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11.ハロウィンパーティー

ー/ー



 パーティー当日。

 ペントハウスは白砂サンの手腕によって、オレンジと黒とゴシック・ホラーが入り混じった、実に荘厳なる屋敷になっていた。
 お馴染みのグリーンのソファもオレンジ色のカバーが掛けられ、そこにデスラーの格好をしたシノさんが、ダラダラしている。

「シノさん、さすがにそこまでダラけたデスラーはあんまりじゃないの?」
「お〜、タモンレンタロウ君、意外に似合うな」
「やめてよ……」

 俺は、ヒス副総統なので、緑の制服にマント姿だ。
 そこに、白地に緑の下向き矢印(やじるし)の付いた、制服姿の敬一クンがやってきた。

「兄さん、料理はどんな感じに出したらいいですか?」
「無礼講のコスパだからナ、全部大皿()りにして、お取り皿と一緒にテケトーに並べとけばエエんじゃん」
「わかりました」

 俺はキッチンに戻っていく敬一クンの背中を目で追いつつ、シノさんに訊ねた。

「敬一クン "島のコスプレ" になったんだ」
「あ〜、キャスティング会議でモメてな〜。最初、ケイちゃんは森雪の予定だったんだけど、断られてもーたんじゃ」
「そりゃ、あの年頃の男子に女装頼んでも、断られるんじゃないの?」

 と、俺が答えた横を、スウ~ッと森雪が通り過ぎていった。
 振り返って二度見すると、エビセンだ。
 俺の視線に気付いて、振り返ってニヤッと笑い、パチンッとウィンクを飛ばしてくる。

「ケイちゃんが、自分は体格があるから、細身の雪はでけんって言ったら、エビちゃんが代わりに引き受けてくれたんだ。でも、そこでケイちゃんに古代を振ろうとしたら、雪の彼氏役をケイちゃんがやるのが許せんかったホクトが古代をやるって言い張って、ケイちゃんが島になったんだな」
「あ、そう……」

 プールサイドで見たエビセンの腹筋は見事なシックスパックだった。
 それを、なにをどうしたらあんなにくびれた体型になるのか?
 エビセンの後ろ姿が、マジで森雪にしか見えなくてクラクラする。

「えっ、僕がこれを着るんですか?!」

 入口からなんか叫びが聞こえたので振り返ると、自衛隊カップルのユリオが、用意されていた服を見て仰天していた。

「ふひひ、さっそくやってんナ……」

 シャキッと立ち上がったシノデスラーが、入口に向かう。

「やあ、いらっしゃい」
「どうも、こんばんは」

 入口のところに、それぞれの名前が書かれた衣装が用意されていて、シノさんの趣味の健康器具を利用した仕切り兼ロッカールームで、着替えが出来る。
 そこでそれぞれの名前の書かれた袋から取り出された衣装を見て、ユリオは叫んだようだった。

 しかし、それも "当然" だろう。
 若桐氏の袋には "青い士官服と帽子" という、古代守の衣装だったが、ユリオの袋には──金髪ロン毛のカツラに水色のロングドレス……つまりスターシャの衣装が入っていたのだ。

「ユリちゃん、女装が嫌なら俺と代わってもえーよ」

 シノさんがニコ〜っと笑いながら、自分の衣装をクルッと回って見せびらかした。

「でぃも、俺がスターシャやるんなら、今日はマモちゃんの隣は俺だな」

 その一言に、真壁は "がーん!" ってオノマトペが背後に見えるぐらい、すごい顔になった。
 完璧な美形が、ギャグマンガのように口を四角く開けたのだ。
 この将補サマは、意外にも顔芸に秀でているようだ。

 こりゃ、先日の内見(ないけん)で、よっぽどシノさんに気に入られたんだろうな……。
 俺は心の中で「ご愁傷さま……」と、ユリオに手のひらを合わせた。

「百合緒、無理すんな……」

 やや困った顔の若桐氏は、ユリオをとりなそうとしてる。

「なんかあったんすか?」

 そこにひょいっと、エビセンが顔を出した。

「おお、エビちゃん、どうした?」
「下に菓子を取りに行こうと思いまして……」

 シノさんと会話しているエビセンが、見た目は完璧に森雪なのだが。
 しかし声音と態度から、それがまごうことなき男子大学生だと気付いたユリオが、頭の上に "ががーん!" のオノマトペを乗っけて、さっきよりもっと口を四角く開けている。
 この美形の顔芸は、井之頭五郎に匹敵するくらいスゴイ。

「あの……、そちらの……」
「俺は、海老坂千里、メゾンで部屋借りて、大学(かよ)ってます」

 自衛官カップルが道を開けたので、エビセンは「失礼」といって、出ていった。

「僕、着ます」
「百合緒?」
「着ます!」

 ユリオはバッとフィッティングルームに駆け込み、やけくそ気味にカーテンを閉めた。
 唖然としていたが、後ろでシノさんが「ふひひ……」と笑ったら、若桐氏はちらっとこちらを見やった。

「大家さん、ヒトが悪いなぁ」
「そーか? 俺は親切に衣装交換を持ちかけたんだけどナ。……もっとも、俺の服じゃあ、ユリちゃんにゃ着られないかもしらんが」

 若桐氏は肩をすくめ、自分もフィッティングルームに入っていった。


§


「遅くなってすまない」

 白地に青の制服の白砂サンが、ハロウィンらしいお菓子がわんさか乗ったトレーを持って現れた。
 後ろから、エビセンがオカモチのようなものを持って続いている。

「それほど遅い……ってわけじゃねーけど。どしたん?」
「うむ、イタルに運んでもらおうと思っていたんだがね。なんでも、勤め先の同僚に飲みに誘われてしまって、帰れそうに無いと連絡があった」
「それって、コスプレしたくないコグマの逃げ口上なんじゃないですか?」

 俺の脳裏に浮かんだ言葉を、エビセンがそのまま声にした。

「そんなことはないよ」

 白砂サンは笑って受け流してしまったが、エビセンとシノさんは目配せをしあっていて、ついでに俺にまで目配せが飛んできた。

「小熊クン、職場の付き合い良いんだね」
「洋菓子店に勤めていた時に、私は飲み会などに誘われたことは無かったので、イタルが職場で和やかに人付き合いが出来ているなら、喜ばしいことだと思う」
「ねえ、これ見てー!」

 白砂サンの後ろから、コスモタイガー組の制服を着たスバルとミナトが駆け込んでくる。

「二人とも、なかなかカッコ良いではないか」
「お、スバル(くん)、かっこいいな」
「ケイっ!」

 敬一クンに駆け寄ったスバルは、言葉通りピョンと飛び上がると、敬一クンにピタン! とくっついた。

「きみ、いいカラダしてるなぁ」

 着替え終わった若桐氏が、小学生が飛びついてもびくともしない敬一クンを見て、そう言った。

「あ、自衛官のお誘いならいりません」
「断りなれてるなぁ」
「……あ、えっと……、駅前とかで同じことを言われて……」

 敬一クンの返事に、若桐氏が「あっはっはっ、だろうなぁ!」と言って笑った。

「あの〜、脱いだ服はどこに置けば……?」

 ぬうっと、俺と同じ背丈の、肩幅が倍はありそうなロン毛のおばけが急に視界に入ってきて、ビクッとなる。

「うむ。こちらにロッカーを用意してある。使ってくれたまえ」

 白砂サンは持っていたお菓子を敬一クンに渡し、ユリオの相手をしにいった。
 幸いにして俺がビビったのはユリオの視界の外だったので、どうやら見られなかったらしい。

「おまえそれじゃあ、赤ちゃんみたいだぞ」

 未だ敬一クンにひっついたままのスバルに、お菓子運びを手伝いに来たホクトが言う。
 俺はエビセンの小さな舌打ちと「節穴め、赤ん坊じゃねぇだろ」という呟きを耳にして、そういえばスバルが敬一クンのことを "ケイ" と呼ぶようになったのって、いつからだったかな……なんて考えてしまった。

「さぁ、いつまでもくっついてたら、パーティーにならないぞ。もうすぐ準備が出来るから、そこでミナト君とテレビでも観て待っててくれ」

 敬一クンに言われてスバルはテレビの前に座ったが、テレビを点けてもそれを観る様子は無く、並んで座ったミナトを肘で突っついた。

「なあなあ、どうなった?」
「ダメ。出会い系ってヤツ、いくつか見たけど、居るのはコグマばっかりだった」
「えっ、コグマってそんなにいっぱい、出会い系に登録してるの?」
「違うよ。コグマみたいなヤツばっかりって意味。プロフを見るとオェッてなるくらい、盛った自撮りばっかりだよ」
「うぇ〜、キモい!」
「コグマが増えてもウザいだけだから、出会い系は役に立たないよ」
「そんじゃ、どうすんの? 恋人探しやめる?」
「やめたくないけど、(ほか)の方法がまだ思いつかないから」
「じゃー、あのデッカイ自衛官の人は? 聖一のトモダチなんでしょ?」
「あの人はトモダチ以上にはならないよ」
「そんなら、デッカイ人のトモダチは?」

 ミナトは、シノさんと話をしている若桐氏をちらっと見やった。

「駄目。あれはたぶん、デッカイ人の恋人だから」
「えっ? そうなの?」
「そうだよ。見ればわかるじゃん」
「そんなのわかんないよ。それに、そんなノンキなコト言ってて良いのかよ〜?」
「ノンキなのは赤ちゃんみたく髪拭いてもらったり、コアラ抱っこしてもらってるスバルの方だろ」
「僕だってちっともノンキなんかじゃないよ。ケイはエビとホクトの部屋にお勉強会に行くと、寝る時間になっても戻って来ないんだもん。お勉強会なら僕も一緒に行くって言っても、大学生のお勉強だからって柊一が行かせてくれないし!」
「スバル、ホントにお勉強会だと思ってんの?」

 ミナトの声音は、かなり醒めた調子だった。

「どーいう意味?」
「エビとホクトは、ケイとエッチなお勉強してるんだよ」
「えー、なにそれ?」

 俺はまたしてもヤバげな会話を聞いてしまい、ギョッとなってシノさんに言おうとしたが──。

「スバル、ミナト、用意出来たぞ、こっちにおいで」

 ホクトに呼ばれた二人はパッと立ち上がると、飾り付けられ御馳走が並んだテーブルの方へ行ってしまった。


§


 ハロウィンパーティーを意識して、今日のペントハウスはちょっと明かりを落とし気味にされている。
 リビングのあちこちに、スバルとミナトの力作であるかぼちゃランタンが置かれ、中の炎がゆらゆらしているのも、雰囲気マシマシって感じだ。

 立食形式で、アルコールもそれなりに提供され、おかしな格好をさせられていることを除けば、楽しい催しと言えた。

「ユリちゃんもマモちゃんも、楽しんでる?」

 最初に見た時はロン毛のおばけ状態だったユリオは、ロッカーに案内された時に白砂サンの手腕によって、びっくらするほどの "松本美女(びじょ)" メタモルフォーゼしている。

「アットホームで、驚きの連続だ」
「気に入ってくれっと、嬉しいんだけどなぁ」
「この格好さえなければ……」

 キュッと下唇を噛んでいる真壁の顔芸に、シノさんはニヤニヤしていた。

「白砂さんに、頼むと弁当の面倒までみてもらえるって、殺し文句ももらいました」
「ん〜、でぃも自衛官って、官舎で自炊してんじゃねぇの?」
「俺はちょっとやってたけど……」

 若桐氏がヘラッと笑う。
 あ、この "ちょっと" はかなりの手練れの謙遜だろうな……と、俺は察した。

「僕は、外食です。周りに適当な定食屋が結構あったんで」

 この周辺の価格帯は、外食派には結構厳しい……ってな話をしようかなと思ったが。
 俺が外食で生活をしていたのは、フリーターだった時代(じだい)だ。
 そんな薄給のフリーターと、国家公務員のもらってる給料を一緒にするのは、ちょっと失礼かな?

「ご希望とあらば、ここで夕飯も朝飯も面倒見るぜ」
「それって、家賃に含まれるの?」
「うんにゃ。食材の持ち込みやら、労働の提供やら、テケトーに貢献してもらうことにはなるなぁ。でぃも、今晩食ったメニューを見ての通り、このフレンチはセイちゃん、こっちゃの家庭料理はケイちゃん、あの中華はエビちゃん、こっちのイタリアンはアマホクと、レパートリーは豊富だぜ」
「へえ、これをあの大学生たちが」
「エビちゃんとアマホクは、ケイちゃんの胃袋掴みたくて、切磋琢磨してるからのう。今後もどんどんレベルが上がる、期待大だ」
「はぁ〜、アオハルしてんなぁ」

 なんだかんだ、若桐氏はシノさんと話が合うようだ。

「兄さん、スバル君とミナト君は、そろそろお風呂に入れないと。就寝時間が過ぎてしまいます」
「おっと、そうじゃったナ。じゃーその前に、シメをせねば」
「何をするんですか?」

 自分を不思議そうに見る敬一クンに向かって、シノさんはニシシと笑った。

「コスパつったら、コンテストで仮装キングを決めにゃ〜な! つーワケで……」

 シノさんは、いつの間に用意したのか、上に丸く穴のあいた箱をテーブルの上にトンッと置いた。

「今から、紙と鉛筆配るけェ、一番と思うコスに票をババンと入れちくり。自分が一番って思ったら、自分の名前を書いてもよろし」
「ココで書いてたら、誰に投票してるか丸見えじゃない?」
「あーそっか。ではこれから、ぱーちーのお片付けをしよう。つっても、皿をキッチンに持っていくだけだけどナ。席を立って、テケトーなトコで名前を書いてきて、投票用の箱はリビングのコーヒーテーブルの上に置いておくので、そこに入れてけれ」
「うぃっす」

 それぞれが使った皿やらなんやらを取りまとめ始めたので、俺は自分に出来るマトモな作業で最も競争率の高い洗い物をゲットすべく、ササッと先にキッチンに向かった。

 俺が洗い物をしている後ろで、白砂サンが残った料理を保存容器に入れ替えて、冷蔵庫に入れている。
 そこに、食器を持ったエビセンが来た。

「この肉料理に掛けてあったソースのレシピって、秘伝ですか?」
「いや、別に。私のオリジナルだが、秘密ではないよ」
「素人でも作れます?」
「少々時間を掛けて煮詰めるのにコツが必要だが、海老坂(くん)なら問題ないだろう。それからこのソースは、店のランチのローストビーフに掛けている物と、基本的にはおなじ物だよ」
「え、アレとおなじですか? 味が違う気がしたけど」

 エビセンはかなり意外そうな顔をする。

「焼いた時に出る肉汁を使っているのだが、肉の部位によっては塩加減を変えるからだろうね」
「あーなるほど、そーいうコトか」
「レシピが知りたいなら、後で紙面にして進呈しよう」
「ぜひお願いします。スバルの歓パの時に、このソース美味いなぁって思ったんだけど、聞きそびっちゃって。ローストビーフサンドとの組み合わせは絶品です」
「そうかね。そんな(ふう)に言ってもらえると、格別嬉しいね」

 皿を洗っていた俺は、和やかな会話をほっこりと聞いていたのだが。
 ニコニコしている白砂サンがいきなりエビセンにチューをしたので、心の声でギャーッと叫び、危うくシノさんお気に入りの大皿を割りそうになった。

「聖一兄さん、何してるんですか?」

 キッチンに入ってきた敬一クンが、白砂サンに問い掛けた。

「うふふ。海老坂君が、私の料理を褒めてくれたので、お礼をしている」
「ヤバイな、白砂サンのチュー。絶品ソースと同じくらいウマウマだ」
「なんだとぉ! 海老坂それは浮気だぞ! ケイっ、こんな口先三寸の詐欺師には、サッサと見切りをつけるんだ!」

 エビセンのセリフを耳聡く聞いたホクトが、ここぞとばかりに糾弾してくる。

「浮気なもんか、ただの事故だろ」
「騙されちゃいけないよケイっ! 浮気男ってのは、皆、ああいう言い訳をするんだ!」
「あったく……変な言いがかり付けてんじゃねぇよ」

 ホクトが敬一クンに、浮気男の特性に付いてクドクドと語りだしたのを、白砂サンが遮った。

「ホクト君、私は君を応援しているのだから、そんなに怒らないでくれたまえ」
「はい?」

 白砂サンはホクトの頭を両手でパフッと挟むと、エビセンの時と同様にチューっと吸い付いた。

「これで、おあいこだ」

 ウフフフ……と笑って、白砂サンは調理台に戻り、鼻歌を歌いながら料理の片付けを再開する。
 見た目は酔ってないようで実はかなり酔っている白砂サンは、噂の "キス魔モード" に入っているらしい。

「白砂サン、マジでキス上手(うま)過ぎ……」
「オマエもウワキかよ?」

 ぽうっとしているホクトにエビセンが意地の悪いツッコミをしたが、敬一クンはそのどちらもスルーで、白砂サンの方に興味津々になっていた。

「聖一兄さんは、そんなにキスが上手いのか? それなら俺も、試してみたい」
「絶対にダメーっ!」
絶対(ぜって)ェダメだっ!」

 エビセンとホクトが絶妙なユニゾンで叫ぶ。

「なんなんだ、おまえ達」

 不満そうな顔をしながら、敬一クンはリビングに戻っていった。

「白砂サンとキスなんかさせたら、ケイは何回でもねだりに行って、そのまま戻ってこなくなりそうで怖い」
「ああ。ありゃいわゆる魔性のキスだ。中師には麻薬だぞ」

 絶対にさせちゃならんと、頷き合っている。
 なんだかんだ言いながら、キャンパスコンビの紳士……(なのか?)協定は、奇妙なバランスで定着しつつあるようだ。

「レン〜、いつまで皿洗ってんだ〜。仮装キングを決めっちまおうぜぇ〜」

 衝撃のチューの連打に俺がドッと疲れていたら、グリーンのソファでスバルとミナトを相手にしていて、こちらの騒動に気付かなかったらしいシノさんに呼ばれてしまった。

「わかったー。じゃあ、ほら、白砂サンもアッチ戻りましょう」
「うん? そうかね?」

 白砂サンを追い立ててリビングに戻りながら、俺の心臓はトンデモチューの連発に、寿命が数年縮んだ気がする。


§


 シノさんは丸い穴のあいた箱の中身をスバルとミナトに開けさせて、投票の集計をさせていた。

「一番得票数の多かったのは、誰じゃ?」
「えっと、真壁さん」

 集計した数字を確認してから、ミナトが言った。

「ええ〜!」
「んか〜。では、第一回キングオブロックンロール神楽坂ビル主催、コスプレパーティークイーンは、ユリちゃんに決定じゃ〜!」
「ちょっと! さっきキングって言ってませんでした?」
「イスカンダルの女王が、キングになっちゃ駄目じゃろ?」

 ユリオは "ドイヒー" ってオノマトペな、四角い口になっている。

「じゃあ、ユリちゃんにこの、マエストロ神楽坂謹製のクッキーセットを進呈する」

 クッキーの箱を取り出したシノさんは、何かを催促するように俺のスネを蹴ってきた。
 俺が首を左右に振ると、キッと睨んできたので、仕方がないから "見よ、勇者は帰る" を口ずさむ。
 若桐氏はぶふっと笑い、エビセンとホクトは合わせて口ずさんでくれて、ものすごく嫌そうな顔のユリオはクッキーの箱を受け取った。

「ちぇっ! 僕はケイに投票したのに!」
「そうなの? 僕は真壁さん。すごい迫力だったし」
「すまんなぁ、スバル(くん)。期待に応えられなくて」
「ううん、いいんだ! それにケイは今回、森雪じゃなかったから一番になれなかっただけだし」

 普段シノさん達に可愛いと言われると困った様な顔をしている敬一クンも、スバルに言われるのは平気なのか、ニコニコしている。

「そうだな。ケイが森雪だったら、絶対に一番だったな」

 うんうんと、そこでホクトが頷いている。

「やめろ。俺みたいなのがやったって、海老坂みたいにはならないぞ」
「真壁さん、おまえよりタッパあるじゃねぇか」

 否定する敬一クンの横から、エビセンがツッコミを入れた。

「よせって、きりがない。とにかく俺は、スバル(くん)たちをお風呂に()れるから……」
「じゃあ、ケイは僕だけの森雪になってよ」
「森雪は無理かなぁ。……でも猫を飼えなかったスバル君のために、俺がスバル君の猫になるか」
「やった! 今日からケイは、僕の猫だ!」

 スバルはまたしても、敬一クンにぴょんと飛びついた。

「あ〜、中師。そいつはマズイだろ、俺は異議ありだ」
「そうだぞケイ! 猫になるなんて、おかしな約束しちゃダメだ」
「ケイと僕のことなんだから、エビもホクトも関係無いだろ」
「スバル(くん)、呼ぶならきちんと、海老坂さんと北斗さんだ」
「むぅ〜」

 そこで敬一クンが少々ズレた説教を始めてしまったため、スバルの "僕の猫" 発言については、微妙にうやむやになってしまった。


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「シノさん、さすがにそこまでダラけたデスラーはあんまりじゃないの?」
「お〜、タモンレンタロウ君、意外に似合うな」
「やめてよ……」
 俺は、ヒス副総統なので、緑の制服にマント姿だ。
 そこに、白地に緑の下向き|矢印《やじるし》の付いた、制服姿の敬一クンがやってきた。
「兄さん、料理はどんな感じに出したらいいですか?」
「無礼講のコスパだからナ、全部大皿|盛《も》りにして、お取り皿と一緒にテケトーに並べとけばエエんじゃん」
「わかりました」
 俺はキッチンに戻っていく敬一クンの背中を目で追いつつ、シノさんに訊ねた。
「敬一クン "島のコスプレ" になったんだ」
「あ〜、キャスティング会議でモメてな〜。最初、ケイちゃんは森雪の予定だったんだけど、断られてもーたんじゃ」
「そりゃ、あの年頃の男子に女装頼んでも、断られるんじゃないの?」
 と、俺が答えた横を、スウ~ッと森雪が通り過ぎていった。
 振り返って二度見すると、エビセンだ。
 俺の視線に気付いて、振り返ってニヤッと笑い、パチンッとウィンクを飛ばしてくる。
「ケイちゃんが、自分は体格があるから、細身の雪はでけんって言ったら、エビちゃんが代わりに引き受けてくれたんだ。でも、そこでケイちゃんに古代を振ろうとしたら、雪の彼氏役をケイちゃんがやるのが許せんかったホクトが古代をやるって言い張って、ケイちゃんが島になったんだな」
「あ、そう……」
 プールサイドで見たエビセンの腹筋は見事なシックスパックだった。
 それを、なにをどうしたらあんなにくびれた体型になるのか?
 エビセンの後ろ姿が、マジで森雪にしか見えなくてクラクラする。
「えっ、僕がこれを着るんですか?!」
 入口からなんか叫びが聞こえたので振り返ると、自衛隊カップルのユリオが、用意されていた服を見て仰天していた。
「ふひひ、さっそくやってんナ……」
 シャキッと立ち上がったシノデスラーが、入口に向かう。
「やあ、いらっしゃい」
「どうも、こんばんは」
 入口のところに、それぞれの名前が書かれた衣装が用意されていて、シノさんの趣味の健康器具を利用した仕切り兼ロッカールームで、着替えが出来る。
 そこでそれぞれの名前の書かれた袋から取り出された衣装を見て、ユリオは叫んだようだった。
 しかし、それも "当然" だろう。
 若桐氏の袋には "青い士官服と帽子" という、古代守の衣装だったが、ユリオの袋には──金髪ロン毛のカツラに水色のロングドレス……つまりスターシャの衣装が入っていたのだ。
「ユリちゃん、女装が嫌なら俺と代わってもえーよ」
 シノさんがニコ〜っと笑いながら、自分の衣装をクルッと回って見せびらかした。
「でぃも、俺がスターシャやるんなら、今日はマモちゃんの隣は俺だな」
 その一言に、真壁は "がーん!" ってオノマトペが背後に見えるぐらい、すごい顔になった。
 完璧な美形が、ギャグマンガのように口を四角く開けたのだ。
 この将補サマは、意外にも顔芸に秀でているようだ。
 こりゃ、先日の|内見《ないけん》で、よっぽどシノさんに気に入られたんだろうな……。
 俺は心の中で「ご愁傷さま……」と、ユリオに手のひらを合わせた。
「百合緒、無理すんな……」
 やや困った顔の若桐氏は、ユリオをとりなそうとしてる。
「なんかあったんすか?」
 そこにひょいっと、エビセンが顔を出した。
「おお、エビちゃん、どうした?」
「下に菓子を取りに行こうと思いまして……」
 シノさんと会話しているエビセンが、見た目は完璧に森雪なのだが。
 しかし声音と態度から、それがまごうことなき男子大学生だと気付いたユリオが、頭の上に "ががーん!" のオノマトペを乗っけて、さっきよりもっと口を四角く開けている。
 この美形の顔芸は、井之頭五郎に匹敵するくらいスゴイ。
「あの……、そちらの……」
「俺は、海老坂千里、メゾンで部屋借りて、大学|通《かよ》ってます」
 自衛官カップルが道を開けたので、エビセンは「失礼」といって、出ていった。
「僕、着ます」
「百合緒?」
「着ます!」
 ユリオはバッとフィッティングルームに駆け込み、やけくそ気味にカーテンを閉めた。
 唖然としていたが、後ろでシノさんが「ふひひ……」と笑ったら、若桐氏はちらっとこちらを見やった。
「大家さん、ヒトが悪いなぁ」
「そーか? 俺は親切に衣装交換を持ちかけたんだけどナ。……もっとも、俺の服じゃあ、ユリちゃんにゃ着られないかもしらんが」
 若桐氏は肩をすくめ、自分もフィッティングルームに入っていった。
§
「遅くなってすまない」
 白地に青の制服の白砂サンが、ハロウィンらしいお菓子がわんさか乗ったトレーを持って現れた。
 後ろから、エビセンがオカモチのようなものを持って続いている。
「それほど遅い……ってわけじゃねーけど。どしたん?」
「うむ、イタルに運んでもらおうと思っていたんだがね。なんでも、勤め先の同僚に飲みに誘われてしまって、帰れそうに無いと連絡があった」
「それって、コスプレしたくないコグマの逃げ口上なんじゃないですか?」
 俺の脳裏に浮かんだ言葉を、エビセンがそのまま声にした。
「そんなことはないよ」
 白砂サンは笑って受け流してしまったが、エビセンとシノさんは目配せをしあっていて、ついでに俺にまで目配せが飛んできた。
「小熊クン、職場の付き合い良いんだね」
「洋菓子店に勤めていた時に、私は飲み会などに誘われたことは無かったので、イタルが職場で和やかに人付き合いが出来ているなら、喜ばしいことだと思う」
「ねえ、これ見てー!」
 白砂サンの後ろから、コスモタイガー組の制服を着たスバルとミナトが駆け込んでくる。
「二人とも、なかなかカッコ良いではないか」
「お、スバル|君《くん》、かっこいいな」
「ケイっ!」
 敬一クンに駆け寄ったスバルは、言葉通りピョンと飛び上がると、敬一クンにピタン! とくっついた。
「きみ、いいカラダしてるなぁ」
 着替え終わった若桐氏が、小学生が飛びついてもびくともしない敬一クンを見て、そう言った。
「あ、自衛官のお誘いならいりません」
「断りなれてるなぁ」
「……あ、えっと……、駅前とかで同じことを言われて……」
 敬一クンの返事に、若桐氏が「あっはっはっ、だろうなぁ!」と言って笑った。
「あの〜、脱いだ服はどこに置けば……?」
 ぬうっと、俺と同じ背丈の、肩幅が倍はありそうなロン毛のおばけが急に視界に入ってきて、ビクッとなる。
「うむ。こちらにロッカーを用意してある。使ってくれたまえ」
 白砂サンは持っていたお菓子を敬一クンに渡し、ユリオの相手をしにいった。
 幸いにして俺がビビったのはユリオの視界の外だったので、どうやら見られなかったらしい。
「おまえそれじゃあ、赤ちゃんみたいだぞ」
 未だ敬一クンにひっついたままのスバルに、お菓子運びを手伝いに来たホクトが言う。
 俺はエビセンの小さな舌打ちと「節穴め、赤ん坊じゃねぇだろ」という呟きを耳にして、そういえばスバルが敬一クンのことを "ケイ" と呼ぶようになったのって、いつからだったかな……なんて考えてしまった。
「さぁ、いつまでもくっついてたら、パーティーにならないぞ。もうすぐ準備が出来るから、そこでミナト君とテレビでも観て待っててくれ」
 敬一クンに言われてスバルはテレビの前に座ったが、テレビを点けてもそれを観る様子は無く、並んで座ったミナトを肘で突っついた。
「なあなあ、どうなった?」
「ダメ。出会い系ってヤツ、いくつか見たけど、居るのはコグマばっかりだった」
「えっ、コグマってそんなにいっぱい、出会い系に登録してるの?」
「違うよ。コグマみたいなヤツばっかりって意味。プロフを見るとオェッてなるくらい、盛った自撮りばっかりだよ」
「うぇ〜、キモい!」
「コグマが増えてもウザいだけだから、出会い系は役に立たないよ」
「そんじゃ、どうすんの? 恋人探しやめる?」
「やめたくないけど、|他《ほか》の方法がまだ思いつかないから」
「じゃー、あのデッカイ自衛官の人は? 聖一のトモダチなんでしょ?」
「あの人はトモダチ以上にはならないよ」
「そんなら、デッカイ人のトモダチは?」
 ミナトは、シノさんと話をしている若桐氏をちらっと見やった。
「駄目。あれはたぶん、デッカイ人の恋人だから」
「えっ? そうなの?」
「そうだよ。見ればわかるじゃん」
「そんなのわかんないよ。それに、そんなノンキなコト言ってて良いのかよ〜?」
「ノンキなのは赤ちゃんみたく髪拭いてもらったり、コアラ抱っこしてもらってるスバルの方だろ」
「僕だってちっともノンキなんかじゃないよ。ケイはエビとホクトの部屋にお勉強会に行くと、寝る時間になっても戻って来ないんだもん。お勉強会なら僕も一緒に行くって言っても、大学生のお勉強だからって柊一が行かせてくれないし!」
「スバル、ホントにお勉強会だと思ってんの?」
 ミナトの声音は、かなり醒めた調子だった。
「どーいう意味?」
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「えー、なにそれ?」
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「スバル、ミナト、用意出来たぞ、こっちにおいで」
 ホクトに呼ばれた二人はパッと立ち上がると、飾り付けられ御馳走が並んだテーブルの方へ行ってしまった。
§
 ハロウィンパーティーを意識して、今日のペントハウスはちょっと明かりを落とし気味にされている。
 リビングのあちこちに、スバルとミナトの力作であるかぼちゃランタンが置かれ、中の炎がゆらゆらしているのも、雰囲気マシマシって感じだ。
 立食形式で、アルコールもそれなりに提供され、おかしな格好をさせられていることを除けば、楽しい催しと言えた。
「ユリちゃんもマモちゃんも、楽しんでる?」
 最初に見た時はロン毛のおばけ状態だったユリオは、ロッカーに案内された時に白砂サンの手腕によって、びっくらするほどの "松本|美女《びじょ》" メタモルフォーゼしている。
「アットホームで、驚きの連続だ」
「気に入ってくれっと、嬉しいんだけどなぁ」
「この格好さえなければ……」
 キュッと下唇を噛んでいる真壁の顔芸に、シノさんはニヤニヤしていた。
「白砂さんに、頼むと弁当の面倒までみてもらえるって、殺し文句ももらいました」
「ん〜、でぃも自衛官って、官舎で自炊してんじゃねぇの?」
「俺はちょっとやってたけど……」
 若桐氏がヘラッと笑う。
 あ、この "ちょっと" はかなりの手練れの謙遜だろうな……と、俺は察した。
「僕は、外食です。周りに適当な定食屋が結構あったんで」
 この周辺の価格帯は、外食派には結構厳しい……ってな話をしようかなと思ったが。
 俺が外食で生活をしていたのは、フリーターだった|時代《じだい》だ。
 そんな薄給のフリーターと、国家公務員のもらってる給料を一緒にするのは、ちょっと失礼かな?
「ご希望とあらば、ここで夕飯も朝飯も面倒見るぜ」
「それって、家賃に含まれるの?」
「うんにゃ。食材の持ち込みやら、労働の提供やら、テケトーに貢献してもらうことにはなるなぁ。でぃも、今晩食ったメニューを見ての通り、このフレンチはセイちゃん、こっちゃの家庭料理はケイちゃん、あの中華はエビちゃん、こっちのイタリアンはアマホクと、レパートリーは豊富だぜ」
「へえ、これをあの大学生たちが」
「エビちゃんとアマホクは、ケイちゃんの胃袋掴みたくて、切磋琢磨してるからのう。今後もどんどんレベルが上がる、期待大だ」
「はぁ〜、アオハルしてんなぁ」
 なんだかんだ、若桐氏はシノさんと話が合うようだ。
「兄さん、スバル君とミナト君は、そろそろお風呂に入れないと。就寝時間が過ぎてしまいます」
「おっと、そうじゃったナ。じゃーその前に、シメをせねば」
「何をするんですか?」
 自分を不思議そうに見る敬一クンに向かって、シノさんはニシシと笑った。
「コスパつったら、コンテストで仮装キングを決めにゃ〜な! つーワケで……」
 シノさんは、いつの間に用意したのか、上に丸く穴のあいた箱をテーブルの上にトンッと置いた。
「今から、紙と鉛筆配るけェ、一番と思うコスに票をババンと入れちくり。自分が一番って思ったら、自分の名前を書いてもよろし」
「ココで書いてたら、誰に投票してるか丸見えじゃない?」
「あーそっか。ではこれから、ぱーちーのお片付けをしよう。つっても、皿をキッチンに持っていくだけだけどナ。席を立って、テケトーなトコで名前を書いてきて、投票用の箱はリビングのコーヒーテーブルの上に置いておくので、そこに入れてけれ」
「うぃっす」
 それぞれが使った皿やらなんやらを取りまとめ始めたので、俺は自分に出来るマトモな作業で最も競争率の高い洗い物をゲットすべく、ササッと先にキッチンに向かった。
 俺が洗い物をしている後ろで、白砂サンが残った料理を保存容器に入れ替えて、冷蔵庫に入れている。
 そこに、食器を持ったエビセンが来た。
「この肉料理に掛けてあったソースのレシピって、秘伝ですか?」
「いや、別に。私のオリジナルだが、秘密ではないよ」
「素人でも作れます?」
「少々時間を掛けて煮詰めるのにコツが必要だが、海老坂|君《くん》なら問題ないだろう。それからこのソースは、店のランチのローストビーフに掛けている物と、基本的にはおなじ物だよ」
「え、アレとおなじですか? 味が違う気がしたけど」
 エビセンはかなり意外そうな顔をする。
「焼いた時に出る肉汁を使っているのだが、肉の部位によっては塩加減を変えるからだろうね」
「あーなるほど、そーいうコトか」
「レシピが知りたいなら、後で紙面にして進呈しよう」
「ぜひお願いします。スバルの歓パの時に、このソース美味いなぁって思ったんだけど、聞きそびっちゃって。ローストビーフサンドとの組み合わせは絶品です」
「そうかね。そんな|風《ふう》に言ってもらえると、格別嬉しいね」
 皿を洗っていた俺は、和やかな会話をほっこりと聞いていたのだが。
 ニコニコしている白砂サンがいきなりエビセンにチューをしたので、心の声でギャーッと叫び、危うくシノさんお気に入りの大皿を割りそうになった。
「聖一兄さん、何してるんですか?」
 キッチンに入ってきた敬一クンが、白砂サンに問い掛けた。
「うふふ。海老坂君が、私の料理を褒めてくれたので、お礼をしている」
「ヤバイな、白砂サンのチュー。絶品ソースと同じくらいウマウマだ」
「なんだとぉ! 海老坂それは浮気だぞ! ケイっ、こんな口先三寸の詐欺師には、サッサと見切りをつけるんだ!」
 エビセンのセリフを耳聡く聞いたホクトが、ここぞとばかりに糾弾してくる。
「浮気なもんか、ただの事故だろ」
「騙されちゃいけないよケイっ! 浮気男ってのは、皆、ああいう言い訳をするんだ!」
「あったく……変な言いがかり付けてんじゃねぇよ」
 ホクトが敬一クンに、浮気男の特性に付いてクドクドと語りだしたのを、白砂サンが遮った。
「ホクト君、私は君を応援しているのだから、そんなに怒らないでくれたまえ」
「はい?」
 白砂サンはホクトの頭を両手でパフッと挟むと、エビセンの時と同様にチューっと吸い付いた。
「これで、おあいこだ」
 ウフフフ……と笑って、白砂サンは調理台に戻り、鼻歌を歌いながら料理の片付けを再開する。
 見た目は酔ってないようで実はかなり酔っている白砂サンは、噂の "キス魔モード" に入っているらしい。
「白砂サン、マジでキス|上手《うま》過ぎ……」
「オマエもウワキかよ?」
 ぽうっとしているホクトにエビセンが意地の悪いツッコミをしたが、敬一クンはそのどちらもスルーで、白砂サンの方に興味津々になっていた。
「聖一兄さんは、そんなにキスが上手いのか? それなら俺も、試してみたい」
「絶対にダメーっ!」
「|絶対《ぜって》ェダメだっ!」
 エビセンとホクトが絶妙なユニゾンで叫ぶ。
「なんなんだ、おまえ達」
 不満そうな顔をしながら、敬一クンはリビングに戻っていった。
「白砂サンとキスなんかさせたら、ケイは何回でもねだりに行って、そのまま戻ってこなくなりそうで怖い」
「ああ。ありゃいわゆる魔性のキスだ。中師には麻薬だぞ」
 絶対にさせちゃならんと、頷き合っている。
 なんだかんだ言いながら、キャンパスコンビの紳士……(なのか?)協定は、奇妙なバランスで定着しつつあるようだ。
「レン〜、いつまで皿洗ってんだ〜。仮装キングを決めっちまおうぜぇ〜」
 衝撃のチューの連打に俺がドッと疲れていたら、グリーンのソファでスバルとミナトを相手にしていて、こちらの騒動に気付かなかったらしいシノさんに呼ばれてしまった。
「わかったー。じゃあ、ほら、白砂サンもアッチ戻りましょう」
「うん? そうかね?」
 白砂サンを追い立ててリビングに戻りながら、俺の心臓はトンデモチューの連発に、寿命が数年縮んだ気がする。
§
 シノさんは丸い穴のあいた箱の中身をスバルとミナトに開けさせて、投票の集計をさせていた。
「一番得票数の多かったのは、誰じゃ?」
「えっと、真壁さん」
 集計した数字を確認してから、ミナトが言った。
「ええ〜!」
「んか〜。では、第一回キングオブロックンロール神楽坂ビル主催、コスプレパーティークイーンは、ユリちゃんに決定じゃ〜!」
「ちょっと! さっきキングって言ってませんでした?」
「イスカンダルの女王が、キングになっちゃ駄目じゃろ?」
 ユリオは "ドイヒー" ってオノマトペな、四角い口になっている。
「じゃあ、ユリちゃんにこの、マエストロ神楽坂謹製のクッキーセットを進呈する」
 クッキーの箱を取り出したシノさんは、何かを催促するように俺のスネを蹴ってきた。
 俺が首を左右に振ると、キッと睨んできたので、仕方がないから "見よ、勇者は帰る" を口ずさむ。
 若桐氏はぶふっと笑い、エビセンとホクトは合わせて口ずさんでくれて、ものすごく嫌そうな顔のユリオはクッキーの箱を受け取った。
「ちぇっ! 僕はケイに投票したのに!」
「そうなの? 僕は真壁さん。すごい迫力だったし」
「すまんなぁ、スバル|君《くん》。期待に応えられなくて」
「ううん、いいんだ! それにケイは今回、森雪じゃなかったから一番になれなかっただけだし」
 普段シノさん達に可愛いと言われると困った様な顔をしている敬一クンも、スバルに言われるのは平気なのか、ニコニコしている。
「そうだな。ケイが森雪だったら、絶対に一番だったな」
 うんうんと、そこでホクトが頷いている。
「やめろ。俺みたいなのがやったって、海老坂みたいにはならないぞ」
「真壁さん、おまえよりタッパあるじゃねぇか」
 否定する敬一クンの横から、エビセンがツッコミを入れた。
「よせって、きりがない。とにかく俺は、スバル|君《くん》たちをお風呂に|入《い》れるから……」
「じゃあ、ケイは僕だけの森雪になってよ」
「森雪は無理かなぁ。……でも猫を飼えなかったスバル君のために、俺がスバル君の猫になるか」
「やった! 今日からケイは、僕の猫だ!」
 スバルはまたしても、敬一クンにぴょんと飛びついた。
「あ〜、中師。そいつはマズイだろ、俺は異議ありだ」
「そうだぞケイ! 猫になるなんて、おかしな約束しちゃダメだ」
「ケイと僕のことなんだから、エビもホクトも関係無いだろ」
「スバル|君《くん》、呼ぶならきちんと、海老坂さんと北斗さんだ」
「むぅ〜」
 そこで敬一クンが少々ズレた説教を始めてしまったため、スバルの "僕の猫" 発言については、微妙にうやむやになってしまった。