ジョージが本を見つける数分前まで、アーサーもまた、絵画を探していた。
隣の部屋からジョージが戻ってくる音が聞こえる。ジョージは無意識に、頬にある傷を撫でていた。彼は調子が良くないとき、よくその仕草をすることをアーサーは知っていた。
(絵画がなかったんだろうな……)
アーサーはジョージに声をかけようとしたが、ジョージがアーサーのほうを見ることなく別の本棚に向かって行ったので、アーサーも自分の探索に集中しようと思った。
アーサーは部屋全体をぐるりと見渡した。
(何というか、期待外れだな……)
玄関ホールにはたくさんの絵画が飾ってあったのに、この部屋には一枚もなかったのだ。
(ひょっとすると、部屋のどこかに隠してあるんじゃねぇか?)
そう考えたアーサーは、暖炉周りや机の下を入念に調べた。しかし残念ながら収穫無し。しょうがないのでアーサーは、部屋の壁を地道に調べていくことにした。
「ん?これは」
思わずそう声に出したアーサー。壁の模様だと思っていたものが、扉だったことに気づいた。
試しに取っ手を引っ張ってみると、大した力を入れていないのに、開いてしまった。
「ジョージ、新しい扉を――」
そう言いかけたとき、アーサーは何者かにグイと強く腕を引っ張られた。そしてそのまま体のバランスを崩し、扉の中へ倒れ込んでしまった。
〇●〇
カタン、と扉が閉まった音がした。
「旦那、よそ見しちゃ駄目ですよ」
頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
(腕を引っ張ったのはコイツか……)
そう思ったアーサーは、すぐに立ち上がり、ほんの少しだけ距離を取った。
「お前、いつの間に来たんだ」
「ひどいですよ旦那、俺を置いて行ってしまうなんて」
オリバーは悲しそうに目を伏せた。
「お前、仲間はどうした? ここにいるはずなんだろう??」
「いないんですよ、どこにも」
オリバーは語気を荒らげた。
「……ここに来ていないんじゃないか?」
アーサーは冷静にそう言った。
「そんなはずはない!!」
オリバーは断言した。
「旦那も見たでしょう? あの甲冑が持っていた斧を。あれは俺の仲間が持っていたものなんですよ」
アーサーは斧が飾ってあったことは知っていたが、いまいち状況が理解できなかった。
「……なんでお前の仲間の武器が飾ってあるんだよ?」
「分からねぇ。でも、この別荘には何かがある」
「何かって……」
アーサーは、別荘に侵入したとき、突然明かりがついたことを思い出した。そしてそのおかしな光景を打ち消すように首を振った。
「……さすがに考えすぎなんじゃないか??」
アーサーは一歩後ろに下がりながら答えた。
(オリバーの様子がおかしい。こんなにブチぎれる奴だったのか? そういや、オリバーはなぜか右手を隠しているな。何か持ってんのかもしれないな)
アーサーは身構えたまま、ずるずると後ずさった。
二人の間の空気が張り詰める。緊張の一瞬。
オリバーは口を開いた。
「俺、絵画の噂は本当だと思うんです」
「は?」
(突然、何を言いやがる!!?)
彼の細い目は、虚空を見つめていた。
「旦那もそう思うでしょう? あの絵に関わると、魅入られてしまうんですよ」
そう言った瞬間、オリバーは右手を振り上げた。ギラリと冷たい蒼い斧が光る。あの廃墟にいた彼とは同一人物だとは思えなかった。アーサーはすんでのところでかわすと、斧は空しく空を切った。
「お前、いったい何が目的なんだ!!!」
アーサーはでたらめな斧の攻撃を何とか避けきったが、壁際に追い込まれてしまった。ジリジリと距離が縮まっていく。
(このままじゃ、まずい!!!)
そう焦るアーサーを尻目に、オリバーはピタリと攻撃を止めた。
(え……?)
その瞬間、アーサーの右頬に冷たい何かが触れた。
(柔らかい……何だこれは)
それはするりとアーサーの首元を通り過ぎ、胸元でピタリと止まった。
それは、真っ白い女の手だった。
「うわっ!!!」
アーサーは目を見開いた。気づくと左肩にも女の手が乗っていた。
「捕まえた」
耳元で囁いたその女は、アーサーを掴んで離さなかった。
「お前、いつの間に後ろに回ったんだ!?」
そう言ってアーサーは疑問に思った。
(後ろ……???)
それはおかしい。アーサーは攻撃を受け続けた結果、壁際まで追い込まれたのだった。後ろに人が入る隙間なんてないはずだ。
(この女は一体どこから出てきたんだ??)
「これで、あいつらを絵の中から出してくれますよね?」
オリバーが興奮気味に言った。さっきまで虚空を見ていた目が、爛々と輝いている。
(絵の中から出す?)
アーサーは女がどう立っているのかが気になって、首を後ろに曲げた。
「なにぃぃぃ!!!」
驚いたことに、女は絵の中から上半身だけ出していた。
そのままアーサーを絵の中に引きすり込もうとする。
「くそっ!! やめろこら!!!」
アーサーは手足をバタバタと動かして抵抗したが、ものすごい力で引き込まれた。そして突然目の前が真っ暗になったアーサーは、とうとう気絶してしまった。
「無駄な抵抗をするな」
遠のく意識の中で、声が聞こえた。
それがオリバーの声だと気づいたのは、絵の中に入った後のことだった。
アーサーが絵の中に飲み込まれたあと、その場に残されたオリバーは、絵の女をキッと睨んだ。
「……約束は果たしました。早く俺の仲間を絵から出してください」
それを聞くと、その女は真っ赤な唇をぐにゃりと歪ませてこう言った。
「まだ駄目よ。あなたも一緒に来て。来ないのなら、決して返さないわ」
女は蛇のような目で、オリバーを見た。
「……分かりました」
「ほら、おいで」
女はその美しい金髪をゆらりと揺らした。
紙のように白い腕を伸ばし、オリバーの頬を撫でる。
オリバーは納得いかない表情をしていたが、あともう少しの辛抱と考え、思い切って絵の中に飛び込んだ。