ネコ先輩の話しを聞いて、金野さんも、そして自分も、マインドワンダリングという精神状態に陥っているのではないか、ということはなんとなくわかった。
ただ、その状態から脱するためには、どうすれば良いんだろう――――――?
それが可能なら、金野さんの蛙化現象も、私のケンタに対する拒絶感も治まると思うんだけど……。
「蛙化現象を克服するためには、いくつか方法がある。それをひとつずつ試してみよう」
「できるだけ、効果がありそうな方法から教えてくれませんか?」
ネコ先輩の言葉に、私が懇願するように言うと、彼女は「うむ、わかった」と、うなずいてから語りだした。
「キミたち二人に、もっとも効果的なのは、自己観察とジャーナリングという手法だろうな。自分がどのような状況で相手への理想を抱き、それが失望に変わるのかを意識的に観察し、感情や思考のパターンを記録する方法だ」
「自分を客観視して、自分の気持ちや考えたこと、思ったことを書き記すんですか? それって、スマホにメモしたりするのでも良いんですか?」
「あぁ、いまどき、紙に書き出す必要もないだろう。手軽に行える手段があるなら、なんでも構わない」
先輩は、そう言ってから、ジャーナリングの具体的なやり方を説明してくれた。ネコ先輩が言うには、
「とにかく頭の中を書き出すことだ。と言っても、闇雲に書けるものではないだろう。だから、テーマを絞り、より鮮明に頭の中で考えたことや感じたことやを書き出せるようにするんだ」
ということだった。
これは、相手との関係の中で感じていることや、純粋に嫌だったこと、恐怖を感じたことといった何気ないことから、相手とどんな関係になりたいのか、そして、自身を成長させるために必要だと考えること、幅広く設定することが可能だそうだ。
正直なところ、私たちに対するアドバイスが、宇佐美先生のときのように、
「レスの克服のために、コスプレをしましょう」
みたいな投げやりに感じるものだったら、生物心理学研究会の活動から距離を取ろうと考えていたけど、意外にも真面目なアプローチだったので、(少し気は重いけど)金野さんとともに、ネコ先輩の言う自己観察とジャーナリングとやらに取り組んでみようと思う。
二人で、この手法に取り組むに当たって、困ったら、お互いに相談し合おうということで、私と金野さんは、メッセージアプリの連絡先を交換してから、それぞれの家路に着いた。
自宅に帰り、夕飯を食べたあと、自分の部屋に引きこもった私は、ベッドに寝そべりながら、自己観察とジャーナリングに取り組んでみた。
相手との関係の中で感じていること:
(ケンタには申し訳ないけど)急に告白されてビックリした(ケンタが自分のことを恋愛対象として見ているとは思ってもいなかったから)
嫌だったこと:
(ケンタには申し訳ないけど)急に告白して驚かせるのはやめてほしい。
恐怖を感じたこと:
(ケンタには申し訳ないけど)オンナとして見られていることを知って、純粋に恐怖を感じた。
相手とどんな関係になりたいか:
(ケンタには申し訳ないけど)幼なじみとして、これまでのように気さくに話し合える仲になりたい(でも無理かな……)
自分を成長させるために必要なこと:
わからない。
端的に書き上げてみると、それほど難しいことはなく、時間にして15分も掛からなかった。
ただ、自分の中でも気になるのは、解決策が見つからない最後の設問を除いて、ほぼすべての項目に、
(ケンタには申し訳ないけど)
というエクスキューズが着いていることだ。
なにを言っても、言い訳になるかも知れないけど、それでも、誰から見ても悪いヤツには思えない幼なじみの気持ちを受け入れられないことに対して、自分でも罪悪感のような感情が芽生えているのは、たしかだった。
でも、相手の想いを受け容れられるか、と言うと困るよな……。
そんな風に悶々とした感情のまま、ベッドの上で寝返りを打っていると、メッセージアプリに着信があった。
=============
こんばんは
自己観察のメモを書いたので
ちょっと見てもらえる?
=============
メッセージの送り主は、連絡先を交換したばかりの金野さんだった。
なんとなく、その文面から自分と同じように悩んでいるようすがうかがえたので、「OKです!」と、すぐに返事を返す。すると、彼女の方からも、「ありがとう」と返信があり、各項目について記載した内容が、メッセージとして送られてきた。
相手との関係の中で感じていること:
急に告白されてビックリしたけど、嬉しい気持ちもあった。
ただ、距離をつめられると、戸惑うことが多い。
嫌だったこと:
急に身体に触れるのはやめてほしい。
恐怖を感じたこと:
手をつなごうとしたり、頭を撫でられそうになると恐怖を感じた。
相手とどんな関係になりたいか:
わからない。
自分を成長させるために必要なこと:
恋愛に慣れること。色んな人とコミュニケーションを取って、他人と接する経験を増やすことで、相手の長所だけでなく短所も含めて理解し、関係性を深めたい。
私と同じく親しい仲の異性との関係性に悩む上級生のメッセージからは、彼女の生真面目さと苦しみと悩みが伝わってくるようだった。そして、それでも、自分と違って「自分を成長させるために必要なこと」の項目に、具体的で前向きな内容を記述している金野さんに対して、私は敬意を感じずにはいられなかった。