豊川稲荷の参道の坂を登り切り、
藤城皐月は
常香炉越しに大本殿を見た。
大本殿は
総欅造りの
妻入二重屋根三方向拝で、間口が約19メートル、高さが約30メートルという立派なものだ。
寺院なのに狛犬ならぬ
狛狐が左右に配されているところに
神仏習合の名残がある。本殿正面に吊るされている大提灯は高さ3.8メートルもあり、大迫力だ。
「筒井は初詣、どこに行ったの?」
「
玉置神社。
十津川村にある神社なんだけど、知らないよね?」
「知ってる知ってる!
秀真に教えてもらったんだ。世界遺産の『紀伊山地の霊場と参詣道』にある神社だよね。なんかすごい神社なんだってね」
「私はそういうのってよくわからないんだけど、たぶんすごいんだと思う。
大峯奥駈道のなかでも聖地って言われているみたいだし、日本中から参拝者が来るよ」
「なんて神様が祀られてるんだったっけ? 秀真に聞いたけど、忘れちゃった」
「
国常立尊だよ。地球がまだ天と地や陰と陽の区別がない世界だった頃に、最初に生まれたのが国常立尊なんだって。地球の神様ってこと」
「あっ、思い出した。国常立って
艮の金神のことだ」
「艮の金神って何? 私、聞いたことがないんだけど……」
皐月はオカルトマニアの友達の
神谷秀真に教えてもらって覚えていることを美耶に話した。
国常立尊が艮の金神と呼ばれるのは
大本教という神道系の宗教団体の神話が由来で、オカルト好きにはよく知られている。
もともと金神とは方角神のことで、艮の金神は
丑寅の方角、すなわち東北の神ということになる。
大本神話によると艮の金神は地球の丑寅にあたる日本列島の神ということらしい。日本がなぜ地球の東北になるかは皐月にはわからない。地球のような球体に始まりも終わりもないはずだ。日本の西南にいた人が日本のことを東北としたのか。
国常立尊は地球を治めていたが、どんな小さな悪も許さないくらい厳しい神だった。その厳格な統治に耐えられなくなった者たちによるクーデターの結果、地球の艮にあたる日本に封印されたという。
陰陽道では東北の方角を鬼門といい、鬼が出入りする方角として忌み嫌われている。大本神話では国常立尊は鬼であるということになる。
大本教は艮の金神の封印を解いて世に出し、世界を立て直そうとした。だがこの霊的クーデターは失敗し、日本政府から弾圧された。
だが、本当の立て替え立て直しは次が本番だという。それが今の時代なのかこれからの時代なのかはわからないが、オカルト好きの人たちは今の時代に艮の金神が復活し、今の悪い世界を終わらせることを期待している。
皐月はこんな話を美耶にした。話が長くなり、また陽が傾いた。豊川稲荷の大本殿の前で艮の金神の話を話すことになるとは思わなかった。
「藤城君はその話、信じてるの?」
「そうだな……信じてるかって言われると、信じていないのかも。でも面白い話だなって思うよ。国常立が艮の金神で鬼だってことと、鬼が忌み嫌われている理由とか……まだ俺にはよくわかんないけど、興味深いな」
「ふ〜ん。興味を持つのはいいけど、宗教にハマらないでね。私、宗教の人って嫌いだから」
「ハマってねえよ。ただ話がアニメとか漫画の設定みたいで、面白いなって思ってるだけだし……」
美耶の反応を見て、皐月は知識をひけらかすことを控えることにした。美耶がオカルト的な話を嫌っているのがよくわかった。実際のところ、今の皐月は
神事に関しては信じ切っているわけではない。
美耶の「宗教の人は嫌い」という言葉は重かった。皐月は美耶の言ったことを宗教に深入りするなというアドバイスとして受け止めた。