馬小屋には六頭の馬がいた。
世話係のメアリーは馬用のブラシを右手に持ち、一番手前にいる馬の毛並みを整えようとしていた。
ジョージは右手を挙げて、彼女に声をかけた。
「おはよう、メアリー」
彼女は豊かなブロンドを、帽子の中にきっちりとしまい込んでいた。
「急に悪いな。二頭借りたいんだ」
「……どこまで行かれるんですか?」
メアリーは小さな声でそっと呟くように言った。
「それは内緒だよ」
「もしかして、お一人で行かれるんですか?」
メアリーは遠慮がちに言った。
「きょ、今日は一人じゃないぞ!!! ……友人と一緒さ」
ジョージは友達がいないことを暗にツッコまれた気がし、それを否定したくて即座に答えた。
「友人? あぁ」
メアリーは、向こうにいる二人を見つけたようだ。
「アーサーさんですか……」
彼女はくりくりとした大きな目をスッと細めた。メアリーは目が普通の人より悪いので、何かをよく見ようとすると目を細めることがある。
「……アーサーさんの隣の人は誰です?」
「メアリー、そんなに聞かないでくれよ。俺はもう子供じゃないんだぜ」
「……分かりました」
メアリーはしぶしぶといった様子で了承した。そして何か言おうと口を開けたが、なぜかすぐに口を閉ざしてしまった。彼女の真っ直ぐな視線が馬小屋の入り口に注がれていて、ジョージはどうしたんだろうと訝しんだ。
「メアリー、どうした」
するとジョージの背後から、聞きなれた低い声が聞こえてきた。
「おい、ジョージ」
(げ!!! ルーカスだ)
声の主を見ると、ジョージの兄、ルーカスが腕組みをしてそこに立っていた。入り口の気の柱に寄りかかって、涼しげな目元でジョージのことを睨んでいた。
「お前、こんなところで何をしている?」
「……兄さんには関係ないだろう?」
ジョージはそっぽを向いた。ルーカスは馬小屋の外にいる二人をチラリとみると鼻で笑った。
「お前、まだアイツとつるんでいるのか?」
その目はとても冷ややかだった。
「ああいう連中とは、早く縁を切れと言っただろう」
ジョージの返事を聞くこともなく、ルーカスはメアリーのほうを向いた。
「急遽カンバス邸に行くことになった、すぐに準備してくれ」
「……分かりました」
ルーカスは馬小屋から足早に去っていった。それを見送ると、メアリーが口を開いた。
「直接私に言いに来るなんて、珍しいですね。いつもはカーソンが来るのに」
「……俺に嫌味を言いに来たんじゃないか?」
「いや、きっと、帰ってきた坊ちゃんの様子を見に来たんですよ」
(そうだろうか……)
ジョージとルーカスは仲が悪い。昔は仲良かったのだが、成長するにつれてお互いの立場がだんだんと明確になり、すれ違って行ってしまったのだ。
「では、二頭準備しておきますので、お二人を呼んできてください」
「……分かった、ありがとう」
ジョージは礼を言うと、アーサーとオリバーを呼びに行った。
〇●〇
正門から一本道を挟んだ向かい側で、二人はジョージを待っていた。
「お待たせ」
そうジョージが声をかけると、二人が顔をあげた。
(なんか、雰囲気悪くないか……??)
ジョージは何があったのか聞こうと思ったが、アーサーがそれを遮った。
「大丈夫だったか? 兄貴が入っていくのが見えたぞ」
「うん、正直あまりいい気分じゃないけど、平気だよ」
「そうか、なら良かった」
良かった、という言葉とは反対に、アーサーの眉間には濃いしわが刻まれている。
「アーサーも大丈夫か?」
「ん? あぁ」
アーサーは眉間を揉みながら答えた。
(だ、大丈夫だろうか……)
二人の間に流れる不穏な雰囲気に圧倒されながらも、ジョージは二人を馬小屋へと案内した。