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第5話 絶望の雨

ー/ー



 外は雨が降り続いている。
 暗い王都の外をさまよっていたクロナは、王都から離れたところにある小屋の中に逃げ込んでいた。
 まだ十歳の子どもという条件に加えて大雨が降りしきる中だ。五時間程度の時間とはいえ、思ったよりも移動ができた。クロナはそのくらい必死だったのである。
 貴族の令嬢で、しかも聖女として育てられてきたクロナだったが、まさかこんな形で王都の外へと出かけることになるとは思っていなかった。

(どうしてですか、お父様、お母様……。私は間違いなく、お父様とお母様の子です……。どうして……)

 クロナは泣きじゃくりながら、わらの敷き詰められた小屋の中で丸くなっている。雨に濡れた服が張り付くのも我慢して、ただ頬を擦りながら泣いていた。
 父親に叩かれた頬は、雨に打たれた時間が経過した今も、まだ赤くはれている。
 クロナはブラナが涙を流して震えながら渡してくれたかばんを抱え、疲れと寒さからそのまま意識を失ってしまった。

 それからどのくらい時間が経っただろうか。

「ん……」

 クロナが目を覚ます。
 聖女の加護なのだろうか。濡れていたはずの服がすっかり乾き、クロナはいたって健康な状態で意識を取り戻した。

「ここは……」

 目をこすりながら辺りを見回すが、見慣れない光景に戸惑うばかりである。
 強いて言えばこのような光景は、屋敷の馬小屋で見たことがあるくらいである。
 外の雨の音に紛れて、なにやら人が話すような声が聞こえてくる。
 なんだろうと思って、クロナは外に出ていこうとする。

 だが、いざ出入り口が近付いてきたと思った時、思わずクロナの動きが止まってしまう。

「なんか得体の知れねえやつが中にいたぞ」

「頭に黒い角が生えてんだってな」

「やだねぇ、それって魔族ってやつじゃないのかい?」

「なんでこんなところにいるんだよ」

 そう、頭に黒い角と言っている通り、外の人たちは自分のことをどうにかしようとしているようだった。
 このまま外に出ていっていいのだろうか。クロナはためらってしまう。
 それというのも、自分の父親に叩かれた衝撃が、体にしっかりとしみついているからだ。同じように暴力を振るわれたらどうしよう。その考えが、クロナの動きを止めてしまっていたのだ。

「生きてるんか?」

「分からん。見つけてびっくりして逃げてきたもんだからよ」

「だったら、今から確認すっべ」

「やだよ。攻撃されたらどうすっべ」

「そん時はみんなで飛び掛かってやるべ」

「魔族にゃ好き放題やられてんだ。たまに仕返ししてやってもええでねえかよ」

 クロナの表情が青ざめる。

(ダメ……。出ていったら殺されちゃう。私、聖女なのになんでこんな目に遭わなきゃいけないの?)

 クロナは恐怖におびえた表情を浮かべながら、首を左右に振っている。
 しかし、小屋の中には出口がない。
 クロナはどうするべきか、壁を見上げる。

(ここです!)

 クロナが見つけたのは取り付けられていた窓だった。内側から開けられるようになっているので、外の人たちが入ってこないうちに逃げ出そうと画策する。

(あと少しです……)

 小屋にあったバケツを踏み台にして、クロナは窓から脱出を試みる。窓に手がかかり、もう少しで出られる。そう思った時だった。

「おやまっ! 逃げようとしてんべ。早う回り込め!」

 小屋に入ってきた村人に見つかってしまう。
 その衝撃でクロナは窓から手を放してしまい、尻餅をついてしまう。

「あいたたたた……」

 おしりを擦っていると、目の前には村人たちが群れている。手には農機具や棒切れを持って、明らかな殺意をクロナに向けていた。

「お嬢ちゃんには恨みはねえ」

「でもな、魔族っていうのは、おらだずから物を奪っていくけえ、逃すわけにはいけねえ」

「悪いが、ここですんでけろっ!」

 村人たちがクロナに襲い掛かってくる。
 死の恐怖に、クロナは両手を前に突き出して魔法を使う。

「ホーリーライト!」

 クロナの両手から、とんでもない光が放たれる。

「なんだべな、これはっ!」

「目がぁ、目がぁ見えんぞぉっ!」

 まばゆい光に包まれた村人たちが完全に怯んでいる。
 逃げるには今しかない。
 クロナはかばんをしっかりと抱えて、村人たちの隙間をかいくぐるようにして小屋から脱出する。

「んなっ! 逃げたぞ、追えっ!」

 かすかにクロナの姿を見つけた村人が、すぐに号令を出す。
 小屋の外にいて光に巻き込まれなかった村人が、すぐにクロナを追いかけ始める。
 雨が降りしきっていて視界は悪いが、子どもと大人、雨に不慣れな貴族と慣れ親しんだ村人では、あっという間に距離を詰められてしまう。

「ほうら、捕まえたぞ!」

 そう言いながら、クロナに村人が手を伸ばす。

「助けて下さい、神様!」

 クロナがそう叫んだ瞬間、手を伸ばした村人が激しく弾き飛ばされる。

「うがぁっ?!」

 ばしゃんと地面に落ちる音が聞こえるが、立ち止まれば追いつかれて何をされるか分かったものではない。
 クロナは、前だけを見て必死に走る。

 王都の近くとはいえども、村にも自分の居場所はない。
 あまりにも残酷な現実に、クロナはただ何も信じられずに雨の中を走り続ける。
 捕まったら何をされるか分からない。
 言い知れぬ恐怖を抱えたクロナは、ただがむしゃらに遠くを目指すのだった。


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 外は雨が降り続いている。
 暗い王都の外をさまよっていたクロナは、王都から離れたところにある小屋の中に逃げ込んでいた。
 まだ十歳の子どもという条件に加えて大雨が降りしきる中だ。五時間程度の時間とはいえ、思ったよりも移動ができた。クロナはそのくらい必死だったのである。
 貴族の令嬢で、しかも聖女として育てられてきたクロナだったが、まさかこんな形で王都の外へと出かけることになるとは思っていなかった。
(どうしてですか、お父様、お母様……。私は間違いなく、お父様とお母様の子です……。どうして……)
 クロナは泣きじゃくりながら、わらの敷き詰められた小屋の中で丸くなっている。雨に濡れた服が張り付くのも我慢して、ただ頬を擦りながら泣いていた。
 父親に叩かれた頬は、雨に打たれた時間が経過した今も、まだ赤くはれている。
 クロナはブラナが涙を流して震えながら渡してくれたかばんを抱え、疲れと寒さからそのまま意識を失ってしまった。
 それからどのくらい時間が経っただろうか。
「ん……」
 クロナが目を覚ます。
 聖女の加護なのだろうか。濡れていたはずの服がすっかり乾き、クロナはいたって健康な状態で意識を取り戻した。
「ここは……」
 目をこすりながら辺りを見回すが、見慣れない光景に戸惑うばかりである。
 強いて言えばこのような光景は、屋敷の馬小屋で見たことがあるくらいである。
 外の雨の音に紛れて、なにやら人が話すような声が聞こえてくる。
 なんだろうと思って、クロナは外に出ていこうとする。
 だが、いざ出入り口が近付いてきたと思った時、思わずクロナの動きが止まってしまう。
「なんか得体の知れねえやつが中にいたぞ」
「頭に黒い角が生えてんだってな」
「やだねぇ、それって魔族ってやつじゃないのかい?」
「なんでこんなところにいるんだよ」
 そう、頭に黒い角と言っている通り、外の人たちは自分のことをどうにかしようとしているようだった。
 このまま外に出ていっていいのだろうか。クロナはためらってしまう。
 それというのも、自分の父親に叩かれた衝撃が、体にしっかりとしみついているからだ。同じように暴力を振るわれたらどうしよう。その考えが、クロナの動きを止めてしまっていたのだ。
「生きてるんか?」
「分からん。見つけてびっくりして逃げてきたもんだからよ」
「だったら、今から確認すっべ」
「やだよ。攻撃されたらどうすっべ」
「そん時はみんなで飛び掛かってやるべ」
「魔族にゃ好き放題やられてんだ。たまに仕返ししてやってもええでねえかよ」
 クロナの表情が青ざめる。
(ダメ……。出ていったら殺されちゃう。私、聖女なのになんでこんな目に遭わなきゃいけないの?)
 クロナは恐怖におびえた表情を浮かべながら、首を左右に振っている。
 しかし、小屋の中には出口がない。
 クロナはどうするべきか、壁を見上げる。
(ここです!)
 クロナが見つけたのは取り付けられていた窓だった。内側から開けられるようになっているので、外の人たちが入ってこないうちに逃げ出そうと画策する。
(あと少しです……)
 小屋にあったバケツを踏み台にして、クロナは窓から脱出を試みる。窓に手がかかり、もう少しで出られる。そう思った時だった。
「おやまっ! 逃げようとしてんべ。早う回り込め!」
 小屋に入ってきた村人に見つかってしまう。
 その衝撃でクロナは窓から手を放してしまい、尻餅をついてしまう。
「あいたたたた……」
 おしりを擦っていると、目の前には村人たちが群れている。手には農機具や棒切れを持って、明らかな殺意をクロナに向けていた。
「お嬢ちゃんには恨みはねえ」
「でもな、魔族っていうのは、おらだずから物を奪っていくけえ、逃すわけにはいけねえ」
「悪いが、ここですんでけろっ!」
 村人たちがクロナに襲い掛かってくる。
 死の恐怖に、クロナは両手を前に突き出して魔法を使う。
「ホーリーライト!」
 クロナの両手から、とんでもない光が放たれる。
「なんだべな、これはっ!」
「目がぁ、目がぁ見えんぞぉっ!」
 まばゆい光に包まれた村人たちが完全に怯んでいる。
 逃げるには今しかない。
 クロナはかばんをしっかりと抱えて、村人たちの隙間をかいくぐるようにして小屋から脱出する。
「んなっ! 逃げたぞ、追えっ!」
 かすかにクロナの姿を見つけた村人が、すぐに号令を出す。
 小屋の外にいて光に巻き込まれなかった村人が、すぐにクロナを追いかけ始める。
 雨が降りしきっていて視界は悪いが、子どもと大人、雨に不慣れな貴族と慣れ親しんだ村人では、あっという間に距離を詰められてしまう。
「ほうら、捕まえたぞ!」
 そう言いながら、クロナに村人が手を伸ばす。
「助けて下さい、神様!」
 クロナがそう叫んだ瞬間、手を伸ばした村人が激しく弾き飛ばされる。
「うがぁっ?!」
 ばしゃんと地面に落ちる音が聞こえるが、立ち止まれば追いつかれて何をされるか分かったものではない。
 クロナは、前だけを見て必死に走る。
 王都の近くとはいえども、村にも自分の居場所はない。
 あまりにも残酷な現実に、クロナはただ何も信じられずに雨の中を走り続ける。
 捕まったら何をされるか分からない。
 言い知れぬ恐怖を抱えたクロナは、ただがむしゃらに遠くを目指すのだった。