来栖優香の手が握られた!!
それは2年生としての生活も残り僅かとなった鳴海恭吾にとって、高校入学、いや今まで生きてきた中で最大級の事件であった。
それが恭吾の耳に入ってきたのは冬休みが明け、授業もまだ平常運転にはならない始業式、良く晴れた1月7日月曜日のことだった。
それは『明けましておめでとう』とは口ばっかりの特別希望に満ちていることのない新しい年を迎え、夏休み明け程の絶望感はないにせよ憂鬱な学校生活の幕も開けて、正月のめでたさなんて微塵も残っていない恭吾の気持ちをさらに逆なでにした……。
始業式の後は昼食もなく、軽いHRで終わりを迎えたその帰り際。
「…………に……る……ったらしいぜ」「……れの……」
「……っるじゃん、優香ちゃん、B組の」
「ウソ? いつ?」
「き……優香ちゃんの手……たらしいから」
「握られたんだぁ」「しっ、声……かいよ」
「あの……ギュッと……」「お…………」「……」
恭吾は『優香』の名前がその耳に飛び込んできた瞬間、声の主の方へと振り向いた。その所業は人間の反射速度(鍛えることで0.1秒と言われている)をも超える、正に神速であった。
『B組』の『ビ』ほどには振り返ったはずであるが、その発信源はおろか、それに応えていた二人の男子の姿、上履きの踵さえも恭吾の視界が捉えることなく、教室後ろの扉から廊下へとすり抜けて行ったのである。
(くっ……音は回折するからな。もうすでに教室を出た後だったか……)
音波は回折するので物陰に隠れている人にも声は聞こえる。これは振動数の小さい音=波長の大きい音、つまりは低い声ほど回折しやすくなる。
『優香』が『B組の』と付け加えられるには訳がある。恭吾がなぜ『優香』の『ゆ』の字で振り向かなかったか……それは恭吾が属するA組にも『ゆうか』がいるためである、恭吾はお手付きを防いでいたのだ。
名を草井夕夏……『くさいゆうか』と言う。