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綿菓子雲

ー/ー



 真由子は時折、空に手を伸ばし、悲しい表情をしていた。

 まるで、何かを掴むように。

 その姿を、潤はいつも少し離れた位置から見守る。

 二人は幼なじみで、言いたいことを何でも言い合う関係。

 明るく、お淑やかという言葉とは無縁の真由子が、時折見せる憂いに帯びた表情に踏み込んではいけない。

 踏み込んでしまうと、普段ふざけ合っている関係が壊れてしまう気がする。

 そんな保守的な態度を取りながら、潤は真由子の真似をして、空に向かい手を伸ばしてみる。

 手を伸ばしても、何も分からなかった。

 真由子がどんな想いを込めて手を伸ばしているのか、まったく理解することが出来ない。

 そんな無力さを、潤は呪った。

 自分なんて、空に浮かぶ小さなわた菓子ぐらいの雲すら掴めないのだと。

 ☆

 放課後の教室。

 由美は、人生初めての彼氏が出来て浮かれていた。

 スマホの待ち受けも彼氏とのツーショットにし、隠すことはせずに誇るように自分達の関係を言いふらしている。

 そんな浮かれている友人に、真由子は冷めた表情で言葉をかける。

「そんなに言いふらしてると、彼氏に面倒だと思われるよ」
「ふふん、その辺は大丈夫! 法佑は私よりも浮かれてるから」
「そうなの?」

 真由子は視線を由美から、隣のクラスから遊びに来ている潤に移すと、潤はうんざりした表情で『うざかった』と嘆いた。

 由美の言う通り、隣のクラスでは法佑が惚気を全開にし、ツーショットの待ち受けを見せ回っていた。

「真由子は、彼氏を作らないの?」
「恋人が出来た途端に、彼氏持ちマウントは嫌われるよ」

 真由子は、さも興味がなさそうにスマホを操作し、SNSをチェックする。

「随分と余裕があるじゃない。さては、彼氏がいるな?」

 そう問われても、真由子は表情を変えずにスマホを眺める。

 真由子はスマホを眺め、そんな真由子を由美がちょっかいを出しているので気付かれていないが、先程の発言で一番動揺したのは潤だった。

 幼なじみでいつも一緒にいたので、真由子に彼氏ができるなんて想像もしていなかった。

 真由子が知らない男性の横を歩き、頬を染める姿。

 それがどうしても想像が出来ない。

 その感情が異性としての独占欲からくるものなのか、兄妹のように育ってきた兄視点から来る郷愁なのか、潤は判断できない。

「真由子も、待ち受けをツーショットにしてるんじゃないの? 見せなさい!」

 関心を示さない真由子のスマホを、由美が強引に奪おうとすると、その拍子にスマホは真由子の手から零れ落ち、潤の足元に落ちる。

 潤はスマホを拾い、真由子に手渡す。

「壊れてたら弁償だからね」

 スマホを受け取った真由子は、冷ややかに由美を睨み、由美は心から申し訳なさそうに『ごめん』と肩を落とした。

 拾った時に一瞬だけ見えたスマホの待ち受けは、ツーショット写真だったが、それは潤を安心させるツーショット写真。

 白髪のパーマのかかった老婆が、まだ幼い真由子をおんぶしている写真。

 写真の中の真由子は無邪気に老婆の髪を掴み、老婆は嬉しそうに笑っていた。

 ☆

 真由子は、空に向かい手を伸ばしていた。

 その姿を見守る潤は、今日も同じく真由子の見る景色を共有するように空を見上げる。

 青空の中に、一つだけ浮かぶ小さな雲。

 思えば、真由子が空に向かい手を伸ばしている時、いつも空は青空で、綿菓子のような雲が一つだけ浮かんでいた気がした。

 いつもは見守っているだけの潤が、真由子のもとに歩み寄り、背中を見せ腰を下ろす。

「どうしたの?」

 いきなり不可解な行動をとる幼馴染の姿を見て、真由子は驚きの表情を隠せない。
「おんぶしてやる」
「別に、疲れてもないし、怪我もしてないよ」
「少しでも近い方が、おばあちゃんの髪に触りやすいだろ」

 その言葉を聞いた真由子は、何も言わずに潤の背中に体を預ける。

 真由子の重みを感じた潤が立ち上がると、真由子はおんぶされた状態で空に向かい手を伸ばした。

 おばあちゃんの白髪のような、綿菓子雲に向かって。

 真由子の涙は頬を伝い、一雫となって流れた。

 おんぶしてくれている潤に泣いているのがバレないように、声が震えないように気をつけながら真由子が口を開いた。

「スマホの待ち受け画面が見えた?」
「悪いけど、チラッと」
「私ね、おばあちゃんがおんぶをしてくれるのが大好きだった。おばあちゃんの背中に乗って、おばあちゃんの綿菓子のような髪をくしゃくしゃして、無邪気にわははと笑い合う時間が大好きだった。
 でも、私も大きくなっちゃって、おばあちゃんも歳をとって、おんぶが無理になっちゃって。
 なら、今度は私がおばあちゃんをおんぶをしてあげようと思ったんだけど、おんぶが出来るほど私が大人になる前に死んじゃったんだ」

 もう一度おんぶしてもらいたい気持ちと、一度でいいからおばあちゃんをおんぶをしたかった気持ち。

 二つの果たせぬ思いを胸にしこりとして残したまま、真由子は空に向かい手を伸ばしていたのだろう。

「ありがとうね、潤。なんか、ずっと胸に残ってた後悔とか、物悲しさが少し腫れた気がした」

 感謝の言葉を述べながら、真由子は潤の髪をくしゃくしゃにする。

 髪をくしゃくしゃにされても潤は怒らずに、困ったように笑う。その笑い方がおばあちゃんの笑い方と重なり、真由子の頬にもう一度、涙が流れる。

 思う存分に髪をくしゃくしゃにした真由子は、おんぶから飛び降りてグッと順を引き寄せる。

 幼なじみだけれど、これだけ顔を近づけることはないので、潤は思わずテレてしまった。

「ツーショットを撮ろう!」
「えっ! いきなり!」

 慌てる潤の言葉を気にせずに、流れるような仕草で真由子はツーショットを撮影する。

 写真に収めれられた二人の姿は。

 涙の後がうっすらと残る真由子。

 髪がぐしゃぐしゃの潤。

 写真を見た真由子はおかしそうに笑い『これは二人だけの秘密の写真だね』と、潤に写真のデータを送った。



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 真由子は時折、空に手を伸ばし、悲しい表情をしていた。
 まるで、何かを掴むように。
 その姿を、潤はいつも少し離れた位置から見守る。
 二人は幼なじみで、言いたいことを何でも言い合う関係。
 明るく、お淑やかという言葉とは無縁の真由子が、時折見せる憂いに帯びた表情に踏み込んではいけない。
 踏み込んでしまうと、普段ふざけ合っている関係が壊れてしまう気がする。
 そんな保守的な態度を取りながら、潤は真由子の真似をして、空に向かい手を伸ばしてみる。
 手を伸ばしても、何も分からなかった。
 真由子がどんな想いを込めて手を伸ばしているのか、まったく理解することが出来ない。
 そんな無力さを、潤は呪った。
 自分なんて、空に浮かぶ小さなわた菓子ぐらいの雲すら掴めないのだと。
 ☆
 放課後の教室。
 由美は、人生初めての彼氏が出来て浮かれていた。
 スマホの待ち受けも彼氏とのツーショットにし、隠すことはせずに誇るように自分達の関係を言いふらしている。
 そんな浮かれている友人に、真由子は冷めた表情で言葉をかける。
「そんなに言いふらしてると、彼氏に面倒だと思われるよ」
「ふふん、その辺は大丈夫! 法佑は私よりも浮かれてるから」
「そうなの?」
 真由子は視線を由美から、隣のクラスから遊びに来ている潤に移すと、潤はうんざりした表情で『うざかった』と嘆いた。
 由美の言う通り、隣のクラスでは法佑が惚気を全開にし、ツーショットの待ち受けを見せ回っていた。
「真由子は、彼氏を作らないの?」
「恋人が出来た途端に、彼氏持ちマウントは嫌われるよ」
 真由子は、さも興味がなさそうにスマホを操作し、SNSをチェックする。
「随分と余裕があるじゃない。さては、彼氏がいるな?」
 そう問われても、真由子は表情を変えずにスマホを眺める。
 真由子はスマホを眺め、そんな真由子を由美がちょっかいを出しているので気付かれていないが、先程の発言で一番動揺したのは潤だった。
 幼なじみでいつも一緒にいたので、真由子に彼氏ができるなんて想像もしていなかった。
 真由子が知らない男性の横を歩き、頬を染める姿。
 それがどうしても想像が出来ない。
 その感情が異性としての独占欲からくるものなのか、兄妹のように育ってきた兄視点から来る郷愁なのか、潤は判断できない。
「真由子も、待ち受けをツーショットにしてるんじゃないの? 見せなさい!」
 関心を示さない真由子のスマホを、由美が強引に奪おうとすると、その拍子にスマホは真由子の手から零れ落ち、潤の足元に落ちる。
 潤はスマホを拾い、真由子に手渡す。
「壊れてたら弁償だからね」
 スマホを受け取った真由子は、冷ややかに由美を睨み、由美は心から申し訳なさそうに『ごめん』と肩を落とした。
 拾った時に一瞬だけ見えたスマホの待ち受けは、ツーショット写真だったが、それは潤を安心させるツーショット写真。
 白髪のパーマのかかった老婆が、まだ幼い真由子をおんぶしている写真。
 写真の中の真由子は無邪気に老婆の髪を掴み、老婆は嬉しそうに笑っていた。
 ☆
 真由子は、空に向かい手を伸ばしていた。
 その姿を見守る潤は、今日も同じく真由子の見る景色を共有するように空を見上げる。
 青空の中に、一つだけ浮かぶ小さな雲。
 思えば、真由子が空に向かい手を伸ばしている時、いつも空は青空で、綿菓子のような雲が一つだけ浮かんでいた気がした。
 いつもは見守っているだけの潤が、真由子のもとに歩み寄り、背中を見せ腰を下ろす。
「どうしたの?」
 いきなり不可解な行動をとる幼馴染の姿を見て、真由子は驚きの表情を隠せない。
「おんぶしてやる」
「別に、疲れてもないし、怪我もしてないよ」
「少しでも近い方が、おばあちゃんの髪に触りやすいだろ」
 その言葉を聞いた真由子は、何も言わずに潤の背中に体を預ける。
 真由子の重みを感じた潤が立ち上がると、真由子はおんぶされた状態で空に向かい手を伸ばした。
 おばあちゃんの白髪のような、綿菓子雲に向かって。
 真由子の涙は頬を伝い、一雫となって流れた。
 おんぶしてくれている潤に泣いているのがバレないように、声が震えないように気をつけながら真由子が口を開いた。
「スマホの待ち受け画面が見えた?」
「悪いけど、チラッと」
「私ね、おばあちゃんがおんぶをしてくれるのが大好きだった。おばあちゃんの背中に乗って、おばあちゃんの綿菓子のような髪をくしゃくしゃして、無邪気にわははと笑い合う時間が大好きだった。
 でも、私も大きくなっちゃって、おばあちゃんも歳をとって、おんぶが無理になっちゃって。
 なら、今度は私がおばあちゃんをおんぶをしてあげようと思ったんだけど、おんぶが出来るほど私が大人になる前に死んじゃったんだ」
 もう一度おんぶしてもらいたい気持ちと、一度でいいからおばあちゃんをおんぶをしたかった気持ち。
 二つの果たせぬ思いを胸にしこりとして残したまま、真由子は空に向かい手を伸ばしていたのだろう。
「ありがとうね、潤。なんか、ずっと胸に残ってた後悔とか、物悲しさが少し腫れた気がした」
 感謝の言葉を述べながら、真由子は潤の髪をくしゃくしゃにする。
 髪をくしゃくしゃにされても潤は怒らずに、困ったように笑う。その笑い方がおばあちゃんの笑い方と重なり、真由子の頬にもう一度、涙が流れる。
 思う存分に髪をくしゃくしゃにした真由子は、おんぶから飛び降りてグッと順を引き寄せる。
 幼なじみだけれど、これだけ顔を近づけることはないので、潤は思わずテレてしまった。
「ツーショットを撮ろう!」
「えっ! いきなり!」
 慌てる潤の言葉を気にせずに、流れるような仕草で真由子はツーショットを撮影する。
 写真に収めれられた二人の姿は。
 涙の後がうっすらと残る真由子。
 髪がぐしゃぐしゃの潤。
 写真を見た真由子はおかしそうに笑い『これは二人だけの秘密の写真だね』と、潤に写真のデータを送った。