表示設定
表示設定
目次 目次




第二十八幕

ー/ー



 壁一面に陳列された書架。何千何万もの書籍で埋め尽くされた三階構造の空間に静寂が流れる。僅かな日差しが朝を告げる。宮殿内帝立図書館その中心で机にヨダレを擦り付け堂々と眠りに着く娘。その無礼者に男が詰めかける。


「おい。起きろララサ。朝だぞ……」


「"カァァァア…………" "カァァァア…………"」


 蒼色の髪を持つ若い娘は顔を伏せたまま微動だにせず夢の先を辿る。男は頭を抱えると、持っていた本の一つを頭上に掲げる。


「もう一度だけ言うぞ、モンティ・ララサ。仕事の時間だ。起きろ」


「"カァァァア…………" "カァァァイィィッッッッ……" イタタタッ…… 何するんですか、いきなり! 誰ですか貴方。無礼じゃないですか!」


 ララサという、その娘は顔を上げると、痛そうに頭を抑えた。ララサは目つきを悪くさせると、男を睨みつけた。


「やっと、起きたか…… こんな早朝から悪いが、仕事だ。本の返却を頼みたい…… って、何だよ、その目」
「ごめんなさい…… 誰ですか? 悪いんですけど先に眼鏡取ってもらって良いですか? 多分、そこら辺にあると思うので」


「断る! 俺は、お前の上司だぞ? 見なくても声さえ聞けば誰だか分かるだろ。早く仕事をしてくれ。急ぎなんだ」


 …………。ララサは、しばらくその青眼を見せつけるかのようにジト目で男を見つめる。何を考えているのか、ララサは無言を貫く。


「おい…………」


「お休みなさい…………」


 すると、司書の女は顔を伏せると会話の意志を断った。チッ…… 男は、ため息を吐くと、仕方なく辺りを漁る。幾つもの書籍が散乱した机から、手のひら程の眼鏡を探すのは安易な事では無い。


「ったく…… たまには机の上くらい整理したらどうだ? こんなんだから、本も簡単に失くすんだぞ? 本当に、どこだよ……」


「…………………………左」


 んん? どこからか、囁くような声が聞こえる。


「…………………………そこ……左…………」


 男は、一物の疑問を抱きながらも、言われるがままに左方を漁る。書籍の一つをどかすと、見覚えのある金色の丸眼鏡が姿を表す。男が、その眼鏡を掴む。それを合図にしたのか、ララサは顔を伏せたまま手を差し出す。


「お前、さては俺より見えてるな?」


 男が、その目的物を手のひらに置くと、司書は悪びれる様子もなく面を上げる。


「おや、これはオルディボ殿ではないですか! 図書館に来るとは珍しいですね〜 本日は何ようかな?」


 ララサの態度に不満があるのか、男の表情が曇る。


「何って………… まあ、良いか。昨日、アロッサが借りにきた本を返しにきた。ここに、置いておくから後は確認しておいてくれ」


「アロッサ…… ああっ、あの眼鏡の子かッ! えっ まさか、この十冊の書物をたった一晩で読んだのか! 凄いな………… 私なら一ヶ月はかかるなのに」


 お前も眼鏡だろ…… てか司書なら、このくらい一日で読めてくれよ。


「一つ言っておくが、それは姫様が読む用にアロッサが選んで借りていった本だ。聞いてなかったか?」


「姫様…………? ああ、リアナ皇女のことですか? はて…… こう言うのも、アレな気がしますが、リアナ皇女は書物が読めたのですか? なにぶん読んでいるところを見たことが無いもので。いや、そもそも文字が読めたのかも怪しい…… あっ…… もしや、この発言って不敬罪に成ったりするのか?」


「成るぞ」


 男は即答した。


「まあ、今のは聞かなかったことにしておく。頼むから、姫様の前ではやめてくれよ。ちょうど昨日、地雷を踏んだ奴がいてな、姫様の怒りを収めるのに苦労した」


「それは戦犯ですな!」


 ララサは、誇らしげに言ってみせた。


「お前も予備軍だ、忘れるなよ? とりあえず、確かに本は返したからな? 俺は、もう行く。今日は、皇帝陛下もおられるからな。あまり呑気にはしていられない」


「そう言えば、そうでしたね…… まあ、どうせここには誰も来ませんよ。私は、もう少し休んでから仕事します。オルディボ殿も、精々頑張って下され」


 ララサは、まるで他人事かのように頭を伏せたまま手をゆらゆらと揺らした。


「はぁ………… 頼むから偶には本ぐらい読んでてくれ。でないと、お前が何者なのか分からなくなる。それじゃ」


 男は、司書に背を向けると無数に存在する書物の間を早足で颯爽と過ぎた。


「ああそうだ! 一つ良いかなオルディボ殿」


 司書は不意に男を呼び止めた。


「なんだ? 不備でも、あったか?」


「いや、そうじゃない。ただ、一つ伝えてほしいことがあってだな。昨日、この書物を借りにきたアロッサと言ったか? その女に言っといてくれ、しばらく出入り禁止だとな」


 男は、突然のことに司書に視線を戻す。相変わらず、顔を伏せたままの司書に男が何故かと問いただす。


「そりゃ、こんな気色の悪い悪趣味な書物を、あろう事か一国の皇女に読ませるような奴だ。何を考えてるか分からん。リアナ皇女の為にも、"私の安全のため"にも次からは違う人に来てもらうんだな。以上ッ! "カァァァア…………"」


 それだけ言い残すと、ララサは再び深い眠りに入った。


「分かった………… 伝えておく」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二十九幕


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 壁一面に陳列された書架。何千何万もの書籍で埋め尽くされた三階構造の空間に静寂が流れる。僅かな日差しが朝を告げる。宮殿内帝立図書館その中心で机にヨダレを擦り付け堂々と眠りに着く娘。その無礼者に男が詰めかける。
「おい。起きろララサ。朝だぞ……」
「"カァァァア…………" "カァァァア…………"」
 蒼色の髪を持つ若い娘は顔を伏せたまま微動だにせず夢の先を辿る。男は頭を抱えると、持っていた本の一つを頭上に掲げる。
「もう一度だけ言うぞ、モンティ・ララサ。仕事の時間だ。起きろ」
「"カァァァア…………" "カァァァイィィッッッッ……" イタタタッ…… 何するんですか、いきなり! 誰ですか貴方。無礼じゃないですか!」
 ララサという、その娘は顔を上げると、痛そうに頭を抑えた。ララサは目つきを悪くさせると、男を睨みつけた。
「やっと、起きたか…… こんな早朝から悪いが、仕事だ。本の返却を頼みたい…… って、何だよ、その目」
「ごめんなさい…… 誰ですか? 悪いんですけど先に眼鏡取ってもらって良いですか? 多分、そこら辺にあると思うので」
「断る! 俺は、お前の上司だぞ? 見なくても声さえ聞けば誰だか分かるだろ。早く仕事をしてくれ。急ぎなんだ」
 …………。ララサは、しばらくその青眼を見せつけるかのようにジト目で男を見つめる。何を考えているのか、ララサは無言を貫く。
「おい…………」
「お休みなさい…………」
 すると、司書の女は顔を伏せると会話の意志を断った。チッ…… 男は、ため息を吐くと、仕方なく辺りを漁る。幾つもの書籍が散乱した机から、手のひら程の眼鏡を探すのは安易な事では無い。
「ったく…… たまには机の上くらい整理したらどうだ? こんなんだから、本も簡単に失くすんだぞ? 本当に、どこだよ……」
「…………………………左」
 んん? どこからか、囁くような声が聞こえる。
「…………………………そこ……左…………」
 男は、一物の疑問を抱きながらも、言われるがままに左方を漁る。書籍の一つをどかすと、見覚えのある金色の丸眼鏡が姿を表す。男が、その眼鏡を掴む。それを合図にしたのか、ララサは顔を伏せたまま手を差し出す。
「お前、さては俺より見えてるな?」
 男が、その目的物を手のひらに置くと、司書は悪びれる様子もなく面を上げる。
「おや、これはオルディボ殿ではないですか! 図書館に来るとは珍しいですね〜 本日は何ようかな?」
 ララサの態度に不満があるのか、男の表情が曇る。
「何って………… まあ、良いか。昨日、アロッサが借りにきた本を返しにきた。ここに、置いておくから後は確認しておいてくれ」
「アロッサ…… ああっ、あの眼鏡の子かッ! えっ まさか、この十冊の書物をたった一晩で読んだのか! 凄いな………… 私なら一ヶ月はかかるなのに」
 お前も眼鏡だろ…… てか司書なら、このくらい一日で読めてくれよ。
「一つ言っておくが、それは姫様が読む用にアロッサが選んで借りていった本だ。聞いてなかったか?」
「姫様…………? ああ、リアナ皇女のことですか? はて…… こう言うのも、アレな気がしますが、リアナ皇女は書物が読めたのですか? なにぶん読んでいるところを見たことが無いもので。いや、そもそも文字が読めたのかも怪しい…… あっ…… もしや、この発言って不敬罪に成ったりするのか?」
「成るぞ」
 男は即答した。
「まあ、今のは聞かなかったことにしておく。頼むから、姫様の前ではやめてくれよ。ちょうど昨日、地雷を踏んだ奴がいてな、姫様の怒りを収めるのに苦労した」
「それは戦犯ですな!」
 ララサは、誇らしげに言ってみせた。
「お前も予備軍だ、忘れるなよ? とりあえず、確かに本は返したからな? 俺は、もう行く。今日は、皇帝陛下もおられるからな。あまり呑気にはしていられない」
「そう言えば、そうでしたね…… まあ、どうせここには誰も来ませんよ。私は、もう少し休んでから仕事します。オルディボ殿も、精々頑張って下され」
 ララサは、まるで他人事かのように頭を伏せたまま手をゆらゆらと揺らした。
「はぁ………… 頼むから偶には本ぐらい読んでてくれ。でないと、お前が何者なのか分からなくなる。それじゃ」
 男は、司書に背を向けると無数に存在する書物の間を早足で颯爽と過ぎた。
「ああそうだ! 一つ良いかなオルディボ殿」
 司書は不意に男を呼び止めた。
「なんだ? 不備でも、あったか?」
「いや、そうじゃない。ただ、一つ伝えてほしいことがあってだな。昨日、この書物を借りにきたアロッサと言ったか? その女に言っといてくれ、しばらく出入り禁止だとな」
 男は、突然のことに司書に視線を戻す。相変わらず、顔を伏せたままの司書に男が何故かと問いただす。
「そりゃ、こんな気色の悪い悪趣味な書物を、あろう事か一国の皇女に読ませるような奴だ。何を考えてるか分からん。リアナ皇女の為にも、"私の安全のため"にも次からは違う人に来てもらうんだな。以上ッ! "カァァァア…………"」
 それだけ言い残すと、ララサは再び深い眠りに入った。
「分かった………… 伝えておく」