1998年2月11日(水)長野市営飯綱高原スキー場。
白い雲なんて一つもない大快晴の下、真白な雪。白に青のコントラストが成すその真ん中にその人はいた。
上下真っ白のウエアを身に纏ったその人の名は『上村愛子』……長野五輪フリースタイルスキーモーグルの7位の人だ。
小学1年生、6歳の僕は八重歯の可愛いその人に一目ぼれした……。
同種目でその時、表彰台の一番高い位置、金メダルに輝いたのも日本人選手だった。それでも滑り終えた彼女がインタビューに答える姿は、スカイブルーの空からゲレンデが眩しく跳ね返すその光を味方につけて笑顔が最高に輝いていた。
――そう、他の誰よりも……。
若干18歳のその彼女は僕の心に今でも焼き付いたまま、色褪せることはない。
僕の心はずっとグレーの無いモノトーン……白と黒しかない世界を彷徨っていたのに……。
***
「あ、私も観に行ったんだよ、長野オリンピック」
七色に反射するゴーグルを外した暖空が僕に笑顔を向ける。暖空は好奇心の瞳だ。僕の通う学校にはいない、真っ白なこの雪のように濁りがない。僕は目を見ていられなくなる。
「カッコよかったなぁ~上村選手。それに可愛い。カッコよかったなぁエア、あの空に浮かんだ水色に雪を放って雲になっちゃったみたいだった」
僕の瞼の裏にも、忘れられないあの風景が呼び起こされる……第一エアのバックスクラッチャーコザック(* バックスクラッチャー=身体を後ろに反らせる。コザック=足を左右に広げて身体を前に折り曲げる)はワイルドに宙を舞う躍動感を。第二エアのツイスタースプレッド(*ツイスター=上半身と下半身を逆方向にひねる。スプレッド=手足を大きく広げる『大の字』)は空を泳いでそのまま掴んでしまったかと思うくらい雄大に……。
雪面の白と空の青の間、コントラストをより濃くさせるような存在感があった。
「フリースタイル、やってるの?」
「そ、私、飛ぶのが大好きなんだ!」
僕の目の前にいるその人は、憧れの人と同じことを言った。
その時、僕は決めたんだと思う、僕もフリースタイルスキーモーグルをやるって。そしてこの日から僕の中に『憧れの人』とは別にもう一人の『特別な人』ができた。