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第149話 彼を前に立派な彼女は聞く

ー/ー



「次、いいかしら?」

 動いたのは椎名だった。
 何かを量るかのように増倉と俺に視線を送った。
 俺は何も言わず頷き、増倉は小さく「どうぞ」と答えた。
 樫田が残りの大槻に問題ないことを確認すると、椎名を見る。

「ああ、大丈夫だ」

「ありがとう」

 今度は椎名と山路が向き合った。
 いったい何を切り出すのか、誰もが緊迫感を持ち注視した。

「私からも質問があるわ」

「なにかな」

「あの時、演劇部の青春……いえ、私たちが全国を目指すことを聞いたのは何故かしら?」

 山路はじっと椎名を見て、その質問の意図を考え出した。
 俺も椎名がどこへ至るためにそう聞いたのか、読めなかった。
 ゆっくりと言葉を選びながら、山路は答える。

「みんなの……いや、二人の覚悟を知るためかな」

「なら、やっぱり分からないわ。あの時、話は途中で終わったはずよ。なのに山路。いったい何を知ったというのかしら」

 確か一週間前のあの時、山路と椎名の話は俺が遮ったことで、途中で終わったはずだ。
 そう言われれば、山路の知りたいことは何だったのだろうか。

「そうだね。確かに話は途中で終わった。でも二人が本気で全国を目指すことを感じたから」

「それだけかしら?」

「……」

 椎名の問いかけに山路は黙った。
 ああ、そうか。椎名も感じているのか。
 山路がまだ全貌(ぜんぼう)を語っていないことを。
 空気に少し動揺が加わった。
 椎名は追及する手を緩めない。

「あの時、劣勢だったのは私の方だったはずよ。それなのに終わり際、あなたは確認したいことはできたと言っていたわ。それは何のことだったのかしら」

「……」

 鋭い指摘だからか、山路は口を閉ざしたままだった。
 椎名は山路の様子を観察しながら続ける。

「あの日……オーディション終わりにあなたが辞めると宣言した次の日、あなた以外の二年生で話し合ったわ」

「そう、なんだ」

「それなりに色んなことを話し合ったわ。そこで樫田があなたの気持ちをこう表現していたわ。『お前ら、本気で部活をしろよ』って」

 山路の表情が少しだけ動いた。
 それが予想外だったからか、図星だったからは分からない。
 それでも山路の心に何かしら動きがあったのだろう。

「正直、聞いたときは激昂(げっこう)したわ……でも、すこし時間を置いて考えた時、思ったの。きっと私はまだ山路のことを知らないんだって。知らずに終わろうとしているって」

「椎名……」

「山路。教えてくれないかしら。あなたが確かめたかったことって何だったのかしら?」

 椎名が落ち着いた声で問いかけた。
 山路は一瞬戸惑いを見せたが、ゆっくりと口を開いた。

「別に、今までの言葉に嘘はないよ。けど……もう少しだけ僕の本音を言っていいなら」

「ええ、聞かせて」

「ありがとう」

 感謝を言って山路は微笑んだ。
 そして真剣な表情に変わると、話し出す。

「確認したかったのは、僕がその青春に共感できるかどうかだよ」

「全国を目指すことに共感できなかったということ?」

「違うよ。共感できなかったのは、君たちの覚悟だよ」

 山路の言葉に俺は胸を衝かれるような衝撃を感じた。
 真っ直ぐ向き合っている椎名は、表情を変えず真剣なままだ。

「……本気で部活、か。言い得て妙だね。だってそうだろ椎名。君はあの時僕の質問に明確に答えられなかった。それが答えだよ。僕はここに残りたいと思うような、惹かれるような青春じゃなかった。それが確かめたかったことだよ」

「なら、あの時私がしっかり答えられたらあなたは辞めなかったとでもいうのかしら」

「どうだろう。それが僕の青春になるんだったら、そうだったかもしれない。言ったろ。僕は端役としてここに居たいって」

「なら居ればいいじゃない」

「それはできない。度胸と熱量がないから」

「何の問題があるっていうの」

「分かっているはずだ。演劇という集団行動においてそれがどれだけ大きな問題か。そして二年生になった僕たちにおいて、それがどれだけ必要か」

「そうね。それはその通りだわ」

 少しの静寂。お互いを重んじるような、それでいて見極めるような視線がぶつかる。
 俺達が固唾を吞んでいると、椎名がまた質問をする。

「山路。あなたは私に覚悟が足りないと思っているの?」

「ああ、足りないね。だって全国目指すんだろ? それなのに、君たちの持つ熱量は僕の想像を超えない。何もない僕すら動かせない」

 はっきりと山路は答えた。
 瞬間、教室内の空気がひりついた。
 俺は椎名が怒りを覚えたと思いそちらを見たが、彼女の表情からは憤りを感じなかった。
 冷たい表情で椎名は山路に言う。

「私はあなたと止めないわ。山路」

「……」

「ただ、もう少しちゃんと知りたかったわ」

「ごめん」

 二人の会話は、そこで終わった。



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「次、いいかしら?」
 動いたのは椎名だった。
 何かを量るかのように増倉と俺に視線を送った。
 俺は何も言わず頷き、増倉は小さく「どうぞ」と答えた。
 樫田が残りの大槻に問題ないことを確認すると、椎名を見る。
「ああ、大丈夫だ」
「ありがとう」
 今度は椎名と山路が向き合った。
 いったい何を切り出すのか、誰もが緊迫感を持ち注視した。
「私からも質問があるわ」
「なにかな」
「あの時、演劇部の青春……いえ、私たちが全国を目指すことを聞いたのは何故かしら?」
 山路はじっと椎名を見て、その質問の意図を考え出した。
 俺も椎名がどこへ至るためにそう聞いたのか、読めなかった。
 ゆっくりと言葉を選びながら、山路は答える。
「みんなの……いや、二人の覚悟を知るためかな」
「なら、やっぱり分からないわ。あの時、話は途中で終わったはずよ。なのに山路。いったい何を知ったというのかしら」
 確か一週間前のあの時、山路と椎名の話は俺が遮ったことで、途中で終わったはずだ。
 そう言われれば、山路の知りたいことは何だったのだろうか。
「そうだね。確かに話は途中で終わった。でも二人が本気で全国を目指すことを感じたから」
「それだけかしら?」
「……」
 椎名の問いかけに山路は黙った。
 ああ、そうか。椎名も感じているのか。
 山路がまだ全貌《ぜんぼう》を語っていないことを。
 空気に少し動揺が加わった。
 椎名は追及する手を緩めない。
「あの時、劣勢だったのは私の方だったはずよ。それなのに終わり際、あなたは確認したいことはできたと言っていたわ。それは何のことだったのかしら」
「……」
 鋭い指摘だからか、山路は口を閉ざしたままだった。
 椎名は山路の様子を観察しながら続ける。
「あの日……オーディション終わりにあなたが辞めると宣言した次の日、あなた以外の二年生で話し合ったわ」
「そう、なんだ」
「それなりに色んなことを話し合ったわ。そこで樫田があなたの気持ちをこう表現していたわ。『お前ら、本気で部活をしろよ』って」
 山路の表情が少しだけ動いた。
 それが予想外だったからか、図星だったからは分からない。
 それでも山路の心に何かしら動きがあったのだろう。
「正直、聞いたときは激昂《げっこう》したわ……でも、すこし時間を置いて考えた時、思ったの。きっと私はまだ山路のことを知らないんだって。知らずに終わろうとしているって」
「椎名……」
「山路。教えてくれないかしら。あなたが確かめたかったことって何だったのかしら?」
 椎名が落ち着いた声で問いかけた。
 山路は一瞬戸惑いを見せたが、ゆっくりと口を開いた。
「別に、今までの言葉に嘘はないよ。けど……もう少しだけ僕の本音を言っていいなら」
「ええ、聞かせて」
「ありがとう」
 感謝を言って山路は微笑んだ。
 そして真剣な表情に変わると、話し出す。
「確認したかったのは、僕がその青春に共感できるかどうかだよ」
「全国を目指すことに共感できなかったということ?」
「違うよ。共感できなかったのは、君たちの覚悟だよ」
 山路の言葉に俺は胸を衝かれるような衝撃を感じた。
 真っ直ぐ向き合っている椎名は、表情を変えず真剣なままだ。
「……本気で部活、か。言い得て妙だね。だってそうだろ椎名。君はあの時僕の質問に明確に答えられなかった。それが答えだよ。僕はここに残りたいと思うような、惹かれるような青春じゃなかった。それが確かめたかったことだよ」
「なら、あの時私がしっかり答えられたらあなたは辞めなかったとでもいうのかしら」
「どうだろう。それが僕の青春になるんだったら、そうだったかもしれない。言ったろ。僕は端役としてここに居たいって」
「なら居ればいいじゃない」
「それはできない。度胸と熱量がないから」
「何の問題があるっていうの」
「分かっているはずだ。演劇という集団行動においてそれがどれだけ大きな問題か。そして二年生になった僕たちにおいて、それがどれだけ必要か」
「そうね。それはその通りだわ」
 少しの静寂。お互いを重んじるような、それでいて見極めるような視線がぶつかる。
 俺達が固唾を吞んでいると、椎名がまた質問をする。
「山路。あなたは私に覚悟が足りないと思っているの?」
「ああ、足りないね。だって全国目指すんだろ? それなのに、君たちの持つ熱量は僕の想像を超えない。何もない僕すら動かせない」
 はっきりと山路は答えた。
 瞬間、教室内の空気がひりついた。
 俺は椎名が怒りを覚えたと思いそちらを見たが、彼女の表情からは憤りを感じなかった。
 冷たい表情で椎名は山路に言う。
「私はあなたと止めないわ。山路」
「……」
「ただ、もう少しちゃんと知りたかったわ」
「ごめん」
 二人の会話は、そこで終わった。