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西陽に沈む声

ー/ー




「確か、捨ててないと思ったわ」
 ファミレスを出た直後に、母から画像付きメールの返信が来た。
 
 拘束されていたので必然的に仕事は休みになり、帰宅する理由も特にない。なので茜色の空の下、先輩と肩を並べて歩いている。
「衝撃的な事実が判明しました」
 声のトーンを抑え棒読みで伝えた。
「なんだよ。かしこまった言い方して」
 先輩は鼻で笑っているが目はギラギラしている。
 「少年と同じものを持っていました」
 「特殊能力か……」
 「違いますよ!星のキーホルダーです!話の流れで分かってくださいよ」
 「主語がないんだよ、主語が。……って、何で康太も持ってるんだよ。あ、やっぱり特殊能力もお揃いだったりしてな。だって、康太は文字が見えるだろ」
 「確かに文字は見えますけど、僕は人間なので特殊能力は持っていません。そんな事言ってないで、話を聞いてくださいよ」
 
 キーホルダーを持っていた事を伝えるだけなのに、やり取りがめんどくさい。着眼点が鋭く、先輩の方が小説家に向いているのかもしれないと自虐的になった。
 「読み聞かせのことを思い出したので、母に聞いてみたんです。そしたら、ビンゴ!参加した子供達全員に配られていたんですよ」
 「なるほどな……。ってことは、少年と同じ学校に通っていたってことか」
 口をへの字にしながら摩った両腕には、鳥肌が立っていた。大きな体で驚きを全身で表現している。
 「まるで探偵みたいに調査とかして、謎解きできるかと思ったのにな」
 「それはフィクションの世界ですよ。でも、打ち切りになった理由があるはずなんです。なので当時の事を調べてみようかと……」
 何の約束もしていないのに、二人でコンビニ袋を下げ先輩の家に戻って来た。

 「俺も一緒に調べる。ここまで関わったのもきっと何かの縁だ」
「調べると言っても、ネット検索でその当時の事を調べれば、簡単にわかりそうだと思ったので、当時の事を母に聞いてみました。そしたら、思い出したんです……。僕は、大坪小学校に通っていました。読み聞かせの時期は、記憶違いで六月の中旬頃でした……」
 先輩はスナック菓子を広げ、缶酎ハイを片手にどっしりと座り、ホラー映画でも観るかのようにかまえている。

 ー※ その時の記憶が蘇る……。
 
 「帰りの会を終わりましょう」
 ガタガタと床が鳴り、机と椅子が次々と揃えられていく。
 やっと、僕の好きな水曜日になった。放課後に三十分だけの読み聞かせを、毎週心待ちにしている。しかし、楽しみを体感する前に必ず耐えなければいけない儀式がある。
 『康太は絵本だけが友達だもんな』
 『男のくせに気持ちが悪いんだよ』
 『康太の名前は今日から「くらお」だな』
 『くらお!くらお!』
 青いユニホームのような服を着た男子たちが、餌を待つ集団の鯉のように口をパクパクさせ、罵声を浴びせてくる。僕はこの時だけ、『耳なし芳一』の事を羨ましく思った。耳をなくせば、汚い言葉を聞かずに済むからだ。そして、顔はのっぺらぼうになればいいと思い、今回もやり過ごした。
 滑り込むように図書室に入り、西陽に照らされた本たちが放つ温かさを感じる匂いで心が浄化された。
 
 参加人数は両手で収まってしまう程で、陽だまりの中小さな背中を丸めながら、静かに聞き耳を立てている空気感がたまらなく好きだ。穏やかな気持ちに浸っていると、突然声をかけられた。
 「お兄ちゃんの名前は『くらお君なの?』……僕の名前は優斗」
 その子の両手には、花びらを包むかのように『星』がのせられていた。
 ――※
 
 スナック菓子にも手をつけず、苦虫を噛んだかのような表情をしている。
 「『くらお』ってあだ名の記憶に蓋をしてたのかもな。だから、キーホルダーを見てもすぐに思い出せなかったのかもしれない。人間の脳は辛いことや、痛みなど忘れるように出来ているって言うからな。鮮明に覚えていると、耐えられなくなって死んでしまうらしい……」
 心理学者なのかと思わせる発言に驚いてしまった。人の心に共感できるからこそ、暖かい絵を描けるのだろう。
 ……先輩は僕のように夢があるのだろうか。缶酎ハイを眺めながら、ふと関係のない事を考えていた。
 「康太!聞いてるのかよ」
 「あ、ごめんなさい、聞いてます」
 「気になったんだが、康太をいじめてた奴らは青いユニホームを着ていたんだよな?」
 「はい……。多分ですけど、ユニホームのような感じでした」
 僕の返事を聞くと同時に、スマホを取り出し『青いユニホーム 時代』と打ち、検索結果をクリックしていた。
 「ワールドカップが開催された影響かもしれん。男子小学生の間でもすごい人気だったみたいだ。その頃の事件を調べてみたら、詳しいことが分かるかもしれないな」

 『平成十四年 事件 大坪小学校 読み聞かせ』
 ……ヒットしてしまった。
 
 ◎通称・口結び女事件ー
 『自宅の浴槽にて口を縫われた女性の遺体を発見。
 長男・優斗くん。自室のベッドにて発見。
 死因は絞殺。幼い命まで……』
 
 「これに間違いないな。息子の名前も『優斗』だ」
 どうやら僕は、水を飲ませる少年に会っていたらしい。
 「この事件の被害者は、僕たちが見た親子の可能性が高いですね」
 「こんなことされたら、悔しいだろうな……。でも、人の命を奪ってはいけないんだ。どんな理由があろうとも。……だから俺は決めた!」
 缶酎ハイを片手で変形するほど握り、中身が勢いよく数滴飛び出した。
「先輩、酔ってます?」
「二本飲んだくらいで酔ったりするか!俺は、この親子を止める。絶対に止める」
「何を言ってるんですか?落ち着いてくださいよ」
「このまま放っておいたら、必ず次の犠牲者が出る」
「仮に止めるとしても、どうやって会うんですか」
「康太は小説家になりたいだろ。俺は、絵が上手い。だから、心配するな。俺には計画がある」
 親子を止める前に、支離滅裂な発言をしている先輩を、まず止めなければならないのかもしれない……。
 でも僕に止めることが出来るのだろうか。
 ……西陽に当たった本の匂いがふと鼻をかすめた。



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「確か、捨ててないと思ったわ」
 ファミレスを出た直後に、母から画像付きメールの返信が来た。
 拘束されていたので必然的に仕事は休みになり、帰宅する理由も特にない。なので茜色の空の下、先輩と肩を並べて歩いている。
「衝撃的な事実が判明しました」
 声のトーンを抑え棒読みで伝えた。
「なんだよ。かしこまった言い方して」
 先輩は鼻で笑っているが目はギラギラしている。
 「少年と同じものを持っていました」
 「特殊能力か……」
 「違いますよ!星のキーホルダーです!話の流れで分かってくださいよ」
 「主語がないんだよ、主語が。……って、何で康太も持ってるんだよ。あ、やっぱり特殊能力もお揃いだったりしてな。だって、康太は文字が見えるだろ」
 「確かに文字は見えますけど、僕は人間なので特殊能力は持っていません。そんな事言ってないで、話を聞いてくださいよ」
 キーホルダーを持っていた事を伝えるだけなのに、やり取りがめんどくさい。着眼点が鋭く、先輩の方が小説家に向いているのかもしれないと自虐的になった。
 「読み聞かせのことを思い出したので、母に聞いてみたんです。そしたら、ビンゴ!参加した子供達全員に配られていたんですよ」
 「なるほどな……。ってことは、少年と同じ学校に通っていたってことか」
 口をへの字にしながら摩った両腕には、鳥肌が立っていた。大きな体で驚きを全身で表現している。
 「まるで探偵みたいに調査とかして、謎解きできるかと思ったのにな」
 「それはフィクションの世界ですよ。でも、打ち切りになった理由があるはずなんです。なので当時の事を調べてみようかと……」
 何の約束もしていないのに、二人でコンビニ袋を下げ先輩の家に戻って来た。
 「俺も一緒に調べる。ここまで関わったのもきっと何かの縁だ」
「調べると言っても、ネット検索でその当時の事を調べれば、簡単にわかりそうだと思ったので、当時の事を母に聞いてみました。そしたら、思い出したんです……。僕は、大坪小学校に通っていました。読み聞かせの時期は、記憶違いで六月の中旬頃でした……」
 先輩はスナック菓子を広げ、缶酎ハイを片手にどっしりと座り、ホラー映画でも観るかのようにかまえている。
 ー※ その時の記憶が蘇る……。
 「帰りの会を終わりましょう」
 ガタガタと床が鳴り、机と椅子が次々と揃えられていく。
 やっと、僕の好きな水曜日になった。放課後に三十分だけの読み聞かせを、毎週心待ちにしている。しかし、楽しみを体感する前に必ず耐えなければいけない儀式がある。
 『康太は絵本だけが友達だもんな』
 『男のくせに気持ちが悪いんだよ』
 『康太の名前は今日から「くらお」だな』
 『くらお!くらお!』
 青いユニホームのような服を着た男子たちが、餌を待つ集団の鯉のように口をパクパクさせ、罵声を浴びせてくる。僕はこの時だけ、『耳なし芳一』の事を羨ましく思った。耳をなくせば、汚い言葉を聞かずに済むからだ。そして、顔はのっぺらぼうになればいいと思い、今回もやり過ごした。
 滑り込むように図書室に入り、西陽に照らされた本たちが放つ温かさを感じる匂いで心が浄化された。
 参加人数は両手で収まってしまう程で、陽だまりの中小さな背中を丸めながら、静かに聞き耳を立てている空気感がたまらなく好きだ。穏やかな気持ちに浸っていると、突然声をかけられた。
 「お兄ちゃんの名前は『くらお君なの?』……僕の名前は優斗」
 その子の両手には、花びらを包むかのように『星』がのせられていた。
 ――※
 スナック菓子にも手をつけず、苦虫を噛んだかのような表情をしている。
 「『くらお』ってあだ名の記憶に蓋をしてたのかもな。だから、キーホルダーを見てもすぐに思い出せなかったのかもしれない。人間の脳は辛いことや、痛みなど忘れるように出来ているって言うからな。鮮明に覚えていると、耐えられなくなって死んでしまうらしい……」
 心理学者なのかと思わせる発言に驚いてしまった。人の心に共感できるからこそ、暖かい絵を描けるのだろう。
 ……先輩は僕のように夢があるのだろうか。缶酎ハイを眺めながら、ふと関係のない事を考えていた。
 「康太!聞いてるのかよ」
 「あ、ごめんなさい、聞いてます」
 「気になったんだが、康太をいじめてた奴らは青いユニホームを着ていたんだよな?」
 「はい……。多分ですけど、ユニホームのような感じでした」
 僕の返事を聞くと同時に、スマホを取り出し『青いユニホーム 時代』と打ち、検索結果をクリックしていた。
 「ワールドカップが開催された影響かもしれん。男子小学生の間でもすごい人気だったみたいだ。その頃の事件を調べてみたら、詳しいことが分かるかもしれないな」
 『平成十四年 事件 大坪小学校 読み聞かせ』
 ……ヒットしてしまった。
 ◎通称・口結び女事件ー
 『自宅の浴槽にて口を縫われた女性の遺体を発見。
 長男・優斗くん。自室のベッドにて発見。
 死因は絞殺。幼い命まで……』
 「これに間違いないな。息子の名前も『優斗』だ」
 どうやら僕は、水を飲ませる少年に会っていたらしい。
 「この事件の被害者は、僕たちが見た親子の可能性が高いですね」
 「こんなことされたら、悔しいだろうな……。でも、人の命を奪ってはいけないんだ。どんな理由があろうとも。……だから俺は決めた!」
 缶酎ハイを片手で変形するほど握り、中身が勢いよく数滴飛び出した。
「先輩、酔ってます?」
「二本飲んだくらいで酔ったりするか!俺は、この親子を止める。絶対に止める」
「何を言ってるんですか?落ち着いてくださいよ」
「このまま放っておいたら、必ず次の犠牲者が出る」
「仮に止めるとしても、どうやって会うんですか」
「康太は小説家になりたいだろ。俺は、絵が上手い。だから、心配するな。俺には計画がある」
 親子を止める前に、支離滅裂な発言をしている先輩を、まず止めなければならないのかもしれない……。
 でも僕に止めることが出来るのだろうか。
 ……西陽に当たった本の匂いがふと鼻をかすめた。