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第15話 共犯者たちの逆光

ー/ー



 準決勝の劇的な勝利から、数日が過ぎた。
 僕たちのチーム『ジャンク・キャッスル』の快進撃は、大会の話題を独占していた。無名の公立校チームが、優勝候補を次々と撃破していく。そのシンデレラストーリーは、賞賛と共に、しかし、それ以上に大きな疑惑の対象となっていた。

「『あのクラフターの、あの走りながらのクラフト、絶対何かある!』
『あのクラフターのフィグモが、ヤバいブツなんじゃねーの』だってさ……。あたしらが何したって言うのよ!」

『シュミットの工房』で、ミミ先輩が、自分の腕にはめたリストバンドのディスプレイを苛立たしげに指で弾きながら、怒ったように言った。大会の公式フォーラムやネット掲示板は、僕たちの話題で燃え上がっていた。
 工房の隅に置かれた大型モニターでは、ローカルニュースが流れている。

『……相次ぐ小規模なシステムダウンについて、専門家は「老朽化した電力ノードが原因か」と指摘。特に、ダウンタウン区画での頻発が問題視されています……』

 キャスターの淡々とした声が、僕たちの熱気とは対照的に、このコロニーが抱える問題を映し出していた。

 僕は、自分のPCのモニターで次の対戦相手のデータを表示させながら、その会話を聞いていた。僕のディスプレーの隅だけ表示されているユイのホログラムが、ミミ先輩の言葉に、悲しそうに俯いたのが見えた。

『……私の、せい?』

 か細い、僕にしか聞こえない声。その声に、僕の胸は締め付けられるようだった。違う、君のせいじゃない。君を見つけて、みんなをこの危険な道に引きずり込んでしまった、僕のせいだ。

「……我々がやるべきことは変わらん。決勝で、実力で全てを黙らせるだけだ」
 リョウガ先輩は、そう言って黙々と機材のメンテナンスを続けている。
「リク、気にするな。何かあっても、俺とヴィル爺さんが何とかしてやる」
 クエンティンが、僕の肩を叩いた。みんな、僕を、そして僕の後ろにいるユイの存在を、守ろうとしてくれている。その優しさが、僕には余計に重かった。

 そして、決勝戦を翌日に控えた、公式記者会見の日。
 僕たちは、眩いライトと無数のカメラが待ち構える、巨大な会見場にいた。揃いのユニフォームに身を包み、王者としての風格を漂わせる『アヴァロン・ガーディアンズ』の隣で、僕たちは、許されざる秘密を抱えた共犯者のように、息を潜めていた。

「決勝への意気込みを、一言お願いします」
 司会者からマイクを向けられ、ランスロット・エインズワースは、優雅に立ち上がると、会場全体を見渡すように、そして僕たちを真っ直ぐに見据えて、自信に満ちた声で言った。
「これまでの彼らの快進撃は、見事の一言に尽きます。ですが、本当の頂がどれほど高い場所にあるのか、明日はその身で知ることになるでしょう」

 その言葉に、会場が沸く。クエンティンも、リョウガ先輩も、ミミ先輩も、緊張しながらも、どうにか自分の言葉で意気込みを語っていく。そして、ついに僕の番が来た。
「え、えっと……全力を、尽くします」
 そう言うのが、僕には精一杯だった。

 質疑応答が始まり、一人の記者が手を挙げた。
「アヴァロン・ガーディアンズのモードレッド選手に質問です。ダークホースであるジャンク・キャッスルの戦い方を、どう分析しますか?」

 その質問を待っていたかのように、モードレッドは、ゆっくりとマイクを手に取ると、立ち上がった。
「一つ、申し上げたいことがある」
 彼の声に、会場が静まり返る。
「我々は、明日の決勝戦が、公正なルールのもとで行われることを、強く望んでいる」
 そう前置きし、彼は、僕を、まっすぐに指さした。
「彼のクラフトの精度と速度は、常軌を逸している。それは、もはや人間の成せる技ではない」
 会場が、大きくどよめき始める。
「我々は、彼が使用しているフィグモが、大会規定に違反する、違法改造されたブラックマーケット品であると確信している。だが、問題はそれだけではない」
 モードレッドは、言葉を続ける。
「問題は、まぐれとルール違反で勝ち抜いたチームが、我々と同じ決勝の舞台に立つことを、この大会がが許容してしまっていることだ。競技というものは公正でなければならない。このコロニーだってそうだ。公正さが保たれなければ、誰もが人より有利な状況になるようにチートを行うだろう。故に我々は、彼のフィグモの調査をもとめる。さらにチーム「ジャンク・キャッスル」が他の不正を働いてないか、大会運営の方が過去の試合のビデオを元に確認することを要求する」

 モードレッドの爆弾発言に、会場は爆発したような混乱に陥った。
 一斉に焚かれる無数のフラッシュ。記者たちの怒号のような質問。
「おい、どういうことだ!」
 クエンティンが、椅子を蹴立てて叫ぶ。リョウガ先輩が、その肩をぐっと押さえて制止する。ミミ先輩も、顔を真っ白にして、唇を固く結んでいる。
 僕の頭は、真っ白だった。

 記者会見の混乱が収まらぬまま、僕たちは運営のスタッフに連れられ、別室へと通された。
 白く、無機質で、息が詰まるほど静かな大会運営委員会の会議室。僕たちは、まるで被告人のようにパイプ椅子に座らされ、正面に座る冷たい表情の大人たち——運営委員たち——と向かい合っていた。

 やがて、委員長らしき男が、重々しく口を開いた。
「大会の公正性を保つため、決勝戦の直前、君が使用する全ての機材、特に、問題となっているそのフィグモの、強制的なハードウェア検査を実施する」
 それは、事実上の「有罪」宣告だった。このフィグモの中には、ユイがいる。絶望で、目の前が暗くなる。
 その時だった。クエンティンの腕にはめたリストバンド型スマホが、一度だけ、短く震えた。彼が、誰にも気づかれぬよう、そっとその画面に目を落とす。そして、彼の顔に、驚きと、わずかな希望の色が浮かんだ。
 メッセージの送り主は、ヴィル爺さんだった。
『慌てるな、小僧ども。……こういうこともあろうかと、手を打っておいた』

 その夜、僕たちは、運営の監視の目をかいくぐり、深夜の『シュミットの工房』に集まっていた。
 ヴィル爺さんは、工房の奥にある鍵のかかった引き出しから、半透明で、昆虫の翅のように薄い、奇妙なチップを取り出した。
「『ステルス・シェル』だ。外部からのあらゆるスキャンを遮断し、内部の情報を偽装する。……昔の友人が、万が一の時のためにと、ワシに託していった『盾』だ」
 クエンティンとヴィル爺さんが、夜を徹して、僕のフィグモにステルス・シェルを組み込む、息の詰まるような精密作業が始まった。
 工房の外が白み始めた頃、作業は完了した。

 そして、決勝戦当日の朝。大会会場の検査室。
 運営の技術者が、最新のスキャナーを、僕のフィグモにかざしていく。僕の心臓は、今にも張り裂けそうだった。
「……スキャン、完了しました。結果は……ノー・アノマリー。異常は検知できません」
 潔白が、証明された。僕たちは、顔を見合わせ、声にならない安堵のため息をついた。
 だが、僕たちの安堵は、委員長の次の一言で、粉々に打ち砕かれる。

「ただし」
 彼は、氷のように冷たい目で、僕を射抜いた。
「君の常人離れした入力パターンは、サーバーに多大な負荷をかける可能性があることも、また事実だ。よって、決勝戦のサーバーに限り、異常な連続入力を検知した場合に、一時的に入力を制限させてもらう。これは、『負荷軽減パッチ』の適用であり、正当な運営判断だ」

 それは、あまりにも一方的で、絶望的な通告だった。
 僕とユイの、高速連携そのものを、根こそぎ封じ込める、と。
 僕たちは、最大の武器を、試合が始まる前に、奪われたのだ。



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次のエピソードへ進む 第16話 円卓の亀裂


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 僕たちのチーム『ジャンク・キャッスル』の快進撃は、大会の話題を独占していた。無名の公立校チームが、優勝候補を次々と撃破していく。そのシンデレラストーリーは、賞賛と共に、しかし、それ以上に大きな疑惑の対象となっていた。
「『あのクラフターの、あの走りながらのクラフト、絶対何かある!』
『あのクラフターのフィグモが、ヤバいブツなんじゃねーの』だってさ……。あたしらが何したって言うのよ!」
『シュミットの工房』で、ミミ先輩が、自分の腕にはめたリストバンドのディスプレイを苛立たしげに指で弾きながら、怒ったように言った。大会の公式フォーラムやネット掲示板は、僕たちの話題で燃え上がっていた。
 工房の隅に置かれた大型モニターでは、ローカルニュースが流れている。
『……相次ぐ小規模なシステムダウンについて、専門家は「老朽化した電力ノードが原因か」と指摘。特に、ダウンタウン区画での頻発が問題視されています……』
 キャスターの淡々とした声が、僕たちの熱気とは対照的に、このコロニーが抱える問題を映し出していた。
 僕は、自分のPCのモニターで次の対戦相手のデータを表示させながら、その会話を聞いていた。僕のディスプレーの隅だけ表示されているユイのホログラムが、ミミ先輩の言葉に、悲しそうに俯いたのが見えた。
『……私の、せい?』
 か細い、僕にしか聞こえない声。その声に、僕の胸は締め付けられるようだった。違う、君のせいじゃない。君を見つけて、みんなをこの危険な道に引きずり込んでしまった、僕のせいだ。
「……我々がやるべきことは変わらん。決勝で、実力で全てを黙らせるだけだ」
 リョウガ先輩は、そう言って黙々と機材のメンテナンスを続けている。
「リク、気にするな。何かあっても、俺とヴィル爺さんが何とかしてやる」
 クエンティンが、僕の肩を叩いた。みんな、僕を、そして僕の後ろにいるユイの存在を、守ろうとしてくれている。その優しさが、僕には余計に重かった。
 そして、決勝戦を翌日に控えた、公式記者会見の日。
 僕たちは、眩いライトと無数のカメラが待ち構える、巨大な会見場にいた。揃いのユニフォームに身を包み、王者としての風格を漂わせる『アヴァロン・ガーディアンズ』の隣で、僕たちは、許されざる秘密を抱えた共犯者のように、息を潜めていた。
「決勝への意気込みを、一言お願いします」
 司会者からマイクを向けられ、ランスロット・エインズワースは、優雅に立ち上がると、会場全体を見渡すように、そして僕たちを真っ直ぐに見据えて、自信に満ちた声で言った。
「これまでの彼らの快進撃は、見事の一言に尽きます。ですが、本当の頂がどれほど高い場所にあるのか、明日はその身で知ることになるでしょう」
 その言葉に、会場が沸く。クエンティンも、リョウガ先輩も、ミミ先輩も、緊張しながらも、どうにか自分の言葉で意気込みを語っていく。そして、ついに僕の番が来た。
「え、えっと……全力を、尽くします」
 そう言うのが、僕には精一杯だった。
 質疑応答が始まり、一人の記者が手を挙げた。
「アヴァロン・ガーディアンズのモードレッド選手に質問です。ダークホースであるジャンク・キャッスルの戦い方を、どう分析しますか?」
 その質問を待っていたかのように、モードレッドは、ゆっくりとマイクを手に取ると、立ち上がった。
「一つ、申し上げたいことがある」
 彼の声に、会場が静まり返る。
「我々は、明日の決勝戦が、公正なルールのもとで行われることを、強く望んでいる」
 そう前置きし、彼は、僕を、まっすぐに指さした。
「彼のクラフトの精度と速度は、常軌を逸している。それは、もはや人間の成せる技ではない」
 会場が、大きくどよめき始める。
「我々は、彼が使用しているフィグモが、大会規定に違反する、違法改造されたブラックマーケット品であると確信している。だが、問題はそれだけではない」
 モードレッドは、言葉を続ける。
「問題は、まぐれとルール違反で勝ち抜いたチームが、我々と同じ決勝の舞台に立つことを、この大会がが許容してしまっていることだ。競技というものは公正でなければならない。このコロニーだってそうだ。公正さが保たれなければ、誰もが人より有利な状況になるようにチートを行うだろう。故に我々は、彼のフィグモの調査をもとめる。さらにチーム「ジャンク・キャッスル」が他の不正を働いてないか、大会運営の方が過去の試合のビデオを元に確認することを要求する」
 モードレッドの爆弾発言に、会場は爆発したような混乱に陥った。
 一斉に焚かれる無数のフラッシュ。記者たちの怒号のような質問。
「おい、どういうことだ!」
 クエンティンが、椅子を蹴立てて叫ぶ。リョウガ先輩が、その肩をぐっと押さえて制止する。ミミ先輩も、顔を真っ白にして、唇を固く結んでいる。
 僕の頭は、真っ白だった。
 記者会見の混乱が収まらぬまま、僕たちは運営のスタッフに連れられ、別室へと通された。
 白く、無機質で、息が詰まるほど静かな大会運営委員会の会議室。僕たちは、まるで被告人のようにパイプ椅子に座らされ、正面に座る冷たい表情の大人たち——運営委員たち——と向かい合っていた。
 やがて、委員長らしき男が、重々しく口を開いた。
「大会の公正性を保つため、決勝戦の直前、君が使用する全ての機材、特に、問題となっているそのフィグモの、強制的なハードウェア検査を実施する」
 それは、事実上の「有罪」宣告だった。このフィグモの中には、ユイがいる。絶望で、目の前が暗くなる。
 その時だった。クエンティンの腕にはめたリストバンド型スマホが、一度だけ、短く震えた。彼が、誰にも気づかれぬよう、そっとその画面に目を落とす。そして、彼の顔に、驚きと、わずかな希望の色が浮かんだ。
 メッセージの送り主は、ヴィル爺さんだった。
『慌てるな、小僧ども。……こういうこともあろうかと、手を打っておいた』
 その夜、僕たちは、運営の監視の目をかいくぐり、深夜の『シュミットの工房』に集まっていた。
 ヴィル爺さんは、工房の奥にある鍵のかかった引き出しから、半透明で、昆虫の翅のように薄い、奇妙なチップを取り出した。
「『ステルス・シェル』だ。外部からのあらゆるスキャンを遮断し、内部の情報を偽装する。……昔の友人が、万が一の時のためにと、ワシに託していった『盾』だ」
 クエンティンとヴィル爺さんが、夜を徹して、僕のフィグモにステルス・シェルを組み込む、息の詰まるような精密作業が始まった。
 工房の外が白み始めた頃、作業は完了した。
 そして、決勝戦当日の朝。大会会場の検査室。
 運営の技術者が、最新のスキャナーを、僕のフィグモにかざしていく。僕の心臓は、今にも張り裂けそうだった。
「……スキャン、完了しました。結果は……ノー・アノマリー。異常は検知できません」
 潔白が、証明された。僕たちは、顔を見合わせ、声にならない安堵のため息をついた。
 だが、僕たちの安堵は、委員長の次の一言で、粉々に打ち砕かれる。
「ただし」
 彼は、氷のように冷たい目で、僕を射抜いた。
「君の常人離れした入力パターンは、サーバーに多大な負荷をかける可能性があることも、また事実だ。よって、決勝戦のサーバーに限り、異常な連続入力を検知した場合に、一時的に入力を制限させてもらう。これは、『負荷軽減パッチ』の適用であり、正当な運営判断だ」
 それは、あまりにも一方的で、絶望的な通告だった。
 僕とユイの、高速連携そのものを、根こそぎ封じ込める、と。
 僕たちは、最大の武器を、試合が始まる前に、奪われたのだ。