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16.男子厨房に入らず

ー/ー



「そんで、映画どうだったの?」

 いつも通り、ノートを広げている小学生がヒソヒソと話している声を聞きながら、俺もまたいつものポジションに立っていた。

「ダメだった」
「ダメって? どうなったの?」
「ネットで話してる時は、気付かなかったんだけど、AOSから観てるヒトで、TOSの話が全然通じなくてさ」
「僕も、ミナトの言ってるコトが全然ワカンナイ」

 俺もワカラン……と言いたいところだが、残念ながらそれに関しては白砂サンの教育が行き届いていて、意味がわかってしまった。

「そっか。簡単に言うと、聖一と話が合わなかったの」
「だって、聖一の好きな、スタートレックが好きな人だったんじゃないの?」
「だから。聖一は昔のテレビの宇宙大作戦が神だと思ってるけど、新しい映画から新規でファンになった人は、昔のちゃっちい特撮とか、ご都合主義のストーリー展開とかに馴染めない人が結構居て、昨日の人はその典型的なタイプだったの。オタクは地雷が多いんだよ」
「なんかよくワカンナイけど、うん」
「また、別の人を探さなくちゃ」
「やっぱ、出会い系の方が良くない?」
「ううん。最終的には話が合わなくなっちゃったけど、映画を観たすぐあとぐらいは、イイ感じだったから。オタク趣味で探す方が、上手く行くと思う」
「そっか。じゃあ、頑張れ」

 出会い系サイトで白砂サンの彼氏探しをするのを諦めた……と思っていたら、ミナトは更に搦め手を講じているらしい。
 なんだかな〜……と思っていると、店のテラス席が見える窓際に、コグマが立っている。
 俺と目が合うと、手招きをするので、俺はそっと店の外に出た。

「どうしたの?」
「いや、店に入ると試聴コーナーの所に、子供が居るでしょう?」
「うん、まぁ、居るね」
「話を聞かれたくなくて」
「ああ、そういうのなのね」

 今日はホクトがシフトに入っているし、俺がコグマと話をしているのを見れば一目瞭然だろうから、そこで空席になっているテラスの椅子をコグマに勧めた。

「ちょっと、多聞サンに相談なんですけどね」
「うん」
「先日、聖一さんが六本木にある、リッツ・カールトン東京ってホテルの話をしてたんですよ」
「ああ、うん。チラッと聞いた」
「僕、ネットで調べてみたら、かなりイイ感じのデートスポットって書いてありました。値段は張るんですけど、部屋を取っておいてディナーのあとに一泊するのもイイかなって」
「まさかキミはステンレスの管とか、持って行かないよね」
「はあ?」
「あ、いや……、ナンデモナイ。あのそのディナーって、ミナトは数に入れてない……ンだよね?」
「多聞サン、話聞いてました? 夜景を楽しみながら、ホテルに部屋取って、大人のデートするんですよ? 子連れで行けるワケ無いでしょっ」
「だって白砂サンは、ミナトのコトを大事にしてるからさ。白砂サンにサービスしたいって言うなら、ミナトも数に入れておいた方がイイと思うよ」

 俺の答えに、コグマは頭を抱えて大きな溜息を()いた。

「勘弁して下さいよ、多聞サン。ハッキリ言って、このデートの企画も、聖一さんに子供のコトを一瞬でも忘れてもらって、僕とデートするのが楽しいってコトを、思い出してもらいたいから考えたんですよ!?」
「それなら、ホテルに行く前に、スタートレックの4DXでも行けば?」
「4DXって、なんですか?」
「ええっと……、3D映像に、匂いとか振動とかも付いてる映画だよ。ほら、あの〜、ディズニーランドのキャプテンEOみたいなヤツ」
「キャプテン……なんですって?」
「イーオー! マイケル・ジャクソンが出てたヤツ!」
「知りません。って言うか、僕、ディズニーランドなんて()ったコト無いです」
「ええっ? そうなの?」
「行きませんよ。あんな子供だましの遊園地なんて……」
「そう……。とにかく、4DXってゆーのは、そういう映画の上映方法なの。スタートレックなんて、SFなんだから、3Dの他に椅子が動いたりする方が、臨場感あるんじゃない? 白砂サンはオタクだから、そういうの誘ったらきっと喜ぶと思うよ?」
「そうかなぁ? ところでその、スターナントカは、エイリアンみたいなビックリ系じゃないでしょうね?」
「いや、たぶん……アクション系……じゃないかな? てか、俺だってそんなに詳しい(わけ)じゃないし」
「アドバイスしてくれるのに、そうなにもかもが曖昧じゃなぁ」
「あのさ。俺が高校生だった頃ならともかく、イマドキはスマホで検索とか出来るんだから、俺の曖昧な情報はきっかけ程度でも、自分で調べるの簡単だよね?」
「そんなコトありませんよ。検索ワードが間違ってても、僕には何が正解かも解らないんですから。それに、そんなに簡単だ……なんて言うなら、多聞サンが調べておいてくれてもイイじゃないですか」
「白砂サン、キミの恋人だよね?」
「当たり前じゃないですか。ああっ! 多聞サン、とうとう柊一サンのワガママに付き合いきれなくなって、聖一さんに乗り換えようとしてるんじゃナイでしょうね!」
「そこまで、懐疑的なの?」
「それぐらい、疑い深くもなりますよ。最近じゃ、柊一サンは僕のコト、全く助けてくれないし。聖一さんは、嫌がらせみたいなお弁当作るんですよ? アレもきっと、あの子供の所為です。ホント、悪魔みたいな子供ですよっ!」
「……そう、大変だね……」
「とにかく、アドバイスはありがたく聞いておきます。それじゃ、僕、そろそろ部屋に戻ります。昨日、聖一さんに部屋の掃除をしろって言われているから、ちょっと掃除機掛けたいんで」
「うん、頑張って」

 それだけ言うと、俺はそそくさと店内に戻った。

 なんというか、コグマの態度は世間一般の男の見本みたいで、本人的には悪気も落ち度も無い、当然の反応をしてるつもりなのだろう。
 そしてあとから現れたミナトの方が、先にそこに居た自分に遠慮するのが、当然と思っているらしい。
 しかし完全な親ばかモードに突入している白砂サン相手に、そんな男的な道理が通用するとは思えない。
 とりあえず今のところ、白砂サンはコグマと別れる気はなさそうだけど、あそこまでミナトと角を立ててしまっては、一緒の部屋をシェアしていくのは、今後かなりキビシイかもしれないな……と、俺は思った。


§


「多聞君」

 店の後片付けをしていると、厨房から白砂サンが顔を出す。

「なんすか?」
「今日は、イタルも一緒に夕餉をペントハウスで取るつもりなので、最後の焼きでキドニーパイとミートパイを作っておいた」
「わあ、キドニーパイ久しぶりですね」
「イタルの健康診断の結果が芳しくなかったので、控えていたのだがな。昨日、ここしばらくのことでイタルと少々口論になってしまって。皆で食事をする場で、気まずいままではと思ったのだ」
「コグマの生活習慣病、そんなにヒドイんですか?」
「個人情報だから、軽々しく詳細は語れない。だが生活習慣病というものは、言葉通り生活習慣に起因する。習慣は急に変えられるものでも無いので、少しずつ慣れさせていくべきと私は考えているのだがね。しかしイタルは、健康診断の時に対応した医者はそんな逼迫した話はしていなかったと言い張っていて……。いっそ、本人が自覚出来る痛風にでもなってくれれば、もう少し真剣に考えられると思うのだが。しかし一方で、イタルはなかなか我慢の出来ないところがあるから、痛風のような痛みを伴う病気に罹患したら、その喧騒を想像すると空恐ろしい気もする」
「ああ、コグマ。痛いのダメっぽいですもんね」
「快感の伴わない痛みは、私だって嫌いだよ」

 またしても、シレッとトンデモ発言をして、白砂サンは大きなホールの二つのパイをそこに置いて、奥に戻っていってしまった。
 凍りついた俺が、気を取り直して閉店作業の続きに取り掛かると、入り口から敬一クンとエビセンが入ってくる。

「ああ、おかえり」
「ただいま戻りました」

 敬一クンが言った時にはもう、エビセンは外のテラスのテーブルや椅子をテキパキと回収し始めている。

「なんか、イイニオイしてますね」

 テラスから屋内に入って来たところで、エビセンが鼻をヒクヒクさせながら言った。

「白砂サンが、キドニーパイとミートパイを、夕食用に焼いてくれてあるんだ」
「キドニーか、久しぶりだなあ!」
「楽しみだよね」

 答えながら、俺は冷蔵庫に "とっておきのラガービール" が冷やしてあったかどうかを考えていた。
 俺の懐事情は、フリーター時代に比べたらずっと良好になっているが、庶民なのは相変わらずだから、普段の晩酌は発泡酒を飲んでいる。
 だが、せっかく極上のキドニーパイが出て来るとなったら、そこはやっぱりビールも本物を飲みたくなるのが人情ってモンだろう。
 店舗の灯りを落とし、俺は途中で自室に立ち寄り、とっておきのラガービールを冷蔵庫から持ち出してペントハウスに向かった。


§


「お疲れさん〜、すぐメシになるからなぁ〜」

 ペントハウスのキッチンでは、シノさんがシチューを煮ていた。

「柊一、パイを焼いてきた。惣菜の足しにしてくれたまえ」
「おお〜、いつにも増してウマそうじゃのぅ〜」

 白砂サンはパイを調理台に置くと、勝手知ったるキッチンの引き出しから、でっかいナイフを取り出し、パリッとしたパイ皮をサクサクッと軽快な音を立てて切り分け始めた。
 キッチンにはスバルとミナトも居て、シノさんが面白半分に買った子供用の安全包丁を使い、ホクトに面倒を見てもらいながらサラダ作りに挑戦している。
 部屋で敬一クンがシノさんと同居を始めた頃は、無駄に大きなテーブルと空席だらけの椅子だったダイニングテーブルは、今や空いてる椅子が少ないような状況だ。
 敬一クンとエビセンがキッチンで手伝い始めたところで、料理のできない俺はダイニングテーブルに食器をセッティングすることにした。

「おかえりなさい」
「小熊クン、もう来てたんだ」

 そこには既に、コグマが座っている。
 俺はテーブルに、箸やら皿やらを並べた。

「小熊クン、ビールでいい?」
「ああ、お願いします」

 コグマは、相変わらず座ったまま、そこにあった雑誌をつまらなそうに眺めている。

「ねえ、小熊クン」
「なんでしょう?」
「夕食、一緒に食べるんだよねぇ?」
「そのつもりですけど……?」

 俺を見たコグマは、思いっきり「だから、なんなの?」って顔をしている。

「なら、準備手伝ったら?」
「だって僕、料理なんて出来ませんよ?」

 そんなことは言われなくとも、コグマは俺と同じく "男子厨房に入らず" で育ってきたタイプだと解ってる。
 だがキャンパスチームとコグマの違いは、料理の腕前以前の、気遣いの問題から始まってるのだ。

「俺だって料理は出来ないよ。でも、出来上がった料理を運ぶとか、使う箸とか、自分が使うビールを注ぐグラスを用意するぐらいは出来るじゃん。それにキミ、食べ終わったあとにテーブル片付けるとか、食器洗うとかもしないよね?」
「僕と多聞さんが一緒にテーブル周りをウロウロしたら、逆に作業が滞るんじゃないんですか?」
「俺が来る前に、キミがやっといてくれても構わなかったし。ってゆーか、ココで一緒に食べない日とかも、白砂サンに丸投げしてんじゃないの?」

 コグマはモノスゴク嫌そうな顔をしている。

 だがそれ以上に、俺だってこんな面倒なことを言いたくなかった。
 でもキッチンでミナトが、ホクトの得意な洒落たサラダの作り方を真面目に教わっているのを見た後では、言わずにいられなかったのだ。

 ミナトはきっと、誰かに用事を言いつけられる前に、自分からキッチンに手伝いをしに()ったのだろう。
 そういう意味では気の回らないスバルですら、ミナトに習ってお手伝いに参加している。

 ホクトやエビセンは、意中の敬一クンや義兄のシノさんのみならず、一緒に生活している者全体に気を配っている。
 コグマだって白砂サンとの付き合いを順調に継続させるには、自分のことだけでなく、もう少し周囲に気を遣うべきなのだ。
 それはおべっかなどではなく好きな相手のために何かしたい、自分も相手と同等の価値を持つようになりたいと思う気持ちだろう。

 シノさんはスイッチが入ると素晴らしい料理名人だが、掃除や片付けは嫌いだし、へたすると自分の下着の洗濯までなんだかんだと理由をつけて、俺に押っ付けようとする。
 俺はシノさんの常識から外れた突飛な行動に度々しわ寄せを食わされてる。
 だがその半面、俺はシノさんにこちらのダメな部分や不出来な部分を許容されたりフォローされたりしてるところも多々あって、この持ちつ持たれつお互い様の関係が、今日まで付き合いが保てた理由だと思っている。

 だがコグマと白砂サンの関係は、どう見てもその比重が偏っている。
 ミナトが凹んだ白砂サンを慰めるために、コグマをけしかけたことも一因だが、さっき白砂サンが言っていた "イタルとの口論" の中身には、生活習慣病を考えたヘルシーメニューの件も含まれていたことだろう。
 白砂サンがコグマと寄り添うことを選択しているうちはともかく、そこが崩れたら、二人の関係は崩壊一択だ。

 なんとかコグマにも、その辺の道理を理解して欲しかった。
 でもコグマの顔を見る限り、やっぱり全然通じていない。
 その顔を見ていたら、俺はもういっそ、コイツに対して親身になるのをやめた方が良いのだろうか? なんて考えが、脳裏をよぎってしまった。

「今日のシチューは、特製! 豆乳クリームシチューじゃ!」

 シノさんがシチューを盛り付けた皿を持って来た。

「豆乳? なんで?」

 俺の問いに、シノさんはニイッと笑う。

「そりゃあ、セイちゃんが最近、健康志向のお食事作ってくれるから、ライヴァル心を掻き立てられて、俺もヘルシーで美味しい料理を作ってみたに決まってンじゃん! さあさあ、じゃんじゃん食うべっ!」

 カットされたパイの乗った大皿や、スバルとミナトが作った林檎のサラダなどを、皆がどやどやとダイニングテーブルに並べ、賑々しく夕食の支度が整った。


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次のエピソードへ進む 17.復讐の結末


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「そんで、映画どうだったの?」
 いつも通り、ノートを広げている小学生がヒソヒソと話している声を聞きながら、俺もまたいつものポジションに立っていた。
「ダメだった」
「ダメって? どうなったの?」
「ネットで話してる時は、気付かなかったんだけど、AOSから観てるヒトで、TOSの話が全然通じなくてさ」
「僕も、ミナトの言ってるコトが全然ワカンナイ」
 俺もワカラン……と言いたいところだが、残念ながらそれに関しては白砂サンの教育が行き届いていて、意味がわかってしまった。
「そっか。簡単に言うと、聖一と話が合わなかったの」
「だって、聖一の好きな、スタートレックが好きな人だったんじゃないの?」
「だから。聖一は昔のテレビの宇宙大作戦が神だと思ってるけど、新しい映画から新規でファンになった人は、昔のちゃっちい特撮とか、ご都合主義のストーリー展開とかに馴染めない人が結構居て、昨日の人はその典型的なタイプだったの。オタクは地雷が多いんだよ」
「なんかよくワカンナイけど、うん」
「また、別の人を探さなくちゃ」
「やっぱ、出会い系の方が良くない?」
「ううん。最終的には話が合わなくなっちゃったけど、映画を観たすぐあとぐらいは、イイ感じだったから。オタク趣味で探す方が、上手く行くと思う」
「そっか。じゃあ、頑張れ」
 出会い系サイトで白砂サンの彼氏探しをするのを諦めた……と思っていたら、ミナトは更に搦め手を講じているらしい。
 なんだかな〜……と思っていると、店のテラス席が見える窓際に、コグマが立っている。
 俺と目が合うと、手招きをするので、俺はそっと店の外に出た。
「どうしたの?」
「いや、店に入ると試聴コーナーの所に、子供が居るでしょう?」
「うん、まぁ、居るね」
「話を聞かれたくなくて」
「ああ、そういうのなのね」
 今日はホクトがシフトに入っているし、俺がコグマと話をしているのを見れば一目瞭然だろうから、そこで空席になっているテラスの椅子をコグマに勧めた。
「ちょっと、多聞サンに相談なんですけどね」
「うん」
「先日、聖一さんが六本木にある、リッツ・カールトン東京ってホテルの話をしてたんですよ」
「ああ、うん。チラッと聞いた」
「僕、ネットで調べてみたら、かなりイイ感じのデートスポットって書いてありました。値段は張るんですけど、部屋を取っておいてディナーのあとに一泊するのもイイかなって」
「まさかキミはステンレスの管とか、持って行かないよね」
「はあ?」
「あ、いや……、ナンデモナイ。あのそのディナーって、ミナトは数に入れてない……ンだよね?」
「多聞サン、話聞いてました? 夜景を楽しみながら、ホテルに部屋取って、大人のデートするんですよ? 子連れで行けるワケ無いでしょっ」
「だって白砂サンは、ミナトのコトを大事にしてるからさ。白砂サンにサービスしたいって言うなら、ミナトも数に入れておいた方がイイと思うよ」
 俺の答えに、コグマは頭を抱えて大きな溜息を|吐《つ》いた。
「勘弁して下さいよ、多聞サン。ハッキリ言って、このデートの企画も、聖一さんに子供のコトを一瞬でも忘れてもらって、僕とデートするのが楽しいってコトを、思い出してもらいたいから考えたんですよ!?」
「それなら、ホテルに行く前に、スタートレックの4DXでも行けば?」
「4DXって、なんですか?」
「ええっと……、3D映像に、匂いとか振動とかも付いてる映画だよ。ほら、あの〜、ディズニーランドのキャプテンEOみたいなヤツ」
「キャプテン……なんですって?」
「イーオー! マイケル・ジャクソンが出てたヤツ!」
「知りません。って言うか、僕、ディズニーランドなんて|行《い》ったコト無いです」
「ええっ? そうなの?」
「行きませんよ。あんな子供だましの遊園地なんて……」
「そう……。とにかく、4DXってゆーのは、そういう映画の上映方法なの。スタートレックなんて、SFなんだから、3Dの他に椅子が動いたりする方が、臨場感あるんじゃない? 白砂サンはオタクだから、そういうの誘ったらきっと喜ぶと思うよ?」
「そうかなぁ? ところでその、スターナントカは、エイリアンみたいなビックリ系じゃないでしょうね?」
「いや、たぶん……アクション系……じゃないかな? てか、俺だってそんなに詳しい|訳《わけ》じゃないし」
「アドバイスしてくれるのに、そうなにもかもが曖昧じゃなぁ」
「あのさ。俺が高校生だった頃ならともかく、イマドキはスマホで検索とか出来るんだから、俺の曖昧な情報はきっかけ程度でも、自分で調べるの簡単だよね?」
「そんなコトありませんよ。検索ワードが間違ってても、僕には何が正解かも解らないんですから。それに、そんなに簡単だ……なんて言うなら、多聞サンが調べておいてくれてもイイじゃないですか」
「白砂サン、キミの恋人だよね?」
「当たり前じゃないですか。ああっ! 多聞サン、とうとう柊一サンのワガママに付き合いきれなくなって、聖一さんに乗り換えようとしてるんじゃナイでしょうね!」
「そこまで、懐疑的なの?」
「それぐらい、疑い深くもなりますよ。最近じゃ、柊一サンは僕のコト、全く助けてくれないし。聖一さんは、嫌がらせみたいなお弁当作るんですよ? アレもきっと、あの子供の所為です。ホント、悪魔みたいな子供ですよっ!」
「……そう、大変だね……」
「とにかく、アドバイスはありがたく聞いておきます。それじゃ、僕、そろそろ部屋に戻ります。昨日、聖一さんに部屋の掃除をしろって言われているから、ちょっと掃除機掛けたいんで」
「うん、頑張って」
 それだけ言うと、俺はそそくさと店内に戻った。
 なんというか、コグマの態度は世間一般の男の見本みたいで、本人的には悪気も落ち度も無い、当然の反応をしてるつもりなのだろう。
 そしてあとから現れたミナトの方が、先にそこに居た自分に遠慮するのが、当然と思っているらしい。
 しかし完全な親ばかモードに突入している白砂サン相手に、そんな男的な道理が通用するとは思えない。
 とりあえず今のところ、白砂サンはコグマと別れる気はなさそうだけど、あそこまでミナトと角を立ててしまっては、一緒の部屋をシェアしていくのは、今後かなりキビシイかもしれないな……と、俺は思った。
§
「多聞君」
 店の後片付けをしていると、厨房から白砂サンが顔を出す。
「なんすか?」
「今日は、イタルも一緒に夕餉をペントハウスで取るつもりなので、最後の焼きでキドニーパイとミートパイを作っておいた」
「わあ、キドニーパイ久しぶりですね」
「イタルの健康診断の結果が芳しくなかったので、控えていたのだがな。昨日、ここしばらくのことでイタルと少々口論になってしまって。皆で食事をする場で、気まずいままではと思ったのだ」
「コグマの生活習慣病、そんなにヒドイんですか?」
「個人情報だから、軽々しく詳細は語れない。だが生活習慣病というものは、言葉通り生活習慣に起因する。習慣は急に変えられるものでも無いので、少しずつ慣れさせていくべきと私は考えているのだがね。しかしイタルは、健康診断の時に対応した医者はそんな逼迫した話はしていなかったと言い張っていて……。いっそ、本人が自覚出来る痛風にでもなってくれれば、もう少し真剣に考えられると思うのだが。しかし一方で、イタルはなかなか我慢の出来ないところがあるから、痛風のような痛みを伴う病気に罹患したら、その喧騒を想像すると空恐ろしい気もする」
「ああ、コグマ。痛いのダメっぽいですもんね」
「快感の伴わない痛みは、私だって嫌いだよ」
 またしても、シレッとトンデモ発言をして、白砂サンは大きなホールの二つのパイをそこに置いて、奥に戻っていってしまった。
 凍りついた俺が、気を取り直して閉店作業の続きに取り掛かると、入り口から敬一クンとエビセンが入ってくる。
「ああ、おかえり」
「ただいま戻りました」
 敬一クンが言った時にはもう、エビセンは外のテラスのテーブルや椅子をテキパキと回収し始めている。
「なんか、イイニオイしてますね」
 テラスから屋内に入って来たところで、エビセンが鼻をヒクヒクさせながら言った。
「白砂サンが、キドニーパイとミートパイを、夕食用に焼いてくれてあるんだ」
「キドニーか、久しぶりだなあ!」
「楽しみだよね」
 答えながら、俺は冷蔵庫に "とっておきのラガービール" が冷やしてあったかどうかを考えていた。
 俺の懐事情は、フリーター時代に比べたらずっと良好になっているが、庶民なのは相変わらずだから、普段の晩酌は発泡酒を飲んでいる。
 だが、せっかく極上のキドニーパイが出て来るとなったら、そこはやっぱりビールも本物を飲みたくなるのが人情ってモンだろう。
 店舗の灯りを落とし、俺は途中で自室に立ち寄り、とっておきのラガービールを冷蔵庫から持ち出してペントハウスに向かった。
§
「お疲れさん〜、すぐメシになるからなぁ〜」
 ペントハウスのキッチンでは、シノさんがシチューを煮ていた。
「柊一、パイを焼いてきた。惣菜の足しにしてくれたまえ」
「おお〜、いつにも増してウマそうじゃのぅ〜」
 白砂サンはパイを調理台に置くと、勝手知ったるキッチンの引き出しから、でっかいナイフを取り出し、パリッとしたパイ皮をサクサクッと軽快な音を立てて切り分け始めた。
 キッチンにはスバルとミナトも居て、シノさんが面白半分に買った子供用の安全包丁を使い、ホクトに面倒を見てもらいながらサラダ作りに挑戦している。
 部屋で敬一クンがシノさんと同居を始めた頃は、無駄に大きなテーブルと空席だらけの椅子だったダイニングテーブルは、今や空いてる椅子が少ないような状況だ。
 敬一クンとエビセンがキッチンで手伝い始めたところで、料理のできない俺はダイニングテーブルに食器をセッティングすることにした。
「おかえりなさい」
「小熊クン、もう来てたんだ」
 そこには既に、コグマが座っている。
 俺はテーブルに、箸やら皿やらを並べた。
「小熊クン、ビールでいい?」
「ああ、お願いします」
 コグマは、相変わらず座ったまま、そこにあった雑誌をつまらなそうに眺めている。
「ねえ、小熊クン」
「なんでしょう?」
「夕食、一緒に食べるんだよねぇ?」
「そのつもりですけど……?」
 俺を見たコグマは、思いっきり「だから、なんなの?」って顔をしている。
「なら、準備手伝ったら?」
「だって僕、料理なんて出来ませんよ?」
 そんなことは言われなくとも、コグマは俺と同じく "男子厨房に入らず" で育ってきたタイプだと解ってる。
 だがキャンパスチームとコグマの違いは、料理の腕前以前の、気遣いの問題から始まってるのだ。
「俺だって料理は出来ないよ。でも、出来上がった料理を運ぶとか、使う箸とか、自分が使うビールを注ぐグラスを用意するぐらいは出来るじゃん。それにキミ、食べ終わったあとにテーブル片付けるとか、食器洗うとかもしないよね?」
「僕と多聞さんが一緒にテーブル周りをウロウロしたら、逆に作業が滞るんじゃないんですか?」
「俺が来る前に、キミがやっといてくれても構わなかったし。ってゆーか、ココで一緒に食べない日とかも、白砂サンに丸投げしてんじゃないの?」
 コグマはモノスゴク嫌そうな顔をしている。
 だがそれ以上に、俺だってこんな面倒なことを言いたくなかった。
 でもキッチンでミナトが、ホクトの得意な洒落たサラダの作り方を真面目に教わっているのを見た後では、言わずにいられなかったのだ。
 ミナトはきっと、誰かに用事を言いつけられる前に、自分からキッチンに手伝いをしに|行《い》ったのだろう。
 そういう意味では気の回らないスバルですら、ミナトに習ってお手伝いに参加している。
 ホクトやエビセンは、意中の敬一クンや義兄のシノさんのみならず、一緒に生活している者全体に気を配っている。
 コグマだって白砂サンとの付き合いを順調に継続させるには、自分のことだけでなく、もう少し周囲に気を遣うべきなのだ。
 それはおべっかなどではなく好きな相手のために何かしたい、自分も相手と同等の価値を持つようになりたいと思う気持ちだろう。
 シノさんはスイッチが入ると素晴らしい料理名人だが、掃除や片付けは嫌いだし、へたすると自分の下着の洗濯までなんだかんだと理由をつけて、俺に押っ付けようとする。
 俺はシノさんの常識から外れた突飛な行動に度々しわ寄せを食わされてる。
 だがその半面、俺はシノさんにこちらのダメな部分や不出来な部分を許容されたりフォローされたりしてるところも多々あって、この持ちつ持たれつお互い様の関係が、今日まで付き合いが保てた理由だと思っている。
 だがコグマと白砂サンの関係は、どう見てもその比重が偏っている。
 ミナトが凹んだ白砂サンを慰めるために、コグマをけしかけたことも一因だが、さっき白砂サンが言っていた "イタルとの口論" の中身には、生活習慣病を考えたヘルシーメニューの件も含まれていたことだろう。
 白砂サンがコグマと寄り添うことを選択しているうちはともかく、そこが崩れたら、二人の関係は崩壊一択だ。
 なんとかコグマにも、その辺の道理を理解して欲しかった。
 でもコグマの顔を見る限り、やっぱり全然通じていない。
 その顔を見ていたら、俺はもういっそ、コイツに対して親身になるのをやめた方が良いのだろうか? なんて考えが、脳裏をよぎってしまった。
「今日のシチューは、特製! 豆乳クリームシチューじゃ!」
 シノさんがシチューを盛り付けた皿を持って来た。
「豆乳? なんで?」
 俺の問いに、シノさんはニイッと笑う。
「そりゃあ、セイちゃんが最近、健康志向のお食事作ってくれるから、ライヴァル心を掻き立てられて、俺もヘルシーで美味しい料理を作ってみたに決まってンじゃん! さあさあ、じゃんじゃん食うべっ!」
 カットされたパイの乗った大皿や、スバルとミナトが作った林檎のサラダなどを、皆がどやどやとダイニングテーブルに並べ、賑々しく夕食の支度が整った。