「あの、白砂サン」
「なにかね?」
「トイレどこですか?」
「そちらの廊下の奥の突き当りだ」
ミナミの部屋でトイレを借りるのなんてどうなの? とは思うが、正直それほど猫好きでは無い俺は、猫と戯れている白砂サンを見ているだけじゃ飽きてきた。
それに巌のごとく動かない長毛種の猫が重くて、足も痺れてきたのだ。
他人の家では息が抜ける場所などないが、とにかく気分を切り替えるために、俺はトイレを言い
訳にリビングから逃げ出した。
だが廊下もトイレも、やっぱり猫だらけだ。
と言うか、トイレは猫にとってもトイレの機能を果たしているらしく、馬鹿げて広いトイレに、カラフルな猫砂が敷き詰められた容器が防水シートの上にいくつも並べられていて、人間の通り道がギリギリ確保されている。
用を足す猫を眺めながら、自分も用を足す……という、ものすごくシュールな体験をしてトイレから出たところで、俺はギクリと固まった。
目の
前に子供が立っていたからだ。
二人天宮は双子のようにソックリだけど、目の
前の子供も二人天宮のミニチュア版としか言い様がないほど、ソックリの顔をしている。
この部屋に居るということは、ミナミの子供だろうか?
「や……やあ……」
ナケナシの愛想を最大限に駆使して、口の端を引っ張り上げて笑顔を作り、挨拶してやったのに。
子供は俺を睨みつけると、走って逃げて
行った。
ミナミもミナミなら、子供も子供だ。
「なんだよ、愛想ねェなぁ……」
自分のコミュ障は棚上げにして、俺は子供に呆れつつリビングに戻る。
すると、どっから湧いて出たやらミナミが居て、白砂サンと並んで座って話をしていた。
「あ、お邪魔してます」
ボショボショと冴えない挨拶をすると、華麗にスルーされて、更に凹む。
「それでは、おもちも豆大福も、おいおいそんな恐ろしい病気に罹患するのかね?」
猫をどかしてスペースを作り、俺がソファに座ると、白砂サンがなにやら深刻なことを言っている。
「おもちと豆大福はスコティッシュフォールドのミックスだ。高確率で、なると思うよ」
白砂サンにはマトモに口を利くんだな、コイツ。
しかし膝に自分の猫を抱えて、それを撫でている白砂サンはともかく。
部屋中の猫が気まぐれに寄ってくると、ミナミは白砂サン以上に素早くその頭を撫でたり、喉元をゴロつかせたりしている。
部屋に
入った時に、白砂サンもそこにいる猫を全部もれなく正確に素早く撫でて撫でて撫でまくっていたけど、ミナミのそれはその比じゃない。
顔は話相手の白砂サンを見ていて、手元は見てない。
だけどミナミの両手はそこにいる猫を全部、高速で撫でまくっていて、どこから猫が来ても撫で漏らしがない。
俺の目はミナミの猫撫での手管に釘付けだった。
この様子から察するに、ミナミは多分、名札を見なくてもココに居る100匹の猫の区別が付くんだろう。
「今のところ効果的な治療法が無い。定期的な通院が必要になるし、場合によっては手術もしなければならない」
「こんなに小さな命なのに、可哀想に……」
白砂サンはものすごくガッカリした顔で、手元の猫を撫でている。
「どうしたんです?」
「私が拾ったこの猫達は、先天的な遺伝子の病気を持っている可能性が高く、発病したら高額な医療費が掛かることを、ミナミが教えてくれたのだ」
「え……そうなの?」
「うむ。だが、私はさほどの蓄えを持っていない。ジジイとのトラブルで再三急遽の引っ越しをせざるを得ず、蓄えらしい蓄えを作ることが出来なかったからな。2匹の猫が両方発病したら、治療費を捻出するのが難しい」
「じゃあその猫、どうするの?」
「それでミナミが、引き取りを申し出てくれたのだ」
「あー……そうなんだ。でもさ、この家に居るなら、飼い主が
誰でも変わりないから、いいんじゃない?」
ミナミがあからさまに人を見下げたような目で俺を見る。
ムカッとしたけど、ミナミが俺と……それが例え言い合いだったとしても、会話するとは思えなかったので、黙っていた。
「確かに此処に居る猫達も、私に充分懐いてくれているとは思う。だが、やはり自分の仔だと思っているのと、ミナミの猫を遊ばせてもらうのとでは、気持ちに差が出てしまうからな……」
手元の猫を撫でながら俯いた白砂サンは、あんまり表情に変化は無かったけれど、とても寂しそうに見えた。