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第16話 円卓の亀裂

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 アヴァロン・ガーディアンズに与えられた控室は、その豪華さとは裏腹に、氷のように冷たい空気が漂っていた。磨き上げられた黒曜石のような床に、ホログラムで投影されたスポンサーのロゴが静かに揺らめいている。
 記者会見を終えたランスロットは、一人、壁際のターミナルで何かを確認しているモードレッドに、静かに声をかけた。

「モードレッド。あの会見の目的は何だ?」

「何を言ってるんだ、ランスロット。奴らが不正をしているのは明らかだ。俺達の目的は優勝。不正をする連中に阻まれるわけには行かないだろう?」
 モードレッドは、端末から目を離さずに答える。その横顔には、何の感情も浮かんでいなかった。

「誤魔化すな」
 ランスロットの声は、静かだが、強い確信に満ちていた。彼は一歩、モードレッドに近づく。
「先ほどの君の行動は、試合に勝つためのものとは思えなかった。あれは、意図的に混乱を招き、運営や世間の注目を、別の何かから逸らすための動きに見えた。君は、この決勝戦を、別の目的のために利用しようとしているのではないか?」

 その言葉に、モードレッドの指が、ピタリと止まった。彼は、ゆっくりとランスロットへと振り返る。その顔には、全てを見透かしたような、冷たい笑みが浮かんでいた。
「……買い被りすぎだ、ランスロット。あるいは、まだ足りないか。君はいつだって、ゲームの盤上のことしか見ていない。……俺には、そういう君の真っ直ぐなところが、少し羨ましいよ」
 その瞳には、侮蔑と、そして、ほんの少しだけ、本物の羨望のような色が混じっていた。

 モードレッドの、どこか憐れむような、はぐらかされた言葉。
 ランスロットは、得体の知れない胸騒ぎを覚え、アップタウンにある自室へと戻っていた。
 広大で、ミニマルな調度品が置かれただけの、がらんとした部屋。大きな窓の向こうには、コロニーの美しい夜景が広がっているが、今の彼の心には、少しも響かなかった。

 彼は、自室の端末で、エインズワース家とブラックウッド家の、公的な記録を検索していく。パーティーの記録、経済的な繋がり、そして、学生時代の名簿。
 そして、彼は、一枚の古いデジタル写真を見つけて、息を呑んだ。
 二十年近く前の、学生時代のパーティーで撮られたものだろう。そこには、自信に満ちた父ハワード、若き日の、いかにも厳格そうなアリステア・ブラックウッド、そして、太陽のように美しい、フローラという名の女性が、親しげに写っていた。フローラは、アリステアの隣に立ちながら、その体は、ほんの少しだけ、父ハワードの方へと傾いていた。
 モードレッドの出生にまつわる、家のゴシップ。上流階級の、汚れた噂話。その全てが、ただの噂ではなかった可能性となって、彼の心に、重くのしかかった。

 ランスロットは、意を決して、父ハワード・エインズワースにビデオコールをかけた。
 すぐに、書斎にいる父の、威厳に満ちた姿がスクリーンに映し出される。
「どうした、ランスロット。決勝前だというのに、浮かない顔だな」
「父さん、ブラックウッド家の……モードレッドについて、お聞きしたいことが」
 その言葉を口にした瞬間、父の表情が、一瞬で、温度のないものに変わった。
『つまらんことを気にするな。お前の役目は、エインズワース家の名の下に、勝利することだけだ。私を失望させるな』
 それだけ言うと、ハワードは、一方的に通信を切った。

 一人残された部屋で、ランスロットは、唇を噛みしめた。
 誰にも相談できず、深い疑念と、一族の秘密の可能性に一人苦悩する。彼は、自室の広大なバルコニーに出て、眼下に広がるコロニーの夜景を見下ろした。
 彼は、ただ純粋に、最強の相手と戦えるはずだった決勝戦が、何か得体のしれない、巨大な陰謀の舞台に変えられようとしていることを予感していた。王者でありながら、何もできずにいる。その無力感が、彼の肩に重くのしかかった。

 その夜遅く、決勝戦会場の、静まり返った搬入口。
 モードレッドが、父アリステアの部下らしき男たちに命じ、人が一人、楽に入れそうなほどの、巨大な黒いコンテナを運び込ませていた。
「モードレッド様、困ります。明日は大会決勝日です。不正防止のためにも、このようなものを運び込まれては」
 会場の警備員が、慌てて制止する。
「父が借りている会議室に運び込むだけさ。別に、この施設のネットワークに繋ごうというわけじゃない」
 モードレッドは、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で答えた。
「ですが……」
「例の相手チームが、何か不正なことをしないように、こちらも手を打っておきたいんだ。分かるだろう? 頼むよ」
「はぁ……。では、くれぐれもこのことは、ご内密にお願いします」
 警備員は、ブラックウッド家の名前に、逆らえなかった。
「分かっているよ」

 部下たちがコンテナを運び去るのを見届けながら、モードレッドは、闇の中で、静かに呟いた。
「……これで、準備は整った。明日の決勝が、楽しみだ」
 その口元には、誰にも見えない、歪んだ笑みが浮かんでいた。


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 アヴァロン・ガーディアンズに与えられた控室は、その豪華さとは裏腹に、氷のように冷たい空気が漂っていた。磨き上げられた黒曜石のような床に、ホログラムで投影されたスポンサーのロゴが静かに揺らめいている。
 記者会見を終えたランスロットは、一人、壁際のターミナルで何かを確認しているモードレッドに、静かに声をかけた。
「モードレッド。あの会見の目的は何だ?」
「何を言ってるんだ、ランスロット。奴らが不正をしているのは明らかだ。俺達の目的は優勝。不正をする連中に阻まれるわけには行かないだろう?」
 モードレッドは、端末から目を離さずに答える。その横顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
「誤魔化すな」
 ランスロットの声は、静かだが、強い確信に満ちていた。彼は一歩、モードレッドに近づく。
「先ほどの君の行動は、試合に勝つためのものとは思えなかった。あれは、意図的に混乱を招き、運営や世間の注目を、別の何かから逸らすための動きに見えた。君は、この決勝戦を、別の目的のために利用しようとしているのではないか?」
 その言葉に、モードレッドの指が、ピタリと止まった。彼は、ゆっくりとランスロットへと振り返る。その顔には、全てを見透かしたような、冷たい笑みが浮かんでいた。
「……買い被りすぎだ、ランスロット。あるいは、まだ足りないか。君はいつだって、ゲームの盤上のことしか見ていない。……俺には、そういう君の真っ直ぐなところが、少し羨ましいよ」
 その瞳には、侮蔑と、そして、ほんの少しだけ、本物の羨望のような色が混じっていた。
 モードレッドの、どこか憐れむような、はぐらかされた言葉。
 ランスロットは、得体の知れない胸騒ぎを覚え、アップタウンにある自室へと戻っていた。
 広大で、ミニマルな調度品が置かれただけの、がらんとした部屋。大きな窓の向こうには、コロニーの美しい夜景が広がっているが、今の彼の心には、少しも響かなかった。
 彼は、自室の端末で、エインズワース家とブラックウッド家の、公的な記録を検索していく。パーティーの記録、経済的な繋がり、そして、学生時代の名簿。
 そして、彼は、一枚の古いデジタル写真を見つけて、息を呑んだ。
 二十年近く前の、学生時代のパーティーで撮られたものだろう。そこには、自信に満ちた父ハワード、若き日の、いかにも厳格そうなアリステア・ブラックウッド、そして、太陽のように美しい、フローラという名の女性が、親しげに写っていた。フローラは、アリステアの隣に立ちながら、その体は、ほんの少しだけ、父ハワードの方へと傾いていた。
 モードレッドの出生にまつわる、家のゴシップ。上流階級の、汚れた噂話。その全てが、ただの噂ではなかった可能性となって、彼の心に、重くのしかかった。
 ランスロットは、意を決して、父ハワード・エインズワースにビデオコールをかけた。
 すぐに、書斎にいる父の、威厳に満ちた姿がスクリーンに映し出される。
「どうした、ランスロット。決勝前だというのに、浮かない顔だな」
「父さん、ブラックウッド家の……モードレッドについて、お聞きしたいことが」
 その言葉を口にした瞬間、父の表情が、一瞬で、温度のないものに変わった。
『つまらんことを気にするな。お前の役目は、エインズワース家の名の下に、勝利することだけだ。私を失望させるな』
 それだけ言うと、ハワードは、一方的に通信を切った。
 一人残された部屋で、ランスロットは、唇を噛みしめた。
 誰にも相談できず、深い疑念と、一族の秘密の可能性に一人苦悩する。彼は、自室の広大なバルコニーに出て、眼下に広がるコロニーの夜景を見下ろした。
 彼は、ただ純粋に、最強の相手と戦えるはずだった決勝戦が、何か得体のしれない、巨大な陰謀の舞台に変えられようとしていることを予感していた。王者でありながら、何もできずにいる。その無力感が、彼の肩に重くのしかかった。
 その夜遅く、決勝戦会場の、静まり返った搬入口。
 モードレッドが、父アリステアの部下らしき男たちに命じ、人が一人、楽に入れそうなほどの、巨大な黒いコンテナを運び込ませていた。
「モードレッド様、困ります。明日は大会決勝日です。不正防止のためにも、このようなものを運び込まれては」
 会場の警備員が、慌てて制止する。
「父が借りている会議室に運び込むだけさ。別に、この施設のネットワークに繋ごうというわけじゃない」
 モードレッドは、にこやかに、しかし有無を言わせぬ口調で答えた。
「ですが……」
「例の相手チームが、何か不正なことをしないように、こちらも手を打っておきたいんだ。分かるだろう? 頼むよ」
「はぁ……。では、くれぐれもこのことは、ご内密にお願いします」
 警備員は、ブラックウッド家の名前に、逆らえなかった。
「分かっているよ」
 部下たちがコンテナを運び去るのを見届けながら、モードレッドは、闇の中で、静かに呟いた。
「……これで、準備は整った。明日の決勝が、楽しみだ」
 その口元には、誰にも見えない、歪んだ笑みが浮かんでいた。