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9.コグマの言い分

ー/ー



 朝、いつものように店の掃除を終わらせて、さて朝メシを食べに行こうと、俺がペントハウスの扉の前に立った時だった。
 階下から、甲高い子供の声が聞こえてきた。

「コグマのバカっ! 役立たずっ!」

 ハッキリと聞き取れたのは、ミナトの声だ。
 短気なスバルならいざ知らず、ミナトが大声を出しているのが気になって階下に降りて見ると、そこにはコグマが立っていて、ミナトの姿は無かった。

「小熊クン、どうしたの?」
「それがもう、なにがなんだか解らないんですよ」

 コグマも少し、怒ったような顔をしている。

「なんか、ミナトが癇癪起こしてたみたいだけど?」
「そうなんです。実は昨日、あの子供に聖一さんを励まして欲しいって頼まれて」
「へえ、ミナト、小熊クンにそんな頼みごとするんだ?」
「初めてですよ。それで、僕もようやくあの子供が僕に(なつ)く気になったのかな……とか思ったんです」
「それで?」
「ところが、昨日は殊更聖一さんの機嫌が悪くて。夕食のあとに、ちょっとワインを勧めるまではイイ感じだったんですけど。夜、寝室に()ったら……」
「ええ〜……。子供がいる家で誘うなよ……」
「だって聖一さんは、あの子供を引き取ってからこっち、夜のデートに出るの嫌がってるんです。だから僕もずっと遠慮してました。でも昨日はあの子供の方から僕に、聖一さんを慰めて欲しいって言ってきたんですから」
「あのさ、ちょっとアレなんだけど。上で話さない?」

 なんたってこのビルは音が建物内にこもるというか伝わりやすいというか、廊下や踊り場などでの話し声が無闇に筒抜けになるので、俺は内容的に、此処で話を続けるのが嫌だった。
 コグマはちょっと不満そうな顔をしたものの、立ち話をするのもどうかと思ったらしく、黙って付いてきた。
 だけどペントハウスのダイニングキッチンに行くと、今の時間だとシノさんが起きて飯を食っているのにブッキングする可能性がある。
 話を聞くのに、そこにシノさんが居たら話を混ぜっ返される可能性があるから、俺はコグマをペントハウスではなく、俺の部屋に誘導した。


§


 俺の部屋のLDKは、入居した時に前のアパートから持ってきた冷蔵庫とちゃちな電子レンジがあるだけで、殆ど触ってない。
 最初のうちは自分の所持している冷蔵庫に多少の食料ストックをしていたが、今やビールしか入ってないし、棚を開けるとインスタントコーヒーとカップ麺以外の備蓄はナンニモナイ。

「コーヒーでも飲む?」
「いえ、結構です」

 コーヒーを断られたので、俺は話の続きを促した。

「それで?」
「聖一さん、昨日はすごく虫の居所が悪かったみたいで。多聞サンが言うように、子供がいるのを気にしてる(ふう)なコト言ってましたけど、でもアレは完全に聖一さんの虫の居所と言うか、気が乗らなかっただけですね。キスしたら怒り出して、それからすっかりケンカになってしまって……」

 ミナトは、気落ちしている白砂サンに自分が気遣いをしても、返って白砂サンは強がるだけだろうから、白砂サンの恋人であるコグマに励まして欲しいと頼んだのだろう。
 だがミナトはコグマに、白砂サンが落ち込んでいる原因を説明しなかったに違いない。
 白砂サンが凹んでいるのは "ホモの子" なんて言葉でミナトが詰られたからだ。
 それなのにコグマが、恋人をセックスで慰めようとしたのなら、それは全くの逆効果でしかない。
 だけどそもそもの理由を知らないコグマにしてみれば、白砂サンにしろミナトにしろ、突然怒り出したとしか思えないだろう……。

「小熊クン、ミナトが学校でいじめってゆーか、ホモの子とか言われた話、知ってる?」
「いえ、知りません。なんですかそれ?」
「ミナトがクラスの子にそう言われたのを、白砂サンが知って凹んでるんだよ。だからミナトはキミに白砂サンを励まして、モチベーション上げてって頼んだんだと思うケド」

 俺はコグマが事情を理解した上で、もう一度白砂サンを慰めるなり鼓舞するなりすれば良いと思ったので、そう言ったのだが。

「あの子は、学校でもあんな態度なんでしょう? あれじゃ、いじめられても仕方ないですよ」
「いや、ソコじゃなくて……」
「自分が嫌われるようなことをしておいて、聖一さんまで詰られたから僕にフォローしろって、勝手過ぎませんか?」
「ミナトは自分のフォローをして欲しいワケじゃなくて、ただ落ち込んでる白砂サンを励まして欲しいだけだと思うけど?」
「そんなコトは言われなくたってちゃんとやってますよ。子供のクセに、まったく差し出がましいったら」

 コグマはチラッと時計を見上げると、立ち上がった。

「すみません、僕そろそろ出掛ける時間なんで。話聞いてくれて、ありがとうございます。失礼します」

 俺はコグマを引き止めず、そのまま見送った。
 コグマとミナトは最初の悪印象が解消されぬまま、お互いへの嫌悪感が積み重なってしまっている。
 敬一クンがスバルを上手く導いたみたいに、俺もなんとかしたかった。
 だが残念ながら俺は、どうにも力不足らしい。
 そこで悩んでいても仕方がないので、俺は改めてペントハウスに向かった。


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 朝、いつものように店の掃除を終わらせて、さて朝メシを食べに行こうと、俺がペントハウスの扉の前に立った時だった。
 階下から、甲高い子供の声が聞こえてきた。
「コグマのバカっ! 役立たずっ!」
 ハッキリと聞き取れたのは、ミナトの声だ。
 短気なスバルならいざ知らず、ミナトが大声を出しているのが気になって階下に降りて見ると、そこにはコグマが立っていて、ミナトの姿は無かった。
「小熊クン、どうしたの?」
「それがもう、なにがなんだか解らないんですよ」
 コグマも少し、怒ったような顔をしている。
「なんか、ミナトが癇癪起こしてたみたいだけど?」
「そうなんです。実は昨日、あの子供に聖一さんを励まして欲しいって頼まれて」
「へえ、ミナト、小熊クンにそんな頼みごとするんだ?」
「初めてですよ。それで、僕もようやくあの子供が僕に|懐《なつ》く気になったのかな……とか思ったんです」
「それで?」
「ところが、昨日は殊更聖一さんの機嫌が悪くて。夕食のあとに、ちょっとワインを勧めるまではイイ感じだったんですけど。夜、寝室に|行《い》ったら……」
「ええ〜……。子供がいる家で誘うなよ……」
「だって聖一さんは、あの子供を引き取ってからこっち、夜のデートに出るの嫌がってるんです。だから僕もずっと遠慮してました。でも昨日はあの子供の方から僕に、聖一さんを慰めて欲しいって言ってきたんですから」
「あのさ、ちょっとアレなんだけど。上で話さない?」
 なんたってこのビルは音が建物内にこもるというか伝わりやすいというか、廊下や踊り場などでの話し声が無闇に筒抜けになるので、俺は内容的に、此処で話を続けるのが嫌だった。
 コグマはちょっと不満そうな顔をしたものの、立ち話をするのもどうかと思ったらしく、黙って付いてきた。
 だけどペントハウスのダイニングキッチンに行くと、今の時間だとシノさんが起きて飯を食っているのにブッキングする可能性がある。
 話を聞くのに、そこにシノさんが居たら話を混ぜっ返される可能性があるから、俺はコグマをペントハウスではなく、俺の部屋に誘導した。
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 俺の部屋のLDKは、入居した時に前のアパートから持ってきた冷蔵庫とちゃちな電子レンジがあるだけで、殆ど触ってない。
 最初のうちは自分の所持している冷蔵庫に多少の食料ストックをしていたが、今やビールしか入ってないし、棚を開けるとインスタントコーヒーとカップ麺以外の備蓄はナンニモナイ。
「コーヒーでも飲む?」
「いえ、結構です」
 コーヒーを断られたので、俺は話の続きを促した。
「それで?」
「聖一さん、昨日はすごく虫の居所が悪かったみたいで。多聞サンが言うように、子供がいるのを気にしてる|風《ふう》なコト言ってましたけど、でもアレは完全に聖一さんの虫の居所と言うか、気が乗らなかっただけですね。キスしたら怒り出して、それからすっかりケンカになってしまって……」
 ミナトは、気落ちしている白砂サンに自分が気遣いをしても、返って白砂サンは強がるだけだろうから、白砂サンの恋人であるコグマに励まして欲しいと頼んだのだろう。
 だがミナトはコグマに、白砂サンが落ち込んでいる原因を説明しなかったに違いない。
 白砂サンが凹んでいるのは "ホモの子" なんて言葉でミナトが詰られたからだ。
 それなのにコグマが、恋人をセックスで慰めようとしたのなら、それは全くの逆効果でしかない。
 だけどそもそもの理由を知らないコグマにしてみれば、白砂サンにしろミナトにしろ、突然怒り出したとしか思えないだろう……。
「小熊クン、ミナトが学校でいじめってゆーか、ホモの子とか言われた話、知ってる?」
「いえ、知りません。なんですかそれ?」
「ミナトがクラスの子にそう言われたのを、白砂サンが知って凹んでるんだよ。だからミナトはキミに白砂サンを励まして、モチベーション上げてって頼んだんだと思うケド」
 俺はコグマが事情を理解した上で、もう一度白砂サンを慰めるなり鼓舞するなりすれば良いと思ったので、そう言ったのだが。
「あの子は、学校でもあんな態度なんでしょう? あれじゃ、いじめられても仕方ないですよ」
「いや、ソコじゃなくて……」
「自分が嫌われるようなことをしておいて、聖一さんまで詰られたから僕にフォローしろって、勝手過ぎませんか?」
「ミナトは自分のフォローをして欲しいワケじゃなくて、ただ落ち込んでる白砂サンを励まして欲しいだけだと思うけど?」
「そんなコトは言われなくたってちゃんとやってますよ。子供のクセに、まったく差し出がましいったら」
 コグマはチラッと時計を見上げると、立ち上がった。
「すみません、僕そろそろ出掛ける時間なんで。話聞いてくれて、ありがとうございます。失礼します」
 俺はコグマを引き止めず、そのまま見送った。
 コグマとミナトは最初の悪印象が解消されぬまま、お互いへの嫌悪感が積み重なってしまっている。
 敬一クンがスバルを上手く導いたみたいに、俺もなんとかしたかった。
 だが残念ながら俺は、どうにも力不足らしい。
 そこで悩んでいても仕方がないので、俺は改めてペントハウスに向かった。