12.騒動の予感
ー/ー
パーティーの翌日は、朝から店内の改装……というか、片付けから始まった。
11月になったから、店内は通常モードに戻され、告知板のところに "ボジョレー・ヌーボー解禁カウントダウン" を貼り出した。
アルコールの販売は、夜営業をしなければ普通の "飲食店営業許可" が出来るので、マエストロ神楽坂でも出している。
「あの、多聞さん」
フロアで、客が帰ったテーブルを片付けていると、ホクトが声を掛けてきた。
珍しくスバルが一緒で、その後ろに乗り気じゃなさそうなミナトもいる。
店は、もうこの後は客も無いだろうって終盤の時間帯だったから、俺は悠長に返事をした。
「なに?」
「えっと、ケイからなにか連絡ありませんでしたか?」
「敬一クンから? いや、別に……俺は聞いてないケド?」
「そうですか」
俺の返事にホクトはあからさまに肩を落とし、スバルはホクトの裾をグイグイ引っ張っている。
「なんかあったの?」
「いえ、まだ具体的にはなにも。ただ……もうとっくに帰ってきても良い時間なのに、戻ってこないし、電話にも出なくて。ラインも送ったけど、未読なんです」
「それは、変だね」
「変すぎるよ! ケイになんかあったのかもっ!」
「そんなに引っ張るなよ。俺の服を引っ張ったって、どうにもなんないだろ」
「ホクトの役立たず!」
「勝手なコトばかり言うなって」
そこらの大学生相手なら、帰りがちょっと遅いくらいで皆で心配するのは行き過ぎと思うが、なにせ相手は敬一クンだ。
遅くなるなら必ず連絡を入れてくるに決まっている。
「じゃ、俺、コレを持っていきがてら、白砂サンにも聞いてみるよ」
「俺も行きます」
「僕もっ!」
「おまえは着いて来なくて良いよ」
「やだよっ、気になるもん! ホクトこそ着いて来なくて良いよっ!」
俺が奥の調理場に向かい、あとから三河漫才みたいなホクトとスバルが続く。
「白砂サン。敬一クンがまだ戻って無くて、天宮クンが連絡も無いって言ってるんですけど。なんか、知ってます?」
持っていった食器を洗い場に置くと、白砂サンはチャッチャと食器を洗い始めた。
「敬一なら、友人と食事に行くから遅くなると、マエストロに連絡をしてきた」
「えっ? でも、シノさんは今、商店会長のトコに行ってるんじゃ?」
「先程、これから戻ると連絡してきた。その時に、敬一は今夜、食事を外で済ませるので、人数に入れないで欲しいと言ってきた」
「誰と食事に行ったのかは、聞かなかったんですか?」
俺を押しのけるようにして、ホクトが白砂サンに訊ねる。
「夕食の支度には、そこまでの情報は必要無い」
「なんでっ? 聖一は心配じゃないの?」
スバルは白砂サンの白いコック服のベルトに手を掛けて、グイグイ引っ張った。
「スバルやミナトが、クラスメイトのお宅にお邪魔して食事をすると連絡があったら、そのクラスメイトの名前は確認する。だが敬一はある程度、自分の行動に責任が持てる年齢になっている。羽目を外し過ぎた時は注意するが、基本的にそれ以上の干渉はすべきでは無い」
「それどういうこと?」
「人間は、失敗から学ぶ生き物だ。スバルやミナト位の年頃では、失敗したあとの反省や気持ちの整理に、大人の手助けが必要となる。だが敬一ぐらいの年齢になったら、原因の探求もその後の気持ちの整理も、自分でやることを覚えなければならない。誰と出掛け何をするか、自分で判断し責任を持つことを覚えて良い頃だ」
そこで一度言葉を切って、白砂サンはホクトの方に顔を向けた。
「ホクト君。曲がりなりにもスバルは君が預かっている子供なのだから、きちんと面倒をみたまえ」
「僕、ホクトに見張られるの?」
「面倒を見るのは、見張るのとは違う」
白砂サンは、きっぱりとスバルに言った。
§
店を閉めてペントハウスに戻ると、シノさんが夕飯の支度をしていた。
「エビちゃんまだなのン?」
振り返ったところで場のメンツを眺め、そう聞いてくる。
「ええ、まだ戻ってません。それより東雲さん、ケイは誰と食事に行ったんですか?」
ホクトは、エビセンの帰宅が遅くなることはどーでもいいのだろう。
敬一クンの件だけを、シノさんに詰め寄っている。
「んん〜? 聞かンかったのう」
「あっ、まさか海老坂が抜け駆けを?!」
「相手がエビちゃんなら、ケイちゃんはそー言うじゃろ。たぶん俺の知らんヤツなんじゃないかなぁ? 聞けばケイちゃんはどういう関係のお友達か説明してくれるケド、俺はそーいうのメンドーで聞かんから」
「お兄さん! ケイはしっかりしているように見えて、すごく危なっかしい世間知らずなことは、ご存知でしょう!? ちゃんと聞いておいて欲しいです!」
「小学生なら聞くけど、大学生にはいちいち聞かんよ。プライベートもあるじゃろし、俺は自分がされてイヤなコトは、ヒトにはしない主義だ」
「でも!」
「アマホク、おまえサンはイイ奴じゃけど、そーいうクドいトコが俺の好感度をバリバリ下げちょるんよ? わかっちる?」
全く笑っちゃうぐらい、シノさんは白砂サンと似たような返事をした。
しかもホクトのクドい性格を、シノさんはウザいと感じ、白砂サンはロマンチストと解釈しているのだから、面白い。
「ホクト君、今日は手数が足りない。手伝ってくれたまえ」
夕飯の支度に参戦した白砂サンが、ホクトに向かってピシャリと言った。
俺はいつものごとく、またなんとなくそこで皿を並べたり、カトラリーの用意をしたりして、こっちに矢が飛んでこないように回避する。
「なにがそんなに、嫌なんだよ?」
俺と同じように食器を並べていたスバルが、声を潜めてミナトに問うた。
「スバルは、嫌だって思ったことないの?」
「僕は今、ケイが帰ってこないことの方が気になる」
「スバルのママだって、僕のおばあちゃんだって、僕らのこと、ホントはいらないって思ってるんだよ? スバルなんて、転校するのにすごい時間掛かったじゃん」
「そう言われてみると、そうかもだけど……」
「聖一……僕のこと、家族にするって言ってくれるし、ミナミもそれでいいって言ってるけど、なんか……おばあちゃんが駄目って言ってるっぽい」
「だって、いらないんじゃないの?」
「でも、家の跡継ぎが僕しかいないから、やだって言ってるんだって」
「そういえば、ママも『ホクトはホモで跡継ぎ出来ないから、本家の跡はスバルのよ" って言ってた」
「スバルのママもなんだ。おばあちゃんもずっと、同じようなこと言ってた。……スバルは、そういうの嫌じゃないの?」
「別にどーでもいいよ。ママは勝手だもん」
ミナトの冷静すぎる観察眼にも驚くが、スバルの豪胆さにも舌を巻く。
俺はそうっと子供達から離れ、ソファでダラダラとテレビを眺めるシノさんのところへ行った。
「ねえ、シノさん。チビッコが穿った会話してるんだけど……?」
「ん〜、まぁ、あーいう育成環境にあったら、仕方ないじゃろ〜」
長毛種の高価な猫みたいなシノさんは、その態度にピッタリのネコマタ染みた顔でニイッと笑う。
「そーいうのなの?」
「あのな、タモンレンタロウ君。セイちゃんがどんなにミナトを傷付けまいとしても、ミナトが一個の人格を持った人間である限り、必ず傷付くコトがあるンよ。保護者はナ、傷つかないように守るンじゃなくて、傷付いて帰って来た小さき者を、受け止めてやるのが本来の仕事なのじゃ」
含蓄有りそうなことを言っているが、介入するのが面倒だから成り行き任せで〜って空気を、ビミョ〜に漂わせているシノさんだったりする。
俺はそれ以上考えるのを止めることにした。
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フロアで、客が帰ったテーブルを片付けていると、ホクトが声を掛けてきた。
珍しくスバルが一緒で、その後ろに乗り気じゃなさそうなミナトもいる。
店は、もうこの後は客も無いだろうって終盤の時間帯だったから、俺は悠長に返事をした。
「なに?」
「えっと、ケイからなにか連絡ありませんでしたか?」
「敬一クンから? いや、別に……俺は聞いてないケド?」
「そうですか」
俺の返事にホクトはあからさまに肩を落とし、スバルはホクトの裾をグイグイ引っ張っている。
「なんかあったの?」
「いえ、まだ具体的にはなにも。ただ……もうとっくに帰ってきても良い時間なのに、戻ってこないし、電話にも出なくて。ラインも送ったけど、未読なんです」
「それは、変だね」
「変すぎるよ! ケイになんかあったのかもっ!」
「そんなに引っ張るなよ。俺の服を引っ張ったって、どうにもなんないだろ」
「ホクトの役立たず!」
「勝手なコトばかり言うなって」
そこらの大学生相手なら、帰りがちょっと遅いくらいで皆で心配するのは行き過ぎと思うが、なにせ相手は敬一クンだ。
遅くなるなら必ず連絡を入れてくるに決まっている。
「じゃ、俺、コレを持っていきがてら、白砂サンにも聞いてみるよ」
「俺も行きます」
「僕もっ!」
「おまえは着いて来なくて良いよ」
「やだよっ、気になるもん! ホクトこそ着いて来なくて良いよっ!」
俺が奥の調理場に向かい、あとから三河漫才みたいなホクトとスバルが続く。
「白砂サン。敬一クンがまだ戻って無くて、天宮クンが連絡も無いって言ってるんですけど。なんか、知ってます?」
持っていった食器を洗い場に置くと、白砂サンはチャッチャと食器を洗い始めた。
「敬一なら、友人と食事に行くから遅くなると、マエストロに連絡をしてきた」
「えっ? でも、シノさんは今、商店会長のトコに行ってるんじゃ?」
「先程、これから戻ると連絡してきた。その時に、敬一は今夜、食事を外で済ませるので、人数に入れないで欲しいと言ってきた」
「誰と食事に|行《い》ったのかは、聞かなかったんですか?」
俺を押しのけるようにして、ホクトが白砂サンに訊ねる。
「夕食の支度には、そこまでの情報は必要無い」
「なんでっ? 聖一は心配じゃないの?」
スバルは白砂サンの白いコック服のベルトに手を掛けて、グイグイ引っ張った。
「スバルやミナトが、クラスメイトのお宅にお邪魔して食事をすると連絡があったら、そのクラスメイトの名前は確認する。だが敬一はある程度、自分の行動に責任が持てる年齢になっている。羽目を外し過ぎた時は注意するが、基本的にそれ以上の干渉はすべきでは無い」
「それどういうこと?」
「人間は、失敗から学ぶ生き物だ。スバルやミナト位の年頃では、失敗したあとの反省や気持ちの整理に、大人の手助けが必要となる。だが敬一ぐらいの年齢になったら、原因の探求もその後の気持ちの整理も、自分でやることを覚えなければならない。誰と出掛け何をするか、自分で判断し責任を持つことを覚えて良い頃だ」
そこで一度言葉を切って、白砂サンはホクトの方に顔を向けた。
「ホクト君。曲がりなりにもスバルは君が預かっている子供なのだから、きちんと面倒をみたまえ」
「僕、ホクトに見張られるの?」
「面倒を見るのは、見張るのとは違う」
白砂サンは、きっぱりとスバルに言った。
§
店を閉めてペントハウスに戻ると、シノさんが夕飯の支度をしていた。
「エビちゃんまだなのン?」
振り返ったところで場のメンツを眺め、そう聞いてくる。
「ええ、まだ戻ってません。それより東雲さん、ケイは誰と食事に|行《い》ったんですか?」
ホクトは、エビセンの帰宅が遅くなることはどーでもいいのだろう。
敬一クンの件だけを、シノさんに詰め寄っている。
「んん〜? |聞《き》かンかったのう」
「あっ、まさか海老坂が抜け駆けを?!」
「相手がエビちゃんなら、ケイちゃんはそー言うじゃろ。たぶん俺の知らんヤツなんじゃないかなぁ? 聞けばケイちゃんはどういう関係のお友達か説明してくれるケド、俺はそーいうのメンドーで聞かんから」
「お兄さん! ケイはしっかりしているように見えて、すごく危なっかしい世間知らずなことは、ご存知でしょう!? ちゃんと聞いておいて欲しいです!」
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「でも!」
「アマホク、おまえサンはイイ奴じゃけど、そーいうクドいトコが俺の好感度をバリバリ下げちょるんよ? わかっちる?」
全く笑っちゃうぐらい、シノさんは白砂サンと似たような返事をした。
しかもホクトのクドい性格を、シノさんはウザいと感じ、白砂サンはロマンチストと解釈しているのだから、面白い。
「ホクト君、今日は手数が足りない。手伝ってくれたまえ」
夕飯の支度に参戦した白砂サンが、ホクトに向かってピシャリと言った。
俺はいつものごとく、またなんとなくそこで皿を並べたり、カトラリーの用意をしたりして、こっちに矢が飛んでこないように回避する。
「なにがそんなに、嫌なんだよ?」
俺と同じように食器を並べていたスバルが、声を潜めてミナトに問うた。
「スバルは、嫌だって思ったことないの?」
「僕は今、ケイが帰ってこないことの|方《ほう》が気になる」
「スバルのママだって、僕のおばあちゃんだって、僕らのこと、ホントはいらないって思ってるんだよ? スバルなんて、転校するのにすごい時間掛かったじゃん」
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「聖一……僕のこと、家族にするって言ってくれるし、ミナミもそれでいいって言ってるけど、なんか……おばあちゃんが駄目って言ってるっぽい」
「だって、いらないんじゃないの?」
「でも、家の跡継ぎが僕しかいないから、やだって言ってるんだって」
「そういえば、ママも『ホクトはホモで跡継ぎ出来ないから、本家の跡はスバルのよ" って言ってた」
「スバルのママもなんだ。おばあちゃんもずっと、同じようなこと言ってた。……スバルは、そういうの嫌じゃないの?」
「別にどーでもいいよ。ママは勝手だもん」
ミナトの冷静すぎる観察眼にも驚くが、スバルの豪胆さにも舌を巻く。
俺はそうっと子供達から離れ、ソファでダラダラとテレビを眺めるシノさんのところへ|行《い》った。
「ねえ、シノさん。チビッコが|穿《うが》った会話してるんだけど……?」
「ん〜、まぁ、あーいう育成環境にあったら、仕方ないじゃろ〜」
長毛種の高価な猫みたいなシノさんは、その態度にピッタリのネコマタ染みた顔でニイッと笑う。
「そーいうのなの?」
「あのな、タモンレンタロウ君。セイちゃんがどんなにミナトを傷付けまいとしても、ミナトが一個の人格を持った人間である限り、必ず傷付くコトがあるンよ。保護者はナ、傷つかないように守るンじゃなくて、傷付いて帰って来た小さき|者《もの》を、受け|止《と》めてやるのが本来の仕事なのじゃ」
含蓄有りそうなことを言っているが、介入するのが面倒だから成り行き任せで〜って空気を、ビミョ〜に漂わせているシノさんだったりする。
俺はそれ以上考えるのを止めることにした。