@5話 ガトーショコラの伝説
ー/ー
街を東西に分ける大通り沿いにあるケーキ屋さん『ボナペティ』。フランス語で『召し上がれ』という意味だと聞いた。2代目で30年以上も続く名店だが、若者も集う小洒落たカフェである。店長はテラス席を作りたいのだが、隣の中華料理屋との景観が合わず移転も考えたことがあるそうだが、お店のファンたちからの強い要望でこの地で営み続けていることも人気の理由である。
忙しく手狭ながらも急いておらず長居できる。ディネットと呼ぶ『おままごとの食器』が可愛らしい。
このクロスワードは特定の人しか解けないようにできている、いわゆる内輪ネタだ。
天恵の父は月下 明、天恵の義母は灯、旧姓染夜という。明と2つ違いの歳下である。加えて明の前妻は旧姓妲華 摩己で明と同じ歳。3人も天恵や真一と同じ高校という奇妙な縁がある。
** 明18歳 **
「きゃー」
黄色い声援がグラウンドに飛ぶ。明は野球部の主砲だった。中学シニアリーグで全国を経験し、県内外の強豪校からスカウトが来るほどの実力の持ち主だったが、家庭と勉強を優先したため、近所の公立進学校を志望した、実力は県8強止まりだが、そんな公立野球部だってエースや4番はある程度の人気がある。そして3年になった今年は、もう少し上を狙えそうだと新聞の地域欄にも紹介された。
「明先輩、お疲れさまでした。明先輩のズボンのポケット破れてます、わたし直しますよ?!」
「俺のより慶介とか圓山のを直してあげてよ。圓山のは破れてケツ見えてたし、エースが練習着とはいえみっともないと野球部の格が落ちるから」
「……みんなのはちょっと……」
「なら、俺も母さんに直してもらうよ。染谷、ありがとさん」
そのとき野球部の女子マネージャーは各学年に1人ずつ居て、その1年生マネが染夜灯だった。そして摩己は剣道部の女子キャプテン。高校当時、評判の美人で、当時、慶介と恋人の噂だった。
「2年の奴らと俺と本川で松代飯店行こうってけど、来週には春休み終わっちまうし偶には一緒にいかねぇか? 明」
「悪りぃ、俺はパスで。俺は……」
「お前は、ラーメンよりも、またあれか」
「あそこのラーメン、マジ安いのに美味いぜ?!」
「学生大盛無料なんですよ?!」
「あぁ、また今度な」
「先輩、また? 甘いもんばっか食べてると太りますよ?」
「お前より練習してるから大丈夫だよ」
「……明のお目当てはケーキだけじゃないんだよ……」
ボナペティと松代飯店は、入口は離れているけれども隣同士のお店なのに、明が1人先に部室を出て走って行ったのが彼の言葉を証明していた。
松代飯店は小奇麗とは言い難いザ・町中華の店構え。中華の油っぽさが漂っていて、お隣のボナペティとは仲が良いとは言えない。しかしながらどちらもこの町の人気店であり、ジャンルは違えどライバルといえる。
◆◇◆◇
「あら? 月下くん」
「お、押忍、妲華。お疲れ様……」
「ふふ、なーに『押忍』って、おかしいの?!」
明は知っていた、土曜練の部活が昼前に終わったとき、剣道部女子が、いいや妲華がここボナペティのガトーショコラを食べて帰ることを。
「妲華、1人?」
「うん、みんなはフードコート行ったわ」
「野球部も松代飯店だ」
「ラーメンとか、すごく美味しいんだってね?!」
「そうみたいだよね」
「実はあたしも食べてみたいんだけど、女子だけだと入り難いのよね、あそこ」
「慶介と行けばいいんじじゃない?」
この言葉には明は相当勇気を込めた。摩己も想定外の言葉だったようで会話が途切れた……。
(1・2・3……)
会話中に5秒間の沈黙があると本音を言う確率が上がるらしい……明はそんなことを思い出し、この沈黙に耐えた。
「……彼とはきっと、行かないんじゃないかな」
本音なのかどうかは判断できないけれど、摩己は笑ってそう言った。『じゃ……今度一緒に……』瞬発的にそんな言葉が浮かんだけれど、明からその言葉が発せられることもない。気の利いた言葉を返せず、再び沈黙が5秒を刻まないようにか、摩己が話を繋ぐ。
「それにしても月下くん、ここのガトーショコラ好きだよね?!」
「ちゃんと糖質を摂らないと集中力とか、判断力が鈍ったりするんだって。
それに筋肉量が減少して、疲れやすく風邪をひきやすくもなるし……でも脂質より糖質の方が太る原因なんだって」
「なにそれ、太るから注意しろって話?」
「ガトーショコラとラーメンの話」
「ちゃんと練習でカロリーも消費してるから大丈夫ですよーだ」
それから暫くしない内に、2人の姿が松代飯店で目撃された。
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忙しく手狭ながらも急いておらず長居できる。ディネットと呼ぶ『おままごとの食器』が可愛らしい。
このクロスワードは特定の人しか解けないようにできている、いわゆる内輪ネタだ。
天恵の父は月下 |明《あきら》、天恵の義母は|灯《あかり》、旧姓|染夜《そめや》という。明と2つ違いの歳下である。加えて明の前妻は旧姓|妲華 摩己《たちはな まき》で明と同じ歳。3人も天恵や真一と同じ高校という奇妙な縁がある。
** 明18歳 **
「きゃー」
黄色い声援がグラウンドに飛ぶ。明は野球部の主砲だった。中学シニアリーグで全国を経験し、県内外の強豪校からスカウトが来るほどの実力の持ち主だったが、家庭と勉強を優先したため、近所の公立進学校を志望した、実力は県8強止まりだが、そんな公立野球部だってエースや|4番《主砲》はある程度の人気がある。そして3年になった今年は、もう少し上を狙えそうだと新聞の地域欄にも紹介された。
「明先輩、お疲れさまでした。明先輩のズボンのポケット破れてます、わたし直しますよ?!」
「俺のより慶介とか圓山のを直してあげてよ。圓山のは破れてケツ見えてたし、エースが練習着とはいえみっともないと野球部の格が落ちるから」
「……みんなのはちょっと……」
「なら、俺も母さんに直してもらうよ。染谷、ありがとさん」
そのとき野球部の女子マネージャーは各学年に1人ずつ居て、その1年生マネが染夜灯だった。そして摩己は剣道部の女子キャプテン。高校当時、評判の美人で、当時、|慶介《エース》と恋人の噂だった。
「2年の奴らと俺と本川で松代飯店行こうってけど、来週には春休み終わっちまうし偶には一緒にいかねぇか? 明」
「悪りぃ、俺はパスで。俺は……」
「お前は、ラーメンよりも、またあれか」
「あそこのラーメン、マジ安いのに美味いぜ?!」
「学生大盛無料なんですよ?!」
「あぁ、また今度な」
「先輩、また? 甘いもんばっか食べてると太りますよ?」
「お前より練習してるから大丈夫だよ」
「……明のお目当てはケーキだけじゃないんだよ……」
ボナペティと松代飯店は、入口は離れているけれども隣同士のお店なのに、明が1人先に部室を出て走って行ったのが彼の言葉を証明していた。
松代飯店は小奇麗とは言い難いザ・町中華の店構え。中華の油っぽさが漂っていて、お隣のボナペティとは仲が良いとは言えない。しかしながらどちらもこの町の人気店であり、ジャンルは違えどライバルといえる。
◆◇◆◇
「あら? 月下くん」
「お、押忍、妲華。お疲れ様……」
「ふふ、なーに『押忍』って、おかしいの?!」
明は知っていた、土曜練の部活が昼前に終わったとき、剣道部女子が、いいや妲華がここボナペティのガトーショコラを食べて帰ることを。
「妲華、1人?」
「うん、みんなはフードコート行ったわ」
「野球部も松代飯店だ」
「ラーメンとか、すごく美味しいんだってね?!」
「そうみたいだよね」
「実はあたしも食べてみたいんだけど、女子だけだと入り難いのよね、あそこ」
「慶介と行けばいいんじじゃない?」
この言葉には明は相当勇気を込めた。摩己も想定外の言葉だったようで会話が途切れた……。
(1・2・3……)
会話中に5秒間の沈黙があると本音を言う確率が上がるらしい……明はそんなことを思い出し、この沈黙に耐えた。
「……彼とはきっと、行かないんじゃないかな」
本音なのかどうかは判断できないけれど、摩己は笑ってそう言った。『じゃ……今度一緒に……』瞬発的にそんな言葉が浮かんだけれど、明からその言葉が発せられることもない。気の利いた言葉を返せず、再び沈黙が5秒を刻まないようにか、摩己が話を繋ぐ。
「それにしても月下くん、ここのガトーショコラ好きだよね?!」
「ちゃんと糖質を摂らないと集中力とか、判断力が鈍ったりするんだって。
それに筋肉量が減少して、疲れやすく風邪をひきやすくもなるし……でも脂質より糖質の方が太る原因なんだって」
「なにそれ、太るから注意しろって話?」
「ガトーショコラとラーメンの話」
「ちゃんと練習でカロリーも消費してるから大丈夫ですよーだ」
それから暫くしない内に、2人の姿が松代飯店で目撃された。