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星のトンガリ

ー/ー




「すみません。並んでます」
「だからなんだよ。タバコを一個買うだけなのに並んでられるか」
 独り言のように呟き、まるで僕が透明人間かのような扱いだ。
 「聞こえてますか。後ろに並んでください」
 すると男は、フクロウのように首だけを回した。
 「うるせえ。ごちゃごちゃうるせぇ。お前と違って俺は特別な人間なんだ。貧弱でチビな奴は黙ってろ」
 列に横入りされたことは百歩譲って許すとしよう。しかし心にまで侵入し、爪を立てた事は許せなかった。
 「あなたに身体的なことを言われる筋合いはありません」
 ……気配を感じ振り返ると、列に並ぶ女性がフクロウ男に、氷のような視線を向けている。

 ……来た。
 僕は、心に侵入してきた男に囁いた。
 「作戦成功です」
 先輩は背を向けたまま頷いた。演技だとしても、コンプレックスを刺激したことに抗議しようかと思ったが、グッと飲み込んだ。
 ここまできて失敗するわけにはいかない。あともう一息だ……。
 「貧弱野郎!まだ逆らうのか!」
 怒鳴り声が響く中、冷蔵庫を開けた時の様に空気がひんやりとした。
 ……少年登場。片手にはペットボトルを持っている。
 先輩はレジに進まず、店を出た。少年は冷気を保ったまま後に続いた。そして僕も。
 「おにいさん、ミズあげる」
 「ありがとう、喉が渇いていたんだよ。優斗くん……」
 
 ……ぴちゃ。ぴちゃ。
 少年は銅像のように動きを止め、体のいたるところから点滴のように水が垂れている。腕の原型が消え、このままだと体が無くなってしまいそうだ……。
 「俺は、優斗くんとお母さんのことを助けたいんだ。きっと救ってみせる。だから、図書室にきてくれ。お願いだ」
 今度は、冷凍庫を開けた時の様な冷気を感じた次の瞬間、獲物を狩る鷹のように鋭い目をしたマスクの母親が、一瞬の隙もなく優斗くんを連れ去った。
 
 -『優斗くんは来てくれるだろうか……。康太ならもっと確実な方法を思いついたかもしれない……』-
 
 僕の頬には水滴が付き、現実を突きつけられた。先輩は生気を吸われたかのように一回り小さく見える。
 「大丈夫ですか」
「俺の計画は失敗。名前を呼んだ時、優斗くんは打ち上がった花火が音だけを残し、闇に消えた様な表情をしていた。きっと彼はどうにも出来ない状況なんだ。母親に伝えるべきだったのではないかと思う」
 「優斗くんの意思ではないということですか」
 「母親の指示に逆らえないんだ思う……。本当はこんな事したくないはずだ」
 「先輩が名前を呼んだあと、優斗くんに異変はありましたか」
 「瞳から光が消えた」
 ……体から水滴が垂れていたことは、僕にしか見えていないらしい。
「とにかく、優斗くんが来てくれる事を祈るしかないです。僕たちはこのまま計画を進めましょう。それと、先輩が落ち込んでると調子狂います」
 萎んだ風船に息を吹き込むように、腹の底から声を出し言った。
「そうだな!ここまできたんだ。もう、当たって砕けろだ」
「砕けたくはないですけどね」
 風船が割れないように、僕のコントロールが重要になりそうだと思い、深い息を吐いた……。

「やっと完成しましたね。やばいですって!世界に一つしかないんですよ。素敵すぎませんか」
 見開きの真ん中に最後のホッチキスを打ちながら、自分達に酔っていた。決して缶酎ハイのせいではない。
「やっぱり俺の絵は最高だ。まぁ、人間性がいいから当たり前だけどな」
 ドヤ顔が少し腹立たしい。
 コンビニで演技をする一週間前に共同作業は終わり、あとは実行するだけになった。どんな結果になろうとも、あの親子を救う為に僕たちが出来ることをやってみるしかない。
 「よし!明日の仕事帰り、小学校へ直談判しに行くぞ」
 「こんな野暮ったい男二人を受け入れてくれますかね……。保護者でもないですし、怪しまれそうですけど」
 「そこは、小説家希望の康太君が本領発する所だろ。『卒業生』を武器にして話をつけてくれよ」
 頭に岩が置かれたかと思うくらい、一気に気持ちが沈んだ。
 「先輩の方が小説家に向いてますよ……。今だって僕のことを、言葉でうまく動かそうとしてますし」
 「そんな事はない!康太と俺だから最高傑作ができたのさ」
 「……わかりました。『卒業生』を武器に『同級生』にあたってみます」
 「それ、武器になってないぞ」
 とろけそうな目をこすりながら笑った。今度は、二人とも缶酎ハイによる酔いが回ってきたらしい。
 
 翌日の夕方『同級生』の力を借り、背中に物差しを入れているかのような姿勢で、校長室のソファーに座った。
 「今の時代、活字離れが進んでいる。君たちはその突破口になるかもしれない」
 想像していなかった展開に頭の上の岩が、ゴロンと音を立て落ちた気がした。
 「ありがとうございます!」
 学校の門を出た頃には、月が見えそうだった。校長先生の話が長いのは時代が変化しても、そこは変わらないらしい。
 「康太の武器、意外と強かったな。ここまでは順調だ。あとは俺たちの演技力次第だな」
 それから二日後に、コンビニで優斗くんに会う事ができた。
 ……そして、ついに明日だ。
 
 
ー ホシくんのこころが ほんのりあたたかくなりました。
 カラダのトンガリも すこし まるくなりました。
「タイヨウさん ありがとう。ぼく、じぶんのカラダを すきになれそうだよ」



つぎのひ。
 
ホシくんは ツキちゃんに あいました。

「ホシくんのことば、ぽかぽかするわ。
 これからも たくさん おはなししましょう」

 ふしぎです。
ホシくんのことばは まえよりも やわらかく、
あたたかく ひかっていました。
 
そして──
 
 ツキちゃんのなみだは えがおにかわり、
 ホシくんのトンガリは、
 ツキちゃんのひかりといっしょに
 きらきらと よぞらをかざりました。ー


 僕の声が西陽の心地よい暖かさに包まれ、子どもたちの目尻が下がったのと同時に、姿を捕らえた。
 ……来た。優斗君は来た。もちろん、マスクの母親も一緒に。
 先輩にアイコンタクトをし、子どもたちに星のキーホルダーを配った。すると、一人の女の子が目を輝かせ言った。
 「ホシくんのトンガリは、少しだけ丸くなったのね」
 僕たちの計画は、星のキーホルダーをヒントに作った絵本を、優斗君に聞いてもらう事だった。コトバで人の心は傷ついてしまうという事を子供達に伝える為、星の先を丸めにしたキーホルダーも作った。
 メッセージは伝わったのだろうか……。
 星に願いをこめる様に二人を見ると、マスクの母親は涙を流し、優斗君は微笑んでいた。
 ……伝わった。
 「僕たち、止められましたね……」
 先輩の目は、小さな宝石の様にキラキラしていた。

 子どもたちは自発的に、それぞれ絵本を手に取っていた。先輩が自ら読み聞かせをしている姿には驚いた。スッと子供達に馴染んでしまう性格が温かい絵を描ける理由なのかもしれない。そんな思いに浸りながら、僕は大事件を解決した気になり、小さな体に大きなメガネをかけた少年を思い出し、思わず笑ってしまった。

 「康太お兄さん!」
 目を輝かせていた女の子が僕のことを呼んだ。
 「どうしたの?」
 何も話さず、花びらを包むようにしていた指をゆっくりと開く。小さな手のひらには星のキーホルダーがのっていた。
 「ホシくんがね、またトンガリになったよ」
 ……背中がゾクっとした。
「そんなバカな……」
 ……微かに、何かが聞こえる。音の方に近づいていくと図書室前の水道から勢いよく水が出ていた……。
 水なのか……?
 ミズ……?
 ……違う。
 「せ、せ、先輩!」
 ゴホ……。ゴボ……。ピチャ……。
 僕は本気で『耳なし芳一』になりたいと思った。
 


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次のエピソードへ進む 『附録』ートンガリとまぁるくー


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「すみません。並んでます」
「だからなんだよ。タバコを一個買うだけなのに並んでられるか」
 独り言のように呟き、まるで僕が透明人間かのような扱いだ。
 「聞こえてますか。後ろに並んでください」
 すると男は、フクロウのように首だけを回した。
 「うるせえ。ごちゃごちゃうるせぇ。お前と違って俺は特別な人間なんだ。貧弱でチビな奴は黙ってろ」
 列に横入りされたことは百歩譲って許すとしよう。しかし心にまで侵入し、爪を立てた事は許せなかった。
 「あなたに身体的なことを言われる筋合いはありません」
 ……気配を感じ振り返ると、列に並ぶ女性がフクロウ男に、氷のような視線を向けている。
 ……来た。
 僕は、心に侵入してきた男に囁いた。
 「作戦成功です」
 先輩は背を向けたまま頷いた。演技だとしても、コンプレックスを刺激したことに抗議しようかと思ったが、グッと飲み込んだ。
 ここまできて失敗するわけにはいかない。あともう一息だ……。
 「貧弱野郎!まだ逆らうのか!」
 怒鳴り声が響く中、冷蔵庫を開けた時の様に空気がひんやりとした。
 ……少年登場。片手にはペットボトルを持っている。
 先輩はレジに進まず、店を出た。少年は冷気を保ったまま後に続いた。そして僕も。
 「おにいさん、ミズあげる」
 「ありがとう、喉が渇いていたんだよ。優斗くん……」
 ……ぴちゃ。ぴちゃ。
 少年は銅像のように動きを止め、体のいたるところから点滴のように水が垂れている。腕の原型が消え、このままだと体が無くなってしまいそうだ……。
 「俺は、優斗くんとお母さんのことを助けたいんだ。きっと救ってみせる。だから、図書室にきてくれ。お願いだ」
 今度は、冷凍庫を開けた時の様な冷気を感じた次の瞬間、獲物を狩る鷹のように鋭い目をしたマスクの母親が、一瞬の隙もなく優斗くんを連れ去った。
 -『優斗くんは来てくれるだろうか……。康太ならもっと確実な方法を思いついたかもしれない……』-
 僕の頬には水滴が付き、現実を突きつけられた。先輩は生気を吸われたかのように一回り小さく見える。
 「大丈夫ですか」
「俺の計画は失敗。名前を呼んだ時、優斗くんは打ち上がった花火が音だけを残し、闇に消えた様な表情をしていた。きっと彼はどうにも出来ない状況なんだ。母親に伝えるべきだったのではないかと思う」
 「優斗くんの意思ではないということですか」
 「母親の指示に逆らえないんだ思う……。本当はこんな事したくないはずだ」
 「先輩が名前を呼んだあと、優斗くんに異変はありましたか」
 「瞳から光が消えた」
 ……体から水滴が垂れていたことは、僕にしか見えていないらしい。
「とにかく、優斗くんが来てくれる事を祈るしかないです。僕たちはこのまま計画を進めましょう。それと、先輩が落ち込んでると調子狂います」
 萎んだ風船に息を吹き込むように、腹の底から声を出し言った。
「そうだな!ここまできたんだ。もう、当たって砕けろだ」
「砕けたくはないですけどね」
 風船が割れないように、僕のコントロールが重要になりそうだと思い、深い息を吐いた……。
「やっと完成しましたね。やばいですって!世界に一つしかないんですよ。素敵すぎませんか」
 見開きの真ん中に最後のホッチキスを打ちながら、自分達に酔っていた。決して缶酎ハイのせいではない。
「やっぱり俺の絵は最高だ。まぁ、人間性がいいから当たり前だけどな」
 ドヤ顔が少し腹立たしい。
 コンビニで演技をする一週間前に共同作業は終わり、あとは実行するだけになった。どんな結果になろうとも、あの親子を救う為に僕たちが出来ることをやってみるしかない。
 「よし!明日の仕事帰り、小学校へ直談判しに行くぞ」
 「こんな野暮ったい男二人を受け入れてくれますかね……。保護者でもないですし、怪しまれそうですけど」
 「そこは、小説家希望の康太君が本領発する所だろ。『卒業生』を武器にして話をつけてくれよ」
 頭に岩が置かれたかと思うくらい、一気に気持ちが沈んだ。
 「先輩の方が小説家に向いてますよ……。今だって僕のことを、言葉でうまく動かそうとしてますし」
 「そんな事はない!康太と俺だから最高傑作ができたのさ」
 「……わかりました。『卒業生』を武器に『同級生』にあたってみます」
 「それ、武器になってないぞ」
 とろけそうな目をこすりながら笑った。今度は、二人とも缶酎ハイによる酔いが回ってきたらしい。
 翌日の夕方『同級生』の力を借り、背中に物差しを入れているかのような姿勢で、校長室のソファーに座った。
 「今の時代、活字離れが進んでいる。君たちはその突破口になるかもしれない」
 想像していなかった展開に頭の上の岩が、ゴロンと音を立て落ちた気がした。
 「ありがとうございます!」
 学校の門を出た頃には、月が見えそうだった。校長先生の話が長いのは時代が変化しても、そこは変わらないらしい。
 「康太の武器、意外と強かったな。ここまでは順調だ。あとは俺たちの演技力次第だな」
 それから二日後に、コンビニで優斗くんに会う事ができた。
 ……そして、ついに明日だ。
ー ホシくんのこころが ほんのりあたたかくなりました。
 カラダのトンガリも すこし まるくなりました。
「タイヨウさん ありがとう。ぼく、じぶんのカラダを すきになれそうだよ」
つぎのひ。
ホシくんは ツキちゃんに あいました。
「ホシくんのことば、ぽかぽかするわ。
 これからも たくさん おはなししましょう」
 ふしぎです。
ホシくんのことばは まえよりも やわらかく、
あたたかく ひかっていました。
そして──
 ツキちゃんのなみだは えがおにかわり、
 ホシくんのトンガリは、
 ツキちゃんのひかりといっしょに
 きらきらと よぞらをかざりました。ー
 僕の声が西陽の心地よい暖かさに包まれ、子どもたちの目尻が下がったのと同時に、姿を捕らえた。
 ……来た。優斗君は来た。もちろん、マスクの母親も一緒に。
 先輩にアイコンタクトをし、子どもたちに星のキーホルダーを配った。すると、一人の女の子が目を輝かせ言った。
 「ホシくんのトンガリは、少しだけ丸くなったのね」
 僕たちの計画は、星のキーホルダーをヒントに作った絵本を、優斗君に聞いてもらう事だった。コトバで人の心は傷ついてしまうという事を子供達に伝える為、星の先を丸めにしたキーホルダーも作った。
 メッセージは伝わったのだろうか……。
 星に願いをこめる様に二人を見ると、マスクの母親は涙を流し、優斗君は微笑んでいた。
 ……伝わった。
 「僕たち、止められましたね……」
 先輩の目は、小さな宝石の様にキラキラしていた。
 子どもたちは自発的に、それぞれ絵本を手に取っていた。先輩が自ら読み聞かせをしている姿には驚いた。スッと子供達に馴染んでしまう性格が温かい絵を描ける理由なのかもしれない。そんな思いに浸りながら、僕は大事件を解決した気になり、小さな体に大きなメガネをかけた少年を思い出し、思わず笑ってしまった。
 「康太お兄さん!」
 目を輝かせていた女の子が僕のことを呼んだ。
 「どうしたの?」
 何も話さず、花びらを包むようにしていた指をゆっくりと開く。小さな手のひらには星のキーホルダーがのっていた。
 「ホシくんがね、またトンガリになったよ」
 ……背中がゾクっとした。
「そんなバカな……」
 ……微かに、何かが聞こえる。音の方に近づいていくと図書室前の水道から勢いよく水が出ていた……。
 水なのか……?
 ミズ……?
 ……違う。
 「せ、せ、先輩!」
 ゴホ……。ゴボ……。ピチャ……。
 僕は本気で『耳なし芳一』になりたいと思った。