第3話 雷雨の別れ
ー/ー
雷に照らされて、姿見に映った自分の姿に衝撃を受ける。
クロナはすぐさま鏡をもう一度覗き込む。
だが、真っ暗な中では鏡に映る姿を確認できるわけもなかった。
ごくりと息をのみ、クロナは自分の頭に手を回す。その手が頭の頂点に達すると、自分の頭から飛び出た何かに手が当たった。
(いや……、なに、これ……)
クロナは、自分の手に当たる何かを認めることができなかった。
普通の人間で、今日から行われる儀式によって聖女となる自分なのだ。そんな変なものがあるだなんて、信じられるわけがないのである。
「お嬢様? どうかなさったのですか?」
ブラナの声が聞こえてくる。その声に、クロナは思わず体を震わせてしまう。
「な、なんでもありません。雷の音で目が覚めてしまっただけです。すぐに寝ますから、ブラナも休んでいて下さい」
体を震わせながらも、クロナは落ち着いてブラナを自分の部屋に入れないように声をかけている。
「そうは参りませんね。お嬢様が怖がっていらっしゃるというのに、侍女である私が何もしないわけには参りません」
ブラナの声が聞こえてきた瞬間、クロナの背筋がピンと伸びる。
それもそうだ。隣の部屋で眠っていたはずのブラナの声が、なんと自分の間後ろから聞こえてきたからだ。
「ぶ、ブラナ?」
「お嬢様、今まで私たちをだましていたのですね」
「えっ、それはどういう……?」
ブラナの言葉に、クロナは表情を引きつらせながら一歩、また一歩下がっていく。
ズシャーンッ!!
もう一度雷が落ち、二人の姿がはっきり見える。
クロナは、ブラナの手に信じられないものが握られていることに気が付いた。
「ブラナ……、その右手に持っているものは何?」
「ああ、これ? ご心配なく、お嬢様のその邪魔なものを切り落とすために持っているのでございます。私がお嬢様に危害を加えるわけがないじゃないですか」
左手を頬に当てながらにやりと笑うブラナを、クロナが信じられるわけがなかった。
なぜなら、今までに見たことのないブラナの姿だったのだから。
「いや……。今のブラナは、近付いたら殺されそう……。いやぁっ!」
大声で叫びながら、クロナは部屋を飛び出していく。
「ふふふっ、逃がしませんよ、お嬢様。うっ……」
クロナを追いかけようとして歩き出そうとしたブラナだったが、突如頭痛に襲われてその場にうずくまる。
「今、私は……何を? うっ!」
そうかと思えば、もう一度頭痛に襲われる。
「ふふっ、逃がしませんよ。聖女に化けた魔族なんて」
ブラナはすぐさまクロナを追いかけ始めた。
―――
クロナが真っ暗な屋敷の中を走り回っている。
その途中、何かにぶつかる。
「いったぁ……」
クロナは鼻を擦りながら見上げる。暗くてよくは見えなかったが、クロナはすぐさま父親だと分かった。
「お父様、助けて下さい。ブラナが、襲ってくるんです」
必死に訴えるクロナだったが、父親に反応はない。
それどころか、次の瞬間、クロナの頬に痛みが走る。
「えっ……、お父、様……?」
何が起きたのか分からなかった。
「汚らわしい手で触るな! この魔族が!」
「えっ、それはどういうこと……?」
「とぼけないでちょうだい。その頭の角は、魔族だけが持つ特徴。まさか、私がお腹を痛めて産んだ子が魔族だったなんて……。ああ、私はどうすればいいというのよ」
「お母、様……?」
その場に泣き崩れる母親の姿に、クロナはただ言葉を失うばかりだった。
理解できないことばかりが起きていて、クロナは困惑するばかりである。
「おとなしく出ていけば、命までは取らん。私たちの気持ちが変わらぬうちに、とっとと出ていくがよい」
「ええ。私はもう、あなたの姿も見たくありません。さっさと視界から消えてちょうだい」
「お父様、お母様。なぜ、なぜ私が追い出されなければならないのです!」
必死に抗おうとするクロナだったが、もう一度父親から平手打ちが飛んでくる。
「父親と呼ぶな! この汚らしい魔族が。温情をかけている間にとっとと消えろ!」
十年間一緒に暮らしてきた家族からの冷たい言葉に、クロナは信じられずに泣きそうになっている。
しかし、これ以上いても、同じ仕打ちを受け続けることになるだろう。
「十年間、お世話になりました……」
クロナは必死に我慢して、令嬢としての挨拶をする。そのままくるりと振り返って屋敷を出ていく。
降り続く雨と、時折落ちる雷の音以外、何も聞こえない。
クロナは泣きそうになる気持ちを必死にこらえて、王都の中を走っていく。
「見つけましたよ、お嬢様」
雨の降りしきる中、クロナの前に聞いたことのある声が聞こえてくる。
「ブラ……ナ?」
「はい、ブラナでございます」
そう、クロナの侍女であるブラナの姿だった。
ところが、クロナは警戒をしている。なぜなら、先程刃物を持った状態で襲われそうになっていたからだ。
「ご安心下さい、お嬢様。ですが、長くはもたないでしょう……」
「ブラナ?」
雨のせいでよく分からないものの、明かり取りの魔法でかろうじて見えるブラナの表情は、かなりきつそうな感じだった。
「どうやら、何者かによる、精神操作が行われているようです。私は、かつて暗殺者でしたので、なんとか抗えています」
「どういうことなのです?」
「分かりません。ですが、頭に生えたその角を目標として、いずれはお嬢様に強い害をなそうとする動きが出てくると思われます。私が正気を保てている間に、これをお嬢様に……」
ブラナは何かかばんのようなものを差し出している。
「私の個人所有の魔法かばんです。一週間程度の食事と着替えを少々入れておきました。毒は入っていませんので、ご安心下さい」
ブラナの差し出したかばんを、クロナは受け取っている。
「お嬢様、どうかご無事で。たとえ正気を失おうとも、お嬢様のことをずっと思って……うっ」
「ブラナ!」
急にしゃがみ込んだブラナにクロナは駆け寄ってしまう。
「ダメ、で、ございます……。逃げて、逃げて、生き延びて下さい。私も、精神が飲み込まれ……そうで、す……」
ブラナはそう言って、気を失ってしまった。
クロナはブラナを家の軒先まで運ぶと、泣きそうな表情で雨の降りしきる王都を駆け抜けていったのだった。
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雷に照らされて、姿見に映った自分の姿に衝撃を受ける。
クロナはすぐさま鏡をもう一度覗き込む。
だが、真っ暗な中では鏡に映る姿を確認できるわけもなかった。
ごくりと息をのみ、クロナは自分の頭に手を回す。その手が頭の頂点に達すると、自分の頭から飛び出た何かに手が当たった。
(いや……、なに、これ……)
クロナは、自分の手に当たる何かを認めることができなかった。
普通の人間で、今日から行われる儀式によって聖女となる自分なのだ。そんな変なものがあるだなんて、信じられるわけがないのである。
「お嬢様? どうかなさったのですか?」
ブラナの声が聞こえてくる。その声に、クロナは思わず体を震わせてしまう。
「な、なんでもありません。雷の音で目が覚めてしまっただけです。すぐに寝ますから、ブラナも休んでいて下さい」
体を震わせながらも、クロナは落ち着いてブラナを自分の部屋に入れないように声をかけている。
「そうは参りませんね。お嬢様が怖がっていらっしゃるというのに、侍女である私が何もしないわけには参りません」
ブラナの声が聞こえてきた瞬間、クロナの背筋がピンと伸びる。
それもそうだ。隣の部屋で眠っていたはずのブラナの声が、なんと自分の間後ろから聞こえてきたからだ。
「ぶ、ブラナ?」
「お嬢様、今まで私たちをだましていたのですね」
「えっ、それはどういう……?」
ブラナの言葉に、クロナは表情を引きつらせながら一歩、また一歩下がっていく。
ズシャーンッ!!
もう一度雷が落ち、二人の姿がはっきり見える。
クロナは、ブラナの手に信じられないものが握られていることに気が付いた。
「ブラナ……、その右手に持っているものは何?」
「ああ、これ? ご心配なく、お嬢様のその邪魔なものを切り落とすために持っているのでございます。私がお嬢様に危害を加えるわけがないじゃないですか」
左手を頬に当てながらにやりと笑うブラナを、クロナが信じられるわけがなかった。
なぜなら、今までに見たことのないブラナの姿だったのだから。
「いや……。今のブラナは、近付いたら殺されそう……。いやぁっ!」
大声で叫びながら、クロナは部屋を飛び出していく。
「ふふふっ、逃がしませんよ、お嬢様。うっ……」
クロナを追いかけようとして歩き出そうとしたブラナだったが、突如頭痛に襲われてその場にうずくまる。
「今、私は……何を? うっ!」
そうかと思えば、もう一度頭痛に襲われる。
「ふふっ、逃がしませんよ。聖女に化けた魔族なんて」
ブラナはすぐさまクロナを追いかけ始めた。
―――
クロナが真っ暗な屋敷の中を走り回っている。
その途中、何かにぶつかる。
「いったぁ……」
クロナは鼻を擦りながら見上げる。暗くてよくは見えなかったが、クロナはすぐさま父親だと分かった。
「お父様、助けて下さい。ブラナが、襲ってくるんです」
必死に訴えるクロナだったが、父親に反応はない。
それどころか、次の瞬間、クロナの頬に痛みが走る。
「えっ……、お父、様……?」
何が起きたのか分からなかった。
「汚らわしい手で触るな! この魔族が!」
「えっ、それはどういうこと……?」
「とぼけないでちょうだい。その頭の角は、魔族だけが持つ特徴。まさか、私がお腹を痛めて産んだ子が魔族だったなんて……。ああ、私はどうすればいいというのよ」
「お母、様……?」
その場に泣き崩れる母親の姿に、クロナはただ言葉を失うばかりだった。
理解できないことばかりが起きていて、クロナは困惑するばかりである。
「おとなしく出ていけば、命までは取らん。私たちの気持ちが変わらぬうちに、とっとと出ていくがよい」
「ええ。私はもう、あなたの姿も見たくありません。さっさと視界から消えてちょうだい」
「お父様、お母様。なぜ、なぜ私が追い出されなければならないのです!」
必死に抗おうとするクロナだったが、もう一度父親から平手打ちが飛んでくる。
「父親と呼ぶな! この汚らしい魔族が。温情をかけている間にとっとと消えろ!」
十年間一緒に暮らしてきた家族からの冷たい言葉に、クロナは信じられずに泣きそうになっている。
しかし、これ以上いても、同じ仕打ちを受け続けることになるだろう。
「十年間、お世話になりました……」
クロナは必死に我慢して、令嬢としての挨拶をする。そのままくるりと振り返って屋敷を出ていく。
降り続く雨と、時折落ちる雷の音以外、何も聞こえない。
クロナは泣きそうになる気持ちを必死にこらえて、王都の中を走っていく。
「見つけましたよ、お嬢様」
雨の降りしきる中、クロナの前に聞いたことのある声が聞こえてくる。
「ブラ……ナ?」
「はい、ブラナでございます」
そう、クロナの侍女であるブラナの姿だった。
ところが、クロナは警戒をしている。なぜなら、先程刃物を持った状態で襲われそうになっていたからだ。
「ご安心下さい、お嬢様。ですが、長くはもたないでしょう……」
「ブラナ?」
雨のせいでよく分からないものの、明かり取りの魔法でかろうじて見えるブラナの表情は、かなりきつそうな感じだった。
「どうやら、何者かによる、精神操作が行われているようです。私は、かつて暗殺者でしたので、なんとか抗えています」
「どういうことなのです?」
「分かりません。ですが、頭に生えたその角を目標として、いずれはお嬢様に強い害をなそうとする動きが出てくると思われます。私が正気を保てている間に、これをお嬢様に……」
ブラナは何かかばんのようなものを差し出している。
「私の個人所有の魔法かばんです。一週間程度の食事と着替えを少々入れておきました。毒は入っていませんので、ご安心下さい」
ブラナの差し出したかばんを、クロナは受け取っている。
「お嬢様、どうかご無事で。たとえ正気を失おうとも、お嬢様のことをずっと思って……うっ」
「ブラナ!」
急にしゃがみ込んだブラナにクロナは駆け寄ってしまう。
「ダメ、で、ございます……。逃げて、逃げて、生き延びて下さい。私も、精神が飲み込まれ……そうで、す……」
ブラナはそう言って、気を失ってしまった。
クロナはブラナを家の軒先まで運ぶと、泣きそうな表情で雨の降りしきる王都を駆け抜けていったのだった。