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25.ハングリー精神とフィアット

ー/ー



「ケイちゃんがメシの支度したら、メシマズが感動して泣き出してさぁ。俺と一緒じゃ、ロクな洗脳されないとか言ってたクセになぁ! おとっつぁんはおとっつぁんで、この度は敬一がお世話になりましてとか言い出すから、チョー照れちったヨ! まぁ、ワリとイイ感じの家族ディナーじゃった」
「そう、よかったじゃん」

 鎌倉から戻ってきたシノさんは、直売所や道の駅でわんさと買って来た物や、実家から持たされたお土産なんかをダイニングテーブルにドバーッと並べてご満悦だ。
 シノさんが好き放題に並べた物は、敬一クンがきちんと選別し、干物やら漬物やらをセッセと冷蔵庫に入れている。
 シノさんは最初、電車で帰省する予定を立てていた。
 だけど、帰省するなら買ってきて欲しい物があると頼みに来たエビセンから、道の駅やら直売所の情報を聞き及んだシノさんが、土産の物色にノリノリになった。
 だけどシノさんの自家用車は選りにも選ってフィアット500だ。

 シノさんが車を購入出来る資金を手に入れた時、運転のしやすさとか乗り心地なんてモノを全部無視して、以前から欲しがっていたフィアット500を買った。
 俺はこの車がイタリア製だってことを、シノさんが購入して俺に運転をしろと言い出すまで知らなかった。
 だからアレのトランスミッションが、日本の一般的な知識とは掛け離れた、デュアなんとかってのが付いているってことも、当然知らなかった。
 このトランスミッションが実にクセモノで、ホントのところ車の所為なのか、俺の運転技術が悪いのか、運転している間ずっと悩んでしまうようなモノだった。
 今でこそかなり慣れたけど、マジで最初の頃は自分の運転技術の自信が根こそぎもっていかれそうになった。

 シノさんは技術的には問題無いが、資格的に問題が有るので運転をしてはイケナイ身の上だし、こりゃあ運転手として俺も一緒に行かなきゃダメかな……と思っていたんだけど。
 箱入り息子の天然気質に見える敬一クンは、インターハイで常連になるような強豪校でキャプテンになるようなハングリー精神を持ち合わせていて、俺もシノさんも知らないうちに、ポンコツフィアットをすっかり操作出来るようになっていた。
 曰く「多聞さんが居ない時に運転するとなったら、俺しかいないと思って」特訓していたそうだ。
 とにかく、それなら荷物も積めて小回りも効く車のほうが良いってことになり、フィアットで出掛けた。
 戻ってきた時フィアットの中は、土産物がギューギューに詰まっていた。
 でもその大荷物を部屋に運ぶのに、下からこの部屋まで階段を三往復したのに、敬一クンは息も切れてない。

「父が俺の進路変更を認めてくれたのは、此処で得ているものが父にも伝わったからだと思うんです。両親は俺の作った料理を喜んで食べてくれましたが、此処で暮らすようにならなかったら、俺は料理なんて一生出来なかったかもしれない」

 嬉しそうに語る敬一クンを見ていたら、初めて会った頃のことを思い出した。
 ペントハウスでシノさんと暮らし始めた当初の敬一クンは、自分でお湯も沸かしたことが無いみたいなお坊ちゃんだった。
 それが今じゃ、店の賄い料理まで達者にこなす料理名人だ。
 ほんの二ヶ月くらいのことなのに、ものすごく以前のことのような気がする。

「シノさんも久しぶりに椿サンとゆっくり出来て、良かったんじゃない?」
「どうかなぁ? メシマズは相変わらずで、別になんも変わってねかったぜ〜」

 シノさんは自分のことにはあんまり触れずに、敬一クンの話ばかりしているけれど、再婚した椿サンと息子のシノさんの間にミゾが無かったかと言えば、そんなことは無いと思う。

 椿サンの再婚が決まった時、シノさんの荒れっぷりはそりゃもう酷いものだった。
 色々とアレな性格をしているが、シノさんにはいくつか特筆すべき美点がある。
 その一つが "八つ当たり" をしないことなのだが、あの時ばかりはそれすら危うくなりそうなほどに、シノさんは苛立ちをつのらせていた。

 当時はなんで18歳にもなってまだ反抗期やってんの? みたいに思ったけど、その後ちらほら聞かされた話を総合すると、単なる反抗期の延長ではなく、それなりに椿サンの(ほう)にも身勝手な言い分を押し通そうとした様子も伺えたので、この双子母子ならモメるよな……と納得もした。

 椿サンには椿サンなりにシノさんのことを考えてとった行動だったことも想像出来たし、モメた挙げ句にシノさんがこっちに残ることになってしまい、椿サン的には「姑のところに息子を残して行く」って形になったために、屈託や気苦労があったと思う。
 でもシノさんの様子から、今回の帰省でそのミゾも埋まった感じがする。
 言葉に出して言わなくても、俺にはシノさんのそういう波長がワカル。

「ケイちゃんのおとっつぁんとは、今までちゃんと話したコト無かったから、そっちは新鮮じゃったヨ。ケイちゃんとはあんまし似とらんかったが、あのおとっつぁんは、なかなかのヒトじゃな」
「似てないの? それじゃ、お父さんはイケメンじゃないとか?」
「ンなワケなかろ、メシマズは超メンクイだぞ!」
「そっか。シノさんのお父さんもイケメンだったもんね」
「うい」
「なのに、似てないの?」
「ケイちゃんのおっかさんが美人で、ケイちゃんは、おっかさん似なんじゃん」
「ホントかなぁ?」

 シノさんの発言の根拠のなさと言うか、かなりいい加減な解説は、シノさんはその辺のことにあまり関心が無い感じしかしなかったが。
 でも、敬一クンとお父さん、シノさんと椿サンが、イイ感じに収まって、俺も嬉しかった。
 行き違ってしまった人間関係を修復するのは難しいが、やっぱりこれもシノさんの "強運" の恩恵なのかもしれない。


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「そう、よかったじゃん」
 鎌倉から戻ってきたシノさんは、直売所や道の駅でわんさと買って来た物や、実家から持たされたお土産なんかをダイニングテーブルにドバーッと並べてご満悦だ。
 シノさんが好き放題に並べた物は、敬一クンがきちんと選別し、干物やら漬物やらをセッセと冷蔵庫に入れている。
 シノさんは最初、電車で帰省する予定を立てていた。
 だけど、帰省するなら買ってきて欲しい物があると頼みに来たエビセンから、道の駅やら直売所の情報を聞き及んだシノさんが、土産の物色にノリノリになった。
 だけどシノさんの自家用車は選りにも選ってフィアット500だ。
 シノさんが車を購入出来る資金を手に入れた時、運転のしやすさとか乗り心地なんてモノを全部無視して、以前から欲しがっていたフィアット500を買った。
 俺はこの車がイタリア製だってことを、シノさんが購入して俺に運転をしろと言い出すまで知らなかった。
 だからアレのトランスミッションが、日本の一般的な知識とは掛け離れた、デュアなんとかってのが付いているってことも、当然知らなかった。
 このトランスミッションが実にクセモノで、ホントのところ車の所為なのか、俺の運転技術が悪いのか、運転している間ずっと悩んでしまうようなモノだった。
 今でこそかなり慣れたけど、マジで最初の頃は自分の運転技術の自信が根こそぎもっていかれそうになった。
 シノさんは技術的には問題無いが、資格的に問題が有るので運転をしてはイケナイ身の上だし、こりゃあ運転手として俺も一緒に行かなきゃダメかな……と思っていたんだけど。
 箱入り息子の天然気質に見える敬一クンは、インターハイで常連になるような強豪校でキャプテンになるようなハングリー精神を持ち合わせていて、俺もシノさんも知らないうちに、ポンコツフィアットをすっかり操作出来るようになっていた。
 曰く「多聞さんが居ない時に運転するとなったら、俺しかいないと思って」特訓していたそうだ。
 とにかく、それなら荷物も積めて小回りも効く車のほうが良いってことになり、フィアットで出掛けた。
 戻ってきた時フィアットの中は、土産物がギューギューに詰まっていた。
 でもその大荷物を部屋に運ぶのに、下からこの部屋まで階段を三往復したのに、敬一クンは息も切れてない。
「父が俺の進路変更を認めてくれたのは、此処で得ているものが父にも伝わったからだと思うんです。両親は俺の作った料理を喜んで食べてくれましたが、此処で暮らすようにならなかったら、俺は料理なんて一生出来なかったかもしれない」
 嬉しそうに語る敬一クンを見ていたら、初めて会った頃のことを思い出した。
 ペントハウスでシノさんと暮らし始めた当初の敬一クンは、自分でお湯も沸かしたことが無いみたいなお坊ちゃんだった。
 それが今じゃ、店の賄い料理まで達者にこなす料理名人だ。
 ほんの二ヶ月くらいのことなのに、ものすごく以前のことのような気がする。
「シノさんも久しぶりに椿サンとゆっくり出来て、良かったんじゃない?」
「どうかなぁ? メシマズは相変わらずで、別になんも変わってねかったぜ〜」
 シノさんは自分のことにはあんまり触れずに、敬一クンの話ばかりしているけれど、再婚した椿サンと息子のシノさんの間にミゾが無かったかと言えば、そんなことは無いと思う。
 椿サンの再婚が決まった時、シノさんの荒れっぷりはそりゃもう酷いものだった。
 色々とアレな性格をしているが、シノさんにはいくつか特筆すべき美点がある。
 その一つが "八つ当たり" をしないことなのだが、あの時ばかりはそれすら危うくなりそうなほどに、シノさんは苛立ちをつのらせていた。
 当時はなんで18歳にもなってまだ反抗期やってんの? みたいに思ったけど、その後ちらほら聞かされた話を総合すると、単なる反抗期の延長ではなく、それなりに椿サンの|方《ほう》にも身勝手な言い分を押し通そうとした様子も伺えたので、この双子母子ならモメるよな……と納得もした。
 椿サンには椿サンなりにシノさんのことを考えてとった行動だったことも想像出来たし、モメた挙げ句にシノさんがこっちに残ることになってしまい、椿サン的には「姑のところに息子を残して行く」って形になったために、屈託や気苦労があったと思う。
 でもシノさんの様子から、今回の帰省でそのミゾも埋まった感じがする。
 言葉に出して言わなくても、俺にはシノさんのそういう波長がワカル。
「ケイちゃんのおとっつぁんとは、今までちゃんと話したコト無かったから、そっちは新鮮じゃったヨ。ケイちゃんとはあんまし似とらんかったが、あのおとっつぁんは、なかなかのヒトじゃな」
「似てないの? それじゃ、お父さんはイケメンじゃないとか?」
「ンなワケなかろ、メシマズは超メンクイだぞ!」
「そっか。シノさんのお父さんもイケメンだったもんね」
「うい」
「なのに、似てないの?」
「ケイちゃんのおっかさんが美人で、ケイちゃんは、おっかさん似なんじゃん」
「ホントかなぁ?」
 シノさんの発言の根拠のなさと言うか、かなりいい加減な解説は、シノさんはその辺のことにあまり関心が無い感じしかしなかったが。
 でも、敬一クンとお父さん、シノさんと椿サンが、イイ感じに収まって、俺も嬉しかった。
 行き違ってしまった人間関係を修復するのは難しいが、やっぱりこれもシノさんの "強運" の恩恵なのかもしれない。