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2.エビセン視点:電書ボタルの電ボ

ー/ー



 俺は海老坂千里(えびさかせんり)
 高校を卒業する頃に設計をやってみようかという気になり、現在都内の大学に通っている。

 俺は自分で決めたことには自分でキッチリ落とし(まえ)をつける主義だ。
 だから、突然思い立って決めた進路ではあるが、大学の希望ランクは絶対に下げず一本に絞って受験した。
 当然合格し、今は毎日吸収することだらけで、フル回転している。

 講義が終わり自転車に荷物を載せて、神楽坂方面に向かって走り出しながら、俺は夕食のメニューを考えていた。
 今日もまたマエストロ神楽坂では、新しく雇われたパティシエの白砂氏が、試食用の菓子を作って赤ビルの住民一同に振る舞っているだろう。
 俺もその試食に加わっているが、白砂氏は──そのおかしな言動はさておき、調理師としての腕前はプロの中でもかなりの凄腕だ。

 美味いものが大好きでしかも甘党の中師を食い物で釣るのに、白砂氏と同じ土俵で勝負をしたって勝ち目は無い。
 俺は "美味いオカズで飯をガッツリ食わせるスタイル" なので、パティシエの白砂氏とは一線を画す……のだが。
 白砂氏の絶品洋菓子を試食したあとでは、洋風の食事は分が悪い。
 だからって安易に和食に持っていくのも、中師の義兄である東雲さんの偏食傾向を考えると、あまり上手い作戦じゃない。

 となったら手堅く点を取りに行く食卓は、多方面にガッツリ食えるフォーメーションでいっとくか……、などと考えつつ、輸入食材店とスーパーで食材を見繕う。
 以前に作って東雲さんが喜んで食べてくれたカポナータに、ニンニクがっつりの炒めものに負けない油淋鶏を中心にして、献立を決めた。
 自転車をメゾン・マエストロの駐輪場に駐めていると、厨房に繋がる扉がスッと開いて、白砂氏が顔を出す。

「おかえり、海老坂君。試食をするかね?」
「あ、ぜひ、いただきたいですね」

 当初から東雲さんは白砂氏のアップルパイを絶賛していて、実際白砂氏のアップルパイは絶品だった。
 というか白砂氏はレパートリーの中でもパイが得意料理のようで、毎日振る舞われている試食菓子の中でも、パイの出来栄えは一段と素晴らしい。
 だが美味いは美味いのだが、こう毎日毎日菓子ばかりを提供されると、やっぱりパティシエってのはお菓子屋なんだなぁと俺は思っていた。

「今日はどんな菓子ですか?」
「今日は、キドニーパイだよ」
「キドニーパイ? そりゃ、どんなパイですか?」
「本来は、イノシシやシカなどの腎臓を角切りで使った食事パイの事だよ。だが基本的に腎臓を使っていれば、全てキドニーパイと呼ばれるね。ジビエの肉に馴染みが無いとクセが強すぎるので、現在では牛や羊を使用する(ほう)が一般的だ。今日の私のキドニーパイも、牛の腎臓を使っている。食べやすいようにミンチにして、通常の赤みの肉も使い、トマトや玉ねぎやマッシュルームなども混ぜて、シチューのように仕上げた。だが腎臓が混ぜてあると言ったら、やはり敬遠されてしまったようで、いつもよりも残ってしまったね」

 聞き慣れない単語につい質問をしてしまったのだが、白砂氏の説明のクドさに、俺は質問した事を微妙に後悔していた。

「それで、試食はするかね?」

 最初に声を掛けられた理由を忘れそうになっていたが、改めて問われて、それを思い出す。

「あ、はい、いただきます」

 食った事が無い物は選り好みをせず一度は食っておくべき──ってのが俺のポリシーだから、そこは素直にお願いをした。


§


 表のカフェに向かうと、そこには半ホールより多めのパイが置いてあり、俺の(あと)から表に出てきた白砂氏は、パイを食べる為にカトラリーと皿それに大きめのティーポットとティーカップをテーブルに配膳してくれた。
 俺はケーキサーバーでパイを一切れ皿に取ると、用意された椅子に座ってキドニーパイを一口食った。

「うっ……ま……」

 思わず、ため息と言うか、声が出てしまった。
 確かに匂いにクセがある。
 が、香辛料でしっかり臭みが消されていて、むしろいい意味でクセになる匂いだと思う。
 具はミンチ肉とざく切りの玉ねぎと、四つ切りにされたマッシュルーム。
 ティーカップに注がれた濃いめの紅茶も、合うっちゃ合うが、出来ればビールと一緒に欲しくなる一品だ。

 とは言え俺はまだ学生で、こんなカフェの店頭で大っぴらにビールを堪能出来る身分じゃない。
 もどかしいジレンマに一人で唸りながら、パイをガツガツ食う感じになっていると、カフェの開かれたフランス窓から同居人のコグマが(ハイ)ってきた。

「おう、コグマ。ベストタイミングだな」

 俺が声を掛けると、コグマは思いっきり残念そうな顔になった。

「ええっ、試食が全部なくなっちゃったの?」
「何言ってんだ、そりゃバッドタイミングだろ。俺はベストって言ったんだぜ、英会話先生」
「あ〜、良かった……。僕が一番帰宅時間の縛りがあるから、心配だったんだよ」

 まったくもってコイツは、常に自分アピールがうざい。
 美形な顔がついていれば、ころっと岡惚れしてしまう様子に "いい顔" してやったら、なんの警戒心も持たずに同居を申し出てきた。

 予想に反して中師が都内の学校に入学したという話を聞き、慌てて様子を見に来たら、直下にアパートがあるのに満室。
 どうしたものかと思っていたところだったので、遠慮なくシェアをさせてもらった。
 だが、うざく言い寄られても面倒だったので、初日に少々威嚇してみたら、予想以上にビビりまくって、年上でしかも俺よりはるかにでかいガタイの大男のクセして、俺とまともに口もきけなくなってしまったのだ。

 だが先日の幽霊騒動でビビる対象が「幽霊 > 俺」になったらしく、騒動以降は俺に対しても普通に口をきくようになった。
 と言ってもコグマの態度は部活時代の後輩みたいで、未だに俺には腰が引けているようだ。
 食い物に目が眩んだらしいコグマは、テーブルに置かれている半ホールのパイに目をやった。

「それで、今日はどんなパイなんだい?」
「キドニーパイだと」
「キドニー? それって、腎臓?」
「まあ、モツだな。でも晩飯に出されても文句ないくらい、美味いぜ。だがココの住人には、この美味さがワカラン奴が多いらしくて、今日はいつもの1人に一切れルールが適用されないってさ」
「へえ、そうなんだ。なんか、モツとパイって、あんまり一緒に考えられない感じだけど」
「白砂サンの解説によると、本場のジビエなキドニーパイはクセがありすぎるんで、コレは牛の腎臓を使ってて、赤身の肉も混ぜてシチューっぽく仕立ててあるってさ」

 先程、白砂氏にされた説明をザックリしてやっていると、厨房から白砂氏が現れた。
 カフェと厨房の間には5〜6mほどの廊下がある。
 廊下の奥の厨房もかなり広いし、調理ってのは結構ガタガタと音がするし、そもそも作業中ってのは他の事に神経が行かなくなるものだ。
 だがそうやって厨房で作業をしてても、白砂氏はカフェに人が(ハイ)ってくるとすぐに気付いて、様子を見に店頭に出てくるので本当に驚く。
 というか厨房の裏で駐輪していた時もそうなのだが、白砂氏は店のフロアのみならず、周囲の物音や人の気配を素早く察知しては、いちいち確認するみたいに顔を出してきて、俺はこの人のこの習癖を正直ウザイと感じている。

「パイを食べるかね?」
「はい、いただきます!」

 白砂氏がコグマに問うと、コグマは勢い込んで即答した。
 そういえば、東雲さんは「電ボがまた発病した」と言っていたことを思い出す。

 俺は "電ボ" がなんなのか知らないが、つまりはこのコグマの岡惚れ癖、つまり "惚れっぽい奴" の代名詞なんだろう。
 なんたってこのビビりの電ボは、俺が目をつけてきたメゾンの部屋をちゃっかり先取りしてやがって、計画の邪魔をされた俺がハラワタ煮えくり返らせて睨みつけていたのにも全然気付かず、俺の顔貌に鼻の下を伸ばしていたようなKYの面食い野郎だ。
 白砂氏は俺にしてくれたのと同じように、コグマにもカトラリーと皿とティーポットとカップを用意していたが、電ボはその姿をうっとりと眺めていた。


§


「紅茶は無糖のままを勧めるぜ。熱くて渋味の強い紅茶の(ほう)が合うパイだ」
「いただきます」

 コグマはパイを一口食べると、俺の顔を見た。

「わあ、すごく美味しい! 確かにこれは、モツだね。でもモツ煮とかと全然違うなぁ。僕は今まで食べた白砂サンのパイの中でも、これが一番好きだな。お茶じゃなくてビールが欲しくなっちゃうよ!」
「贅沢言ってんじゃねぇよ、ココはパブじゃなくて、カフェだぜ」
「それはそうだけど、海老坂クンだってビールを呑んでればこの気持ちわかると思うよ! このパイにはもう絶対に、紅茶じゃなくてビールだよ!」

 そんなことは電ボ如きに言われなくとも、俺自身がすでにそう思っていた。
 だが俺の嗜好や実生活はさておき、表向きの俺はまだアルコールは御法度の学生だ。
 だというのにこの自己中な電ボ野郎は、絶妙なタイミングでお気楽発言を連発してきて、人を苛立たせてくれる。
 無神経な口をちょっと黙らせるのに、こっちから弄り返してやることにした。

「しっかしオマエも懲りない男だよなぁ! 東雲さんが、コグマがまた発病したって笑ってたぞ」
「え……、それ、なんのコト?」
「ヒ・ト・メ・ボ・レ」
「ええっ!?」
「最初は幽霊だってビビってたのに、今は幽霊に恋焦がれてるってか? 懲りねェつーか、面白ェつーか」

 ちょいちょいと手に持ったフォークで厨房を指し示すと、コグマは呆れるほど狼狽えた。

「えっ、海老坂クンっ、なんでそのコト知ってるのっ?」
「なんでもヘチマも。オマエの態度、ミエミエじゃんか」
「ええっ! ……そ、そんなに、態度に出てる……?」
「パンツくらい履いとけってくらい、丸出し」

 あんなあからさまな態度を取ってて、バレてないと思ってたのにも呆れるが、これまたあからさまにしょぼくれた顔をされると、さすがにちょっと哀れになってしまう。

「しょぼくれてんじゃねぇよ、デッカい図体してだらしねェな! 白砂サンはゲイだってカミングアウトしてんだから、これからバリバリアタックすりゃいいじゃねぇか」
「え! 聖一サン、カミングアウトしてるの!?」

 想像の斜め上どころか、他人の言動にまったく注意を払ってないコグマには、ほとほと呆れる。

「オマエはどんだけビビリ熊なんだ? あン時のコト、マジで何にも覚えてねェの?」
「だって、階段から落ちた(あと)は、打ち身が痛かったから……」
「あー、そーだったなぁ。オマエもヘタレも、コンクリ階段を雪崩落ちて打ち身だけっての、ある意味感心したわ。特にヘタレはオマエのようなデカブツに押し潰されたのに、骨折もしてなくてなぁ。人間なんかしら取り柄があるもんだナー」

 どこまで()っても自己弁護ばかりの電ボとの会話にややうんざりしていたら、フロアに中師が顔を出した。
 軍手をして工具箱を下げているところを見ると、エレベーターの点検でもしてきたのだろう。

 このビルはかなりのオンボロ物件だが、歴代のオーナーがろくに手入れもせずに酷使してきたエレベーターは、中師がメンテナンスをし始めたばかりの頃は、そりゃあヒドイ有様だったらしい。
 だが理系志望の中師は機械いじりにも結構ハマったらしく、その難物のエレベーターを日々せっせとメンテしていて、俺がここに住んでからは何のトラブルもなく可動している。

 誰から見ても優秀な優等生の中師は、この年齢になるまでイイコちゃんの鑑みたいに、親父サンの言葉に従ってきた。
 俺と中師はどちらも早くに母親を無くしているのだが、俺の親父は水商売上がりの外面如菩薩内心如夜叉の見本みたいな女と再婚してくれた。
 それに対して中師の親父さんは、東雲さんの実母であり、東雲さん同様にブッ飛んだ性格の女性と再婚したのだが、そのブッ飛び方はキドニーパイと同じようにいい意味のクセであり、中師は筋の通った格好いい女性から真っ当な愛情を受けて育ってきたのだろう。
 そんな女性を選んだ中師の親父さんを、俺は密かに尊敬していたりする。

 というのも俺の家は、中師の家とは校区が違うのだが、距離的には割と近所なので、地域の活動みたいなものに参加をする折に、子供の頃から中師の家族とは面識があった。
 パッと見ただけでも、中師の親父さんは知的で穏やかな紳士って感じだし、見るからにガサツな土建屋丸出しのイノシシみたいな俺のバカ親父とは、月とスッポンだ。
 だが俺が中師の親父さんを尊敬しているのは、そんなルックスの話じゃない。

 良家の坊っちゃん的なおっとり気質はそのままに、肝心な時には仕事や勝負に徹する闘争心を併せ持った、なんとも魅力的なONとOFFのある性格に中師を育てたその手腕を尊敬しているのだ。
 俺は中師の色気がダダ漏れしてる容姿に性欲を滾らせてる(わけ)だが、それ以上に中師の勝負に熱くなる性質と天然気質との絶妙なバランスに、所有欲をそそられてやまない。


§


 フロアに(ハイ)ってきた中師に、俺が声を掛けようとしたところで、またもや厨房から白砂氏が顔を出してきて中師を呼び()めた。

「敬一、こちらへ来てくれ」

 俺も部活などで年功序列ってヤツを散々叩き込まれてきたが、生真面目な中師はそれを額面通りに実践している。
 だから当然、年長の白砂氏に呼ばれれば、要件の内容よりもそっちの声を優先するに決まっている。
 俺は話そうと思っていたことは全部後回しにして、厨房に向かう中師に声を掛けた。

「おい中師。俺、先に上に()って、メシの支度を始めとくから」
「ああ、よろしく頼む」

 俺に向かって返事をしながら、中師は手を振って厨房に向かう。
 するともう存在も忘れかけていたコグマの電ボが、羨ましそうな顔で訊ねてきた。

「海老坂クン、今日は柊一サンのところで夕食の支度するの?」
「まぁな。食べさせてもらってばっかじゃカッコつかねェからな、たまにはこっちもイイトコ見せないと」
「そう。海老坂クンは料理が出来て良いなあ。僕は殆ど出来ないから、あまり手伝いになれないんだけど、一緒に()って良いかな?」

 案の定と言うか、予想通りと言うか、コグマの口から悪気の無いタカリ的なセリフが垂れ流れてくる。

 ペントハウスのダイニングやリビングの主催者である東雲サンは、誰がどんな(ふう)に出入りをして、そこで自由に飲食をしてても気にしてる素振りはナイ。
 だからって図々しい奴に(ハイ)り込まれて、好き放題に飲み食いされているのかというと、そうでもないように思う。

 この無自覚なタカリであるコグマのことも、適当にイジって面白がることで自分の娯楽品扱いにしているし、それに時折どう見てもカツアゲみたいなふざけた態度を装いながら、コグマが飲み食いした経費に相当するものを、金銭やら物品やら労働力でシッカリ徴収しているからだ。

 東雲サンの相棒のヘタレのタモン氏が中師に話したところによると、東雲サンは数字が苦手で、金勘定がまったく出来ないらしい。
 実際、具体的な数字に関しては、東雲さんはキチンとした勘定が一切出来ないようだ。

 だが数字の勘定はしていなくても、全体の採算は東雲さん独自の "野生の勘" みたいなモノでプラマイをちゃんと合わせている印象がある。
 誰彼構わずお出入り自由にさせているペントハウスだが、セコいタカリをのさばらせたりすることなく、常に上下をハッキリさせつつ気安く皆が利用出来る場所って感じに上手く展開させている。

 正直、料理が出来ないコグマが毎日入り浸ってきても、東雲さんは東雲さんのやり(かた)でコグマを利用し、コグマの居場所を設けていてくれるだろう。
 それどころかコグマ自身のやりようによっては、もっと良いポジションを獲得する事も可能だと思う。
 そういう意味ではあのヘタレのタモン氏の(ほう)が、よっぽど自分の立ち回りに気を使っている。

 俺は最初の頃、コグマとタモン氏は似たり寄ったりのビビリの腰抜けと思っていた。
 だが少し観察してたら、ビビリはビビリでもその中身は似ても似つかぬ、タモン氏はちゃんと気遣いの出来るビビリで、ああ見えて実はかなり使える人物だ。
 今のままの状況が続けば、店のフロアでもペントハウスでもタモン氏はちゃくちゃくと評価や信用を得るだろうし、最終的にはメゾン内での人気や人望の順位にも大差がついてしまうだろう。
 そのへんのことを、この軽薄な電ボも、もぅちっと考えるようになれればいいんだが。

「来たけりゃ来ても構わねェだろうけど、東雲さんトコの晩飯をちょくちょくご相伴したいと思ってるなら、ちっとは料理覚えろよ。役立たずがただくっついて来てるだけじゃカッコつかねェぞ」
「キミ達はどうしてそんなに料理が出来るんだい? 大学生になったばかりで今まで実家にいたなら、料理する必要なんか無かったと思うケド」

 全く呆れるほど、この電ボは己の事しか考えてないし、己しか見ていない。

「オマエだって、競技もやってないのにそんだけガタイ鍛えてるのには、理由があるだろ」
「え? そりゃあ、まあ……」
「同じだよ。俺は食い意地張ってるヤツを狙ってんだ、料理くらい覚えるさ」
「ああ、そういう……」

 試食のパイも食べ終わったし、俺は "一応ルームメイト(苦笑)" の男に少々手を貸してやる事にした。

「東雲さんへの差し入れに買ってきたんだ。譲ってやるから、オマエからの差し入れつって東雲さんに渡しとけ。ちっとはカッコつくぜ」

 俺は輸入食品店の手提げ袋をコグマに渡した。

「わあ、ありがとう!」

 だが、呆れた事にこの後生(ごしょう)楽な電ボは、嬉しそうに紙袋を受け取ってニコニコしているだけなのだ。
 年下の学生に気遣いまでさせてて、自分は何もしないまま平気の平左ってのには本当に呆れ果てる。

「誰もタダでやるなんて言ってねェだろ、代金払え」

 俺がレシートを突き出すと、電ボはびっくりしたような顔をした。
 ポケットから財布を出してきたものの、本当に "額面通り" の金額を数えて俺に小銭をジャラジャラ渡してきやがったのには、もう呆れを通り越して溜息も出なかった。


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 俺は|海老坂千里《えびさかせんり》。
 高校を卒業する頃に設計をやってみようかという気になり、現在都内の大学に通っている。
 俺は自分で決めたことには自分でキッチリ落とし|前《まえ》をつける主義だ。
 だから、突然思い立って決めた進路ではあるが、大学の希望ランクは絶対に下げず一本に絞って受験した。
 当然合格し、今は毎日吸収することだらけで、フル回転している。
 講義が終わり自転車に荷物を載せて、神楽坂方面に向かって走り出しながら、俺は夕食のメニューを考えていた。
 今日もまたマエストロ神楽坂では、新しく雇われたパティシエの白砂氏が、試食用の菓子を作って赤ビルの住民一同に振る舞っているだろう。
 俺もその試食に加わっているが、白砂氏は──そのおかしな言動はさておき、調理師としての腕前はプロの中でもかなりの凄腕だ。
 美味いものが大好きでしかも甘党の中師を食い物で釣るのに、白砂氏と同じ土俵で勝負をしたって勝ち目は無い。
 俺は "美味いオカズで飯をガッツリ食わせるスタイル" なので、パティシエの白砂氏とは一線を画す……のだが。
 白砂氏の絶品洋菓子を試食したあとでは、洋風の食事は分が悪い。
 だからって安易に和食に持っていくのも、中師の義兄である東雲さんの偏食傾向を考えると、あまり上手い作戦じゃない。
 となったら手堅く点を取りに行く食卓は、多方面にガッツリ食えるフォーメーションでいっとくか……、などと考えつつ、輸入食材店とスーパーで食材を見繕う。
 以前に作って東雲さんが喜んで食べてくれたカポナータに、ニンニクがっつりの炒めものに負けない油淋鶏を中心にして、献立を決めた。
 自転車をメゾン・マエストロの駐輪場に駐めていると、厨房に繋がる扉がスッと開いて、白砂氏が顔を出す。
「おかえり、海老坂君。試食をするかね?」
「あ、ぜひ、いただきたいですね」
 当初から東雲さんは白砂氏のアップルパイを絶賛していて、実際白砂氏のアップルパイは絶品だった。
 というか白砂氏はレパートリーの中でもパイが得意料理のようで、毎日振る舞われている試食菓子の中でも、パイの出来栄えは一段と素晴らしい。
 だが美味いは美味いのだが、こう毎日毎日菓子ばかりを提供されると、やっぱりパティシエってのはお菓子屋なんだなぁと俺は思っていた。
「今日はどんな菓子ですか?」
「今日は、キドニーパイだよ」
「キドニーパイ? そりゃ、どんなパイですか?」
「本来は、イノシシやシカなどの腎臓を角切りで使った食事パイの事だよ。だが基本的に腎臓を使っていれば、全てキドニーパイと呼ばれるね。ジビエの肉に馴染みが無いとクセが強すぎるので、現在では牛や羊を使用する|方《ほう》が一般的だ。今日の私のキドニーパイも、牛の腎臓を使っている。食べやすいようにミンチにして、通常の赤みの肉も使い、トマトや玉ねぎやマッシュルームなども混ぜて、シチューのように仕上げた。だが腎臓が混ぜてあると言ったら、やはり敬遠されてしまったようで、いつもよりも残ってしまったね」
 聞き慣れない単語につい質問をしてしまったのだが、白砂氏の説明のクドさに、俺は質問した事を微妙に後悔していた。
「それで、試食はするかね?」
 最初に声を掛けられた理由を忘れそうになっていたが、改めて問われて、それを思い出す。
「あ、はい、いただきます」
 食った事が無い物は選り好みをせず一度は食っておくべき──ってのが俺のポリシーだから、そこは素直にお願いをした。
§
 表のカフェに向かうと、そこには半ホールより多めのパイが置いてあり、俺の|後《あと》から表に出てきた白砂氏は、パイを食べる為にカトラリーと皿それに大きめのティーポットとティーカップをテーブルに配膳してくれた。
 俺はケーキサーバーでパイを一切れ皿に取ると、用意された椅子に座ってキドニーパイを一口食った。
「うっ……ま……」
 思わず、ため息と言うか、声が出てしまった。
 確かに匂いにクセがある。
 が、香辛料でしっかり臭みが消されていて、むしろいい意味でクセになる匂いだと思う。
 具はミンチ肉とざく切りの玉ねぎと、四つ切りにされたマッシュルーム。
 ティーカップに注がれた濃いめの紅茶も、合うっちゃ合うが、出来ればビールと一緒に欲しくなる一品だ。
 とは言え俺はまだ学生で、こんなカフェの店頭で大っぴらにビールを堪能出来る身分じゃない。
 もどかしいジレンマに一人で唸りながら、パイをガツガツ食う感じになっていると、カフェの開かれたフランス窓から同居人のコグマが|入《ハイ》ってきた。
「おう、コグマ。ベストタイミングだな」
 俺が声を掛けると、コグマは思いっきり残念そうな顔になった。
「ええっ、試食が全部なくなっちゃったの?」
「何言ってんだ、そりゃバッドタイミングだろ。俺はベストって言ったんだぜ、英会話先生」
「あ〜、良かった……。僕が一番帰宅時間の縛りがあるから、心配だったんだよ」
 まったくもってコイツは、常に自分アピールがうざい。
 美形な顔がついていれば、ころっと岡惚れしてしまう様子に "いい顔" してやったら、なんの警戒心も持たずに同居を申し出てきた。
 予想に反して中師が都内の学校に入学したという話を聞き、慌てて様子を見に来たら、直下にアパートがあるのに満室。
 どうしたものかと思っていたところだったので、遠慮なくシェアをさせてもらった。
 だが、うざく言い寄られても面倒だったので、初日に少々威嚇してみたら、予想以上にビビりまくって、年上でしかも俺よりはるかにでかいガタイの大男のクセして、俺とまともに口もきけなくなってしまったのだ。
 だが先日の幽霊騒動でビビる対象が「幽霊 > 俺」になったらしく、騒動以降は俺に対しても普通に口をきくようになった。
 と言ってもコグマの態度は部活時代の後輩みたいで、未だに俺には腰が引けているようだ。
 食い物に目が眩んだらしいコグマは、テーブルに置かれている半ホールのパイに目をやった。
「それで、今日はどんなパイなんだい?」
「キドニーパイだと」
「キドニー? それって、腎臓?」
「まあ、モツだな。でも晩飯に出されても文句ないくらい、美味いぜ。だがココの住人には、この美味さがワカラン奴が多いらしくて、今日はいつもの1人に一切れルールが適用されないってさ」
「へえ、そうなんだ。なんか、モツとパイって、あんまり一緒に考えられない感じだけど」
「白砂サンの解説によると、本場のジビエなキドニーパイはクセがありすぎるんで、コレは牛の腎臓を使ってて、赤身の肉も混ぜてシチューっぽく仕立ててあるってさ」
 先程、白砂氏にされた説明をザックリしてやっていると、厨房から白砂氏が現れた。
 カフェと厨房の間には5〜6mほどの廊下がある。
 廊下の奥の厨房もかなり広いし、調理ってのは結構ガタガタと音がするし、そもそも作業中ってのは他の事に神経が行かなくなるものだ。
 だがそうやって厨房で作業をしてても、白砂氏はカフェに人が|入《ハイ》ってくるとすぐに気付いて、様子を見に店頭に出てくるので本当に驚く。
 というか厨房の裏で駐輪していた時もそうなのだが、白砂氏は店のフロアのみならず、周囲の物音や人の気配を素早く察知しては、いちいち確認するみたいに顔を出してきて、俺はこの人のこの習癖を正直ウザイと感じている。
「パイを食べるかね?」
「はい、いただきます!」
 白砂氏がコグマに問うと、コグマは勢い込んで即答した。
 そういえば、東雲さんは「電ボがまた発病した」と言っていたことを思い出す。
 俺は "電ボ" がなんなのか知らないが、つまりはこのコグマの岡惚れ癖、つまり "惚れっぽい奴" の代名詞なんだろう。
 なんたってこのビビりの電ボは、俺が目をつけてきたメゾンの部屋をちゃっかり先取りしてやがって、計画の邪魔をされた俺がハラワタ煮えくり返らせて睨みつけていたのにも全然気付かず、俺の顔貌に鼻の下を伸ばしていたようなKYの面食い野郎だ。
 白砂氏は俺にしてくれたのと同じように、コグマにもカトラリーと皿とティーポットとカップを用意していたが、電ボはその姿をうっとりと眺めていた。
§
「紅茶は無糖のままを勧めるぜ。熱くて渋味の強い紅茶の|方《ほう》が合うパイだ」
「いただきます」
 コグマはパイを一口食べると、俺の顔を見た。
「わあ、すごく美味しい! 確かにこれは、モツだね。でもモツ煮とかと全然違うなぁ。僕は今まで食べた白砂サンのパイの中でも、これが一番好きだな。お茶じゃなくてビールが欲しくなっちゃうよ!」
「贅沢言ってんじゃねぇよ、ココはパブじゃなくて、カフェだぜ」
「それはそうだけど、海老坂クンだってビールを呑んでればこの気持ちわかると思うよ! このパイにはもう絶対に、紅茶じゃなくてビールだよ!」
 そんなことは電ボ如きに言われなくとも、俺自身がすでにそう思っていた。
 だが俺の嗜好や実生活はさておき、表向きの俺はまだアルコールは御法度の学生だ。
 だというのにこの自己中な電ボ野郎は、絶妙なタイミングでお気楽発言を連発してきて、人を苛立たせてくれる。
 無神経な口をちょっと黙らせるのに、こっちから弄り返してやることにした。
「しっかしオマエも懲りない男だよなぁ! 東雲さんが、コグマがまた発病したって笑ってたぞ」
「え……、それ、なんのコト?」
「ヒ・ト・メ・ボ・レ」
「ええっ!?」
「最初は幽霊だってビビってたのに、今は幽霊に恋焦がれてるってか? 懲りねェつーか、面白ェつーか」
 ちょいちょいと手に持ったフォークで厨房を指し示すと、コグマは呆れるほど狼狽えた。
「えっ、海老坂クンっ、なんでそのコト知ってるのっ?」
「なんでもヘチマも。オマエの態度、ミエミエじゃんか」
「ええっ! ……そ、そんなに、態度に出てる……?」
「パンツくらい履いとけってくらい、丸出し」
 あんなあからさまな態度を取ってて、バレてないと思ってたのにも呆れるが、これまたあからさまにしょぼくれた顔をされると、さすがにちょっと哀れになってしまう。
「しょぼくれてんじゃねぇよ、デッカい図体してだらしねェな! 白砂サンはゲイだってカミングアウトしてんだから、これからバリバリアタックすりゃいいじゃねぇか」
「え! 聖一サン、カミングアウトしてるの!?」
 想像の斜め上どころか、他人の言動にまったく注意を払ってないコグマには、ほとほと呆れる。
「オマエはどんだけビビリ熊なんだ? あン時のコト、マジで何にも覚えてねェの?」
「だって、階段から落ちた|後《あと》は、打ち身が痛かったから……」
「あー、そーだったなぁ。オマエもヘタレも、コンクリ階段を雪崩落ちて打ち身だけっての、ある意味感心したわ。特にヘタレはオマエのようなデカブツに押し潰されたのに、骨折もしてなくてなぁ。人間なんかしら取り柄があるもんだナー」
 どこまで|行《い》っても自己弁護ばかりの電ボとの会話にややうんざりしていたら、フロアに中師が顔を出した。
 軍手をして工具箱を下げているところを見ると、エレベーターの点検でもしてきたのだろう。
 このビルはかなりのオンボロ物件だが、歴代のオーナーがろくに手入れもせずに酷使してきたエレベーターは、中師がメンテナンスをし始めたばかりの頃は、そりゃあヒドイ有様だったらしい。
 だが理系志望の中師は機械いじりにも結構ハマったらしく、その難物のエレベーターを日々せっせとメンテしていて、俺がここに住んでからは何のトラブルもなく可動している。
 誰から見ても優秀な優等生の中師は、この年齢になるまでイイコちゃんの鑑みたいに、親父サンの言葉に従ってきた。
 俺と中師はどちらも早くに母親を無くしているのだが、俺の親父は水商売上がりの外面如菩薩内心如夜叉の見本みたいな女と再婚してくれた。
 それに対して中師の親父さんは、東雲さんの実母であり、東雲さん同様にブッ飛んだ性格の女性と再婚したのだが、そのブッ飛び方はキドニーパイと同じようにいい意味のクセであり、中師は筋の通った格好いい女性から真っ当な愛情を受けて育ってきたのだろう。
 そんな女性を選んだ中師の親父さんを、俺は密かに尊敬していたりする。
 というのも俺の家は、中師の家とは校区が違うのだが、距離的には割と近所なので、地域の活動みたいなものに参加をする折に、子供の頃から中師の家族とは面識があった。
 パッと見ただけでも、中師の親父さんは知的で穏やかな紳士って感じだし、見るからにガサツな土建屋丸出しのイノシシみたいな俺のバカ親父とは、月とスッポンだ。
 だが俺が中師の親父さんを尊敬しているのは、そんなルックスの話じゃない。
 良家の坊っちゃん的なおっとり気質はそのままに、肝心な時には仕事や勝負に徹する闘争心を併せ持った、なんとも魅力的なONとOFFのある性格に中師を育てたその手腕を尊敬しているのだ。
 俺は中師の色気がダダ漏れしてる容姿に性欲を滾らせてる|訳《わけ》だが、それ以上に中師の勝負に熱くなる性質と天然気質との絶妙なバランスに、所有欲をそそられてやまない。
§
 フロアに|入《ハイ》ってきた中師に、俺が声を掛けようとしたところで、またもや厨房から白砂氏が顔を出してきて中師を呼び|止《と》めた。
「敬一、こちらへ来てくれ」
 俺も部活などで年功序列ってヤツを散々叩き込まれてきたが、生真面目な中師はそれを額面通りに実践している。
 だから当然、年長の白砂氏に呼ばれれば、要件の内容よりもそっちの声を優先するに決まっている。
 俺は話そうと思っていたことは全部後回しにして、厨房に向かう中師に声を掛けた。
「おい中師。俺、先に上に|行《い》って、メシの支度を始めとくから」
「ああ、よろしく頼む」
 俺に向かって返事をしながら、中師は手を振って厨房に向かう。
 するともう存在も忘れかけていたコグマの電ボが、羨ましそうな顔で訊ねてきた。
「海老坂クン、今日は柊一サンのところで夕食の支度するの?」
「まぁな。食べさせてもらってばっかじゃカッコつかねェからな、たまにはこっちもイイトコ見せないと」
「そう。海老坂クンは料理が出来て良いなあ。僕は殆ど出来ないから、あまり手伝いになれないんだけど、一緒に|行《い》って良いかな?」
 案の定と言うか、予想通りと言うか、コグマの口から悪気の無いタカリ的なセリフが垂れ流れてくる。
 ペントハウスのダイニングやリビングの主催者である東雲サンは、誰がどんな|風《ふう》に出入りをして、そこで自由に飲食をしてても気にしてる素振りはナイ。
 だからって図々しい奴に|入《ハイ》り込まれて、好き放題に飲み食いされているのかというと、そうでもないように思う。
 この無自覚なタカリであるコグマのことも、適当にイジって面白がることで自分の娯楽品扱いにしているし、それに時折どう見てもカツアゲみたいなふざけた態度を装いながら、コグマが飲み食いした経費に相当するものを、金銭やら物品やら労働力でシッカリ徴収しているからだ。
 東雲サンの相棒のヘタレのタモン氏が中師に話したところによると、東雲サンは数字が苦手で、金勘定がまったく出来ないらしい。
 実際、具体的な数字に関しては、東雲さんはキチンとした勘定が一切出来ないようだ。
 だが数字の勘定はしていなくても、全体の採算は東雲さん独自の "野生の勘" みたいなモノでプラマイをちゃんと合わせている印象がある。
 誰彼構わずお出入り自由にさせているペントハウスだが、セコいタカリをのさばらせたりすることなく、常に上下をハッキリさせつつ気安く皆が利用出来る場所って感じに上手く展開させている。
 正直、料理が出来ないコグマが毎日入り浸ってきても、東雲さんは東雲さんのやり|方《かた》でコグマを利用し、コグマの居場所を設けていてくれるだろう。
 それどころかコグマ自身のやりようによっては、もっと良いポジションを獲得する事も可能だと思う。
 そういう意味ではあのヘタレのタモン氏の|方《ほう》が、よっぽど自分の立ち回りに気を使っている。
 俺は最初の頃、コグマとタモン氏は似たり寄ったりのビビリの腰抜けと思っていた。
 だが少し観察してたら、ビビリはビビリでもその中身は似ても似つかぬ、タモン氏はちゃんと気遣いの出来るビビリで、ああ見えて実はかなり使える人物だ。
 今のままの状況が続けば、店のフロアでもペントハウスでもタモン氏はちゃくちゃくと評価や信用を得るだろうし、最終的にはメゾン内での人気や人望の順位にも大差がついてしまうだろう。
 そのへんのことを、この軽薄な電ボも、もぅちっと考えるようになれればいいんだが。
「来たけりゃ来ても構わねェだろうけど、東雲さんトコの晩飯をちょくちょくご相伴したいと思ってるなら、ちっとは料理覚えろよ。役立たずがただくっついて来てるだけじゃカッコつかねェぞ」
「キミ達はどうしてそんなに料理が出来るんだい? 大学生になったばかりで今まで実家にいたなら、料理する必要なんか無かったと思うケド」
 全く呆れるほど、この電ボは己の事しか考えてないし、己しか見ていない。
「オマエだって、競技もやってないのにそんだけガタイ鍛えてるのには、理由があるだろ」
「え? そりゃあ、まあ……」
「同じだよ。俺は食い意地張ってるヤツを狙ってんだ、料理くらい覚えるさ」
「ああ、そういう……」
 試食のパイも食べ終わったし、俺は "一応ルームメイト(苦笑)" の男に少々手を貸してやる事にした。
「東雲さんへの差し入れに買ってきたんだ。譲ってやるから、オマエからの差し入れつって東雲さんに渡しとけ。ちっとはカッコつくぜ」
 俺は輸入食品店の手提げ袋をコグマに渡した。
「わあ、ありがとう!」
 だが、呆れた事にこの|後生《ごしょう》楽な電ボは、嬉しそうに紙袋を受け取ってニコニコしているだけなのだ。
 年下の学生に気遣いまでさせてて、自分は何もしないまま平気の平左ってのには本当に呆れ果てる。
「誰もタダでやるなんて言ってねェだろ、代金払え」
 俺がレシートを突き出すと、電ボはびっくりしたような顔をした。
 ポケットから財布を出してきたものの、本当に "額面通り" の金額を数えて俺に小銭をジャラジャラ渡してきやがったのには、もう呆れを通り越して溜息も出なかった。