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009

ー/ー



 未だ、議長の長尾伊都の姿が見えない。

 他のメンバーは既に揃い、円形のテーブルに着席している。

 否、長尾伊都のマネージャー兼戦略的マネジメント担当部局グループセレクタリー・兵藤千里だけはいつものように影のような佇まいで壁際に控えていた。ウェーブのかかった髪を後ろですっきりまとめた妙齢の女性である。

「伊都っち遅いですね~」

 身体を倒し腹ばいのような姿勢で机に顎を乗せている秋夢叶が、スマホを弄りながらぼんやりした口調で言った。黒目がちなクリクリした瞳の上に、丘のようになだらかで穏やかな眉毛が並んでいる。

 一見して醸し出す雰囲気の中にトゲのようなものがまるでない、話しやすそうな人物だ。

 この部屋は通称『会議の部屋』。ヨネプロのビル内、目立たない場所にある狭い一室だ。普通の会議室は他に複数あるが、それとはニュアンスが多少異なる。

 ヨネプロの『戦略的マネジメント担当部局』が定期、または不定期に執り行う〝統合情報会議〟が開かれる部屋、という意味だ。

 一般の社員も所属タレントもほとんど近づくことはない。用が無いからである。

 今のところ、伊都以外の全てのメンバーが揃っている。

 ヨネプロ所属のアイドルグループ兼情報部・スノウセクションからは室長・六ツ院雪枝、メンバーからは尾鷹葉子、大江なりが出席していた。

 なりは今回スノウセクション側にいるが、半ば広報の手伝いと兼任のような形になっているので、向こう側に行くこともある。

 その向こう側にいるのが広報の秋夢叶。例のダラーッとスマホを眺めている人物だ。

「秋さん、伊都様が来たらそれは止めてくださいね」 

 千里がやんわり注意すると、

「え~、そりゃ伊都っち来たらやめますけど」
と、若干不満そうである。

「私、遊んでるんじゃありませんよぉ。空いた時間で市場調査やってるんです」

 千里はわざわざ夢叶のスマホの画面を確認しようとはしなかった。おそらく嘘は言ってないだろう。

 わかりました、と言って軽く吐息をついた。強くは言えない。

 結局遅れている長尾伊都が悪いのだ。

「悪い。遅れた」 

 短く言うと同時に、件の長尾伊都がきびきびした動作で議長席に着席した。

 ストレートの綺麗な長い黒髪が一瞬、さっと宙にほどける。颯爽とした、としか言い様のない洗練された身のこなしであった。並行してやっている女優業が板についてきたのだろうか。

「ほんとに悪いと思ってる?」

「そこまで遅くなってないだろう?」

 葉子のツッコミを軽くいなす。

 煩わしい、といった気分の気配すら感じさせない堂々とした様子だが、外見の方はまだあどけなさの残る少女然とした印象を与えるものだ。

 それもそのはず、長尾伊都はなんとこの場にいる全ての人間の中で最年少、十代の半ばを少し過ぎた程度の年齢なのである。

 にも拘わらず、このような重職といっていい役割を担っているのには様々な理由があるのだが、ここでは一先ず置いておこう。

「では千里」

 はい、と短く返事をし、兵藤千里が前回の会議のあらまし・本日の会議の大まかなテーマを手早く説明した。続いて各セクションの報告が始まる。

「ふむ。パワー……ストーン?」

 伊都は自身の鼻の頭に指を重ね、難しい顔をしている。

「ストーンじゃないです! スポット。これ推していくのがいいんじゃないかな~って思うんです!」

 語りながら夢叶が、今度はタブレットで該当のページを伊都に示していく。

「似たようなものだろう? まあ、うん。多少の揶揄はあるが……今のところ概ね好意的に受容されているな」

 伊都は意外そうに声を上げ、画面に目を走らせている。後ろの千里も多少奇異の念に打たれているようだ。

「しかし、なんだな、こういうオカルト風味なのはアイドルがやると場末なイメージがないか? メジャー感が薄いというか」

「ゴールデンの心霊怪談番組に女性アイドル枠もなくはないですが」

「あれは季節限定だろう? それにその、そこで顔が売れたとして先が想像しにくいな」
「想像できますよぉ! 心霊アイドル!」
「それが場末だと言ってるんだが……」

 ため息まじりの伊都の言葉だが、夢叶はなんとなくいけそうな手応えを感じているのである。

「それで、SET☆LEMONの他の連中は? 一緒にこういう活動をしていたりするのか?」

 伊都が指差したタブレットの画面には、白装束で滝に打たれている歳若い女性の姿が映っている。

「ああ、それはまったく……というか、他のメンバーは間加田さんがその類に興味を持っているということもご存じないようでしたよ」

 雪枝は不思議によく通る声で口を出した。

「なるほどな……いや、時間の問題だろうとは思うが。バックはどうだ?」

 と、言いますと? と聞き返した雪枝に対し、伊都はうるさそうに手を振る。

「つまらない韜晦はやめろ。今更カマトトぶるんじゃない」

「と、いうわけでもありませんが」 
 苦笑しつつ、

「間加田さん個人にも彼女が訪問しているパワースポットにも、きなくさい方々は絡んでいませんね」
「新興宗教はナシ。ツアーみたいのに参加しても伝統宗教絡みだよ。彼女結構保守的だね」

 雪枝と葉子はすらすらと応じた。伊都はほらみろ、とでも言いたげに眉間に皺を寄せている。

「だーいじょぶです! みんなすっごく良い人でしたよ! 山頂の環状列石とか案内してくれて。ねっ?」
「かんじょう……なに?」 
「そりゃまあ、たまの休日にわざわざあんな疲れることしに行く人たちですからね……」

 夢叶とは対照的に、なりは思い出しただけでげっそりしているようだ。

「ま、まあそうなんだろうが……というか、わざわざ参加したのか?」
「メチャクチャ疲れました……」

 夢叶も何度も頷いているが、なりのゲッソリ感はない。

「ご、ご苦労」

「で! ですね~、この雑誌からマッカちゃんに取材のオファーがきてるわけなんですけど!」


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 未だ、議長の長尾伊都の姿が見えない。
 他のメンバーは既に揃い、円形のテーブルに着席している。
 否、長尾伊都のマネージャー兼戦略的マネジメント担当部局グループセレクタリー・兵藤千里だけはいつものように影のような佇まいで壁際に控えていた。ウェーブのかかった髪を後ろですっきりまとめた妙齢の女性である。
「伊都っち遅いですね~」
 身体を倒し腹ばいのような姿勢で机に顎を乗せている秋夢叶が、スマホを弄りながらぼんやりした口調で言った。黒目がちなクリクリした瞳の上に、丘のようになだらかで穏やかな眉毛が並んでいる。
 一見して醸し出す雰囲気の中にトゲのようなものがまるでない、話しやすそうな人物だ。
 この部屋は通称『会議の部屋』。ヨネプロのビル内、目立たない場所にある狭い一室だ。普通の会議室は他に複数あるが、それとはニュアンスが多少異なる。
 ヨネプロの『戦略的マネジメント担当部局』が定期、または不定期に執り行う〝統合情報会議〟が開かれる部屋、という意味だ。
 一般の社員も所属タレントもほとんど近づくことはない。用が無いからである。
 今のところ、伊都以外の全てのメンバーが揃っている。
 ヨネプロ所属のアイドルグループ兼情報部・スノウセクションからは室長・六ツ院雪枝、メンバーからは尾鷹葉子、大江なりが出席していた。
 なりは今回スノウセクション側にいるが、半ば広報の手伝いと兼任のような形になっているので、向こう側に行くこともある。
 その向こう側にいるのが広報の秋夢叶。例のダラーッとスマホを眺めている人物だ。
「秋さん、伊都様が来たらそれは止めてくださいね」 
 千里がやんわり注意すると、
「え~、そりゃ伊都っち来たらやめますけど」
と、若干不満そうである。
「私、遊んでるんじゃありませんよぉ。空いた時間で市場調査やってるんです」
 千里はわざわざ夢叶のスマホの画面を確認しようとはしなかった。おそらく嘘は言ってないだろう。
 わかりました、と言って軽く吐息をついた。強くは言えない。
 結局遅れている長尾伊都が悪いのだ。
「悪い。遅れた」 
 短く言うと同時に、件の長尾伊都がきびきびした動作で議長席に着席した。
 ストレートの綺麗な長い黒髪が一瞬、さっと宙にほどける。颯爽とした、としか言い様のない洗練された身のこなしであった。並行してやっている女優業が板についてきたのだろうか。
「ほんとに悪いと思ってる?」
「そこまで遅くなってないだろう?」
 葉子のツッコミを軽くいなす。
 煩わしい、といった気分の気配すら感じさせない堂々とした様子だが、外見の方はまだあどけなさの残る少女然とした印象を与えるものだ。
 それもそのはず、長尾伊都はなんとこの場にいる全ての人間の中で最年少、十代の半ばを少し過ぎた程度の年齢なのである。
 にも拘わらず、このような重職といっていい役割を担っているのには様々な理由があるのだが、ここでは一先ず置いておこう。
「では千里」
 はい、と短く返事をし、兵藤千里が前回の会議のあらまし・本日の会議の大まかなテーマを手早く説明した。続いて各セクションの報告が始まる。
「ふむ。パワー……ストーン?」
 伊都は自身の鼻の頭に指を重ね、難しい顔をしている。
「ストーンじゃないです! スポット。これ推していくのがいいんじゃないかな~って思うんです!」
 語りながら夢叶が、今度はタブレットで該当のページを伊都に示していく。
「似たようなものだろう? まあ、うん。多少の揶揄はあるが……今のところ概ね好意的に受容されているな」
 伊都は意外そうに声を上げ、画面に目を走らせている。後ろの千里も多少奇異の念に打たれているようだ。
「しかし、なんだな、こういうオカルト風味なのはアイドルがやると場末なイメージがないか? メジャー感が薄いというか」
「ゴールデンの心霊怪談番組に女性アイドル枠もなくはないですが」
「あれは季節限定だろう? それにその、そこで顔が売れたとして先が想像しにくいな」
「想像できますよぉ! 心霊アイドル!」
「それが場末だと言ってるんだが……」
 ため息まじりの伊都の言葉だが、夢叶はなんとなくいけそうな手応えを感じているのである。
「それで、SET☆LEMONの他の連中は? 一緒にこういう活動をしていたりするのか?」
 伊都が指差したタブレットの画面には、白装束で滝に打たれている歳若い女性の姿が映っている。
「ああ、それはまったく……というか、他のメンバーは間加田さんがその類に興味を持っているということもご存じないようでしたよ」
 雪枝は不思議によく通る声で口を出した。
「なるほどな……いや、時間の問題だろうとは思うが。バックはどうだ?」
 と、言いますと? と聞き返した雪枝に対し、伊都はうるさそうに手を振る。
「つまらない韜晦はやめろ。今更カマトトぶるんじゃない」
「と、いうわけでもありませんが」 
 苦笑しつつ、
「間加田さん個人にも彼女が訪問しているパワースポットにも、きなくさい方々は絡んでいませんね」
「新興宗教はナシ。ツアーみたいのに参加しても伝統宗教絡みだよ。彼女結構保守的だね」
 雪枝と葉子はすらすらと応じた。伊都はほらみろ、とでも言いたげに眉間に皺を寄せている。
「だーいじょぶです! みんなすっごく良い人でしたよ! 山頂の環状列石とか案内してくれて。ねっ?」
「かんじょう……なに?」 
「そりゃまあ、たまの休日にわざわざあんな疲れることしに行く人たちですからね……」
 夢叶とは対照的に、なりは思い出しただけでげっそりしているようだ。
「ま、まあそうなんだろうが……というか、わざわざ参加したのか?」
「メチャクチャ疲れました……」
 夢叶も何度も頷いているが、なりのゲッソリ感はない。
「ご、ご苦労」
「で! ですね~、この雑誌からマッカちゃんに取材のオファーがきてるわけなんですけど!」