カノンさんが帰ったあと、千歳さんと共に行動を開始した。
最初に向かったのは最寄りの警察署。
狼魔族の捜索と並行して、とある申請をするためだった。
千歳さんが事前に連絡をしていたようで、警察署に入ってすぐに署長室に案内された。
来客用のソファーに座ったまま、30分近く待っている。
その間、千歳さんから今後の動きについて説明してもらった。
「ティスタ先生が以前所有していた魔界遺物の封印を解く……?」
「そうだ。ティスタの魔界遺物は、完璧な封印を施されたうえで日本政府の施設で管理されていた。今さっき、その封印を解除させるように申請してきた」
魔界の神々が作り上げた兵器であり、ティセにとっては滅ぼされた一族の形見。魔界に伝わる御伽話になっているほどの代物である。
「どうして今、封印を解くんです?」
「……トラブルに備えて、かな」
「たしかに最近、物騒なことが続いていましたけど……」
「実を言うと、ガーユスとの決戦の前にも同じ申請はしていたけど封印が厳重すぎて間に合わなかったんだ」
「なるほど。だから今回は早めに申請をしておこうと」
有事の際、すぐに魔界遺物を使用できるようにしておきたいらしい。
しかし、問題が残っている。
「先生は『魔界遺物を使用する資格をなくしている』と言っていました。封印を解いても、使えないかもしれないのでは……」
ティセが言っていたが、魔界遺物には意思が宿っている……らしい。
強大な力を正しく行使できる者にだけ応えるという。
一種のセーフティ機能のようなものなのかもしれない。
「そうだね。だから、私が預けているものも一緒に封印解除を申請してきた」
「千歳さんも魔界遺物を使えるんですか?」
「いいや、私のは自分と一番相性の良い
得物。持ち歩いていると周囲に悪影響を及ぼすから、普段は警察に預かってもらっているんだ。魔界遺物ほど封印が厳重じゃないおかげで、すぐに回収できる」
そんな話をしていると、数人の男性が署長室へ入ってきた。
黒いスーツに身を包んだ屈強な男たちは、いくつかの木箱を持っている。
そのうちの一番大きな長方形の箱を千歳さんの目の前に置いた。
「ご苦労さん。状態は?」
「万全です。すぐにでも使えます」
スーツの男性は、長方形の木箱を慎重に開ける。
中を覗くと、そこには白鞘の大刀が収められていた。
「これ、日本刀ですか?」
「持ち主の生命力を吸い尽くすって曰く付きの妖刀だよ」
……思ってたよりヤバそうなものが出てきた。
千歳さんは、そんな危険な妖刀を素手で持った。
「そんなもの、使って大丈夫なんですか?」
「私の呪力で強引に
調伏してあるから大丈夫。もし逆らったら、その場で折る」
「えぇ……」
千歳さんは白鞘の妖刀をじっと見つめながら、ゆっくりと鞘から刀を抜いた。
その刀身は、血のように紅く染まっていた。
「元は霊刀だったんだ。銘は
紅鏡。昔、私がティスタと戦ったときに使った刀でね」
深紅の刀身に、窓から差し込んでくる太陽の光が反射する。
その光を見ているだけで、体が熱くなっていくような感覚が襲ってきた。
同時に、全身に鳥肌が立った。
「トーヤ君、この刀を見て何を感じた?」
「純粋な恐怖……と言えばいいのでしょうか。この刀が僕を斬ろうとしているように感じてしまって……」
「その感性は正しい。こういった妖刀や呪具の類は、魔界との戦争において魔族を殺すためだけに作られたものだ。だから、キミのように魔族の血が流れている者には恐怖心を植え付けてくるし、命を脅かしてくる」
「…………」
「でも、そういった一面だけを見ないでほしい。刃物や拳銃、兵器であっても、使い方さえ誤らなければ自分や他人を守る力になる。結局は使う者次第なんだ」
かつて魔界を滅ぼした「呪害」と呼ばれる兵器があったように、この妖刀もかつては魔族を殺すためだけに存在していた。そんな悍ましいものでも、使い方を間違わなければ誰かを生かせる。
魔術と同じだ。
異能の力をいつ、どこで、なんのために使うのか。
そう考えることをやめてはいけないし、忘れてはいけない。
「……少しよろしいでしょうか?」
僕たちの会話を聞いていた黒スーツの男性のひとりが話しかけてくる。
「ティスタ・ラブラドライト様に所有権がある『
輝弓』の魔界遺物についてなのですが、封印解除に手間取っております」
「どれくらい掛かる?」
「1週間あれば、なんとか……」
「ダメだ。どんなに遅くても3日で封印解除をしろ。私の権限で宝生家の呪術師も動かす」
「……かしこまりました」
黒スーツの男性たちは、千歳さんに深々と頭を下げてから退室した。
「千歳さん、彼らは……?」
「公安お抱えの呪術師。異能を使った犯罪を事前抑止するために活動してる。実際は国の言いなりになっているだけの腰抜けだけどね」
深紅の妖刀を白鞘に納めながら、千歳さんは大きな溜息を吐いた。
「この国の呪術師は、一枚岩じゃない。私のように魔術師や魔族を受け入れる者とそうでない者がいる。魔族と人間の真の意味での共存を目指すなら、人間同士で内輪揉めをしている場合じゃないんだけどね……」
千歳さんは来客用のソファーに座って、俯きながら考え込んでいる。
少しの間のあと、千歳さんは顔を上げた。
「少し話をしたい。座ってくれ」
「はい」
いつものような優しい笑顔でも、仕事のときに見せる真面目な表情でもない。
複雑な感情を抱いているのがわかる。
「この警察署の署長とは顔見知りでね。大切な話をするために場所を借りたんだ」
「今から話をすることは、警察署でするのが一番安全ということですか?」
「正確には『署長室が安全』なんだ。事前に盗聴器が仕掛けられていないか調べてもらったし、署長は信用できる人だからね。私の呪術で音も漏れないようにしてあるし、今は誰も出入りができない」
「……そこまでしなければいけない理由があるんですね」
「そうだ。私の……正体を明かそうと思う」
千歳さんが何者なのか、気になってはいた。
ティセと渡り合えるほどの強さ。
警察関係者と面識があり、公安の人間に命令を下すことができる人脈。
普通ではないとは思っていたけど、ここまでして隠さなくてはいけない正体があるのは想像していなかった。
緊張の中、千歳さんが口を開く。
「私は、公安から出向してきた呪術師なんだ」
彼女の口から語られたのは、呪術師の千歳さんが魔術師のティセと行動を共にしている真の理由だった。