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共煙者

ー/ー




 僕はストーカーだ。
 彼女を初めてみたのは、ハンドルを握る手までが汗をかく季節だった。ご老人に道を譲るため、横断歩道の前で止まった。すると、突然、目の前がお花畑になり、少女漫画の世界に入り込んでしまったのではないかと幻想的な気持ちになった。
 その理由は、目が印象的で髪の長い女性が、横断歩道を渡ったからなのだ。汗をかいたらしく、マスクを外した。
 ……その素顔を見た瞬間、心がシンデレラサイズの型にはまった。僕の場合は、ガラスの靴ではない。鉄の靴だ。
 クラクションの音で現実世界に引き戻され、迷子になった子供の様に彼女を探した。
「絶対探す……。絶対に」
 
 なぜか震えが止まらず、熱いものを掴む様にスマートフォンを操作した。
 「お疲れ様です。営業部の鎌田です。新規のお客様に商品の説明をお願いされたので、今日は遅くなりそうです」
 「あ、新一さん。わかりました。部長に伝えておきます」
 いつもは、やる気のない事務員の反応に苛立っていたが、余計な詮索をされずに済んだ事を感謝した。相変わらず下の名前で呼ばれる違和感は拭えないが……。
 さて、時間の確保は出来た。しかし、どうやって探せばいいのか見当もつかない。とりあえず、営業車を有料駐車場に停めた。
 
 街を行き交う人たちは、万華鏡のように色とりどりの服装をしている。その中に共通した白色の布がとても目立つ。
 「彼女も花粉症なんだろうな」
 当てもなく歩き続けているが、何を見ても全て彼女につながってしまう。もう僕の頭の中は占領されている。
 
 「恋愛ドラマでもあるまいし、簡単に見つかるはずがないよな」
 彼女を見つけられるのは、宝くじに当たる確率よりも低いだろう。そう思うと一気に足が棒になった。
 真上にいた太陽が傾き、そろそろ月の出番になる頃、空腹感を覚えた。適当にファミレスに入り、夕飯を済ます事にした。店内は空いていて、人の動きが手に取るように見える。
 「嘘だろ……」
 僕は、すり減って無くなってしまいそうなほど両目を擦った。
 「……見つけた」
 さっきまでの空腹感は消滅し、口にタオルを詰め込まれたかの様に胸が苦しくなった。そのタオルのお陰で心臓は飛び出してこないのかと錯覚するほど頭が混乱している。
 しかし、残念ながらこの日は、遠くから見ることしか出来なかった。
 
 週五日のペースでお店に通っているが、あれから半年が経つ。未だに話しかけることも出来ずに、ただ店に貢いでいるだけである。しかし、休日は閉店まで粘り、彼女の家を知ることができた。
 「まずいな。エスカレートしてる。ただ、一度でいいから話したいだけなのに……」
 夜道で独り言まで言ってしまう自分に嫌悪感を抱いた。このままでは彼女を壊してしまいそうな気がして、夜風にあたりながら気持ちを整理する事にした。
 「もうやめよう。高いところに咲く花は遠くで見るから美しい。摘んで手にしたら枯れてしまうんだ」
 明日、最後にもう一度だけ店に行こう。自分の心にケジメをつける為に……。

 彼女は今日も美しい。ずっと見ていたい。
 『昨日、僕は誓ったんだ』
 心の中で何度も言い聞かせ店を出た。後ろ髪を引かれる思いを身をもって体験した。
 「よし、僕は頑張った!」
 力いっぱい両手に拳を作り、指を開くと同時に恋心も解放した。
 「あの、すみません……。お客様のタオルではないですか」
 勝手に大失恋をした僕は、どうやら忘れ物をしたらしい。とりあえずお辞儀をし、お礼の言葉を口にした。
 「わざわざ、ありがとうございます」
 タオルを受け取り、店員の顔を見た瞬間、解放したはずの恋心が秒で拘束された。
 目の前に僕のタオルを持った彼女がいる。
 『せっかくケジメをつけたのに……』
 神様のいたずらに中指を立てたくなった。
 「もしかして、『フラシュミング』お好きなんですか」
 信じられない……。もう吐きそうだ。彼女が僕に話しかけている!
 「は、はい!昔からファンなんです」
 微かに声が裏返り、ダサいところを見せてしまった。しかし彼女は王子様でも見るように目がうっとりとしている。
 「実は、私もファンなんです!限定販売のタオルだったから、呼び止めちゃいました。言葉では表せないフラシュミングの世界観が、たまらなく好きなんです。……あ、すみません、一人で舞い上がってしまって。ご迷惑おかけしました」
 「い、いえ!とんでもないです。よ、よかったらフラシュミングの事、もっと話しませんか」
 なんと、連絡先を交換することができたのだ。僕は、神様に中指を立てたことを心の中で何度も謝罪した。
 彼女の名前は『雨宮穂花』三十二歳。僕より五つ年上だった。

 この日から僕たちは、毎日の電話、仕事帰りに会うなどして急速に仲が深まっていった。
 高いところに咲いていた花は今、僕の隣で瑞々しく咲いている。
 「新くん、どこ行くの?」
 「トイレだよ」
 穂花はぐっすり眠っているはずなのに、僕がベッドから離れると必ず聞いてくる。こんなところも愛おしくてたまらない。
 
 何気ない日常の中で穂花は突然言った。
 「新くんってもしかして、私のストーカーだった?」
 「え?」
 仮面をつけたかの様に僕の表情は固まった。しかし、穂花は柔らかい口調で続けた。
 「そんな顔しないで。かなりの頻度でお店に来たこと分かってたよ。それに、私の事ばっかり見てる事にも気づいてた」
 小さく肩を動かし恥ずかしそうな仕草をしている。いちいち可愛い穂花を腕に抱き寄せた。
 「正解。僕はストーカーだった。冗談なんかじゃないよ」
 その当時のことを全て話し終えた後、穂花は涙を流していた。
 「新くんに見つけてもらえてよかった。私、すごく幸せだよ。本当にありがとう」
 僕たちは、絶対に世界で一番幸せだ。
 しかし、僕にはどうしてもやめられないことが一つだけある。穂花もやめてほしいと思っているが『新ちゃんが決めることだから。でも私と新ちゃんは、何でも共有する事は忘れないでね』と強くは言わない。きっとそのうちキッカケが出来れば自然にやめられるだろうと思っていた。

 僕の隣で咲いていた花は最近、瑞々しさがない。
「本当に大丈夫なの?無理しないで。穂花に何かあったら僕は生きていけない」
 少女漫画のようなセリフを言い、思わず笑いそうになった。穂花は声を出さずに微笑んでいた。
「新ちゃん、ずっと私のストーカーでいてね」
「変なこと言うなよ。ずっとそばにいるから安心して」
「お願いだから、約束して。永遠に私のストーカーでいると……」
 重たさを感じる言葉に動揺した。
「約束するよ」
 
 日に日に穂花の顔色は土色になり、頬は痩け、ムンクのような輪郭になってしまった。それでも魅力的な目は変わらない。僕の愛は溢れるばかりで、どんな姿になっても穂花は美しい。
 ここ何日も乾いた咳が止まらず、細い身体は薄いベニア板を連想させた。その板にはシロアリが集るように彼女の身体は末期の肺癌に蝕まれていた……。
 僕は穂花の前では決して涙を見せず、手を握り二人の思い出をたくさん語った。ホッカイロのように少しずつ温かさを失っていった穂花は、ついにベッドから動けなくなり瑞々しさを失い、乾いてしまった。
 僕は蛇口を捻ったように涙がとまらず、火が消える前に新しく火をつけ、空箱を握りつぶそうとした。
 ……その時タバコの箱に違和感を感じた。
 
 『タバコの煙は共煙です。その為大切な人の健康への悪影響が否定出来ません』

 ……どういうことなんだ。穂花の声が蘇る。
 『私と新ちゃんは、何でも共有する事は忘れないでね』

 タバコをやめていれば、穂花はまだ僕の隣で華麗に咲いていてくれたのだろうか……。
 いや、そんなバカな話があるとは思えない。急いでコンビニ向かいタバコを買った。しかしその箱には『タバコの煙は周りの人の健康に悪影響を及ぼします……』と書かれている。
 『タバコの煙は共煙です』など書かれていない。
 穂花を失ったショックで狂ってしまったのだろう。でも僕は約束を果たすことを忘れてはいなかった。
 ……地獄の果てまで追いかけて行くのが真のストーカーなのだ。
 『新ちゃん、永遠に私のストーカーでいてね』

 私は幸せだった。言うことを聞かない身体に鞭を打ち、ベッド脇の引き出しを開け、赤い封筒をつまんだ。焼き付けられた三文字を手で隠した。
 新ちゃんに出会えたのは契約を結んだからなのか、それとも運命だったのか分からない。条件を満たせなかった為に魂は奪われたが、結果として欲しかったものは手に入れられた。
 
 「新ちゃんは永遠に私のストーカーなの」
 あなたはきっと現れる……。
 



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 僕はストーカーだ。
 彼女を初めてみたのは、ハンドルを握る手までが汗をかく季節だった。ご老人に道を譲るため、横断歩道の前で止まった。すると、突然、目の前がお花畑になり、少女漫画の世界に入り込んでしまったのではないかと幻想的な気持ちになった。
 その理由は、目が印象的で髪の長い女性が、横断歩道を渡ったからなのだ。汗をかいたらしく、マスクを外した。
 ……その素顔を見た瞬間、心がシンデレラサイズの型にはまった。僕の場合は、ガラスの靴ではない。鉄の靴だ。
 クラクションの音で現実世界に引き戻され、迷子になった子供の様に彼女を探した。
「絶対探す……。絶対に」
 なぜか震えが止まらず、熱いものを掴む様にスマートフォンを操作した。
 「お疲れ様です。営業部の鎌田です。新規のお客様に商品の説明をお願いされたので、今日は遅くなりそうです」
 「あ、新一さん。わかりました。部長に伝えておきます」
 いつもは、やる気のない事務員の反応に苛立っていたが、余計な詮索をされずに済んだ事を感謝した。相変わらず下の名前で呼ばれる違和感は拭えないが……。
 さて、時間の確保は出来た。しかし、どうやって探せばいいのか見当もつかない。とりあえず、営業車を有料駐車場に停めた。
 街を行き交う人たちは、万華鏡のように色とりどりの服装をしている。その中に共通した白色の布がとても目立つ。
 「彼女も花粉症なんだろうな」
 当てもなく歩き続けているが、何を見ても全て彼女につながってしまう。もう僕の頭の中は占領されている。
 「恋愛ドラマでもあるまいし、簡単に見つかるはずがないよな」
 彼女を見つけられるのは、宝くじに当たる確率よりも低いだろう。そう思うと一気に足が棒になった。
 真上にいた太陽が傾き、そろそろ月の出番になる頃、空腹感を覚えた。適当にファミレスに入り、夕飯を済ます事にした。店内は空いていて、人の動きが手に取るように見える。
 「嘘だろ……」
 僕は、すり減って無くなってしまいそうなほど両目を擦った。
 「……見つけた」
 さっきまでの空腹感は消滅し、口にタオルを詰め込まれたかの様に胸が苦しくなった。そのタオルのお陰で心臓は飛び出してこないのかと錯覚するほど頭が混乱している。
 しかし、残念ながらこの日は、遠くから見ることしか出来なかった。
 週五日のペースでお店に通っているが、あれから半年が経つ。未だに話しかけることも出来ずに、ただ店に貢いでいるだけである。しかし、休日は閉店まで粘り、彼女の家を知ることができた。
 「まずいな。エスカレートしてる。ただ、一度でいいから話したいだけなのに……」
 夜道で独り言まで言ってしまう自分に嫌悪感を抱いた。このままでは彼女を壊してしまいそうな気がして、夜風にあたりながら気持ちを整理する事にした。
 「もうやめよう。高いところに咲く花は遠くで見るから美しい。摘んで手にしたら枯れてしまうんだ」
 明日、最後にもう一度だけ店に行こう。自分の心にケジメをつける為に……。
 彼女は今日も美しい。ずっと見ていたい。
 『昨日、僕は誓ったんだ』
 心の中で何度も言い聞かせ店を出た。後ろ髪を引かれる思いを身をもって体験した。
 「よし、僕は頑張った!」
 力いっぱい両手に拳を作り、指を開くと同時に恋心も解放した。
 「あの、すみません……。お客様のタオルではないですか」
 勝手に大失恋をした僕は、どうやら忘れ物をしたらしい。とりあえずお辞儀をし、お礼の言葉を口にした。
 「わざわざ、ありがとうございます」
 タオルを受け取り、店員の顔を見た瞬間、解放したはずの恋心が秒で拘束された。
 目の前に僕のタオルを持った彼女がいる。
 『せっかくケジメをつけたのに……』
 神様のいたずらに中指を立てたくなった。
 「もしかして、『フラシュミング』お好きなんですか」
 信じられない……。もう吐きそうだ。彼女が僕に話しかけている!
 「は、はい!昔からファンなんです」
 微かに声が裏返り、ダサいところを見せてしまった。しかし彼女は王子様でも見るように目がうっとりとしている。
 「実は、私もファンなんです!限定販売のタオルだったから、呼び止めちゃいました。言葉では表せないフラシュミングの世界観が、たまらなく好きなんです。……あ、すみません、一人で舞い上がってしまって。ご迷惑おかけしました」
 「い、いえ!とんでもないです。よ、よかったらフラシュミングの事、もっと話しませんか」
 なんと、連絡先を交換することができたのだ。僕は、神様に中指を立てたことを心の中で何度も謝罪した。
 彼女の名前は『雨宮穂花』三十二歳。僕より五つ年上だった。
 この日から僕たちは、毎日の電話、仕事帰りに会うなどして急速に仲が深まっていった。
 高いところに咲いていた花は今、僕の隣で瑞々しく咲いている。
 「新くん、どこ行くの?」
 「トイレだよ」
 穂花はぐっすり眠っているはずなのに、僕がベッドから離れると必ず聞いてくる。こんなところも愛おしくてたまらない。
 何気ない日常の中で穂花は突然言った。
 「新くんってもしかして、私のストーカーだった?」
 「え?」
 仮面をつけたかの様に僕の表情は固まった。しかし、穂花は柔らかい口調で続けた。
 「そんな顔しないで。かなりの頻度でお店に来たこと分かってたよ。それに、私の事ばっかり見てる事にも気づいてた」
 小さく肩を動かし恥ずかしそうな仕草をしている。いちいち可愛い穂花を腕に抱き寄せた。
 「正解。僕はストーカーだった。冗談なんかじゃないよ」
 その当時のことを全て話し終えた後、穂花は涙を流していた。
 「新くんに見つけてもらえてよかった。私、すごく幸せだよ。本当にありがとう」
 僕たちは、絶対に世界で一番幸せだ。
 しかし、僕にはどうしてもやめられないことが一つだけある。穂花もやめてほしいと思っているが『新ちゃんが決めることだから。でも私と新ちゃんは、何でも共有する事は忘れないでね』と強くは言わない。きっとそのうちキッカケが出来れば自然にやめられるだろうと思っていた。
 僕の隣で咲いていた花は最近、瑞々しさがない。
「本当に大丈夫なの?無理しないで。穂花に何かあったら僕は生きていけない」
 少女漫画のようなセリフを言い、思わず笑いそうになった。穂花は声を出さずに微笑んでいた。
「新ちゃん、ずっと私のストーカーでいてね」
「変なこと言うなよ。ずっとそばにいるから安心して」
「お願いだから、約束して。永遠に私のストーカーでいると……」
 重たさを感じる言葉に動揺した。
「約束するよ」
 日に日に穂花の顔色は土色になり、頬は痩け、ムンクのような輪郭になってしまった。それでも魅力的な目は変わらない。僕の愛は溢れるばかりで、どんな姿になっても穂花は美しい。
 ここ何日も乾いた咳が止まらず、細い身体は薄いベニア板を連想させた。その板にはシロアリが集るように彼女の身体は末期の肺癌に蝕まれていた……。
 僕は穂花の前では決して涙を見せず、手を握り二人の思い出をたくさん語った。ホッカイロのように少しずつ温かさを失っていった穂花は、ついにベッドから動けなくなり瑞々しさを失い、乾いてしまった。
 僕は蛇口を捻ったように涙がとまらず、火が消える前に新しく火をつけ、空箱を握りつぶそうとした。
 ……その時タバコの箱に違和感を感じた。
 『タバコの煙は共煙です。その為大切な人の健康への悪影響が否定出来ません』
 ……どういうことなんだ。穂花の声が蘇る。
 『私と新ちゃんは、何でも共有する事は忘れないでね』
 タバコをやめていれば、穂花はまだ僕の隣で華麗に咲いていてくれたのだろうか……。
 いや、そんなバカな話があるとは思えない。急いでコンビニ向かいタバコを買った。しかしその箱には『タバコの煙は周りの人の健康に悪影響を及ぼします……』と書かれている。
 『タバコの煙は共煙です』など書かれていない。
 穂花を失ったショックで狂ってしまったのだろう。でも僕は約束を果たすことを忘れてはいなかった。
 ……地獄の果てまで追いかけて行くのが真のストーカーなのだ。
 『新ちゃん、永遠に私のストーカーでいてね』
 私は幸せだった。言うことを聞かない身体に鞭を打ち、ベッド脇の引き出しを開け、赤い封筒をつまんだ。焼き付けられた三文字を手で隠した。
 新ちゃんに出会えたのは契約を結んだからなのか、それとも運命だったのか分からない。条件を満たせなかった為に魂は奪われたが、結果として欲しかったものは手に入れられた。
 「新ちゃんは永遠に私のストーカーなの」
 あなたはきっと現れる……。