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第三十二幕

ー/ー



 どうしよう…… どうしよう…… どうしたらいい? 


 また、入れ替える? いや、でもそしたら、それを食べた私が死ぬだけじゃない! 


 なら、いっそまた交換して私が事故を装って地面にばら撒く?


 だめ、いくらなんでも不自然過ぎる。上手くいったとして、また新しいものをすぐに出されておしまい。


 そうだ! 誰かに毒味させて……


 いや、このままお父様が食事を終えるまで私が食べなければ何も問題ないんじゃ……


 一旦、トイレにでも行って時間を稼げば…… 姫は、ゆっくりと席を立った。


「…………先に食べて構わないぞミーシャ。今だけ私が許可する。しっかりと味わって食べてくれ」


 皇帝は、落ち着いた様子で言ってみせた。


「よ、よろしいのですか? ありがとうございます、叔父様!」


 ミーシャはマカロンを一つ手に取ると、優しく微笑む。


「お父様! それはいくらなんでも……」


「リアナ。誰の許可があって私より先に席を立っているんだ? 用もないなら今すぐに席に戻れ」


 明らかに、皇帝の口調が強まる。その視線はすでにここには無い。焦るな…… 焦るな…… 焦りは相手に確信を与える。悟られるな…… 姫は拳を握り締めた。


「ミーシャ……」


 姫は、ボソッと呟く。ご令嬢の手が一瞬と停止する。無言のまま、ご令嬢に詰め寄る姫。皇帝は、それをただ静かに見つめた。


「……どうかされましたか、お姉様?」


「悪いんだけど、それ一つ貰っても良い?」


「別に構いませんけど…… なら最初から食べてればよかったじゃないですか! どうしてそんな回りくどいことするんですか?」


「良いでしょ別に。それに、ちょっと試したいことがあってね……」


 そう言うと、姫はマカロンを一つ手に取ると、それをジャムの入った瓶の中に突っ込んだ。ご令嬢が不思議そうに見つめる中、ジャムの付いたマカロンが姿を現す。


「ミーシャ、貴方ジャムもマカロンも好きって言ってたでしょ? だから一回試してくれない? きっと、美味しいと思うのよね」


「ええぇ………… いくら、なんでもコレは……」


「大丈夫よ! だってほら………… 私も"一緒に"食べてあげるから、ね?」


 姫の、もう一方の手にも同様にジャム漬けのマカロンがあった。


「じゃ、ミーシャ。せーので食べましょ? 良い?」


 姫は不適な笑みを浮かべた。横目で皇帝の様子を伺う。今、お父様にとって最悪のシナリオは私とミーシャの両方が死ぬこと。もし、どちらかに毒があるなら必ず誰かが止めに来るはず…… 姫は席に戻る。


「いくわよミーシャ。せーーっ」


 二人は同時に、マカロンを口元に送る。お父様、今、試されてるのはどちらか、解らせてあげる。さあ、動いてみなさいよ。誰がくるの? レナード? オルディボ? ミリア? 姫と皇帝は一切視線を逸らすこと無く互いに見つめ合う。


「うぇ………… やっぱり不味いじゃないですか。いくらなんでも甘すぎじゃないですか、お姉様?」


 姫は、僅かに咀嚼を済ますと、口を開く。


「そうね…… 確かに、これは甘過ぎたかもしれないわね。もういらないから後は好きに食べて」


 姫は、そっぽを向いた。


「失礼します。皇帝陛下、報告があります」


 すると、突然一人の男が扉を開けて中へと侵入する、海軍大将の男は、そう言うと陛下のそばまで近寄り耳元で囁く様に何かを伝えた。


「そうか…… すまないが急用が出来た。まったく、休みだと言っているのに、わざわざ面会に来る者が後をたたない…… あとは好きに食べてくれ。私は先に失礼する。イザベラ、お前もすぐにローズ公爵夫人の相手を出来るように準備をしておけ」


 そう言い残し、皇帝は扉下へと足を運んだ。


「そうだ。オルディボ、コレをリアナに渡しておいてくれ。必要な時に好きに使ってかまわない」


 皇帝は、男に三つの謎の鍵を手渡した。そのまま、大将と共に扉の向こうに消える皇帝を前に姫は、そっと胸を撫で下ろした。


 しばらくすると、皇后も少し慌てた様子で部屋を後にする。


「二人っきりになっちゃいましたね。お姉様!」


 ご令嬢はなぜか嬉しそうに言ってみせた。その言動からみるに、周りの人間がなんら視界に入っていないらしい。


「そう…… それは別に良いんだけど、貴方いつまでここにいるつもりなの? 何の用があって来たのよ。それも一人で……」


「来たらダメなんですか? 別に良いじゃないですか? そんなことよりも、早く行きましょう。お姉様ッ!」


 ご令嬢は、そう言うと、なぜか姫に手を差し出す。


「行く……? って、どこに?」


「え? そんなの礼拝堂に決まってるじゃないですか? もうじき、礼拝の時間ですよ。急いでいきましょ!」


 姫は、思考を巡らせる。礼拝…… 最後にやったのがいつなのかすら記憶に無い。そもそも、それをした記憶すらない。


 すると、背後から一人の男がゆっくりと、ご令嬢の側にまで近寄る。


「失礼します。ミーシャ様。せっかくのお誘い申し訳無いのですが、姫様はこのあとも大変多忙なスケジュールがありまして。時間を変えてから行わせて……」


「良いわよ別に。せっかくだし行っても構わないわよ。てか、何よ多忙なスケジュールって。庭を散歩するだけで大袈裟でしょ」


「えっ…………」


 姫の返答に周囲の使用人達は目を見開いた。まるで、死者でも蘇ったかのようなリアクションを見せる使用人達にミーシャも戸惑いを見せる。


「正気、、、ですか。姫様…………」


 男は、顔を真っ青に震えた声で答えた。どっちがだよ。姫は、そっと視線をご令嬢に移す。正直、礼拝に行きたいなんて、これっぽっちも思ってない。ただ、今はミーシャから離れるわけにはいかない。だから……


 姫は再び視線を護衛の男に戻すと優しく笑みを浮かべた。


「オルディボ。気楽に行きましょ」


 姫が言った。男は、それを聞くや否や額から汗を垂らす。「気楽に行こう」恥をかかせるなよ、という隠語だ。


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みんなのリアクション



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 どうしよう…… どうしよう…… どうしたらいい? 
 また、入れ替える? いや、でもそしたら、それを食べた私が死ぬだけじゃない! 
 なら、いっそまた交換して私が事故を装って地面にばら撒く?
 だめ、いくらなんでも不自然過ぎる。上手くいったとして、また新しいものをすぐに出されておしまい。
 そうだ! 誰かに毒味させて……
 いや、このままお父様が食事を終えるまで私が食べなければ何も問題ないんじゃ……
 一旦、トイレにでも行って時間を稼げば…… 姫は、ゆっくりと席を立った。
「…………先に食べて構わないぞミーシャ。今だけ私が許可する。しっかりと味わって食べてくれ」
 皇帝は、落ち着いた様子で言ってみせた。
「よ、よろしいのですか? ありがとうございます、叔父様!」
 ミーシャはマカロンを一つ手に取ると、優しく微笑む。
「お父様! それはいくらなんでも……」
「リアナ。誰の許可があって私より先に席を立っているんだ? 用もないなら今すぐに席に戻れ」
 明らかに、皇帝の口調が強まる。その視線はすでにここには無い。焦るな…… 焦るな…… 焦りは相手に確信を与える。悟られるな…… 姫は拳を握り締めた。
「ミーシャ……」
 姫は、ボソッと呟く。ご令嬢の手が一瞬と停止する。無言のまま、ご令嬢に詰め寄る姫。皇帝は、それをただ静かに見つめた。
「……どうかされましたか、お姉様?」
「悪いんだけど、それ一つ貰っても良い?」
「別に構いませんけど…… なら最初から食べてればよかったじゃないですか! どうしてそんな回りくどいことするんですか?」
「良いでしょ別に。それに、ちょっと試したいことがあってね……」
 そう言うと、姫はマカロンを一つ手に取ると、それをジャムの入った瓶の中に突っ込んだ。ご令嬢が不思議そうに見つめる中、ジャムの付いたマカロンが姿を現す。
「ミーシャ、貴方ジャムもマカロンも好きって言ってたでしょ? だから一回試してくれない? きっと、美味しいと思うのよね」
「ええぇ………… いくら、なんでもコレは……」
「大丈夫よ! だってほら………… 私も"一緒に"食べてあげるから、ね?」
 姫の、もう一方の手にも同様にジャム漬けのマカロンがあった。
「じゃ、ミーシャ。せーので食べましょ? 良い?」
 姫は不適な笑みを浮かべた。横目で皇帝の様子を伺う。今、お父様にとって最悪のシナリオは私とミーシャの両方が死ぬこと。もし、どちらかに毒があるなら必ず誰かが止めに来るはず…… 姫は席に戻る。
「いくわよミーシャ。せーーっ」
 二人は同時に、マカロンを口元に送る。お父様、今、試されてるのはどちらか、解らせてあげる。さあ、動いてみなさいよ。誰がくるの? レナード? オルディボ? ミリア? 姫と皇帝は一切視線を逸らすこと無く互いに見つめ合う。
「うぇ………… やっぱり不味いじゃないですか。いくらなんでも甘すぎじゃないですか、お姉様?」
 姫は、僅かに咀嚼を済ますと、口を開く。
「そうね…… 確かに、これは甘過ぎたかもしれないわね。もういらないから後は好きに食べて」
 姫は、そっぽを向いた。
「失礼します。皇帝陛下、報告があります」
 すると、突然一人の男が扉を開けて中へと侵入する、海軍大将の男は、そう言うと陛下のそばまで近寄り耳元で囁く様に何かを伝えた。
「そうか…… すまないが急用が出来た。まったく、休みだと言っているのに、わざわざ面会に来る者が後をたたない…… あとは好きに食べてくれ。私は先に失礼する。イザベラ、お前もすぐにローズ公爵夫人の相手を出来るように準備をしておけ」
 そう言い残し、皇帝は扉下へと足を運んだ。
「そうだ。オルディボ、コレをリアナに渡しておいてくれ。必要な時に好きに使ってかまわない」
 皇帝は、男に三つの謎の鍵を手渡した。そのまま、大将と共に扉の向こうに消える皇帝を前に姫は、そっと胸を撫で下ろした。
 しばらくすると、皇后も少し慌てた様子で部屋を後にする。
「二人っきりになっちゃいましたね。お姉様!」
 ご令嬢はなぜか嬉しそうに言ってみせた。その言動からみるに、周りの人間がなんら視界に入っていないらしい。
「そう…… それは別に良いんだけど、貴方いつまでここにいるつもりなの? 何の用があって来たのよ。それも一人で……」
「来たらダメなんですか? 別に良いじゃないですか? そんなことよりも、早く行きましょう。お姉様ッ!」
 ご令嬢は、そう言うと、なぜか姫に手を差し出す。
「行く……? って、どこに?」
「え? そんなの礼拝堂に決まってるじゃないですか? もうじき、礼拝の時間ですよ。急いでいきましょ!」
 姫は、思考を巡らせる。礼拝…… 最後にやったのがいつなのかすら記憶に無い。そもそも、それをした記憶すらない。
 すると、背後から一人の男がゆっくりと、ご令嬢の側にまで近寄る。
「失礼します。ミーシャ様。せっかくのお誘い申し訳無いのですが、姫様はこのあとも大変多忙なスケジュールがありまして。時間を変えてから行わせて……」
「良いわよ別に。せっかくだし行っても構わないわよ。てか、何よ多忙なスケジュールって。庭を散歩するだけで大袈裟でしょ」
「えっ…………」
 姫の返答に周囲の使用人達は目を見開いた。まるで、死者でも蘇ったかのようなリアクションを見せる使用人達にミーシャも戸惑いを見せる。
「正気、、、ですか。姫様…………」
 男は、顔を真っ青に震えた声で答えた。どっちがだよ。姫は、そっと視線をご令嬢に移す。正直、礼拝に行きたいなんて、これっぽっちも思ってない。ただ、今はミーシャから離れるわけにはいかない。だから……
 姫は再び視線を護衛の男に戻すと優しく笑みを浮かべた。
「オルディボ。気楽に行きましょ」
 姫が言った。男は、それを聞くや否や額から汗を垂らす。「気楽に行こう」恥をかかせるなよ、という隠語だ。