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3.エビセン視点:空気が読めない奴

ー/ー



 メゾンのそれぞれの部屋にあるキッチンもかなり広いが、ペントハウスのキッチンはその比ではない。
 東雲サンはかなりの偏食だが美味しいモノが大好きで、普段は怠惰傾向の人なのに、美味いモノを食うための手間は惜しまないらしく、キッチンには特に重きを置いてリフォームしたと言っている。

 実際、このキッチンに立つと納得する。

 ここには大抵の調理道具とか香辛料が、まるでレストランの厨房みたいにバッチリと揃っている。
 だが前述(ぜんじゅつ)の通り東雲サンはかなりの偏食というか、いわゆる辛味やエグ味が苦手な子供舌ってやつで、それらの食べ物を敬遠している。

 大人なんだから、苦手と言っても少しくらいなら平気だろうと思って、最初の頃に試しでチョイと辛味を利かせた料理を出したら、マジでそのまま爆発するんじゃないかと思うほど、一瞬のうちに顔が真っ赤になって、ボロボロ泣き出したのには驚いた。
 なので当然、ペントハウスのラインナップには唐辛子やら花椒みたいな香辛料は揃っておらず、そういった物を使いたい場合は、こちらで事前に調達してこなければならない。

 俺が一計を案じ、食卓に並べたメインディッシュの油淋鶏とカポナータは、
「エビちゃんの唐揚げ、絶品〜! こっちのカラフルな野菜炒めも、ニンニク効いててウマウマ! ムッチャご飯がススム〜!」

 と、東雲さんから期待通りの評価を得る事が出来た。

「兄さんは海老坂の炒め物だと、パプリカもピーマンもちゃんと食べるのが不思議だな」

 中師がしみじみと不思議そうに言ってるが、前述(ぜんじゅつ)の通り東雲サンの偏食傾向はわかりやすいので、素材の青臭さや苦味を消して、味を少し甘口にしておけばOKってコツを、俺が体得しているだけだ。
 しかもしみじみ不思議そうにしている中師だって、自分が炊事をする時にはちゃんと東雲さん好みの料理を作っている。
 それは中師自身が甘口好みだというのもあるが、コイツはコイツで東雲さんの "野生の勘" と同じ "天然のバランス感覚" を持っていて、意図せずそれを使ってるのだ。

「そんなコト言ったら、俺はモツだってセイちゃんのパイで初めて食ったぜ!」
「あのパイ美味しいですよね! 店で試食した時にビールが欲しくなっちゃって」

 自分が(ハイ)れる話題が出たところで、電ボが早速身を乗り出した。

「そうそう」
「そうそうって、シノさんはビール飲まないし、キドニーパイだって全然食べなかったじゃない?」

 脇からタモン氏がツッ込んだ。

「食べたよ」
「だって一切れしか取らなかったし」
「一人一切れって、セイちゃんに厳命されてるじゃん。セイちゃん怒るとおっかねェからな!」
「でも今日のキドニーパイは、端っこのパイ生地のとこだけ食べちゃって、あとは敬一クンに押っ付けてなかった? それにいつもは絶対、二切れ以上取って食べてて……」
「レ〜ン〜、なんか言ってるか〜?」
「なぁんにも!」

 この二人もまた絶妙なバランスで、仲良しコンビのボケ突っ込みを楽しんでるなぁ〜と思いつつ、俺もついでに東雲さんに対して適宜なアピールをしておいた。

「お兄さんが美味しいって言ってくれると、作り甲斐があって、また旨い料理作るぞって気合いが(ハイ)ります」
「うは、嬉しいコト言ってくれるなぁ! エビちゃんやアマホクがしょっちゅう作ってくれるから、うちのゴハンめっちゃ楽だし旨いし! ケイちゃんの友達は、みんな当たりくじだなぁ!」

 すると東雲さんの向こう側で、コグマが俺にしたり顔をしてみせる。
 如何にも「自分だけは解ってるから」と言いたげで、オマケにあからさまにタモン氏をバカにしたような顔までしているが、この場の空気を微塵も理解してないのは実はオマエだつーの。
 面倒くさいので俺は電ボをスルーして、東雲さんに話を合わせた。


§


「白砂さんって、怒るとそんなに恐いんですか?」
「んー、鬼軍曹ちゅーか、冷徹司令官みたいになっちうんだよナ。でもありゃ、セイちゃんチィッとオタクじゃから、ナリキリプレイっぽく、あーゆーノリになっちまうのかもナ」
「オタク?」
「セイちゃん、洋モノの映画やドラマ好きの、オタクなんさ。フィギュアとか、DVDなんかをいっぱい持っててサ、こないだ貸してくれたSFの映画も面白かったよなぁ、ケイちゃん?」
「ああ、あれはなかなか面白かったですね。最近のSFがかなり正確な物理や天体の知識を使ってる事にも、感心させられたし」
「衣装も凝ってたろ?」
「凄く豪華でしたね」
「きっとセイちゃん、ああいうののコスプレとかも、やってんじゃん」
「え! 白砂サン、コスプレなんかするんですか?」

 いきなり身を乗り出してきたコグマの電ボに向かって、東雲サンは片目を瞑り、舌をタッと鳴らしながら、指で銃のカタチを作って撃つポーズをした。

「だーからオタクっつったろが。ミリコスとかも好きらしいぞ」

 うんうんと頷きながら、東雲サンは親切に、コグマの電ボに向かって白砂氏攻略のための指導をしている。

「ま、俺がセイちゃんの気ィ惹きたかったら、先ずは映画に誘うぜ。それから飯食って、映画のスジを語り合う……なんて、むしろ往年の初回デートの鉄板じゃね?」
「兄さんは白砂さんの気を惹きたいんですか?」

 まさに想像の斜め上の王道とでも言うべき中師の頓珍漢な発言に、東雲サンは昭和のコントみたいにガクッとコケて見せた。

「俺じゃねーよ、コグマが、だよ」
「小熊さんが、白砂さんの気を惹きたいんですか?」
「うむ」
「なぜ?」
「そりゃあ、コグマがセイちゃんにホの字だからヨ」
「ちょっ、柊一サンっ、やめてくださいよぉ〜っ!」

 コグマはバタ臭いルックスにピッタリの、ガイジンの見本みたいなオーバーリアクションで両腕を振り回している。

「ほのじ?」

 本物の天然が完璧なボケをカマしてきたので、俺は中師の頭をグイっと引き寄せ、その耳にわかりやすい言葉で補足をしてやった。

「だーから、コグマは、白砂さんが好きなんだよ!」
「え?」

 恋愛に関しては知識ゼロどころかマイナスかもしれない天然相手には、小学生の子供を相手にしてるみたいに教えてやらなきゃ話が通じない。

「コグマは白砂サンの気を惹いて、特別に親密なお友達になりたがってんだよ!」
「ああ、……なるほど、そうなのか」

 ようやくナニカが理解できたようで、頷いた中師は大真面目な顔で、コグマに向かって本気のエールを送っている。

「頑張ってください」

 面白いから更に耳打ちをするフリをして、耳や首筋にフゥッと息を掛けてやったら、くすぐったがって顔を赤くしている。
 とんでもなく鈍感で無知なクセに、こーゆー時の反応がめっちゃくちゃイイとか、どんだけ俺を誘ってるんだ。
 だがこんだけ反応がイイってコトは、もっとキモチイイことを教えたら、コイツはその探求にどこまでもハマッて、収集がつかなくなるのは火を見るより明らかだ。
 なので俺は下腹部に悶々と欲望を溜めつつも、今は我慢をしておかねばならない。

「ああイイな〜、俺もエビちゃんみたいなカレシが欲しくなっちうな〜!」

 東雲サンの発言に、タモン氏が複雑な顔をしているが、しかしこの発言はタモン氏へのアテツケというよりも、ただ俺と中師の様子を面白がっているのだろう。
 だが空気を読まないコグマの電ボは、てっきりそれをタモン氏へのアテツケと捉えてて、コッチが呆れるほどの呆れ顔でタモン氏を眺めている。
 流石に東雲サンが、ハッキリとコグマに向けて言い(ハナ)った。

「おいコグマ! オマエも、ちったぁエビちゃん見習えよな! 社会人が大学生に手土産回してもらってちゃ、どっしょーもねーぞゴラぁ!」

 本音を言えば「もっとフルボッコにしてやってくださいよお兄さん!」……と言いたかったが、こんな根性無しを小突き回せばすぐにビービー泣き出すだろうし、そうすっとますます面倒になるだけだと思ったから、俺は黙っていた。


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 メゾンのそれぞれの部屋にあるキッチンもかなり広いが、ペントハウスのキッチンはその比ではない。
 東雲サンはかなりの偏食だが美味しいモノが大好きで、普段は怠惰傾向の人なのに、美味いモノを食うための手間は惜しまないらしく、キッチンには特に重きを置いてリフォームしたと言っている。
 実際、このキッチンに立つと納得する。
 ここには大抵の調理道具とか香辛料が、まるでレストランの厨房みたいにバッチリと揃っている。
 だが|前述《ぜんじゅつ》の通り東雲サンはかなりの偏食というか、いわゆる辛味やエグ味が苦手な子供舌ってやつで、それらの食べ物を敬遠している。
 大人なんだから、苦手と言っても少しくらいなら平気だろうと思って、最初の頃に試しでチョイと辛味を利かせた料理を出したら、マジでそのまま爆発するんじゃないかと思うほど、一瞬のうちに顔が真っ赤になって、ボロボロ泣き出したのには驚いた。
 なので当然、ペントハウスのラインナップには唐辛子やら花椒みたいな香辛料は揃っておらず、そういった物を使いたい場合は、こちらで事前に調達してこなければならない。
 俺が一計を案じ、食卓に並べたメインディッシュの油淋鶏とカポナータは、
「エビちゃんの唐揚げ、絶品〜! こっちのカラフルな野菜炒めも、ニンニク効いててウマウマ! ムッチャご飯がススム〜!」
 と、東雲さんから期待通りの評価を得る事が出来た。
「兄さんは海老坂の炒め物だと、パプリカもピーマンもちゃんと食べるのが不思議だな」
 中師がしみじみと不思議そうに言ってるが、|前述《ぜんじゅつ》の通り東雲サンの偏食傾向はわかりやすいので、素材の青臭さや苦味を消して、味を少し甘口にしておけばOKってコツを、俺が体得しているだけだ。
 しかもしみじみ不思議そうにしている中師だって、自分が炊事をする時にはちゃんと東雲さん好みの料理を作っている。
 それは中師自身が甘口好みだというのもあるが、コイツはコイツで東雲さんの "野生の勘" と同じ "天然のバランス感覚" を持っていて、意図せずそれを使ってるのだ。
「そんなコト言ったら、俺はモツだってセイちゃんのパイで初めて食ったぜ!」
「あのパイ美味しいですよね! 店で試食した時にビールが欲しくなっちゃって」
 自分が|入《ハイ》れる話題が出たところで、電ボが早速身を乗り出した。
「そうそう」
「そうそうって、シノさんはビール飲まないし、キドニーパイだって全然食べなかったじゃない?」
 脇からタモン氏がツッ込んだ。
「食べたよ」
「だって一切れしか取らなかったし」
「一人一切れって、セイちゃんに厳命されてるじゃん。セイちゃん怒るとおっかねェからな!」
「でも今日のキドニーパイは、端っこのパイ生地のとこだけ食べちゃって、あとは敬一クンに押っ付けてなかった? それにいつもは絶対、二切れ以上取って食べてて……」
「レ〜ン〜、なんか言ってるか〜?」
「なぁんにも!」
 この二人もまた絶妙なバランスで、仲良しコンビのボケ突っ込みを楽しんでるなぁ〜と思いつつ、俺もついでに東雲さんに対して適宜なアピールをしておいた。
「お兄さんが美味しいって言ってくれると、作り甲斐があって、また旨い料理作るぞって気合いが|入《ハイ》ります」
「うは、嬉しいコト言ってくれるなぁ! エビちゃんやアマホクがしょっちゅう作ってくれるから、うちのゴハンめっちゃ楽だし旨いし! ケイちゃんの友達は、みんな当たりくじだなぁ!」
 すると東雲さんの向こう側で、コグマが俺にしたり顔をしてみせる。
 如何にも「自分だけは解ってるから」と言いたげで、オマケにあからさまにタモン氏をバカにしたような顔までしているが、この場の空気を微塵も理解してないのは実はオマエだつーの。
 面倒くさいので俺は電ボをスルーして、東雲さんに話を合わせた。
§
「白砂さんって、怒るとそんなに恐いんですか?」
「んー、鬼軍曹ちゅーか、冷徹司令官みたいになっちうんだよナ。でもありゃ、セイちゃんチィッとオタクじゃから、ナリキリプレイっぽく、あーゆーノリになっちまうのかもナ」
「オタク?」
「セイちゃん、洋モノの映画やドラマ好きの、オタクなんさ。フィギュアとか、DVDなんかをいっぱい持っててサ、こないだ貸してくれたSFの映画も面白かったよなぁ、ケイちゃん?」
「ああ、あれはなかなか面白かったですね。最近のSFがかなり正確な物理や天体の知識を使ってる事にも、感心させられたし」
「衣装も凝ってたろ?」
「凄く豪華でしたね」
「きっとセイちゃん、ああいうののコスプレとかも、やってんじゃん」
「え! 白砂サン、コスプレなんかするんですか?」
 いきなり身を乗り出してきたコグマの電ボに向かって、東雲サンは片目を瞑り、舌をタッと鳴らしながら、指で銃のカタチを作って撃つポーズをした。
「だーからオタクっつったろが。ミリコスとかも好きらしいぞ」
 うんうんと頷きながら、東雲サンは親切に、コグマの電ボに向かって白砂氏攻略のための指導をしている。
「ま、俺がセイちゃんの気ィ惹きたかったら、先ずは映画に誘うぜ。それから飯食って、映画のスジを語り合う……なんて、むしろ往年の初回デートの鉄板じゃね?」
「兄さんは白砂さんの気を惹きたいんですか?」
 まさに想像の斜め上の王道とでも言うべき中師の頓珍漢な発言に、東雲サンは昭和のコントみたいにガクッとコケて見せた。
「俺じゃねーよ、コグマが、だよ」
「小熊さんが、白砂さんの気を惹きたいんですか?」
「うむ」
「なぜ?」
「そりゃあ、コグマがセイちゃんにホの字だからヨ」
「ちょっ、柊一サンっ、やめてくださいよぉ〜っ!」
 コグマはバタ臭いルックスにピッタリの、ガイジンの見本みたいなオーバーリアクションで両腕を振り回している。
「ほのじ?」
 本物の天然が完璧なボケをカマしてきたので、俺は中師の頭をグイっと引き寄せ、その耳にわかりやすい言葉で補足をしてやった。
「だーから、コグマは、白砂さんが好きなんだよ!」
「え?」
 恋愛に関しては知識ゼロどころかマイナスかもしれない天然相手には、小学生の子供を相手にしてるみたいに教えてやらなきゃ話が通じない。
「コグマは白砂サンの気を惹いて、特別に親密なお友達になりたがってんだよ!」
「ああ、……なるほど、そうなのか」
 ようやくナニカが理解できたようで、頷いた中師は大真面目な顔で、コグマに向かって本気のエールを送っている。
「頑張ってください」
 面白いから更に耳打ちをするフリをして、耳や首筋にフゥッと息を掛けてやったら、くすぐったがって顔を赤くしている。
 とんでもなく鈍感で無知なクセに、こーゆー時の反応がめっちゃくちゃイイとか、どんだけ俺を誘ってるんだ。
 だがこんだけ反応がイイってコトは、もっとキモチイイことを教えたら、コイツはその探求にどこまでもハマッて、収集がつかなくなるのは火を見るより明らかだ。
 なので俺は下腹部に悶々と欲望を溜めつつも、今は我慢をしておかねばならない。
「ああイイな〜、俺もエビちゃんみたいなカレシが欲しくなっちうな〜!」
 東雲サンの発言に、タモン氏が複雑な顔をしているが、しかしこの発言はタモン氏へのアテツケというよりも、ただ俺と中師の様子を面白がっているのだろう。
 だが空気を読まないコグマの電ボは、てっきりそれをタモン氏へのアテツケと捉えてて、コッチが呆れるほどの呆れ顔でタモン氏を眺めている。
 流石に東雲サンが、ハッキリとコグマに向けて言い|放《ハナ》った。
「おいコグマ! オマエも、ちったぁエビちゃん見習えよな! 社会人が大学生に手土産回してもらってちゃ、どっしょーもねーぞゴラぁ!」
 本音を言えば「もっとフルボッコにしてやってくださいよお兄さん!」……と言いたかったが、こんな根性無しを小突き回せばすぐにビービー泣き出すだろうし、そうすっとますます面倒になるだけだと思ったから、俺は黙っていた。