第28話 真相は樹の中に
ー/ー「後半、何を話していたのよ」
納得行かない様子で戦場から戻ってきた蓮に、沙夜子はたかぶる感情を抑えて質問を投げかけた。
「よくわかんねーすよ。あいつ、あんなに血流してんのに、何が大丈夫だって──」
沙夜子は紙都に向けていたライトを間近にいる蓮の顔面に浴びせた。
「うわ! まぶし!!」
「あの馬鹿が傷を負っているのはわかってんのよ。私はあいつが何を言ったか聞いているの」
ライトがまた紙都の姿を映し出した。刀を振り回し迫り来る根を次々と切り落としている。
「『真相を知りたければ樹木子に聞け』って、そう言っていました」
「真相を知りたければ樹木子に聞け? それがあいつが、紙都が私達に頼んだことなのね」
「いや、頼んだ感じではな──」
「頼んだのよ! あいつが幹を攻撃しないのは、傷のせいもあるかもしれない。でも、それよりもこの事件の真実を知りたい、その気持ちの方が大きいのよ!!」
沙夜子は目を輝かせながら紙都に当ててたライトを樹木子本体、つまり禍々しい人面樹に向けた。まぶしいのか明かりに照らされた多くの顔が苦渋の声を上げ、憎悪に満ちた瞳を閉ざした。
「や、ヤバイんじゃないすか?」
犬山の狼狽えたような声に沙夜子は冷静に返した。
「大丈夫よ。樹木子がこっちに根を伸ばしてもあいつがしっかり守ってくれるわ」
そう言い切れる自分にどこかおかしさを覚えて、沙夜子は微笑んだ。あったばかりのしかも半妖だかなんだか素性も知れない相手をここまで信頼できるなんて。
「あんた。私の話を聞きなさい」
「『真相を知りたければ樹木子に聞け』ということは、この木偶の坊は事件の真相に関係していることになるわね」
沙夜子は早口で自分の推理を構築していく。
「ええ、そうだと思いますが」
「じゃあ、事件の真相ってなにか。私達は教師、あんたたちの担任荒関と付き合っていたこの学校の女子生徒、青柳百合が樹木子に自殺させられたことまではわかっているわ」
「そうすっね。あの花粉に毒されて美しい心がズタボロにされた」
沙夜子は力強く頷く。
「という仮説ね。首吊りの状態で見つかったんだから、きっとネガティブな記憶と感情を増幅させられたと思うけど。知らないのはここからさき。青柳百合のネガティブな記憶ってなにか。あんたは花粉に包まれたとき、どんな記憶を頭に浮かべてた?」
「どんなって……」
言い淀む蓮を気遣うように、沙夜子は横目で見る。
「言える範囲でいいわ。抽象的な感じでもいい」
「……今までの人生で一番、サイアクなこと……っすかね。思い出したくないくらい、記憶から消し去りたいくらい」
「ありがとう。……青柳百合にとってそれだけの出来事ってなに? 大人しくて目立たない、けれど友達がいないほど孤独なわけではなかった一人の女の子にとって」
蓮は首を捻った。
「あんたもそんなに女心がわかってるわけじゃないわね。それは『恋』よ」
手足のように動く根が沙夜子めがけて飛んできた。瞬き一つすらしない気丈な少女の目の前でそれは動きを止めて地面に落ちていく。紙都が根を断ち切っていた。
「女の子は恋をすると変わる。どんなに大人しい子でも自信を持って、前向きになるものよ。では、それが真逆に作用したらどう?」
「真逆?」
「恋に裏切られたとしたら。きっと世界は絶望色に塗り固められるわ。好きな人に裏切られる。それもこの子の場合、尊敬し最も信頼されるはずの教師に裏切られた。その痛みは想像できないほど、酷いものだと思う」
それはきっと満開の桜の花が嵐によって散りゆくような。そんな、そんな思い。
「そのネガティブな記憶は樹木子によって増幅され、彼女は自ら命を落とすことで樹木子の一部となった。ならば、樹木子の中に彼女はいる。この世への怨嗟を抱えながら。だから、聞いてみればいいのよ、彼女に事の真相を」
蓮は呆気に取られ、しばらく口をポカンと開けたままだった。そして、我に返った途端、当たり前の疑問がその大きな口から出された。
「どうやって聞くんですか? これだけの顔がいるのに。そもそもそんなことできるかどうか」
沙夜子のライトがぐるりと樹木子の幹を回る。
「これは勘だけど、ネガティブな状態に侵されたなら、ポジティブな刺激を与えればいいんじゃないかしら」
「ポジティブな刺激っすか? 何かエロ的なことっすかね」
「馬鹿。それはあんただけよ。彼女にとってのポジティブは彼女の親友。絶対に裏切らない、男との関係よりももっと強い絆。あんた、藤澤さんと連絡取れるんでしょ?」
蓮はにやにや笑いながら、ブラックジーンズの左ポケットからスマートフォンを取り出した。
「ちゃっかり交換していました!」
「いいから、さっさと電話しなさい!!」
「はい!!」
蓮は慣れた手つきで画面を操作し、耳に当てた。最大ボリュームにしたコール音が沙夜子の耳にもはっきり聞こえるくらい響く。
長いコール音。深夜のこんな時間に電話なんて出ないかもしれない。でも、きっと彼女なら眠れない夜を過ごしているに違いない。
『はい、もしもし!?』
慌ただしい声が電話口に出た。この期に及んでどうでもいい挨拶をしようとする蓮からスマートフォンを引ったくると、単刀直入に用件だけ述べる。
「何でもいいから、青柳さんにあなたの思いを伝えて!」
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