@6話
ー/ー
ガトーショコラはシンプルだから手作りに挑戦する女子も多い。摩己は料理やお菓子作りが得意ではなかったけれど、一度だけガトー・クラシック・オ・ショコラを手作りしたことがある。これに対して料理もお菓子作りも得意な灯だが、ガトーショコラだけはメイド・バイ・ボナペティだ。
後年、明と付き合うようになったバレンタインデーは必ず、ボナペティのガトーショコラを渡していた。色んな料理を灯から教わった天恵でさえガトーショコラだけは教わっていない。
女子たちを虜にしてきたボナペティのガトーショコラは、同時にバレンタインデーにおける女子たちの手作りを低下させ、男子たちは『手作りへの憧れ』を募らせた。いつしか、ボナペティのガトーショコラより美味しい手作りショコラを渡したカップルは『永遠の愛』が手に入ると言われるようになった。
その伝説は明たちが高校を卒業して少し経ってからのことである。
** 12/25 **
最初のキーワードをこれにしたのはこの時期、クリスマス・バレンタインデーとキーワードに縁があるイベントが周囲に在って、意識を誘いやすいからである。
横7の鍵 【バレンタインのチョコといえば】 明がこれを見て高校時代を思い出さない訳がなかった。
「じゃあ、時間差で月下の両親に届くように日をずらして投函しよう」
「不謹慎だけど、ちょっと楽しいね」
思いがけない天恵の言葉に、真一は想いと真逆の反応を出すしかなかった。それを天恵にどう思われるのか怖くて、『楽しくないわけではない』セリフで顔色を覗う。
「ボナペティのケーキ、食べたくなっちゃったな」
「せっかくだから行こうよ」
天恵の反応は上々だった。家にいると真一の母親が気になること、クリスマスという雰囲気に流されたこと。恐らく要因は一つではないだろうけれど、我ながら会心のセリフだったと自画自賛する。
そんなこんなで駅からの大通りを母校へと向か2人。押しボタン信号のある幼稚園と図書館・神社の交差点より駅側の横道、コンビニエンスストアの向かいにボナペティはある。
天恵が学校内でこれ以上不利にならないため、クリスマスに男と歩いている姿を目撃されないよう気を張る自分と、天恵と連れ添う高揚感、そして天恵の隣に見合わない自分への評価が、真一の心を複雑化させていた。
天恵は隣でゴロゴロとローラーシューズを転がせて移動する真一を少し恥ずかしく感じる。真一はそんなことはお構いなしだ。
駅から歩くと高校の正門・裏門へは、どちらもぐるっと回り込んで行かなければならないが、このボナペティの通り沿いにある学校のフェンスの穴、グラウンドを突っ切った抜け道から登下校する奴らも少なくない。学生たちはこの近道を『タイムトンネル』と呼んでいた。
(クリスマスのプレゼントなんて何も用意がないから、ここのケーキ代くらいは俺が払おう!)
真一はそう意気込んでボナペティの戸を開けた。少なからず混んでいる店内に緊張気味に入る。
「おっー久ぶりだな、宮東、月下」
いきなり声をかけてきた男がいた。警戒反応は瞬間的で、2人がその男を視認したのなら天恵は顔を少し緩ませたが、真一は違う意味での注意アンテナを高くする。
「蓮水?!」
左手を高々と上げ店内の注目を集めた男は中学の同級生、蓮水 平地だった。真一よりも良い成績を有し、月下天恵に好意を持っていたであろう男。当然蓮水だって同じ中学であれば、同じ界隈に住んでいてもおかしくない、高校はどこだって冬休みのはずだ。
「クリスマスに2人揃って……デートかい?」
「そんなんじゃないわよ」
「へぇ……」
真一には、蓮水が流し目で真一の反応を確認したように思えた。だからできるだけ平常心を装う。今回のことは、天恵が自分だけに相談してくれた、『特別』であることが優越感でもある。それを蓮水に分かられたくない。
「ハァーあったかい……暖房も利いててホッとするわ、あー肩こっちゃう」
天恵はトレードマークのマフラーを首から取ると首を伸ばした。真一の心は蓮水の向かい側に座って、天恵がどこに座るのか試したくもあった。
やや迷いつつも蓮実の左横の空いてる席に手を変えたが、それに気付いた蓮水と目を合せる。蓮水は左手のフォークでケーキを分けて食べる。つまり右利きの真一が蓮水の左側に着席したのなら、互いの肘がぶつかり合う配置となってしまう。だからわざわざ席をズラして蓮水の右側に腰を下ろした。
蓮水が真一の心を読んだかのように、薄く笑ったのが見えた。
幾らもかからず、すでにテーブルに並んでいる蓮水と同じガトーショコラとコーヒーが2人分運ばれてくると、天恵はコーヒーカップに手を添え、心底安心したように漏らす。
「あったかいとあたし、すぐ眠くなっちゃうのよね」
「体育の後の授業とかいつも舟を漕いでたのも覚えているかい?!」
「何? 舟を漕ぐって」
「うとうとするってことさ」
「今日は特に寒いからな。こんな日は外出するもんじゃない」
蓮水が自身のことを棚に上げたモノ言いをする。
「ちょっと月下と話しててさ、今はその息抜きでお茶しに来ただけだよ」
「どんな話さ?」
『言うわけないだろ?!』と真一が思ったのも僅か、天恵は誘い水に引き込まれてしまう。
「蓮水ならこの作戦、どう思う? ね、超天才と言われた蓮水の意見も聞いてみたいよね、真一?!」
「真一?」
「あ、そっか、蓮水も驚いちゃうよね?! 名前呼びなんて」
「別に……宮東も遠慮しないで『天恵』って呼べばいいのさ」
中学生の時は思った劣等感……蓮水平地の頭脳と月下天恵との距離……。例え苗字でも互いに呼び捨てられる間柄は共有した時間の差……。
(こちとら『さん』付けで苗字を呼ぶのでさえほとんどできなかったんだ、高校でやっと苗字呼び捨てできるようになったのに……)
優越感をあっと言う間に崩され落胆したけれど、再びのマウントに気持ちが立ち直る。
「そうよ、真一、天恵って呼んでよ」
「突然クラスでそんな風に呼んだら、またなに言いふらされるか分かったもんじゃないだろ」
「なんだ、高校生にもなってまだそんな中坊みたいなこと言う奴がいるのかい?! それなりの進学校なのに程度が低いんだな」
蓮水が言ったことは天恵が『男好き』と言われるもう一つの所以……。
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ガトーショコラはシンプルだから手作りに挑戦する女子も多い。摩己は料理やお菓子作りが得意ではなかったけれど、一度だけガトー・クラシック・オ・ショコラを手作りしたことがある。これに対して料理もお菓子作りも得意な灯だが、ガトーショコラだけはメイド・バイ・ボナペティだ。
後年、明と付き合うようになったバレンタインデーは必ず、ボナペティのガトーショコラを渡していた。色んな料理を灯から教わった天恵でさえガトーショコラだけは教わっていない。
女子たちを虜にしてきたボナペティのガトーショコラは、同時にバレンタインデーにおける女子たちの手作りを低下させ、男子たちは『手作りへの憧れ』を募らせた。いつしか、ボナペティのガトーショコラより美味しい手作りショコラを渡したカップルは『永遠の愛』が手に入ると言われるようになった。
その伝説は明たちが高校を卒業して少し経ってからのことである。
** 12/25 **
最初のキーワードをこれにしたのはこの時期、クリスマス・バレンタインデーとキーワードに縁があるイベントが周囲に在って、意識を誘いやすいからである。
横7の鍵 【バレンタインのチョコといえば】 明がこれを見て高校時代を思い出さない訳がなかった。
「じゃあ、時間差で月下の両親に届くように日をずらして投函しよう」
「不謹慎だけど、ちょっと楽しいね」
思いがけない天恵の言葉に、真一は想いと真逆の反応を出すしかなかった。それを天恵にどう思われるのか怖くて、『楽しくないわけではない』セリフで顔色を覗う。
「ボナペティのケーキ、食べたくなっちゃったな」
「せっかくだから行こうよ」
天恵の反応は上々だった。家にいると真一の母親が気になること、クリスマスという雰囲気に流されたこと。恐らく要因は一つではないだろうけれど、我ながら会心のセリフだったと自画自賛する。
そんなこんなで駅からの大通りを母校へと向か2人。押しボタン信号のある幼稚園と図書館・神社の交差点より駅側の横道、コンビニエンスストアの向かいにボナペティはある。
天恵が学校内でこれ以上不利にならないため、クリスマスに男と歩いている姿を目撃されないよう気を張る自分と、天恵と連れ添う高揚感、そして天恵の隣に見合わない自分への評価が、真一の心を複雑化させていた。
天恵は隣でゴロゴロとローラーシューズを転がせて移動する真一を少し恥ずかしく感じる。真一はそんなことはお構いなしだ。
駅から歩くと高校の正門・裏門へは、どちらもぐるっと回り込んで行かなければならないが、このボナペティの通り沿いにある学校のフェンスの穴、グラウンドを突っ切った抜け道から登下校する奴らも少なくない。学生たちはこの近道を『タイムトンネル』と呼んでいた。
(クリスマスのプレゼントなんて何も用意がないから、ここのケーキ代くらいは俺が払おう!)
真一はそう意気込んでボナペティの戸を開けた。少なからず混んでいる店内に緊張気味に入る。
「おっー久ぶりだな、宮東、月下」
いきなり声をかけてきた男がいた。警戒反応は瞬間的で、2人がその男を視認したのなら天恵は顔を少し緩ませたが、真一は違う意味での注意アンテナを高くする。
「蓮水?!」
左手を高々と上げ店内の注目を集めた男は中学の同級生、|蓮水 平地《はすみ へいじ》だった。真一よりも良い成績を有し、月下天恵に好意を持っていたであろう男。当然蓮水だって同じ中学であれば、同じ界隈に住んでいてもおかしくない、高校はどこだって冬休みのはずだ。
「クリスマスに2人揃って……デートかい?」
「そんなんじゃないわよ」
「へぇ……」
真一には、蓮水が流し目で真一の反応を確認したように思えた。だからできるだけ平常心を装う。今回のことは、天恵が自分だけに相談してくれた、『特別』であることが優越感でもある。それを蓮水に分かられたくない。
「ハァーあったかい……暖房も利いててホッとするわ、あー肩こっちゃう」
天恵はトレードマークのマフラーを首から取ると首を伸ばした。真一の心は蓮水の向かい側に座って、天恵がどこに座るのか試したくもあった。
やや迷いつつも蓮実の左横の空いてる席に手を変えたが、それに気付いた蓮水と目を合せる。蓮水は左手のフォークでケーキを分けて食べる。つまり右利きの真一が蓮水の左側に着席したのなら、互いの肘がぶつかり合う配置となってしまう。だからわざわざ席をズラして蓮水の右側に腰を下ろした。
蓮水が真一の心を読んだかのように、薄く笑ったのが見えた。
幾らもかからず、すでにテーブルに並んでいる蓮水と同じガトーショコラとコーヒーが2人分運ばれてくると、天恵はコーヒーカップに手を添え、心底安心したように漏らす。
「あったかいとあたし、すぐ眠くなっちゃうのよね」
「体育の後の授業とかいつも舟を漕いでたのも覚えているかい?!」
「何? 舟を漕ぐって」
「うとうとするってことさ」
「今日は特に寒いからな。こんな日は外出するもんじゃない」
蓮水が自身のことを棚に上げたモノ言いをする。
「ちょっと月下と話しててさ、今はその息抜きでお茶しに来ただけだよ」
「どんな話さ?」
『言うわけないだろ?!』と真一が思ったのも僅か、天恵は誘い水に引き込まれてしまう。
「蓮水ならこの作戦、どう思う? ね、超天才と言われた蓮水の意見も聞いてみたいよね、真一?!」
「真一?」
「あ、そっか、蓮水も驚いちゃうよね?! 名前呼びなんて」
「別に……宮東も遠慮しないで『天恵』って呼べばいいのさ」
中学生の時は思った劣等感……蓮水平地の頭脳と月下天恵との距離……。例え苗字でも互いに呼び捨てられる間柄は共有した時間の差……。
(こちとら『さん』付けで苗字を呼ぶのでさえほとんどできなかったんだ、高校でやっと苗字呼び捨てできるようになったのに……)
優越感をあっと言う間に崩され落胆したけれど、再びのマウントに気持ちが立ち直る。
「そうよ、真一、天恵って呼んでよ」
「突然クラスでそんな風に呼んだら、またなに言いふらされるか分かったもんじゃないだろ」
「なんだ、高校生にもなってまだそんな中坊みたいなこと言う奴がいるのかい?! それなりの進学校なのに程度が低いんだな」
蓮水が言ったことは天恵が『男好き』と言われるもう一つの所以……。