 言い出してまだ二日だぞ!?」
リズの言葉にプラグは呆気にとられた。
「えっ!?」
「結婚式だ! もう、ここでやる! 首都教会は無理だ! つか、星の日で全員禊ぎしてるとかんなんとかで、出来ねぇんだって!?」
リズの言葉にはっとした。
そう言えば、星の日の礼拝――七月七日に向けて、巫女は半月前から精進潔斎に入る。星の日の祈りに向けて霊力を高める物で、その期間は結婚式などの、霊力を使う儀式はできない。
「えっ、アメルは――あ、そうか、アメルは礼拝に参加しないから、いけるか……!?」

リズに連れて行かれたのは大広間だった。
そこにはアメルの服が入った鞄と、結婚式に使う道具が入った、大きな青い箱……いわゆる『お道具箱』があった。
「ほら、着替え! あと準備しとけ、指輪はこれ! 道具はミリルに借りた!」
リズは懐から指輪の箱を取り出してプラグに押しつけた。
「あっ、ラ=ヴィアを呼んで下さい! 精霊達にも手伝いを! いつ来るんですか?」
「――もうすぐのはずだ。外はアプリア達が守ってるから」
「えええ!?」
「いいからヤレ! でねーと今年いっぱい結婚騒動で潰れるぞ!」
リズの言葉にプラグははっとした。

「――わかりました。やります、精霊に頼んで、机を退けてもらわないと、宣誓台はどこにあります?」
プラグは鞄を持って、大広間の、執務机の後ろに入った。
「あーっと、そっちにある! 右側の後ろ! なんか小部屋があった気がする!」
壁に赤い布が掛かっているが、めくると扉があり、控え室があった。
宣誓台や燭台が置いてあり、着替えにはもってこいだ。
「あと、立ち合い人が必要です。えーっと、騎士か貴族が二人――これは誰でも良いですけど、せっかくなので、王族のバウル教授と、誰か貴族一人。後はアドニス王子とアルス、その他貴族の子弟、ああもう皆呼んで下さい。それだけいれば大丈夫です。バウル教授には入場も手伝ってもらいます。あとできれば、もうリリさんの親になってもらって。養子縁組みは後でいいので。先に教授を連れて来て下さい。候補生と隊士は証人ってことで、後で来てもらいます。誰か使いを出しますから、待機で」
「分かった、用意しとけ。ギィ! 皆に召集!」
「あ、ラ=ヴィアも呼んで来て!」
リズは『闇』の精霊、ギナ=ミミムに頼んで、実体化したギナ=ミミムが飛んで行く。
「じゃあ頼んだ! 一、二時間後に始めるから急げ!」
「えっ」
リズは走って去って行った。
プラグはとにかく動き始めた。
「ナダ! 出て来てとりあえず台を運んで! 机は後でいい。そしたら洗面器に水! よろしく」
プラグはプレートからナダ=エルタを呼んで、宣誓台を小部屋の外に出してもらった。これは教壇のような台で、ここに独身放棄書、結婚証明書を置いて、サインをしてもらうのだが。
「書類……っ!?」
プラグは戸惑った。お道具箱を開けると、よく知った青い箱に、金色の飾り縁のついた白い紙が入っていた。
「あっ、ある!?」
元々入っていたか、ミリルが入れてくれたのかもしれない。この紙は特別で、霊力に反応する透かし紋章が入っている。結婚式が終わると破いたり、燃やしたりできなくなり、式の最後に教会の外であぶって、燃えないところを見せて結婚が完了する。離婚にはまた別の儀式が必要になる。
独身放棄書も、結婚証明書も同じ紙で大丈夫だ。
やった、これならできる、と思いながら控え室に入り、まずは着替える。
普段の巫女服でもいいのだが……着替える前、ふと思い立ってお道具箱を開けると、黒い聖衣と黒い四角帽が入っていた。結婚式の際はこれを身に着ける。ありがたく使わせてもらう。
『トゥーワ、来て。ルネ公爵とリリさんの結婚式をするよ。あ、できればシュラーザさん達も連れて来て! なるべく急いで!』
以前アメルは、祝詞を使って紅玉鳥を呼んだが、今はトゥーワがいるので頼めば連れて来てもらえる。何か問題があったら、とりあえず数で押す作戦だ。

プラグは着替えながら頭の中で手順を確認した。
「主! 来たみー!」
そこでラ=ヴィアの声がした。プラグは扉から手だけ出した。
「ラ=ヴィア! こっちこっち」
「ミ!」
「お水です!」
ナダ=エルタが洗面器に水を入れて持って来た。プラグは顔を映す。
「よし、じゃあ、ル・フィーラ・ディアセス!」
大急ぎで髪と目の色を変えて、櫛で綺麗に整え、髪型は後ろで一本の三つ編みにして、毛先をリボンで結び、四角い帽子をかぶる。

帽子は額に青い宝石がはまった正式なもので、側面に金色の房が縫い付けてあるので大貴族の結婚でも使える。ミリルには本当に感謝だ。
祭司服は黒の詰め襟になっていて、金の縁取りがされている。上着の丈は膝まであって、裾は白のレースになっている。下は簡素な黒いドレスだ。腕には黒い布でできた指抜き手袋をはめて、左腕に巫女のエガケをつける。エガケは紅玉鳥を腕に留まらせる為の物で、平服では革だが、儀式用のエガケ白い布でできていて、金糸と色糸で豪華な刺繍がされている。教会によって模様が違うが、さすが首都教会。紅玉鳥、藍玉鳥――他にも、国旗が刺してある。
靴は平靴でこれも形式通り。襟元に付ける輝証があったが、アメルは普通階級の巫女なのでリボンを外してから巫女章のブローチをつける。

そして仕上げにプラグ――アメルは声を変えた。
「よし、あー、あー! 私はアメル……結婚式の手順は完璧ですわ」
深呼吸する。
今風の結婚式はカルタで五回ほどやって、うち一回は一人でやった。
精霊だった時にも何回もやっている。貴族の結婚式も作法は知っている。
……アメルならできる。

部屋から出て、まずは机だ。すると精霊達が大勢到着していた。
五十体はいるだろう。候補生の精霊達もいる。
皆、騒ぎを聞きつけ、来てくれたようだ。

「外はどうなっているの?」
アメルは大広間の正面扉まで走って、扉を少し開けた。
すると女性が――なんと百人――いや、もっと押しかけていて、隊士と精霊達が列を組んで止めている。
「ルネ様!」「結婚なんて絶対駄目!」と言う声が聞こえた。
アメルはぎょっとして、すぐ閉めた。

「皆さん、今から結婚式の準備をします!」
アメルは壇上に走って戻って、精霊達に向かって声を張り上げた。
いつ到着するかは聞いていないが、とりあえず進めておこう。
「公爵はいつ頃来ますか? 知っている方!」
するとロレ=ナーダが手を挙げた。
「はい! あと三十分から一時間ほどだと思います! お城や、道にファンの女性達がつめかけていて……! 複数の貴族女性が結託して、兵を率いて大騒ぎです!」
「まあ……!? わかりました。手の空いている方は各自の判断で援護に回って下さい」
思ったより大変な事になっているし、時間がない。

すると水玉模様のドレスを着た、水色髪の三つ編みを二つ結びにした精霊『バロア=エルタ(水/水玉)』が手を挙げた。
「あの! 花嫁のドレスが、薔薇の館にあるって聞きました! たぶんそこから漏れたって」
「! えっ。分かりました。アリルはルネ様といますよね――、では誰でもいいので、リリ様が到着したら捕まえて化粧と着替えを。ルネ様も余裕があれば支度させてください。男性は髪を整える、くらいで大丈夫ですが、衣装があったら着せて下さい」
ルネの事だからよそ行きの服はあるだろう。
新郎新婦の準備に時間を掛ければ、もう少しアメルに余裕ができる。

「後は準備の手伝いを。あ! 厨房になんでもいいので、お祝い料理を作るように伝えて下さい。できればケーキやお菓子も。得意な精霊は手伝って、薔薇の館の厨房も使って下さい。使用人にも声をかけて。式の後に配る葉っぱ型のクッキー、これはお皿にどさっと、で構いません、後は、そうです――誰か、街に詳しい精霊、街の花屋さんに行って、あるだけのお花を買い占めて、できれば花屋さんごと連れて来て飾り付けをお願いします。花瓶は何か工夫して下さい。あ、ナダの氷とか? 最後、外に出たら精霊達で花びらを蒔きますので、花籠を用意して、代金は公爵家につけておいて下さい。ついでに屋台やお菓子屋さんを頼んでも良いです。外に出る精霊は持ち主か友人が動ける方にお願いします。お菓子は式に間に合わなくても、式の後でも大丈夫ですから。つめかけた女性にも花やお菓子を渡せるのが理想です。リボンがあると最高です。では各自、急いで準備を」
「はい! お花屋さん、分かります!! 三軒知ってます! リボンも用意します!」
「――氷の花瓶、いくらでもいけます!!」
ナダが答えた。
「私達で、屋台と、お菓子屋さんに当たります!」
精霊達が頷いて飛んで行く。
「バウル教授をここへ! 後見人になっていただきます」
先程リズにバウル教授を呼ぶように頼んだが、忘れているかもしれない。
「呼んで来ます! さっき礼服に着替えてました!」
別の精霊が答えた。机は大広間の外に運び出してもらい、大急ぎで宣誓台の回りを整える。燭台を出して蝋燭を立て、筆記具を出して、巫女の印章がついたネックレスを取り出して首にかけ、その他の小物を配置した。

「誰か! 綺麗な椅子はありますか? いっそ、なしでも構いません」
「あ、ここの椅子、知ってます! 裏の物置です! 取ってきます!」
返事がして精霊達が動き始める。数が多いというのは助かる。

お道具箱の中身は決まり通りに整頓されていて、とても広げやすかった。
「燭台よし、衣装よし、羽ペンよし、指輪よし、経典よし……――なんとか、大丈夫ですわ」
アメルが指さし確認していると、長椅子や木の椅子が運ばれてきた。
長椅子は赤い絨毯の花道を挟んで、左右に十五列も並べられ、単独の椅子は壁に沿って置かれた。
あっと言う間に、教会らしくなる。
「止まり木はありますか?」
「あ、そう言えばありました! 普通の止まり木と、なんか物干し竿みたいなのが……!」
「両方持って来て下さい」
「はい!」
精霊達が飛んで行く。

「さて、書類を……」
指示を出し終えたので、アメルは書類の作成に取りかかった。通常は印字してある物を使うが、白紙の証書に最低限の文言でも成立する。しかし形式は覚えているので正確に書いていく。
さらさらと書き、素晴らしい筆跡の格式高い書類ができた。
「――精霊でよかったですわ――、もう、一枚目ができました」
アメルは先に独身放棄書を作り、次に結婚証明書を書き始める。

「すみません、来ました……!」
そこでバウル教授がナダ=エルタに手を引かれて入って来た。
既に礼服に着替えている。これは助かる。
「まあ、ありがとうございます、少々お待ちを」
アメルは悠然と微笑んだ。
アメルは結婚証明書を書き終えて、署名欄を作り、ペンを置く。間違いがないか見て、頷いた。
「これで証書ができました。あとは巫女の印章を……押します」
巫女の印章は指輪になっていて、普段はネックレスに通してある。
指先をナイフで切って、血をつけて、二枚の書類の、右上、名前の上に捺印する。

「……よし、乾かします」
乾かす間に宣誓台の向きを変える。バウル教授が手伝ってくれた。

「ル・フィーラ」
そしてアメルは、指の傷を『治療』のプレートで治した。

そこでようやく、バウル教授に挨拶をした。
「申し訳ございません。急ぎな物で。私は、カルタ領のオレリア教会の巫女、アメル・ドーゼと申します。本日は、兄のプラグ・カルタに呼ばれ、式を執り行うことになりました。レイモンド・バウル・ゼ・ライン・アストラ殿下でお間違いありませんか」
「はい」
バウル教授が頷いた。
「エアリ公爵と、リリ・カトン様の結婚と言う事ですが、新婦の仮親を引き受けていただけないでしょうか? これは式典の中だけの物になります。正式な養子縁組みについては、後日、別の方にお願いすることも可能です」
「ええ、構いませんよ。ぜひ。私の妻は他界していますが、その場合でも、養子縁組みは可能でしたよね」
「はい」
アメルは頷いた。バウルが微笑む。
「では正式に、リリ様を養子に迎えます。貴族が何か言ってきても、王族が後ろにいれば大丈夫でしょう。ぜひともよろしくお願いいたします」
「――ありがとうござます!」
アメルは深く頭を下げた。

「では後日、然るべき手順で申請をお願いいたします。――式の準備は整いましたが、外は今どうなっているのか――あ」
『おまたせ、来たよー!』
「トゥーワが来たようです。まあ、大勢……扉を開けましょう」
普段は閉じている、大広間の正面扉を開けると、紅玉鳥達が飛んでいた。

■ ■ ■

『教会の周りに、女の人とか、武器を持った人達が押しかけて、ミリル様達が外にでられなくなってたー、たいへんー』
「まあ、そんな」
トゥーワが言った後、他の紅玉鳥たちも報告して来た。
『隊士さんたちが、逃げた公爵とリリ様をこっそり、こっちまで連れて来てた』
『ぼくたちはとんできました。てつだいます』『俺も手伝います』『私達も』
『私もお力添えを……余り多くてもご迷惑かと思いましたが、なるべく多く連れて参りました。中に入るのは十二羽で、後は屋根の上で待機しています。そして、式の最後に、もうおひとり、――様が来られます』
ミリルの紅玉鳥、シュラーザがある名前を言った。アメルはさすがに驚いた。
「! 分かりました……! 皆様、今日はよろしくお願いいたします」

広間の玄関から、ターシェル=リンドが入って来た。
「アメルさん――ルネ様とリリ様が到着しました! 薔薇の館で着替え中です!」
「はい……!」
二人とも無事に着いたらしい。
そして、外から喧噪が聞こえる。
精霊達が大量の花と、花屋の主人達を抱えて入って来た。
「お花屋さん三軒連れて来ました! バッチリです! 花瓶はナダが氷で作ってくれます」
「では皆様、飾り付けをお願いします。あと三十分程度で始まりそうです。ナダありがとう。溶けないように頑張って」
アメルは答えた。ナダが胸を叩いた。
「任せて下さい! 二時間は余裕です!」
「屋台も移動をお願いしました! もうすぐ近衛の案内で到着します!」
「カタリベも捕まえられました! 王子の予言です! 式が終わったら何か演奏してもらいます! 式の曲もできるそうです」
アメルは頷いた。
「――薔薇の館の二階、ダンスホールにクオントと楽器があるので運べたら使って下さい。二次会はお任せします」
「今、隊長がいい話で女性達を説得しています――! 皆、感動しています! 天才!」

すると黒の祭礼服を着たカタリベが十名ほど入って来て、跪いた。
「予言により参上いたしました」
予言というか、大騒ぎらしいのでさすがに気づいているだろう。カタリベは各自楽器を持参している。
「助かりますわ。音楽、いけそうですか? 式の最中は荘厳な感じでお願いします」
「お任せ下さい」
「宣誓の時はゆったりと、控え目に。最後は賛美歌で見送って下さい。曲は全て任せます」
「はい」
「その後、外で楽しい曲を。でも公爵の式なので、上品に。夜はダンスホールを使う予定ですが、そちらは人の波次第で大丈夫です。薔薇の館にクオントとクラーシユ、いくつかの弦楽器があるのでよろしければ使って下さい、場所は精霊に聞いて下さい。運ぶ際、人が足りなかったら精霊か、表の女性達を使って大丈夫です。私は式にかかりますので、以後の指示は隊士から受けて、適度に休憩をして下さい。帰る時間はお任せします」
「畏まりました。早速支度します」

アメルはすっと、優雅に顔を上げた。
「こちらは支度がすみました。精霊達は外の援護に回って、候補生と、来られる隊士、事務の方も呼んで下さい。大広間に入るように伝えて。バウル様は外で待機していただき、新婦と一緒に入場です。新婦は最後で構いません。始まりの鐘があればいいのですが……」

するとシュラーザが話しかけて来た。
『教会の鐘を鳴らしてもらいましょう。あちらに残っている者に伝えます』
「まあ、助かります。お願いします。始まるとき、トゥーワを通じて『鳴らしてください』と思念を送りますね。バウル様に誰か数名、ついてお守りして。ラ=ヴィアはここで助手を」
「ミ! ラ=ヴィアは世界一できる子!」
「手順は古い式と大差ありません。私の隣に控えて、最後に燭台を持って来て、新郎新婦を先導して退場。私は証書を持って出ます。表で貴方は跪き、私が証書をかざして火をつけます。いつも通り堂々と」
「ミっ!」
ラ=ヴィアがどこか嬉しそうに頷いた。
ラ=ヴィアは儀式に慣れているので適任だ。人間と精霊の結婚式をしたこともある。
ナダ=エルタは花屋と相談して飾り付けをしている。
三軒集めても花は多くはなかったが、椅子の端や入り口など要所に置かれ、絨毯の両端に気前よく花びらが蒔かれた。
宣誓台にも花が飾り付けられ、トアゼ=エルタの手により芸術的なブーケが作られた。
「アメル様、ブーケができました」
ブーケは白と淡いピンク色の花で丸く形作られて、白いリボンで飾られている。
「まあ凄いわ。ブーケはリリ様にお渡しして、持っていて頂きます。やはり花があると綺麗ですね。――演奏を始められますか?」
祭壇の下、大広間の左右の端に、椅子が並べられてカタリベ用の席が用意されている。
クオントは左端に運び込まれた。
「はい。では始めます」
カタリベが奏で始める。

音楽のある大広間――礼拝堂に候補生達や事務員が戸惑いながら入って来た。
「えっ、座って良いの?」「え!? 椅子がある」「お花!? いつのまに!?」
「アメルちゃん?」「鳥さんがいっぱい!」「楽団がいる!?」
アメルは軽く礼をして出迎えた。
「皆様、本日はようこそ。候補生の皆様は、皆様から見て、右側の最前列に、アルスティア殿下、アドニス殿下、あとは貴族の方を前にして、適当に詰めてお座り下さい。皆様から見て、左側が新婦の席です。入って左側は新婦席……隊士達と精霊達が座りますので、分かりやすく空けておいてください。ユノ隊士は同郷と言う事で前の方へ。一列目左端にはバウル教授が座られますので、こちらも空けておいてください」
「あ、はい! ここでいいですか」
「はい、大丈夫です」
ユノは先に送られたのか来ていた。左側、一列目の真ん中に座って、ポニーテールを整えながら周囲を見回して、落ち着かない様子だ。

「新婦の支度が済んだら、始めます。精霊達が伝えてくれます。なお、新婦のリリ様は先程、レイモンド・バウル殿下の養子になりましたので、今後はリリ・ゼ・ライン・アストラ殿下とお呼びいたします。平民から王族への大出世ですね」
アメルは微笑んで言った。
「すげー」「うそ……」「凄い……!」と言う声が聞こえる。
ユノは既に涙を拭っている。

「あの、そう言えばプラグは?」
ペイトが尋ねた。アメルは微笑んだ。
「兄は――私を呼びに来た後、そのまま教会へ行きました。『手紙』で繋がっているので、式が始まる時、鐘を鳴らしてくれます」
ラ=ヴィアに化けてもらう事も可能だが、今回はラ=ヴィアには手伝いをしてもらうのでそういう事にする。式が終わったらプラグに化けてもらって、後半から参加してもらえば十分だろう。
候補生達は「そうなんだ」「大変だな」「すげー」と呟いている。

そして、ルネが入って来た。
ちゃっかり、真紅の――豪華な衣装を身に纏っている。中に着ている白いブラウスも、首元を飾るクラバットにも瀟洒なレースが付いている。左胸に騎士章、勲章、貴族章の付いた礼装だ。彼は騎士なので丈の長い上着の上に、礼装用の剣を穿いている。
見慣れているはずのアメルでも驚く程、格好いい。髪型はいつもより凝っていて、一緒に編み込まれたリボンもいつもより豪華で、さりげなく髪飾りも付いているので、一瞬、男装の麗人に見えた。
「――外は少し落ち着いたよ。いつ始める?」
「隊士の方は、来られそうですか?」
「半分くらいは」
「では中に。エルさん、来られそうな隊士と精霊を呼んで座らせて下さい。後は新婦の支度ができたら、戻って私に報せて下さい。新婦はバウル様と一緒に、教会の鐘が鳴るまで待機をして、鐘が鳴ったら、鳴り続けていてもいいので、覚悟が決まったら、お好きな時に広間に入って進んで下さい。作法はこの際なしで、私が全て指示をしますから、ここまで歩けば大丈夫です。私はこの通り新米巫女なので、リリ様に大丈夫ですよ、と、伝えて下さいね。私に全てお任下さい」
アメルは微笑んだ。
「はい!」
リリの精霊、エルミーネ=ヴィスが頷いて出て行った。
そしてぞろぞろと、隊士と精霊が入って来た。隊士の数は少なく、座席の三分の一ほどで、残りは精霊で埋めた。アプリアはいるが、エドナクとリズ、リーオもいない。
隊士に混じって、見知らぬ貴族女性が三名いる。しっかりと隊士に挟まれ着席した。どうやら、ルネの大人しいファン代表らしい。

アメルは、シュラーザを左手に乗せ、立礼をして微笑んだ。
「では皆様。新婦のお支度が済むまで、式の手順を説明いたします。皆様、本日はとてもとても急な式に、ご列席頂き誠にありがとうございます。皆様にはひとつ大事な役割があります。それはこの式がいかに楽しく、美しく、素晴らしい物だったか、こちらの新郎エアリ侯爵様が、どれだけ格好良く素晴らしかったかを語る役割です。どうぞ、本日来られなかった皆様方に、思う存分語ってください。そしてリリ様――ああ、失礼いたしました。リリ殿下のドレスがどんな物だったか、どれほど幸せに満ちていたか、彼女の美しさと初々しさを、ぜひとも国王陛下にも、全ての貴族にも伝わるように。もっと言えば諸外国にも、ストラヴェルにエアリ公爵ありと、その名が轟くように――ぜひともお力添えをお願いいたします――進行は、カルタ領オレリア教会の巫女、アメル・ドーゼと、こちらの精霊、ラ=ヴィアが勤めます」
ラ=ヴィアが優雅に礼をする。

そしてアメルは手順を説明した。
まずは祭司からの問いかけと、誓いの言葉。これは三問あり、どれも愛に関するものだ。
新郎、新婦の順で聞いていき「はい」と答えるだけの簡単な物になる。
そして、お互いに指輪をはめる儀式。その後、独身放棄書と、結婚証明書への署名。
最後に結婚の祝詞と紅玉鳥の祝福。

「祝福の最中は、皆様には頭を下げて頂きます。祝詞の後、紅玉鳥が鳴くと周囲が光りますが、そういう物なのでお気になさらず。――その後は新郎新婦と、続いて皆様にも外に出ていただき、お披露目と『証明の儀式』です。私が二枚の証明書に火をつけ、燃えない事を確認します。これで終了となります。外に出た後は、新郎は新婦にキスしていただいて構いません。もしかしたら――今日は特別大きな鳥さんがお祝いに来て下さるかもしれませんが、見れば分かると思いますので、見かけられたら、皆様は盛大な拍手をお願い致します」

――するとエルが入って来た。エルは部屋の端を通ってアメルに近づく。
「あと、五分ほどです。今、支度が終わり向かっています」
「分かりました。あと五分ですね――あ、エルさん、ブーケを持って行ってください」
エルミーネ=ヴィスは頷いて、ピンク色の可愛らしいブーケを受け取って端を通って出て行った。
アメルは思念で、長い端の止まり木にいるトゥーワに伝言をお願いした。
『りょうかいー。あと五分で始まるって、鐘はちょっと待ってね』
今回トゥーワはミリルの紅玉鳥、シュラーザに役目を譲った形だ。
アメルは右後ろにある止まり木にシュラーザを移した。
式の最中、シュラーザはずっと止まり木にいる。

アメルは呼吸を整えた。花もあるし楽団もいる。衣装も指輪もある。
衣装と指輪を用意していたのは、さすがルネ公爵、と言うべきなのか……。
――思ったより、整った式になりそうでよかった。

……アメルはルネを見て、微笑んだ。
……ルネも穏やかに微笑んだ。

そして、再びエルが来た。リリは外でバウル教授と待機しているという。
「では、エルさん、空いている場所にご着席を。今から、式を始めますので、――トゥーワ、始まりの鐘をお願いします」
トゥーワを見ると『了解ー、始まるよ! 始まりの鐘、盛大に鳴らして!』という声が聞こえ。やがて、城内の教会から鐘の音が聞こえ始めた。
意外に良く聞こえ、列席者達が驚く。

「では、厳粛な式ですので、拍手は最後までお控え下さい。――新婦のご入場です」
カタリベの音楽と共に、リリがバウルに手を引かれて入ってくる。
真っ白で光沢のある生地に、刺繍がされている。長い、透けるベールで顔を隠して。裾は長く引きずっている。
漆黒の髪は結い上げて、首元には金剛石と銀のネックレス。耳には揃いのイヤリング。
深紅の瞳がとても印象的で、美しい顔立ちは公爵の妻にふさわしい。
ドレスは肩が隠れるデザインで上品だ。幾重にも重なった薄い布が華奢な肩を覆っている。普段のリリはどちらかと言えば暗い印象の少女だが、ドレスの生地がふわりとしているので、見とれるような柔らかさと華やかさがあった。

リリはルネの隣で立ち止まり……。
バウル教授がユノの隣に着席する。衣装自慢の精霊達がベールを持ってリリの衣装を整えた。リリはとても落ち着いていて、ルネに微笑む余裕さえある。二人は互いにしばらく見つめ合った。

■ ■ ■

ユノ・ラハバ・カトンは――始まる前から涙ぐんでいたが……。
立派な花嫁衣装のリリが入って来たとき、もう無理だ、泣こう、と思った。
いつの間に用意していたのか、二人とも完璧な衣装だった。

式は厳粛に進んで行く。
急ごしらえとは思えない程、しっかり整った式だった。
そもそも巫女もいるか分からない状態で、まさか花まであるとは思わなかったし、楽団がいるとも思わなかった。

……首都教会周辺は『え? こんなに!?』と思うほどの女性達に囲まれていた。
道が全て女性で埋まっていて、全く通れないのだ。
ユノはルネ公爵の人気を舐めていた。ルネが指輪やドレスを発注した店にルネのファンがいて漏れたらしい。彼女達は一ヶ月前から首都に集まり、ルネの動向を観察していたと言う。
しかもどうやったのか、そこらの隠密より優秀で、今まで誰も気づいていなかった。
『絶対にルネ様とその相手を教会に近づけるな!』と、言うことらしい。
報告では東の教会にも見張りの女性が押し寄せているとか。
ミリル達巫女は安全の為に教会から出られず、今も近衛に守られている。

巫女が出られない中、『これじゃ埒があかん、もう今日中に式を挙げる!』と言ったのは隊長のリズだった。城に乗り込んで国王に文句を言って、牢番を殴ってルネとリリを連れ出した。ユノ達は屋根を通って――屋根の上まで『飛翔』を使う女性達がいた――何とか首都教会へたどり着いた。しかし、教会は女性達に囲まれ、護衛らしき男達もいる。
九割が無抵抗の女性なので、傷付ける訳にはいかず、逆に手間取った。

首都教会周辺、礼拝堂の前にも女性が詰めかけて、とてもではないが式どころではない。
と言う事で、もう騎士団に戻って、大広間で挙式しようとなったのだが、巫女がいない。
巫女達は星の日のために精進潔斎して霊力を溜めているとか……。それでも、何名か名乗り上げ、星の日は欠席でも構わないとなったのだが。そもそも教会自体が危険だった。

『あっ巫女ならいる! 暇そうなのが一人! プラグの妹、アメル・ドーゼ! そいつ大広間に呼んで支度させる。お前等はルネとリリを確実に連れて来い』
リズの言葉に、ミリルがはっとして、道具や衣装の入ったお道具箱を用意してくれた。
『今は白紙しかなくて……! 簡単な文章でも大丈夫です。ああ、でも公爵様の結婚なのにそんな……』
『大丈夫だ、アメルなら何とかできる! 絶対スゲー文章格好いい書く! 天才だから!』
ユノほか、数名は箱を守りながら運ぶ役目を仰せつかり、必死に運んで戻って来た。
その後は道を整え、女性達を牽制し、ルネとリリを守って移動し――。
ようやく近衛が来てくれて、警備が敷けたのだが……女性達は雪崩れるように移動して、なんと、クロスティア騎士団の敷地まで入って来た。
女性達は大広間の外で隊士達に抑えられている。
まだ『ルネ様が結婚なんて絶対駄目!』とほざく女もいた。しかし彼女の指に結婚指輪が見えたので、ユノは大いに呆れた。心境は一発殴りたい、だ。

そこでリズが『音』のプレートを持って進み出た。
「えー、皆様、本日は二人の結婚式に来ていただきありがとうございます~! ここにいる方々、街でちょっと暴れている皆様は、実は二人を祝福に集まった招待客、お祝いに来た民衆だったと言う事で、全て罪には問わない物とします。ですが、それはきちんと祝福したら、という条件が付きます」

その後の演説は芸術的だった。

「えー、人というのは、一人でいると寂しい物です。ルネ公爵はわずか五歳で父を亡くし、弱冠二十歳で爵位を継ぎ、以後その力を全て、国の為に使ってきました。私はあれほどの努力家を他に知りません。ルネは常に真面目で、礼儀正しく、誰にでも優しく、まさしく騎士のお手本です。しかし彼の胸中には、いつも、拭いきれない孤独があったと聞いています。最強で、孤高であるが故の寂しさ! 最強であるが故、常に先陣を斬って戦う厳しさ、つらさ。皆の期待に応える義務。領地と首都の往復、評議員の仕事、ファンの皆様への返礼。そして血のにじむような日々の鍛練! まさしく激務です。心安まるときはなかったでしょう。一方のリリ隊士は、ラハバ領カトン村出身でございます。幼い頃に父を海で亡くし、母と二人、必死に生きて来ました。ですがその母親も、リリ隊士が十歳の時に流行病で亡くなっています。リリ隊士はクロスティア精霊騎士であるイオレス・ラ・ラード氏に自ら願い出て、弟子となり、女の身でありながら鍛練に励み、才能を開花させました。どこか境遇の似ている二人が、出会い、互いに惹かれる事は、まさに運命だったと言うほかありません!! ルネ公爵は常にこう言っています。僕が頑張るのは、皆を守るためだと。国全て守るつもりで戦っていると。そんな素晴らしい彼に、ただ寄り添い待つのではなく、共に戦う事ができるのは、リリ隊士を於いて他にはありません! リリ隊士は皆様の希望であり、ルネ様を守る砦であり、皆様とルネ様の架け橋です。私も二人の結婚を心から祝い、応援し、共に戦って参ります。どうか皆様もこの日に出会えた歓喜と興奮を、二人への祝福に変え、公爵とこれからもずっと一生、共に歩んで行こうじゃありませんか! この結婚は、何よりルネが望んだ事です! 私達の手で、叶えてやりましょう! 皆様、盛大な拍手を!」

――と、リズは評議員顔負けの演説を行った。
隊士や近衛からも盛大な拍手が巻き起こり、女性達は号泣し「おめでとー!」「結婚おめでとー!」「結婚してもずっとずっと応援しています!」「一生ついていきますー!!」「リズ隊長万歳ー!」「クロスティア万歳!!」と歓声を上げた。

「ふう。ざっとこんなもんだ。ユノ、もう大丈夫だ、お前は中に入れ」
リズに言われてユノは疲労困憊で大広間に入った。
ユノはリズは評議員になれば良いと思った。

――そうしたら。
若い巫女が何もかも調えて待っていた。大広間には椅子が運び込まれ、宣誓台が置かれ、花が飾られ、楽団がいて……候補生達が座っていた。
巫女の顔を見てはっとする。プラグ・カルタにそっくりだ。
……しかし胸もあるし、目の色も、髪も違う。別人だ。そう言えば巫女の妹がいると聞いていた。赤みがかった、茶髪の巻き毛を、綺麗に編み込んで一つにまとめている。濃いブラウンの瞳、茶色の睫毛。黒い衣装と合わせると、とても大人っぽく落ち着いて見える。

ユノは『信じられない。だって決まったの二時間前ですよ!?』と思いながら、着席して、リリ――年上の友人の事を考えた。
ユノは十七歳、リリは二十一歳。
年は離れていて、しかも同じカトン村出身と言っても、カトン村は意外に大きく、市といえる広さの港街だった。
お互い面識はなく……ただ、『数年前にリリという、可愛らしい女性がクロスティアの騎士になった』と聞いていた。
実際会ってみると、確かにとても可愛い。絶世の美少女と言えるのだが……長い黒髪に、珍しい赤目。瞳は大きく、長い睫毛に彩られている。顔立ちは人形のように整いすぎていて、表情も乏しく、華奢で、好みの分かれる女性だと思った。

しかし、同郷と聞いて話し掛けてくれて……そこからは、話も弾み、打ち解けた。
リリは年上だが友人でいいと、あっさり言い切った。
つきあってみると、とても素直で純粋で、ユノはすぐに大好きになった。

公爵と付き合っているとは聞いていたし、ずっと薔薇の屋敷にいるのだが……休日、ユノには本音や愚痴を打ち明けてくれた。
「本当に強引な方で、初めは困っていたんです――ですが――」
まあそれは惚気に変わるのだが。
思えば初めから、リリは異質だった。これは公爵のために生まれたからに違い無い。
リリは王族の養子となり、公爵夫人になる女性だったのだ。
ユノは泣いた。そして笑った。

(リリ……! おめでとう……!)

■ ■ ■

「では、イルトレア様の祝福により、お二人は正式に夫婦となりました。後は外に出て、証明の儀式を行います。皆様、どうぞご起立ください。お見送りの拍手をお願いいたします」
式は滞り無く進み、署名が終わった。
待ち構えていた候補生達、隊士達が拍手をして、立ち上がる。
「おめでとうー!」「ううう、おめでとう!」「リリー!」「おめでとう――!」
カタリベが賛美歌を歌ってくれる。
新郎新婦はラ=ヴィアの先導で、外に出た。
ラ=ヴィアは火の付いた燭台を持っている。この蝋燭は精霊石を使った特別製で、雨が降っても風が吹いても火は消えない。

「――あっ、出て来た!」
観衆が迎える。花籠が配られていて、色とりどりの花びらをまき散らす。風路の精霊アナ=アアヤが一面に花を浮かせた。
「おめでとー!」「リリ様ー!」「きれー!」「ルネ様おめでとう!」
女性達はすっかり改心していて、諦めて泣きながら祝福している。
まだ泣いている女性もいたが――。
列席者が外に出た後、最後の儀式のため、アメルは証書を持って外に出た。
一礼の後、胸元に掲げて、観衆に示す。
「では皆様。こちらが独身放棄書と、結婚証明書になります。先程教会内で、大創造神イルトレア様の祝福を受けたため、特別な力が宿っています。証人はこちらの方々ですが、せっかくですので、ここにおられる皆様にも証人となって頂きます」
これはお決まりの流れなので、皆が「待っていました!」「証人になるぞー!」と頷く。

「ラ=ヴィア、火を――」
ラ=ヴィアは燭台を持って来ていて、跪いて火を掲げる。
このまま証書を焙るのだが――そこで、影が差し、いいななきが聞こえた。
アメルは、はっと顔を上げて、微笑んだ。

「まあ……どうやら、国王陛下、聖母様と、大祭司様もこの結婚を祝福して下さるようです。ようこそ――イルトレア様」
アメルは一旦証書を下げ、深くお辞儀をした。

観衆がぴたりと静まる。ルネとリリも絶句している。
この青い尾長鳥――『藍玉鳥』は、この国で、最も神聖な精霊動物だ。
大創造神イルトレアの名を冠し、三百年以上生きている。もはや神そのもの、と言っても過言ではない。
――藍玉鳥は羽ばたき、リズの肩に留まった。
リズが目を見開いている。やがて彼女の腕に移動した。

「では『確かめの儀式』を行います。この二枚の証書は、カルタ領、オレリア教会の巫女、アメル・ドーゼが作成し、ストラヴェル王国の公爵、ノム・ルネ・ラ・エアリ公爵と、リリ・ゼ・ハイング・ラヴェル殿下、ご両人の独身の放棄と、結婚を証明する物です。この契約に嘘偽りの無い事を、ここに証明いたします。火はこちらに……」
アメルは二枚に重ねた書類の端に、火を、しばらく当てる。

しかし二枚の紙には茶色い焦げ跡一つ着かない。

アメルは二枚の証書を堂々と掲げた。
「この通り、全く、火はつきません! 皆様、二人の門出に祝福を!」

わっと、隊士や候補生達が一斉に拍手をして、リリが泣き出す。公爵はリリを抱きしめ口づけをした。
最後まで抵抗していた貴族令嬢達も、肩を落として拍手をした。最後まで粘った女性達も、膝を突いて泣き崩れ、やがて周囲の人達に支えられ、慰められながら祝福した。

「以上で式は終了です。お菓子や振る舞いのクッキーを用意いたしましたので、皆様、ぜひどうぞ。本日は、ありがとうございました。ああ、ブーケトスがありますね、リリ殿下、思いっきり、お願い致します」
「はい。行きますわよ……!」
花束が、意外なほど遠くに投げられ、女性達が驚いて手を伸ばす。
すっぽりと、誰かの腕に収まった。
わっと盛大な拍手が巻き起こる。そして音楽が始まり、葉っぱ型のクッキーが配られていく――。

■ ■ ■

候補生は踊って、屋台を見てお菓子をもらって、クッキーを食べている。
大役を終えたアメルはルネ達の側にいて、話の輪に加わった。

「いやー! まじでお前頑張った! 偉い!」
アメルはリズにとても褒められ、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
隊士達も「マジで凄い! 準備二時間だよ!?」「信じられない!」「花、どこから!?」「藍玉鳥まですごい!」と褒めてくれた。
「皆様のおかげで、なんとかなりましたわ」
アメルは微笑んだ。アメルは証書を収めた筒を持っている。
「こちらの証書は私が責任をもってミリル様にお渡しします。教会で保管されますのでご安心下さい」
アメルの言葉にリリが涙ぐんでお辞儀をした。
「もう……なんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
「本当にありがとうございます」
ルネも頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ。お二人の力になれて光栄ですわ。――さあ、花嫁様、花婿様、動きやすい格好に着替えて下さい。ダンスホールで楽団が待っていますがどうされますか?」
「それは勿論、踊ろう」「ええ!」
ルネとリリが頷いた。
すると、ずっと外にいたリーオが微笑んだ。
「――酒と料理は手配したから、今日は騒いで良し。臨時休暇だ!」
リーオの言葉に隊士達が歓声を上げた。
近衛は帰らなくてはいけないが、リズが「警備が長引いたからって事にして飯、食ってけ! つかルネとリリ、まだ警護してくれよ! 私達は飲むからな!」と言って引き留めた。近衛も断る理由は無いので、即刻頷いていた。
「よーし行くぞ! 暇な女子ども! お前等も来い! ルネの館を見せてやる!」
女子達は「キャー!」と歓声を上げてついていった。
少し減ったが、まだ礼拝堂前には人だかりがある。
アメルは控えの部屋で祭司服を脱いで、ざっと片づけをして、髪をほどいて、巫女服に着替えた。証書は筒ごと黒い持ち運び袋に入れて肩に掛けている。式の後は良く巫女も踊るのだが、預けるまで持ち歩くのが慣例だ。

外に出ると候補生達が庶民的な屋台で飲み食いをして、陽気な音楽に合わせて適当に踊っていた。
話を聞きつけた屋台が続々と入って来て無礼講と言った様子だ。精霊達の多くはこちらに残っている。
「クッキーありまーす!」「ジュース欲しい人ー」「砂糖菓子ありますー!」
「追加、お店から届きます! どうぞ沢山食べて下さいー!」

アルスが、建物から出てきたアメルに手を振った。
「アメルちゃん! こっちこっち! お疲れ様、クッキーあるわよ!」
「お疲れ様ー!」「いやすごい、支度できたの?」「だって、何も話なかったよな?」
候補生達が口々に褒めてくれた。
「アメルさん、とっても素敵でした!」「本当、格好良かったです!」
巫女志望のエマやカトリーヌ、女子達は感激した様子だ。
「さすがに疲れましたわ。おひとつ頂きます」
「どうぞどうぞ、いくらでも」
アルスが皿を掲げて渡した。アメルは葉っぱ型のクッキーを摘まんだ。
アルスが「何か食べる?」と言って屋台を見回した時、背後から誰か近づいて来た。

「俺にも一つもらえる?」
そう言ったのは大急ぎで湖に行き『プラグ・カルタ』に化けたラ=ヴィアだった。
「え! プラグッ!?」
アルスが目を丸くして、アメルと見比べた。
アメルはこそっと耳打ちした。
「ラ=ヴィアです」
「――え! そうなの?」
アメルは頷いた。
「アメル、お疲れ様。あー、やっぱり、式には間に合わなかったか……」
『プラグ』が言った。ラ=ヴィアはとても上手く化けている。
「ええ、お兄様、鐘を鳴らしたら戻ってくると仰ったのに」
「ごめん、人が多くて外に出られなかったんだ。アメルは証書を届けに行くの?」
「ええ、そうですね、ここからならすぐなので、今から紅玉鳥たちと行きます。私はそのまま、ミリル様にお礼を……ああそうだわ。お道具を返さないと」
「道具は明日でもいいんじゃないかな。途中、見て来たけど、まだ道が混んでいそうだから。公爵がいきなり結婚したって、街中がお祭り騒ぎだよ」
「ふふ。そうですわね。あ、イルトレア様は――ああ、まだいらっしゃいますね」
藍玉鳥イルトレアは、屋根の上で紅玉鳥達とのんびりしている。

アメルは『イルトレア様、今日はどうもありがとうございました。後はお好きなだけいてください』と念話で伝えた。
イルトレアは『わかりました。ゆっくりいたします。久々の外出ですから』と返してきた。
アメルはとても感動した。藍玉鳥って本当にいたんだ、という気持ちだ。

「じゃあ、教会まで送っていくから、行こう」
プラグの言葉にアメルは頷いた。
「ええ、そうしましょう。皆様はそのままお楽しみ下さい。私は証書を届けに。イルトレア様は久々の外出なので、気が済むまでのんびりなさるそうです。紅玉鳥たちも自然に戻りますわ」
「――では、我らがお送り致します! 皆、巫女様を警護せよ!」
近衛が言ってついてきた。
アメルは「お願いいたします」と微笑んで、プラグと一緒に歩き出した。
教会まで行って証書を預けて、その後アメルは教会に残ったことにして、入れ替わって、後はラ=ヴィアに適当に任せてプラグだけ戻るつもりだ。

■ ■ ■

アメルは証書をミリルに渡して、プラグと入れ替わって戻って来た。
なんと教会には、義兄――イルモンテ・カルタが来ていて、プラグと一緒にこちらへ来た。

イルモンテが何故教会にいたのかというと、彼は一ヶ月ほど前から、打ち合わせと練習のために城に入っていたらしい。忙しかったわけではなく、ミアルカ王女にクラーシユを教えながら、のんびりまったりしていたという。
『おい今日、公爵、結婚するって!』と城で聞き『じゃあ音楽だよな! 誰が弾く? 俺でしょ!』と、道行く人に事情を尋ねつつ教会まで来たが、そこで足止めを食らった。
アメルとプラグが既に式は終わっていて、今からダンスパーティをすると伝えたら演奏してくれると言った。もちろん大歓迎だ。

道が通れるようになっていたので、片づけは、一緒に着いてきた巫女がやってくれている。
お道具箱も教会の護衛達がそのまま持ち帰るという。
至れり尽くせりだが……さすがに疲れたプラグは、パーティには参加せずに部屋に戻った。

「おわったぁ……」
プラグはベッドに倒れ込み、祝福の喧噪を聞きながら、心地よい眠りに落ちた。


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次のエピソードへ進む 第18話 イメイア家 ⑤青い花


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リズはプラグの手を引いて、走り始めた。
「一体何なんです!?」
「お前、今すぐアメルに着替えろ! ルネ達がこっちに向かってる。ルネのファンが押しかけてヤバくてよ! どっから漏れたんだよ! つか、あんなにどっから!? 言い出してまだ二日だぞ!?」
リズの言葉にプラグは呆気にとられた。
「えっ!?」
「結婚式だ! もう、ここでやる! 首都教会は無理だ! つか、星の日で全員禊ぎしてるとかんなんとかで、出来ねぇんだって!?」
リズの言葉にはっとした。
そう言えば、星の日の礼拝――七月七日に向けて、巫女は半月前から精進潔斎に入る。星の日の祈りに向けて霊力を高める物で、その期間は結婚式などの、霊力を使う儀式はできない。
「えっ、アメルは――あ、そうか、アメルは礼拝に参加しないから、いけるか……!?」
リズに連れて行かれたのは大広間だった。
そこにはアメルの服が入った鞄と、結婚式に使う道具が入った、大きな青い箱……いわゆる『お道具箱』があった。
「ほら、着替え! あと準備しとけ、指輪はこれ! 道具はミリルに借りた!」
リズは懐から指輪の箱を取り出してプラグに押しつけた。
「あっ、ラ=ヴィアを呼んで下さい! 精霊達にも手伝いを! いつ来るんですか?」
「――もうすぐのはずだ。外はアプリア達が守ってるから」
「えええ!?」
「いいからヤレ! でねーと今年いっぱい結婚騒動で潰れるぞ!」
リズの言葉にプラグははっとした。
「――わかりました。やります、精霊に頼んで、机を退けてもらわないと、宣誓台はどこにあります?」
プラグは鞄を持って、大広間の、執務机の後ろに入った。
「あーっと、そっちにある! 右側の後ろ! なんか小部屋があった気がする!」
壁に赤い布が掛かっているが、めくると扉があり、控え室があった。
宣誓台や燭台が置いてあり、着替えにはもってこいだ。
「あと、立ち合い人が必要です。えーっと、騎士か貴族が二人――これは誰でも良いですけど、せっかくなので、王族のバウル教授と、誰か貴族一人。後はアドニス王子とアルス、その他貴族の子弟、ああもう皆呼んで下さい。それだけいれば大丈夫です。バウル教授には入場も手伝ってもらいます。あとできれば、もうリリさんの親になってもらって。養子縁組みは後でいいので。先に教授を連れて来て下さい。候補生と隊士は証人ってことで、後で来てもらいます。誰か使いを出しますから、待機で」
「分かった、用意しとけ。ギィ! 皆に召集!」
「あ、ラ=ヴィアも呼んで来て!」
リズは『闇』の精霊、ギナ=ミミムに頼んで、実体化したギナ=ミミムが飛んで行く。
「じゃあ頼んだ! 一、二時間後に始めるから急げ!」
「えっ」
リズは走って去って行った。
プラグはとにかく動き始めた。
「ナダ! 出て来てとりあえず台を運んで! 机は後でいい。そしたら洗面器に水! よろしく」
プラグはプレートからナダ=エルタを呼んで、宣誓台を小部屋の外に出してもらった。これは教壇のような台で、ここに独身放棄書、結婚証明書を置いて、サインをしてもらうのだが。
「書類……っ!?」
プラグは戸惑った。お道具箱を開けると、よく知った青い箱に、金色の飾り縁のついた白い紙が入っていた。
「あっ、ある!?」
元々入っていたか、ミリルが入れてくれたのかもしれない。この紙は特別で、霊力に反応する透かし紋章が入っている。結婚式が終わると破いたり、燃やしたりできなくなり、式の最後に教会の外であぶって、燃えないところを見せて結婚が完了する。離婚にはまた別の儀式が必要になる。
独身放棄書も、結婚証明書も同じ紙で大丈夫だ。
やった、これならできる、と思いながら控え室に入り、まずは着替える。
普段の巫女服でもいいのだが……着替える前、ふと思い立ってお道具箱を開けると、黒い聖衣と黒い四角帽が入っていた。結婚式の際はこれを身に着ける。ありがたく使わせてもらう。
『トゥーワ、来て。ルネ公爵とリリさんの結婚式をするよ。あ、できればシュラーザさん達も連れて来て! なるべく急いで!』
以前アメルは、祝詞を使って紅玉鳥を呼んだが、今はトゥーワがいるので頼めば連れて来てもらえる。何か問題があったら、とりあえず数で押す作戦だ。
プラグは着替えながら頭の中で手順を確認した。
「主! 来たみー!」
そこでラ=ヴィアの声がした。プラグは扉から手だけ出した。
「ラ=ヴィア! こっちこっち」
「ミ!」
「お水です!」
ナダ=エルタが洗面器に水を入れて持って来た。プラグは顔を映す。
「よし、じゃあ、ル・フィーラ・ディアセス!」
大急ぎで髪と目の色を変えて、櫛で綺麗に整え、髪型は後ろで一本の三つ編みにして、毛先をリボンで結び、四角い帽子をかぶる。
帽子は額に青い宝石がはまった正式なもので、側面に金色の房が縫い付けてあるので大貴族の結婚でも使える。ミリルには本当に感謝だ。
祭司服は黒の詰め襟になっていて、金の縁取りがされている。上着の丈は膝まであって、裾は白のレースになっている。下は簡素な黒いドレスだ。腕には黒い布でできた指抜き手袋をはめて、左腕に巫女のエガケをつける。エガケは紅玉鳥を腕に留まらせる為の物で、平服では革だが、儀式用のエガケ白い布でできていて、金糸と色糸で豪華な刺繍がされている。教会によって模様が違うが、さすが首都教会。紅玉鳥、藍玉鳥――他にも、国旗が刺してある。
靴は平靴でこれも形式通り。襟元に付ける輝証があったが、アメルは普通階級の巫女なのでリボンを外してから巫女章のブローチをつける。
そして仕上げにプラグ――アメルは声を変えた。
「よし、あー、あー! 私はアメル……結婚式の手順は完璧ですわ」
深呼吸する。
今風の結婚式はカルタで五回ほどやって、うち一回は一人でやった。
精霊だった時にも何回もやっている。貴族の結婚式も作法は知っている。
……アメルならできる。
部屋から出て、まずは机だ。すると精霊達が大勢到着していた。
五十体はいるだろう。候補生の精霊達もいる。
皆、騒ぎを聞きつけ、来てくれたようだ。
「外はどうなっているの?」
アメルは大広間の正面扉まで走って、扉を少し開けた。
すると女性が――なんと百人――いや、もっと押しかけていて、隊士と精霊達が列を組んで止めている。
「ルネ様!」「結婚なんて絶対駄目!」と言う声が聞こえた。
アメルはぎょっとして、すぐ閉めた。
「皆さん、今から結婚式の準備をします!」
アメルは壇上に走って戻って、精霊達に向かって声を張り上げた。
いつ到着するかは聞いていないが、とりあえず進めておこう。
「公爵はいつ頃来ますか? 知っている方!」
するとロレ=ナーダが手を挙げた。
「はい! あと三十分から一時間ほどだと思います! お城や、道にファンの女性達がつめかけていて……! 複数の貴族女性が結託して、兵を率いて大騒ぎです!」
「まあ……!? わかりました。手の空いている方は各自の判断で援護に回って下さい」
思ったより大変な事になっているし、時間がない。
すると水玉模様のドレスを着た、水色髪の三つ編みを二つ結びにした精霊『バロア=エルタ(水/水玉)』が手を挙げた。
「あの! 花嫁のドレスが、薔薇の館にあるって聞きました! たぶんそこから漏れたって」
「! えっ。分かりました。アリルはルネ様といますよね――、では誰でもいいので、リリ様が到着したら捕まえて化粧と着替えを。ルネ様も余裕があれば支度させてください。男性は髪を整える、くらいで大丈夫ですが、衣装があったら着せて下さい」
ルネの事だからよそ行きの服はあるだろう。
新郎新婦の準備に時間を掛ければ、もう少しアメルに余裕ができる。
「後は準備の手伝いを。あ! 厨房になんでもいいので、お祝い料理を作るように伝えて下さい。できればケーキやお菓子も。得意な精霊は手伝って、薔薇の館の厨房も使って下さい。使用人にも声をかけて。式の後に配る葉っぱ型のクッキー、これはお皿にどさっと、で構いません、後は、そうです――誰か、街に詳しい精霊、街の花屋さんに行って、あるだけのお花を買い占めて、できれば花屋さんごと連れて来て飾り付けをお願いします。花瓶は何か工夫して下さい。あ、ナダの氷とか? 最後、外に出たら精霊達で花びらを蒔きますので、花籠を用意して、代金は公爵家につけておいて下さい。ついでに屋台やお菓子屋さんを頼んでも良いです。外に出る精霊は持ち主か友人が動ける方にお願いします。お菓子は式に間に合わなくても、式の後でも大丈夫ですから。つめかけた女性にも花やお菓子を渡せるのが理想です。リボンがあると最高です。では各自、急いで準備を」
「はい! お花屋さん、分かります!! 三軒知ってます! リボンも用意します!」
「――氷の花瓶、いくらでもいけます!!」
ナダが答えた。
「私達で、屋台と、お菓子屋さんに当たります!」
精霊達が頷いて飛んで行く。
「バウル教授をここへ! 後見人になっていただきます」
先程リズにバウル教授を呼ぶように頼んだが、忘れているかもしれない。
「呼んで来ます! さっき礼服に着替えてました!」
別の精霊が答えた。机は大広間の外に運び出してもらい、大急ぎで宣誓台の回りを整える。燭台を出して蝋燭を立て、筆記具を出して、巫女の印章がついたネックレスを取り出して首にかけ、その他の小物を配置した。
「誰か! 綺麗な椅子はありますか? いっそ、なしでも構いません」
「あ、ここの椅子、知ってます! 裏の物置です! 取ってきます!」
返事がして精霊達が動き始める。数が多いというのは助かる。
お道具箱の中身は決まり通りに整頓されていて、とても広げやすかった。
「燭台よし、衣装よし、羽ペンよし、指輪よし、経典よし……――なんとか、大丈夫ですわ」
アメルが指さし確認していると、長椅子や木の椅子が運ばれてきた。
長椅子は赤い絨毯の花道を挟んで、左右に十五列も並べられ、単独の椅子は壁に沿って置かれた。
あっと言う間に、教会らしくなる。
「止まり木はありますか?」
「あ、そう言えばありました! 普通の止まり木と、なんか物干し竿みたいなのが……!」
「両方持って来て下さい」
「はい!」
精霊達が飛んで行く。
「さて、書類を……」
指示を出し終えたので、アメルは書類の作成に取りかかった。通常は印字してある物を使うが、白紙の証書に最低限の文言でも成立する。しかし形式は覚えているので正確に書いていく。
さらさらと書き、素晴らしい筆跡の格式高い書類ができた。
「――精霊でよかったですわ――、もう、一枚目ができました」
アメルは先に独身放棄書を作り、次に結婚証明書を書き始める。
「すみません、来ました……!」
そこでバウル教授がナダ=エルタに手を引かれて入って来た。
既に礼服に着替えている。これは助かる。
「まあ、ありがとうございます、少々お待ちを」
アメルは悠然と微笑んだ。
アメルは結婚証明書を書き終えて、署名欄を作り、ペンを置く。間違いがないか見て、頷いた。
「これで証書ができました。あとは巫女の印章を……押します」
巫女の印章は指輪になっていて、普段はネックレスに通してある。
指先をナイフで切って、血をつけて、二枚の書類の、右上、名前の上に捺印する。
「……よし、乾かします」
乾かす間に宣誓台の向きを変える。バウル教授が手伝ってくれた。
「ル・フィーラ」
そしてアメルは、指の傷を『治療』のプレートで治した。
そこでようやく、バウル教授に挨拶をした。
「申し訳ございません。急ぎな物で。私は、カルタ領のオレリア教会の巫女、アメル・ドーゼと申します。本日は、兄のプラグ・カルタに呼ばれ、式を執り行うことになりました。レイモンド・バウル・ゼ・ライン・アストラ殿下でお間違いありませんか」
「はい」
バウル教授が頷いた。
「エアリ公爵と、リリ・カトン様の結婚と言う事ですが、新婦の仮親を引き受けていただけないでしょうか? これは式典の中だけの物になります。正式な養子縁組みについては、後日、別の方にお願いすることも可能です」
「ええ、構いませんよ。ぜひ。私の妻は他界していますが、その場合でも、養子縁組みは可能でしたよね」
「はい」
アメルは頷いた。バウルが微笑む。
「では正式に、リリ様を養子に迎えます。貴族が何か言ってきても、王族が後ろにいれば大丈夫でしょう。ぜひともよろしくお願いいたします」
「――ありがとうござます!」
アメルは深く頭を下げた。
「では後日、然るべき手順で申請をお願いいたします。――式の準備は整いましたが、外は今どうなっているのか――あ」
『おまたせ、来たよー!』
「トゥーワが来たようです。まあ、大勢……扉を開けましょう」
普段は閉じている、大広間の正面扉を開けると、紅玉鳥達が飛んでいた。
■ ■ ■
『教会の周りに、女の人とか、武器を持った人達が押しかけて、ミリル様達が外にでられなくなってたー、たいへんー』
「まあ、そんな」
トゥーワが言った後、他の紅玉鳥たちも報告して来た。
『隊士さんたちが、逃げた公爵とリリ様をこっそり、こっちまで連れて来てた』
『ぼくたちはとんできました。てつだいます』『俺も手伝います』『私達も』
『私もお力添えを……余り多くてもご迷惑かと思いましたが、なるべく多く連れて参りました。中に入るのは十二羽で、後は屋根の上で待機しています。そして、式の最後に、もうおひとり、――様が来られます』
ミリルの紅玉鳥、シュラーザがある名前を言った。アメルはさすがに驚いた。
「! 分かりました……! 皆様、今日はよろしくお願いいたします」
広間の玄関から、ターシェル=リンドが入って来た。
「アメルさん――ルネ様とリリ様が到着しました! 薔薇の館で着替え中です!」
「はい……!」
二人とも無事に着いたらしい。
そして、外から喧噪が聞こえる。
精霊達が大量の花と、花屋の主人達を抱えて入って来た。
「お花屋さん三軒連れて来ました! バッチリです! 花瓶はナダが氷で作ってくれます」
「では皆様、飾り付けをお願いします。あと三十分程度で始まりそうです。ナダありがとう。溶けないように頑張って」
アメルは答えた。ナダが胸を叩いた。
「任せて下さい! 二時間は余裕です!」
「屋台も移動をお願いしました! もうすぐ近衛の案内で到着します!」
「カタリベも捕まえられました! 王子の予言です! 式が終わったら何か演奏してもらいます! 式の曲もできるそうです」
アメルは頷いた。
「――薔薇の館の二階、ダンスホールにクオントと楽器があるので運べたら使って下さい。二次会はお任せします」
「今、隊長がいい話で女性達を説得しています――! 皆、感動しています! 天才!」
すると黒の祭礼服を着たカタリベが十名ほど入って来て、跪いた。
「予言により参上いたしました」
予言というか、大騒ぎらしいのでさすがに気づいているだろう。カタリベは各自楽器を持参している。
「助かりますわ。音楽、いけそうですか? 式の最中は荘厳な感じでお願いします」
「お任せ下さい」
「宣誓の時はゆったりと、控え目に。最後は賛美歌で見送って下さい。曲は全て任せます」
「はい」
「その後、外で楽しい曲を。でも公爵の式なので、上品に。夜はダンスホールを使う予定ですが、そちらは人の波次第で大丈夫です。薔薇の館にクオントとクラーシユ、いくつかの弦楽器があるのでよろしければ使って下さい、場所は精霊に聞いて下さい。運ぶ際、人が足りなかったら精霊か、表の女性達を使って大丈夫です。私は式にかかりますので、以後の指示は隊士から受けて、適度に休憩をして下さい。帰る時間はお任せします」
「畏まりました。早速支度します」
アメルはすっと、優雅に顔を上げた。
「こちらは支度がすみました。精霊達は外の援護に回って、候補生と、来られる隊士、事務の方も呼んで下さい。大広間に入るように伝えて。バウル様は外で待機していただき、新婦と一緒に入場です。新婦は最後で構いません。始まりの鐘があればいいのですが……」
するとシュラーザが話しかけて来た。
『教会の鐘を鳴らしてもらいましょう。あちらに残っている者に伝えます』
「まあ、助かります。お願いします。始まるとき、トゥーワを通じて『鳴らしてください』と思念を送りますね。バウル様に誰か数名、ついてお守りして。ラ=ヴィアはここで助手を」
「ミ! ラ=ヴィアは世界一できる子!」
「手順は古い式と大差ありません。私の隣に控えて、最後に燭台を持って来て、新郎新婦を先導して退場。私は証書を持って出ます。表で貴方は跪き、私が証書をかざして火をつけます。いつも通り堂々と」
「ミっ!」
ラ=ヴィアがどこか嬉しそうに頷いた。
ラ=ヴィアは儀式に慣れているので適任だ。人間と精霊の結婚式をしたこともある。
ナダ=エルタは花屋と相談して飾り付けをしている。
三軒集めても花は多くはなかったが、椅子の端や入り口など要所に置かれ、絨毯の両端に気前よく花びらが蒔かれた。
宣誓台にも花が飾り付けられ、トアゼ=エルタの手により芸術的なブーケが作られた。
「アメル様、ブーケができました」
ブーケは白と淡いピンク色の花で丸く形作られて、白いリボンで飾られている。
「まあ凄いわ。ブーケはリリ様にお渡しして、持っていて頂きます。やはり花があると綺麗ですね。――演奏を始められますか?」
祭壇の下、大広間の左右の端に、椅子が並べられてカタリベ用の席が用意されている。
クオントは左端に運び込まれた。
「はい。では始めます」
カタリベが奏で始める。
音楽のある大広間――礼拝堂に候補生達や事務員が戸惑いながら入って来た。
「えっ、座って良いの?」「え!? 椅子がある」「お花!? いつのまに!?」
「アメルちゃん?」「鳥さんがいっぱい!」「楽団がいる!?」
アメルは軽く礼をして出迎えた。
「皆様、本日はようこそ。候補生の皆様は、皆様から見て、右側の最前列に、アルスティア殿下、アドニス殿下、あとは貴族の方を前にして、適当に詰めてお座り下さい。皆様から見て、左側が新婦の席です。入って左側は新婦席……隊士達と精霊達が座りますので、分かりやすく空けておいてください。ユノ隊士は同郷と言う事で前の方へ。一列目左端にはバウル教授が座られますので、こちらも空けておいてください」
「あ、はい! ここでいいですか」
「はい、大丈夫です」
ユノは先に送られたのか来ていた。左側、一列目の真ん中に座って、ポニーテールを整えながら周囲を見回して、落ち着かない様子だ。
「新婦の支度が済んだら、始めます。精霊達が伝えてくれます。なお、新婦のリリ様は先程、レイモンド・バウル殿下の養子になりましたので、今後はリリ・ゼ・ライン・アストラ殿下とお呼びいたします。平民から王族への大出世ですね」
アメルは微笑んで言った。
「すげー」「うそ……」「凄い……!」と言う声が聞こえる。
ユノは既に涙を拭っている。
「あの、そう言えばプラグは?」
ペイトが尋ねた。アメルは微笑んだ。
「兄は――私を呼びに来た後、そのまま教会へ行きました。『手紙』で繋がっているので、式が始まる時、鐘を鳴らしてくれます」
ラ=ヴィアに化けてもらう事も可能だが、今回はラ=ヴィアには手伝いをしてもらうのでそういう事にする。式が終わったらプラグに化けてもらって、後半から参加してもらえば十分だろう。
候補生達は「そうなんだ」「大変だな」「すげー」と呟いている。
そして、ルネが入って来た。
ちゃっかり、真紅の――豪華な衣装を身に纏っている。中に着ている白いブラウスも、首元を飾るクラバットにも瀟洒なレースが付いている。左胸に騎士章、勲章、貴族章の付いた礼装だ。彼は騎士なので丈の長い上着の上に、礼装用の剣を穿いている。
見慣れているはずのアメルでも驚く程、格好いい。髪型はいつもより凝っていて、一緒に編み込まれたリボンもいつもより豪華で、さりげなく髪飾りも付いているので、一瞬、男装の麗人に見えた。
「――外は少し落ち着いたよ。いつ始める?」
「隊士の方は、来られそうですか?」
「半分くらいは」
「では中に。エルさん、来られそうな隊士と精霊を呼んで座らせて下さい。後は新婦の支度ができたら、戻って私に報せて下さい。新婦はバウル様と一緒に、教会の鐘が鳴るまで待機をして、鐘が鳴ったら、鳴り続けていてもいいので、覚悟が決まったら、お好きな時に広間に入って進んで下さい。作法はこの際なしで、私が全て指示をしますから、ここまで歩けば大丈夫です。私はこの通り新米巫女なので、リリ様に大丈夫ですよ、と、伝えて下さいね。私に全てお任下さい」
アメルは微笑んだ。
「はい!」
リリの精霊、エルミーネ=ヴィスが頷いて出て行った。
そしてぞろぞろと、隊士と精霊が入って来た。隊士の数は少なく、座席の三分の一ほどで、残りは精霊で埋めた。アプリアはいるが、エドナクとリズ、リーオもいない。
隊士に混じって、見知らぬ貴族女性が三名いる。しっかりと隊士に挟まれ着席した。どうやら、ルネの大人しいファン代表らしい。
アメルは、シュラーザを左手に乗せ、立礼をして微笑んだ。
「では皆様。新婦のお支度が済むまで、式の手順を説明いたします。皆様、本日はとてもとても急な式に、ご列席頂き誠にありがとうございます。皆様にはひとつ大事な役割があります。それはこの式がいかに楽しく、美しく、素晴らしい物だったか、こちらの新郎エアリ侯爵様が、どれだけ格好良く素晴らしかったかを語る役割です。どうぞ、本日来られなかった皆様方に、思う存分語ってください。そしてリリ様――ああ、失礼いたしました。リリ殿下のドレスがどんな物だったか、どれほど幸せに満ちていたか、彼女の美しさと初々しさを、ぜひとも国王陛下にも、全ての貴族にも伝わるように。もっと言えば諸外国にも、ストラヴェルにエアリ公爵ありと、その名が轟くように――ぜひともお力添えをお願いいたします――進行は、カルタ領オレリア教会の巫女、アメル・ドーゼと、こちらの精霊、ラ=ヴィアが勤めます」
ラ=ヴィアが優雅に礼をする。
そしてアメルは手順を説明した。
まずは祭司からの問いかけと、誓いの言葉。これは三問あり、どれも愛に関するものだ。
新郎、新婦の順で聞いていき「はい」と答えるだけの簡単な物になる。
そして、お互いに指輪をはめる儀式。その後、独身放棄書と、結婚証明書への署名。
最後に結婚の祝詞と紅玉鳥の祝福。
「祝福の最中は、皆様には頭を下げて頂きます。祝詞の後、紅玉鳥が鳴くと周囲が光りますが、そういう物なのでお気になさらず。――その後は新郎新婦と、続いて皆様にも外に出ていただき、お披露目と『証明の儀式』です。私が二枚の証明書に火をつけ、燃えない事を確認します。これで終了となります。外に出た後は、新郎は新婦にキスしていただいて構いません。もしかしたら――今日は特別大きな鳥さんがお祝いに来て下さるかもしれませんが、見れば分かると思いますので、見かけられたら、皆様は盛大な拍手をお願い致します」
――するとエルが入って来た。エルは部屋の端を通ってアメルに近づく。
「あと、五分ほどです。今、支度が終わり向かっています」
「分かりました。あと五分ですね――あ、エルさん、ブーケを持って行ってください」
エルミーネ=ヴィスは頷いて、ピンク色の可愛らしいブーケを受け取って端を通って出て行った。
アメルは思念で、長い端の止まり木にいるトゥーワに伝言をお願いした。
『りょうかいー。あと五分で始まるって、鐘はちょっと待ってね』
今回トゥーワはミリルの紅玉鳥、シュラーザに役目を譲った形だ。
アメルは右後ろにある止まり木にシュラーザを移した。
式の最中、シュラーザはずっと止まり木にいる。
アメルは呼吸を整えた。花もあるし楽団もいる。衣装も指輪もある。
衣装と指輪を用意していたのは、さすがルネ公爵、と言うべきなのか……。
――思ったより、整った式になりそうでよかった。
……アメルはルネを見て、微笑んだ。
……ルネも穏やかに微笑んだ。
そして、再びエルが来た。リリは外でバウル教授と待機しているという。
「では、エルさん、空いている場所にご着席を。今から、式を始めますので、――トゥーワ、始まりの鐘をお願いします」
トゥーワを見ると『了解ー、始まるよ! 始まりの鐘、盛大に鳴らして!』という声が聞こえ。やがて、城内の教会から鐘の音が聞こえ始めた。
意外に良く聞こえ、列席者達が驚く。
「では、厳粛な式ですので、拍手は最後までお控え下さい。――新婦のご入場です」
カタリベの音楽と共に、リリがバウルに手を引かれて入ってくる。
真っ白で光沢のある生地に、刺繍がされている。長い、透けるベールで顔を隠して。裾は長く引きずっている。
漆黒の髪は結い上げて、首元には金剛石と銀のネックレス。耳には揃いのイヤリング。
深紅の瞳がとても印象的で、美しい顔立ちは公爵の妻にふさわしい。
ドレスは肩が隠れるデザインで上品だ。幾重にも重なった薄い布が華奢な肩を覆っている。普段のリリはどちらかと言えば暗い印象の少女だが、ドレスの生地がふわりとしているので、見とれるような柔らかさと華やかさがあった。
リリはルネの隣で立ち止まり……。
バウル教授がユノの隣に着席する。衣装自慢の精霊達がベールを持ってリリの衣装を整えた。リリはとても落ち着いていて、ルネに微笑む余裕さえある。二人は互いにしばらく見つめ合った。
■ ■ ■
ユノ・ラハバ・カトンは――始まる前から涙ぐんでいたが……。
立派な花嫁衣装のリリが入って来たとき、もう無理だ、泣こう、と思った。
いつの間に用意していたのか、二人とも完璧な衣装だった。
式は厳粛に進んで行く。
急ごしらえとは思えない程、しっかり整った式だった。
そもそも巫女もいるか分からない状態で、まさか花まであるとは思わなかったし、楽団がいるとも思わなかった。
……首都教会周辺は『え? こんなに!?』と思うほどの女性達に囲まれていた。
道が全て女性で埋まっていて、全く通れないのだ。
ユノはルネ公爵の人気を舐めていた。ルネが指輪やドレスを発注した店にルネのファンがいて漏れたらしい。彼女達は一ヶ月前から首都に集まり、ルネの動向を観察していたと言う。
しかもどうやったのか、そこらの隠密より優秀で、今まで誰も気づいていなかった。
『絶対にルネ様とその相手を教会に近づけるな!』と、言うことらしい。
報告では東の教会にも見張りの女性が押し寄せているとか。
ミリル達巫女は安全の為に教会から出られず、今も近衛に守られている。
巫女が出られない中、『これじゃ埒があかん、もう今日中に式を挙げる!』と言ったのは隊長のリズだった。城に乗り込んで国王に文句を言って、牢番を殴ってルネとリリを連れ出した。ユノ達は屋根を通って――屋根の上まで『飛翔』を使う女性達がいた――何とか首都教会へたどり着いた。しかし、教会は女性達に囲まれ、護衛らしき男達もいる。
九割が無抵抗の女性なので、傷付ける訳にはいかず、逆に手間取った。
首都教会周辺、礼拝堂の前にも女性が詰めかけて、とてもではないが式どころではない。
と言う事で、もう騎士団に戻って、大広間で挙式しようとなったのだが、巫女がいない。
巫女達は星の日のために精進潔斎して霊力を溜めているとか……。それでも、何名か名乗り上げ、星の日は欠席でも構わないとなったのだが。そもそも教会自体が危険だった。
『あっ巫女ならいる! 暇そうなのが一人! プラグの妹、アメル・ドーゼ! そいつ大広間に呼んで支度させる。お前等はルネとリリを確実に連れて来い』
リズの言葉に、ミリルがはっとして、道具や衣装の入ったお道具箱を用意してくれた。
『今は白紙しかなくて……! 簡単な文章でも大丈夫です。ああ、でも公爵様の結婚なのにそんな……』
『大丈夫だ、アメルなら何とかできる! 絶対スゲー文章格好いい書く! 天才だから!』
ユノほか、数名は箱を守りながら運ぶ役目を仰せつかり、必死に運んで戻って来た。
その後は道を整え、女性達を牽制し、ルネとリリを守って移動し――。
ようやく近衛が来てくれて、警備が敷けたのだが……女性達は雪崩れるように移動して、なんと、クロスティア騎士団の敷地まで入って来た。
女性達は大広間の外で隊士達に抑えられている。
まだ『ルネ様が結婚なんて絶対駄目!』とほざく女もいた。しかし彼女の指に結婚指輪が見えたので、ユノは大いに呆れた。心境は一発殴りたい、だ。
そこでリズが『音』のプレートを持って進み出た。
「えー、皆様、本日は二人の結婚式に来ていただきありがとうございます~! ここにいる方々、街でちょっと暴れている皆様は、実は二人を祝福に集まった招待客、お祝いに来た民衆だったと言う事で、全て罪には問わない物とします。ですが、それはきちんと祝福したら、という条件が付きます」
その後の演説は芸術的だった。
「えー、人というのは、一人でいると寂しい物です。ルネ公爵はわずか五歳で父を亡くし、弱冠二十歳で爵位を継ぎ、以後その力を全て、国の為に使ってきました。私はあれほどの努力家を他に知りません。ルネは常に真面目で、礼儀正しく、誰にでも優しく、まさしく騎士のお手本です。しかし彼の胸中には、いつも、拭いきれない孤独があったと聞いています。最強で、孤高であるが故の寂しさ! 最強であるが故、常に先陣を斬って戦う厳しさ、つらさ。皆の期待に応える義務。領地と首都の往復、評議員の仕事、ファンの皆様への返礼。そして血のにじむような日々の鍛練! まさしく激務です。心安まるときはなかったでしょう。一方のリリ隊士は、ラハバ領カトン村出身でございます。幼い頃に父を海で亡くし、母と二人、必死に生きて来ました。ですがその母親も、リリ隊士が十歳の時に流行病で亡くなっています。リリ隊士はクロスティア精霊騎士であるイオレス・ラ・ラード氏に自ら願い出て、弟子となり、女の身でありながら鍛練に励み、才能を開花させました。どこか境遇の似ている二人が、出会い、互いに惹かれる事は、まさに運命だったと言うほかありません!! ルネ公爵は常にこう言っています。僕が頑張るのは、皆を守るためだと。国全て守るつもりで戦っていると。そんな素晴らしい彼に、ただ寄り添い待つのではなく、共に戦う事ができるのは、リリ隊士を於いて他にはありません! リリ隊士は皆様の希望であり、ルネ様を守る砦であり、皆様とルネ様の架け橋です。私も二人の結婚を心から祝い、応援し、共に戦って参ります。どうか皆様もこの日に出会えた歓喜と興奮を、二人への祝福に変え、公爵とこれからもずっと一生、共に歩んで行こうじゃありませんか! この結婚は、何よりルネが望んだ事です! 私達の手で、叶えてやりましょう! 皆様、盛大な拍手を!」
――と、リズは評議員顔負けの演説を行った。
隊士や近衛からも盛大な拍手が巻き起こり、女性達は号泣し「おめでとー!」「結婚おめでとー!」「結婚してもずっとずっと応援しています!」「一生ついていきますー!!」「リズ隊長万歳ー!」「クロスティア万歳!!」と歓声を上げた。
「ふう。ざっとこんなもんだ。ユノ、もう大丈夫だ、お前は中に入れ」
リズに言われてユノは疲労困憊で大広間に入った。
ユノはリズは評議員になれば良いと思った。
――そうしたら。
若い巫女が何もかも調えて待っていた。大広間には椅子が運び込まれ、宣誓台が置かれ、花が飾られ、楽団がいて……候補生達が座っていた。
巫女の顔を見てはっとする。プラグ・カルタにそっくりだ。
……しかし胸もあるし、目の色も、髪も違う。別人だ。そう言えば巫女の妹がいると聞いていた。赤みがかった、茶髪の巻き毛を、綺麗に編み込んで一つにまとめている。濃いブラウンの瞳、茶色の睫毛。黒い衣装と合わせると、とても大人っぽく落ち着いて見える。
ユノは『信じられない。だって決まったの二時間前ですよ!?』と思いながら、着席して、リリ――年上の友人の事を考えた。
ユノは十七歳、リリは二十一歳。
年は離れていて、しかも同じカトン村出身と言っても、カトン村は意外に大きく、市といえる広さの港街だった。
お互い面識はなく……ただ、『数年前にリリという、可愛らしい女性がクロスティアの騎士になった』と聞いていた。
実際会ってみると、確かにとても可愛い。絶世の美少女と言えるのだが……長い黒髪に、珍しい赤目。瞳は大きく、長い睫毛に彩られている。顔立ちは人形のように整いすぎていて、表情も乏しく、華奢で、好みの分かれる女性だと思った。
しかし、同郷と聞いて話し掛けてくれて……そこからは、話も弾み、打ち解けた。
リリは年上だが友人でいいと、あっさり言い切った。
つきあってみると、とても素直で純粋で、ユノはすぐに大好きになった。
公爵と付き合っているとは聞いていたし、ずっと薔薇の屋敷にいるのだが……休日、ユノには本音や愚痴を打ち明けてくれた。
「本当に強引な方で、初めは困っていたんです――ですが――」
まあそれは惚気に変わるのだが。
思えば初めから、リリは異質だった。これは公爵のために生まれたからに違い無い。
リリは王族の養子となり、公爵夫人になる女性だったのだ。
ユノは泣いた。そして笑った。
(リリ……! おめでとう……!)
■ ■ ■
「では、イルトレア様の祝福により、お二人は正式に夫婦となりました。後は外に出て、証明の儀式を行います。皆様、どうぞご起立ください。お見送りの拍手をお願いいたします」
式は滞り無く進み、署名が終わった。
待ち構えていた候補生達、隊士達が拍手をして、立ち上がる。
「おめでとうー!」「ううう、おめでとう!」「リリー!」「おめでとう――!」
カタリベが賛美歌を歌ってくれる。
新郎新婦はラ=ヴィアの先導で、外に出た。
ラ=ヴィアは火の付いた燭台を持っている。この蝋燭は精霊石を使った特別製で、雨が降っても風が吹いても火は消えない。
「――あっ、出て来た!」
観衆が迎える。花籠が配られていて、色とりどりの花びらをまき散らす。風路の精霊アナ=アアヤが一面に花を浮かせた。
「おめでとー!」「リリ様ー!」「きれー!」「ルネ様おめでとう!」
女性達はすっかり改心していて、諦めて泣きながら祝福している。
まだ泣いている女性もいたが――。
列席者が外に出た後、最後の儀式のため、アメルは証書を持って外に出た。
一礼の後、胸元に掲げて、観衆に示す。
「では皆様。こちらが独身放棄書と、結婚証明書になります。先程教会内で、大創造神イルトレア様の祝福を受けたため、特別な力が宿っています。証人はこちらの方々ですが、せっかくですので、ここにおられる皆様にも証人となって頂きます」
これはお決まりの流れなので、皆が「待っていました!」「証人になるぞー!」と頷く。
「ラ=ヴィア、火を――」
ラ=ヴィアは燭台を持って来ていて、跪いて火を掲げる。
このまま証書を焙るのだが――そこで、影が差し、いいななきが聞こえた。
アメルは、はっと顔を上げて、微笑んだ。
「まあ……どうやら、国王陛下、聖母様と、大祭司様もこの結婚を祝福して下さるようです。ようこそ――イルトレア様」
アメルは一旦証書を下げ、深くお辞儀をした。
観衆がぴたりと静まる。ルネとリリも絶句している。
この青い尾長鳥――『藍玉鳥』は、この国で、最も神聖な精霊動物だ。
大創造神イルトレアの名を冠し、三百年以上生きている。もはや神そのもの、と言っても過言ではない。
――藍玉鳥は羽ばたき、リズの肩に留まった。
リズが目を見開いている。やがて彼女の腕に移動した。
「では『確かめの儀式』を行います。この二枚の証書は、カルタ領、オレリア教会の巫女、アメル・ドーゼが作成し、ストラヴェル王国の公爵、ノム・ルネ・ラ・エアリ公爵と、リリ・ゼ・ハイング・ラヴェル殿下、ご両人の独身の放棄と、結婚を証明する物です。この契約に嘘偽りの無い事を、ここに証明いたします。火はこちらに……」
アメルは二枚に重ねた書類の端に、火を、しばらく当てる。
しかし二枚の紙には茶色い焦げ跡一つ着かない。
アメルは二枚の証書を堂々と掲げた。
「この通り、全く、火はつきません! 皆様、二人の門出に祝福を!」
わっと、隊士や候補生達が一斉に拍手をして、リリが泣き出す。公爵はリリを抱きしめ口づけをした。
最後まで抵抗していた貴族令嬢達も、肩を落として拍手をした。最後まで粘った女性達も、膝を突いて泣き崩れ、やがて周囲の人達に支えられ、慰められながら祝福した。
「以上で式は終了です。お菓子や振る舞いのクッキーを用意いたしましたので、皆様、ぜひどうぞ。本日は、ありがとうございました。ああ、ブーケトスがありますね、リリ殿下、思いっきり、お願い致します」
「はい。行きますわよ……!」
花束が、意外なほど遠くに投げられ、女性達が驚いて手を伸ばす。
すっぽりと、誰かの腕に収まった。
わっと盛大な拍手が巻き起こる。そして音楽が始まり、葉っぱ型のクッキーが配られていく――。
■ ■ ■
候補生は踊って、屋台を見てお菓子をもらって、クッキーを食べている。
大役を終えたアメルはルネ達の側にいて、話の輪に加わった。
「いやー! まじでお前頑張った! 偉い!」
アメルはリズにとても褒められ、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
隊士達も「マジで凄い! 準備二時間だよ!?」「信じられない!」「花、どこから!?」「藍玉鳥まですごい!」と褒めてくれた。
「皆様のおかげで、なんとかなりましたわ」
アメルは微笑んだ。アメルは証書を収めた筒を持っている。
「こちらの証書は私が責任をもってミリル様にお渡しします。教会で保管されますのでご安心下さい」
アメルの言葉にリリが涙ぐんでお辞儀をした。
「もう……なんとお礼を言っていいか……ありがとうございます」
「本当にありがとうございます」
ルネも頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ。お二人の力になれて光栄ですわ。――さあ、花嫁様、花婿様、動きやすい格好に着替えて下さい。ダンスホールで楽団が待っていますがどうされますか?」
「それは勿論、踊ろう」「ええ!」
ルネとリリが頷いた。
すると、ずっと外にいたリーオが微笑んだ。
「――酒と料理は手配したから、今日は騒いで良し。臨時休暇だ!」
リーオの言葉に隊士達が歓声を上げた。
近衛は帰らなくてはいけないが、リズが「警備が長引いたからって事にして飯、食ってけ! つかルネとリリ、まだ警護してくれよ! 私達は飲むからな!」と言って引き留めた。近衛も断る理由は無いので、即刻頷いていた。
「よーし行くぞ! 暇な女子ども! お前等も来い! ルネの館を見せてやる!」
女子達は「キャー!」と歓声を上げてついていった。
少し減ったが、まだ礼拝堂前には人だかりがある。
アメルは控えの部屋で祭司服を脱いで、ざっと片づけをして、髪をほどいて、巫女服に着替えた。証書は筒ごと黒い持ち運び袋に入れて肩に掛けている。式の後は良く巫女も踊るのだが、預けるまで持ち歩くのが慣例だ。
外に出ると候補生達が庶民的な屋台で飲み食いをして、陽気な音楽に合わせて適当に踊っていた。
話を聞きつけた屋台が続々と入って来て無礼講と言った様子だ。精霊達の多くはこちらに残っている。
「クッキーありまーす!」「ジュース欲しい人ー」「砂糖菓子ありますー!」
「追加、お店から届きます! どうぞ沢山食べて下さいー!」
アルスが、建物から出てきたアメルに手を振った。
「アメルちゃん! こっちこっち! お疲れ様、クッキーあるわよ!」
「お疲れ様ー!」「いやすごい、支度できたの?」「だって、何も話なかったよな?」
候補生達が口々に褒めてくれた。
「アメルさん、とっても素敵でした!」「本当、格好良かったです!」
巫女志望のエマやカトリーヌ、女子達は感激した様子だ。
「さすがに疲れましたわ。おひとつ頂きます」
「どうぞどうぞ、いくらでも」
アルスが皿を掲げて渡した。アメルは葉っぱ型のクッキーを摘まんだ。
アルスが「何か食べる?」と言って屋台を見回した時、背後から誰か近づいて来た。
「俺にも一つもらえる?」
そう言ったのは大急ぎで湖に行き『プラグ・カルタ』に化けたラ=ヴィアだった。
「え! プラグッ!?」
アルスが目を丸くして、アメルと見比べた。
アメルはこそっと耳打ちした。
「ラ=ヴィアです」
「――え! そうなの?」
アメルは頷いた。
「アメル、お疲れ様。あー、やっぱり、式には間に合わなかったか……」
『プラグ』が言った。ラ=ヴィアはとても上手く化けている。
「ええ、お兄様、鐘を鳴らしたら戻ってくると仰ったのに」
「ごめん、人が多くて外に出られなかったんだ。アメルは証書を届けに行くの?」
「ええ、そうですね、ここからならすぐなので、今から紅玉鳥たちと行きます。私はそのまま、ミリル様にお礼を……ああそうだわ。お道具を返さないと」
「道具は明日でもいいんじゃないかな。途中、見て来たけど、まだ道が混んでいそうだから。公爵がいきなり結婚したって、街中がお祭り騒ぎだよ」
「ふふ。そうですわね。あ、イルトレア様は――ああ、まだいらっしゃいますね」
藍玉鳥イルトレアは、屋根の上で紅玉鳥達とのんびりしている。
アメルは『イルトレア様、今日はどうもありがとうございました。後はお好きなだけいてください』と念話で伝えた。
イルトレアは『わかりました。ゆっくりいたします。久々の外出ですから』と返してきた。
アメルはとても感動した。藍玉鳥って本当にいたんだ、という気持ちだ。
「じゃあ、教会まで送っていくから、行こう」
プラグの言葉にアメルは頷いた。
「ええ、そうしましょう。皆様はそのままお楽しみ下さい。私は証書を届けに。イルトレア様は久々の外出なので、気が済むまでのんびりなさるそうです。紅玉鳥たちも自然に戻りますわ」
「――では、我らがお送り致します! 皆、巫女様を警護せよ!」
近衛が言ってついてきた。
アメルは「お願いいたします」と微笑んで、プラグと一緒に歩き出した。
教会まで行って証書を預けて、その後アメルは教会に残ったことにして、入れ替わって、後はラ=ヴィアに適当に任せてプラグだけ戻るつもりだ。
■ ■ ■
アメルは証書をミリルに渡して、プラグと入れ替わって戻って来た。
なんと教会には、義兄――イルモンテ・カルタが来ていて、プラグと一緒にこちらへ来た。
イルモンテが何故教会にいたのかというと、彼は一ヶ月ほど前から、打ち合わせと練習のために城に入っていたらしい。忙しかったわけではなく、ミアルカ王女にクラーシユを教えながら、のんびりまったりしていたという。
『おい今日、公爵、結婚するって!』と城で聞き『じゃあ音楽だよな! 誰が弾く? 俺でしょ!』と、道行く人に事情を尋ねつつ教会まで来たが、そこで足止めを食らった。
アメルとプラグが既に式は終わっていて、今からダンスパーティをすると伝えたら演奏してくれると言った。もちろん大歓迎だ。
道が通れるようになっていたので、片づけは、一緒に着いてきた巫女がやってくれている。
お道具箱も教会の護衛達がそのまま持ち帰るという。
至れり尽くせりだが……さすがに疲れたプラグは、パーティには参加せずに部屋に戻った。
「おわったぁ……」
プラグはベッドに倒れ込み、祝福の喧噪を聞きながら、心地よい眠りに落ちた。