当然の如く『淵』に立つとその全ての感覚が恐怖を煽る。ついさっき迄なだらかに吹いていた風が、下から突き上げるように頬を冷たく叩く。三半規管を狂わすような耳鳴り、揺れているように見えるコブの白波、眩暈がする。焦げ付いたような臭いは喉を乾かし、呑み込んだ唾はやけにヌルッとしていた。
アルペンスキーなら100㎞/hくらい出せるんだ。僕は言い聞かせる。
ツルっと引っ張られたように上半身を残してスキー板が斜面を滑り出す。気持ちの準備が整う間もなく、板が勝手に滑り出した。
中々滑り出さない素人が背中を押されて滑り始めたかのような滑り出し。これは競技ではない、タイムは関係ない。両手をくるくる回しながらボーゲンでスピードを殺して体勢を立て直してスタートを切り直す。
これはテストだ……ターンを見られている。モーグルはターンだ、千晶はそれを強調していたはずだ……自分はあんなにも楽しそうにエアを見せつけていたのに……。
基本のターンの種類は、スキー板の角度によって、ボーゲン、シュテームターン、パラレルターンの3つに分かれている。
しかし求められているターンはこんな基礎的なことではない。ノルウェー語で『雪上のコブ』を意味する『Mogul』で求められるターンはカーヴィングだ。