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記憶

ー/ー





「おおきいじいちゃんにあいたい」


 覚えていないが、三歳の俺ははっきりそう言ったらしい。


 しゃべりだすのも遅く、ぼんやりした子どもで、家でもほとんど口を開くことはなかったのに、そのときはかなりはっきりと希望を口にしたのだという。


 両親と祖父母は、「この子は狐に憑かれたのでは、あるいは何かのお告げでは」と気味悪がりながらも、俺を市民病院に連れていった。


「おおきいじいちゃん」と呼ばれていた曽祖父はその頃、大病を患い、高齢だったこともあって入院していた。数年前から要介護状態で、俺が生まれた頃にはほぼ寝たきり状態だったという。二歳ごろまではときどき会いに行って、頭を撫でてもらったりしていたらしいが、記憶はまったくない。今遺影を見ても、声など思い出せないし、入院していたところに行って何を話したかも覚えていない。


 けれど、父によると、


「幸史が風車を持って回すのを、ひいじいさんは喜んで見とった。それから一か月後にのうなったけんど、ええ思い出になったんちゃうか。意識がなくなるまでずっとその話しよったぞ」


 とのことだ。


 それから三十四年経ち、祖父母も亡くなって、親もすっかり年をとった。俺自身も中年となり、何かしっかりした軸を持っていないと恥ずかしい年齢になった。


「こうちゃん、頼むから昼間はあんまり外に出んといてよ。煙草は、お父さんがチイの散歩に行くときに、ついでに買うてきてもらうから」


白髪の多くなった母が、哀れっぽい声で懇願するので、俺は昼間、ほとんど自室にこもっている。


父は朝早く起きて飯を食い、老犬のチイを散歩に連れて行ってから出勤する。そのまま、一日顔を合わせることがない。


三つ下の妹は五年前に嫁いだ。子どもはいないが、旦那さんとときどき顔を見せにくる。両親ももう孫のことは言わなくなったが、俺としては、甥か姪がいなくて本当によかった。「無職の、何をしているか分からない伯父さん」として気味悪がられるのは耐えられない。   さいわい、妹と義弟はうちに来たら仲良く世間話をしてくれるし、職探しや今後のことにはいっさい触れないでいてくれる。


俺もずっと無職でいたわけではなく、二年前までは正社員で経理をしていた。新しく来た上司とうまくいかず、いやみを言われるようになって、ある日急に出勤できなくなった。朝起きて会社の方面に向かおうとすると、膝から下がガクガク震え、夏なのに異常に寒くなってその場に座り込んだ。血圧が下がっている、と誰かが呼んでくれた救急車の中で言われた。精神的なものによる症状だった。


それから精神科を紹介されて、適応障がいの診断書と休職届を出したが、数か月後に面談の体で呼び出され、退職を勧められた。違法なことだったかもしれないが、やりあう気力もなく、「自己都合退職」で辞職した。それ以降、通院はしているが職探しはしていない。医師には、障がい者雇用での社会復帰を勧められたが、動き出す気になれなかった。




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「おおきいじいちゃんにあいたい」
 覚えていないが、三歳の俺ははっきりそう言ったらしい。
 しゃべりだすのも遅く、ぼんやりした子どもで、家でもほとんど口を開くことはなかったのに、そのときはかなりはっきりと希望を口にしたのだという。
 両親と祖父母は、「この子は狐に憑かれたのでは、あるいは何かのお告げでは」と気味悪がりながらも、俺を市民病院に連れていった。
「おおきいじいちゃん」と呼ばれていた曽祖父はその頃、大病を患い、高齢だったこともあって入院していた。数年前から要介護状態で、俺が生まれた頃にはほぼ寝たきり状態だったという。二歳ごろまではときどき会いに行って、頭を撫でてもらったりしていたらしいが、記憶はまったくない。今遺影を見ても、声など思い出せないし、入院していたところに行って何を話したかも覚えていない。
 けれど、父によると、
「幸史が風車を持って回すのを、ひいじいさんは喜んで見とった。それから一か月後にのうなったけんど、ええ思い出になったんちゃうか。意識がなくなるまでずっとその話しよったぞ」
 とのことだ。
 それから三十四年経ち、祖父母も亡くなって、親もすっかり年をとった。俺自身も中年となり、何かしっかりした軸を持っていないと恥ずかしい年齢になった。
「こうちゃん、頼むから昼間はあんまり外に出んといてよ。煙草は、お父さんがチイの散歩に行くときに、ついでに買うてきてもらうから」
白髪の多くなった母が、哀れっぽい声で懇願するので、俺は昼間、ほとんど自室にこもっている。
父は朝早く起きて飯を食い、老犬のチイを散歩に連れて行ってから出勤する。そのまま、一日顔を合わせることがない。
三つ下の妹は五年前に嫁いだ。子どもはいないが、旦那さんとときどき顔を見せにくる。両親ももう孫のことは言わなくなったが、俺としては、甥か姪がいなくて本当によかった。「無職の、何をしているか分からない伯父さん」として気味悪がられるのは耐えられない。   さいわい、妹と義弟はうちに来たら仲良く世間話をしてくれるし、職探しや今後のことにはいっさい触れないでいてくれる。
俺もずっと無職でいたわけではなく、二年前までは正社員で経理をしていた。新しく来た上司とうまくいかず、いやみを言われるようになって、ある日急に出勤できなくなった。朝起きて会社の方面に向かおうとすると、膝から下がガクガク震え、夏なのに異常に寒くなってその場に座り込んだ。血圧が下がっている、と誰かが呼んでくれた救急車の中で言われた。精神的なものによる症状だった。
それから精神科を紹介されて、適応障がいの診断書と休職届を出したが、数か月後に面談の体で呼び出され、退職を勧められた。違法なことだったかもしれないが、やりあう気力もなく、「自己都合退職」で辞職した。それ以降、通院はしているが職探しはしていない。医師には、障がい者雇用での社会復帰を勧められたが、動き出す気になれなかった。