@ 31話
ー/ー
「呼び止めてすみません。でも今朝から探していたのはきっと、これなんじゃないかなって思って……」
そう言って真一はマフラーを差し出す。それを見て灯は驚きを隠せない。
「どうして……?!」
「時間がありません。これをもって天恵さんのところへ」
真一が灯にマフラーを渡す大前提は『灯が天恵の事実を知ってどう思うか』による。先ずはそれを確かめておかなければならなかった……しかし灯が天恵のために朝からマフラーを探していたのなら、何も確認する必要はない。
真一が天恵に渡してしまったのなら、マフラーを捨てた気持ちは灯に届いていないこととなり、天恵の想いは拾われなかったことになってしまう。
灯がマフラーを探した事実が天恵を慰める。だからこのマフラーから始まるピタゴラスイッチは、真一から天恵に渡されてはいけない。
「分かったわ。ありがとう……あなたね……天恵と一緒になってあのパズルを考えた人は……」
高校へ向けて歩き出した灯が振り返ってそう言った。灯の表情は日も落ちたこのシーンでは伺うことはできなかった。しかしその声質からきっと、後半の言葉も感謝の想いだと真一は受け取るのだった。
真一は灯の後ろ姿に頭を下げて見送った。
◆◇◆◇
灯が高校の正門をくぐると、天恵と明が待っていた。大晦日の17:00、顔もよく見えなくなっている。
「お義母さん……」
天恵の言葉に灯は黙って近づくと、首にマフラーをかける。もう摩己の匂いなんて残っているはずもないマフラー……それなのにプルースト効果が沸き起こる。亡き母を描いて見上げた空は今にも雨が落ちて来そうだった。
「洗ってなくて申し訳ないけど……」
「お義母さんこれ……?!」
「ごめんね、天恵ちゃん……私たちの話、聞こえちゃってたんだね……」
灯が深々と頭を下げる。
「天恵、すまない。それに灯も……俺が家族のことをよく気が付かないから……」
「ううん……私が勝手に話を大きくしてしまっただけ……あの頃に触れて思い出した」
「あのパズルか……」
「天恵ちゃんも分かってると思うけど、マフラー……パズルの彼が探してくれたのよ。私には見つけられなかった……」
「その彼なら俺も知っているよ。『パズルのイタズラを考えたのは僕です、ごめんなさい』って。それと『これがパズルの本当の意図です。生意気言って申し訳ありません』って、これを渡していったよ。ここに来る途中俺を待ち伏せていたみたいだったな」
「真一が……?!」
真一が明に渡したのは卒業文集だ。蓮水の書いたページが開かれている。
【人生が思い通りにならないことを知っている大人へ
大人になるにつれ、人生は思い通りにいかないものだ、と思い知る。経験が結果を決めつけ夢はいつしか蜃気楼となり、現実が時間と責任で追い詰める。そして社会の物差しが個人の価値を定め、挑戦を躊躇させ、身の丈に合った生活を押し付ける。
ピタゴラスイッチはそんな大人たちのためにある。ピタゴラスイッチは奇跡を起こす仕組みではない。簡単にできることが次々と連鎖していくことで、まるで手の込んだカラクリを実行しているかのように思える。きっかけは指一本で起きた小さな現象。それがバタフライエフェクトとなって周囲にも影響を及ぼす。ピタゴラスイッチはたった小さな『きっかけ』を作ったに過ぎない。
だからたった小さな出来事が起こす現象は、想定外の結果を起こす力があるのかもしれない。だから大人たちは行動を起こさなければならない。そのとても小さな現象は、大人たちの思い通りになるはずもないのだから】
蓮水は隻腕。蓮水の幼い頃、父親が運転する自動車が事故を起こした。着信を知らせる電話を運転中に取ってしまった一瞬の不注意だった。その日は雨で、傘を差した自転車が道路に飛び出した。携帯電話に目を移したその一瞬が発見を遅らせ、急ハンドルでよけた自動車が壁に激突した。
コツコツとまじめに働いていた蓮水の父親は自営業で、その努力がようやく実り大きな商談を掴みかけていた。その相手先からの連絡だったという。
その事故でその商談はなくなり、蓮水自身は右手を失った。蓮水の家は困窮し、しばらく立ち直れなかったという。しかし今ではまた裕福とは言えないがコツコツと頑張っている。この中学の卒業文集は蓮水が自分自身へと向けた言葉である。
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「呼び止めてすみません。でも今朝から探していたのはきっと、これなんじゃないかなって思って……」
そう言って真一はマフラーを差し出す。それを見て灯は驚きを隠せない。
「どうして……?!」
「時間がありません。これをもって天恵さんのところへ」
真一が灯にマフラーを渡す大前提は『灯が天恵の事実を知ってどう思うか』による。先ずはそれを確かめておかなければならなかった……しかし灯が天恵のために朝からマフラーを探していたのなら、何も確認する必要はない。
真一が天恵に渡してしまったのなら、マフラーを捨てた気持ちは灯に届いていないこととなり、天恵の想いは拾われなかったことになってしまう。
灯がマフラーを探した事実が天恵を慰める。だからこのマフラーから始まるピタゴラスイッチは、真一から天恵に渡されてはいけない。
「分かったわ。ありがとう……あなたね……天恵と一緒になってあのパズルを考えた人は……」
高校へ向けて歩き出した灯が振り返ってそう言った。灯の表情は日も落ちたこのシーンでは伺うことはできなかった。しかしその声質からきっと、後半の言葉も感謝の想いだと真一は受け取るのだった。
真一は灯の後ろ姿に頭を下げて見送った。
◆◇◆◇
灯が高校の正門をくぐると、天恵と明が待っていた。大晦日の17:00、顔もよく見えなくなっている。
「お義母さん……」
天恵の言葉に灯は黙って近づくと、首にマフラーをかける。もう摩己の匂いなんて残っているはずもないマフラー……それなのにプルースト効果が沸き起こる。亡き母を描いて見上げた空は今にも雨が落ちて来そうだった。
「洗ってなくて申し訳ないけど……」
「お義母さんこれ……?!」
「ごめんね、天恵ちゃん……私たちの話、聞こえちゃってたんだね……」
灯が深々と頭を下げる。
「天恵、すまない。それに灯も……俺が家族のことをよく気が付かないから……」
「ううん……私が勝手に話を大きくしてしまっただけ……あの頃に触れて思い出した」
「あのパズルか……」
「天恵ちゃんも分かってると思うけど、マフラー……パズルの彼が探してくれたのよ。私には見つけられなかった……」
「その彼なら俺も知っているよ。『パズルのイタズラを考えたのは僕です、ごめんなさい』って。それと『これがパズルの本当の意図です。生意気言って申し訳ありません』って、これを渡していったよ。ここに来る途中俺を待ち伏せていたみたいだったな」
「真一が……?!」
真一が明に渡したのは卒業文集だ。蓮水の書いたページが開かれている。
【人生が思い通りにならないことを知っている大人へ
大人になるにつれ、人生は思い通りにいかないものだ、と思い知る。経験が結果を決めつけ夢はいつしか蜃気楼となり、現実が時間と責任で追い詰める。そして社会の物差しが個人の価値を定め、挑戦を躊躇させ、身の丈に合った生活を押し付ける。
ピタゴラスイッチはそんな大人たちのためにある。ピタゴラスイッチは奇跡を起こす仕組みではない。簡単にできることが次々と連鎖していくことで、まるで手の込んだカラクリを実行しているかのように思える。きっかけは指一本で起きた小さな現象。それがバタフライエフェクトとなって周囲にも影響を及ぼす。ピタゴラスイッチはたった小さな『きっかけ』を作ったに過ぎない。
だからたった小さな出来事が起こす現象は、想定外の結果を起こす力があるのかもしれない。だから大人たちは行動を起こさなければならない。そのとても小さな現象は、大人たちの思い通りになるはずもないのだから】
蓮水は隻腕。蓮水の幼い頃、父親が運転する自動車が事故を起こした。着信を知らせる電話を運転中に取ってしまった一瞬の不注意だった。その日は雨で、傘を差した自転車が道路に飛び出した。携帯電話に目を移したその一瞬が発見を遅らせ、急ハンドルでよけた自動車が壁に激突した。
コツコツとまじめに働いていた蓮水の父親は自営業で、その努力がようやく実り大きな商談を掴みかけていた。その相手先からの連絡だったという。
その事故でその商談はなくなり、蓮水自身は右手を失った。蓮水の家は困窮し、しばらく立ち直れなかったという。しかし今ではまた裕福とは言えないがコツコツと頑張っている。この中学の卒業文集は蓮水が自分自身へと向けた言葉である。