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第3話 最初の挑戦!王宮の片隅で「焼きそば」とヴィクトリアの冷徹な視線

ー/ー



朝。

王宮の片隅にある、窓もない簡素な小部屋で目を覚ました花子は、枕元に置かれた小さな醤油瓶をそっと撫でた。
ひんやりとしたガラスの手触りが、昨夜の出来事が夢ではなかったことを教えてくれる。

(この小さな瓶が、故郷との唯一の繋がり。そして、この異世界で生き抜くための、確かな希望なんだ……!)

花子はぐっと拳を握った。
あの絶望的な味を、少しでも変えたい。

「よし、今日も頑張ろう!」

だが、醤油だけでは何も始まらない。
昨日の薄いスープと、硬く乾いた干し肉の味を思い出すと、胃がキュッと縮む。
まずは、自分のお腹を満たすことからだ。
そして、もし可能なら、この味気ない食事に苦しむ人々のためにも、何かできることはないだろうか。

隔離された身の花子には、自由に王宮を歩き回ることは許されない。
食材も、王宮の厨房から、粗末なものが届けられるだけだ。
だが、花子は諦めなかった。

支給された食材の中から、現代の小麦粉に似た、少し粗挽きの粉と、使い道のなさそうな硬い葉物野菜、そして少量の干し肉を見つけ出す。

(これなら……!)

花子の脳裏に、故郷の定番B級グルメ、焼きそばが閃いた。
熱気あふれる屋台の喧騒、鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉と野菜、そして甘辛いソースの香ばしい匂い。

(焼きそばが作れるかもしれない!)

しかし、それには肝心のソースが必要だ。
花子は心を落ち着かせ、通販サイトの画面を呼び出した。
手持ちの銀貨は残りわずか。昨日の醤油で銀貨一枚を消費したばかりだ。

(ここでケチったらダメだ。この一歩が、きっと未来に繋がるはず!)

熟考の末、大容量の焼きそばソースと、風味を格上げするかつお節と青のりのセットを注文した。

食材が揃っても、調理は簡単ではない。
火を起こす道具すらまともなものがないのだ。
花子は知恵を絞り、支給された食器を使い、隠れて庭の片隅で小枝を拾い集め、簡素な焚き火台を作り上げた。
地面に石を並べ、その上に小枝を組む。
マッチの代わりに、通販で召喚した簡易ライターで火をつける。

パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、花子の顔を赤く照らした。

燃え盛る炎の上でフライパン代わりに使ったのは、王宮の厨房から失敬してきた使い古しの鉄製の盆だった。
表面は煤で黒ずみ、所々錆びついている。

(これで本当に焼けるのかな……?)

不安がよぎるが、やるしかない。
熱せられた鉄盆に、僅かな油をひく。
ジュウッと耳に心地よい音が響き、白い煙が立ち上った。

細切りにした干し肉を投入すると、たちまち香ばしい焦げ付きの匂いが鼻腔をくすぐる。
肉の脂が溶け出し、鉄盆の上で踊るように焼けていく。
次に、硬い葉物野菜を加え、シャキシャキとした音を立てながら炒めていく。
野菜から水分が飛び、少しずつ甘い香りが混じり始めたところで、あらかじめ湯で戻しておいた、少し太めの麺を投入した。
麺は異世界の穀物から作られたものだが、見た目は故郷の中華麺に似ている。

「いけっ!」

花子は、通販で召喚した大容量の焼きそばソースを回し入れた。
ドロッとした黒い液体が、白い麺に絡みつき、みるみるうちに艶やかな茶色に染まっていく。
甘辛く、そしてどこか懐かしい、食欲をそそる香りが、みるみるうちに小部屋に充満した。

焦げ付かないよう、急いで全体を混ぜ合わせる。
鉄盆の上で麺が踊り、ソースがジュウジュウと音を立てる。
香ばしい匂いはどんどん濃くなり、湯気と共に花子の頬にも熱気が伝わる。

(完璧な、屋台の焼きそばだ!)

その時だった。

「何をしている?」

背後から、凍えるような声が響いた。
振り返ると、そこには凛とした佇まいの女性が立っていた。
端正な顔立ちに鋭い眼差し。腰には重厚な剣を携えている。
彼女こそ、魔力ゼロの聖女である花子の監視役、騎士団長のヴィクトリアだった。
彼女の視線は、花子が手に持つ、湯気を立てる皿へと向けられる。

花子は思わず身構えた。

(まずい! 見つかった!)

心臓がドクドクと鳴る。
秘密の能力がバレるかもしれないという恐怖が、一気に押し寄せる。

「これは……見たこともないものだな。聖女である貴様が、このような怪しげなものを弄んでいるのか。」

ヴィクトリアの声には、明確な嫌悪と侮蔑の色が宿っていた。
その冷たい視線が、花子の心を凍らせる。

花子は焦った。
「これは、その……故郷の料理で……。決して怪しいものではございません!」

ヴィクトリアは花子を値踏みするように見つめ、鼻を鳴らした。
「…ならば、毒味をさせてもらう。」

躊躇なく差し出した皿を、ヴィクトリアは無言で受け取った。
湯気を立てる焼きそばが、彼女の冷たい手の上に乗る。
一口、フォークで麺を絡め取り、口元へ運ぶ。

(美味しいと思ってくれるだろうか……)

花子の心臓が、ドクドクと音を立てる。
ヴィクトリアの表情は、まるで氷像のように微動だにしなかった。
一口、二口と咀嚼し、嚥下する。
その間、花子は息を詰めて見守っていた。

やがて、彼女の顔に、ほんの一瞬だけ、微かな驚きの色が浮かんだ。
しかし、それはすぐに消え失せる。

「……悪くはない。」

それだけを言い残し、ヴィクトリアは冷徹な面持ちのまま、くるりと踵を返して去っていった。
その背中は、まるで何も感じていないかのように、まっすぐで揺るぎない。

「悪くはない……?」

花子は呆然と呟いた。
完全な無表情で返されると思っていただけに、その言葉は花子にとって、小さな勝利の響きだった。

(よし、一歩前進だ!)

残った焼きそばを頬張る。
香ばしいソースの風味、シャキシャキとした野菜の歯ごたえ、そしてモチッとした麺の弾力。
故郷の味そのものだった。
熱々の麺が、冷え切った体に染み渡る。

(この味なら、きっとこの世界の人々も魅了できるはずだ!)

花子は、希望に満ちた目で、残り少ない銀貨が入った小銭入れを握りしめた。


その夜、騎士団の宿舎。
ヴィクトリアは自室に戻ると、支給された味気ない夕食を前に、机に突っ伏した。

(「悪くはない」……だと? ふざけるな。あれは……あれは一体、何だったのだ!?)

脳裏に焼き付いているのは、熱気を帯びた鉄盆の上でジュウジュウと音を立てながら炒められていた、あの香ばしい焦げたソースの匂い。
そして、口に入れた瞬間に広がるもちもちと歯応えのある麺、噛むたびに甘みが滲み出るシャキシャキとした野菜の食感。
甘みと塩味、そして複雑な旨味が舌の上で爆発し、食べたことのない幸福感が全身を駆け巡ったのだ。

(あの偽聖女が、あんなものを……! 私の鍛え抜かれた味覚が、これほどまでに歓喜するとは……!)

ヴィクトリアは思わず、自分の口元を両手で覆った。
あの場で動揺を見せなかった自分を褒めたい。
だが、今の彼女は、口の中に残る香りの余韻に悶絶していた。

(あの味をもう一度……!)

本能が叫んでいる。明日の朝食も、きっとあの薄いスープなのだろう。
考えただけで胃がひっくり返りそうだった。

ヴィクトリアは、小さく唸り声を上げた。
その様子を、たまたま通りかかった当番の侍女が、目を丸くして立ち聞きしていることに、彼女は気づいていなかった。
侍女はそっとその場を離れ、王宮の奥へと消えていった。

(これは、王宮に新たな波乱の予感……!)



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朝。
王宮の片隅にある、窓もない簡素な小部屋で目を覚ました花子は、枕元に置かれた小さな醤油瓶をそっと撫でた。
ひんやりとしたガラスの手触りが、昨夜の出来事が夢ではなかったことを教えてくれる。
(この小さな瓶が、故郷との唯一の繋がり。そして、この異世界で生き抜くための、確かな希望なんだ……!)
花子はぐっと拳を握った。
あの絶望的な味を、少しでも変えたい。
「よし、今日も頑張ろう!」
だが、醤油だけでは何も始まらない。
昨日の薄いスープと、硬く乾いた干し肉の味を思い出すと、胃がキュッと縮む。
まずは、自分のお腹を満たすことからだ。
そして、もし可能なら、この味気ない食事に苦しむ人々のためにも、何かできることはないだろうか。
隔離された身の花子には、自由に王宮を歩き回ることは許されない。
食材も、王宮の厨房から、粗末なものが届けられるだけだ。
だが、花子は諦めなかった。
支給された食材の中から、現代の小麦粉に似た、少し粗挽きの粉と、使い道のなさそうな硬い葉物野菜、そして少量の干し肉を見つけ出す。
(これなら……!)
花子の脳裏に、故郷の定番B級グルメ、焼きそばが閃いた。
熱気あふれる屋台の喧騒、鉄板の上でジュウジュウと音を立てる肉と野菜、そして甘辛いソースの香ばしい匂い。
(焼きそばが作れるかもしれない!)
しかし、それには肝心のソースが必要だ。
花子は心を落ち着かせ、通販サイトの画面を呼び出した。
手持ちの銀貨は残りわずか。昨日の醤油で銀貨一枚を消費したばかりだ。
(ここでケチったらダメだ。この一歩が、きっと未来に繋がるはず!)
熟考の末、大容量の焼きそばソースと、風味を格上げするかつお節と青のりのセットを注文した。
食材が揃っても、調理は簡単ではない。
火を起こす道具すらまともなものがないのだ。
花子は知恵を絞り、支給された食器を使い、隠れて庭の片隅で小枝を拾い集め、簡素な焚き火台を作り上げた。
地面に石を並べ、その上に小枝を組む。
マッチの代わりに、通販で召喚した簡易ライターで火をつける。
パチパチと音を立てて燃え上がる炎が、花子の顔を赤く照らした。
燃え盛る炎の上でフライパン代わりに使ったのは、王宮の厨房から失敬してきた使い古しの鉄製の盆だった。
表面は煤で黒ずみ、所々錆びついている。
(これで本当に焼けるのかな……?)
不安がよぎるが、やるしかない。
熱せられた鉄盆に、僅かな油をひく。
ジュウッと耳に心地よい音が響き、白い煙が立ち上った。
細切りにした干し肉を投入すると、たちまち香ばしい焦げ付きの匂いが鼻腔をくすぐる。
肉の脂が溶け出し、鉄盆の上で踊るように焼けていく。
次に、硬い葉物野菜を加え、シャキシャキとした音を立てながら炒めていく。
野菜から水分が飛び、少しずつ甘い香りが混じり始めたところで、あらかじめ湯で戻しておいた、少し太めの麺を投入した。
麺は異世界の穀物から作られたものだが、見た目は故郷の中華麺に似ている。
「いけっ!」
花子は、通販で召喚した大容量の焼きそばソースを回し入れた。
ドロッとした黒い液体が、白い麺に絡みつき、みるみるうちに艶やかな茶色に染まっていく。
甘辛く、そしてどこか懐かしい、食欲をそそる香りが、みるみるうちに小部屋に充満した。
焦げ付かないよう、急いで全体を混ぜ合わせる。
鉄盆の上で麺が踊り、ソースがジュウジュウと音を立てる。
香ばしい匂いはどんどん濃くなり、湯気と共に花子の頬にも熱気が伝わる。
(完璧な、屋台の焼きそばだ!)
その時だった。
「何をしている?」
背後から、凍えるような声が響いた。
振り返ると、そこには凛とした佇まいの女性が立っていた。
端正な顔立ちに鋭い眼差し。腰には重厚な剣を携えている。
彼女こそ、魔力ゼロの聖女である花子の監視役、騎士団長のヴィクトリアだった。
彼女の視線は、花子が手に持つ、湯気を立てる皿へと向けられる。
花子は思わず身構えた。
(まずい! 見つかった!)
心臓がドクドクと鳴る。
秘密の能力がバレるかもしれないという恐怖が、一気に押し寄せる。
「これは……見たこともないものだな。聖女である貴様が、このような怪しげなものを弄んでいるのか。」
ヴィクトリアの声には、明確な嫌悪と侮蔑の色が宿っていた。
その冷たい視線が、花子の心を凍らせる。
花子は焦った。
「これは、その……故郷の料理で……。決して怪しいものではございません!」
ヴィクトリアは花子を値踏みするように見つめ、鼻を鳴らした。
「…ならば、毒味をさせてもらう。」
躊躇なく差し出した皿を、ヴィクトリアは無言で受け取った。
湯気を立てる焼きそばが、彼女の冷たい手の上に乗る。
一口、フォークで麺を絡め取り、口元へ運ぶ。
(美味しいと思ってくれるだろうか……)
花子の心臓が、ドクドクと音を立てる。
ヴィクトリアの表情は、まるで氷像のように微動だにしなかった。
一口、二口と咀嚼し、嚥下する。
その間、花子は息を詰めて見守っていた。
やがて、彼女の顔に、ほんの一瞬だけ、微かな驚きの色が浮かんだ。
しかし、それはすぐに消え失せる。
「……悪くはない。」
それだけを言い残し、ヴィクトリアは冷徹な面持ちのまま、くるりと踵を返して去っていった。
その背中は、まるで何も感じていないかのように、まっすぐで揺るぎない。
「悪くはない……?」
花子は呆然と呟いた。
完全な無表情で返されると思っていただけに、その言葉は花子にとって、小さな勝利の響きだった。
(よし、一歩前進だ!)
残った焼きそばを頬張る。
香ばしいソースの風味、シャキシャキとした野菜の歯ごたえ、そしてモチッとした麺の弾力。
故郷の味そのものだった。
熱々の麺が、冷え切った体に染み渡る。
(この味なら、きっとこの世界の人々も魅了できるはずだ!)
花子は、希望に満ちた目で、残り少ない銀貨が入った小銭入れを握りしめた。
その夜、騎士団の宿舎。
ヴィクトリアは自室に戻ると、支給された味気ない夕食を前に、机に突っ伏した。
(「悪くはない」……だと? ふざけるな。あれは……あれは一体、何だったのだ!?)
脳裏に焼き付いているのは、熱気を帯びた鉄盆の上でジュウジュウと音を立てながら炒められていた、あの香ばしい焦げたソースの匂い。
そして、口に入れた瞬間に広がるもちもちと歯応えのある麺、噛むたびに甘みが滲み出るシャキシャキとした野菜の食感。
甘みと塩味、そして複雑な旨味が舌の上で爆発し、食べたことのない幸福感が全身を駆け巡ったのだ。
(あの偽聖女が、あんなものを……! 私の鍛え抜かれた味覚が、これほどまでに歓喜するとは……!)
ヴィクトリアは思わず、自分の口元を両手で覆った。
あの場で動揺を見せなかった自分を褒めたい。
だが、今の彼女は、口の中に残る香りの余韻に悶絶していた。
(あの味をもう一度……!)
本能が叫んでいる。明日の朝食も、きっとあの薄いスープなのだろう。
考えただけで胃がひっくり返りそうだった。
ヴィクトリアは、小さく唸り声を上げた。
その様子を、たまたま通りかかった当番の侍女が、目を丸くして立ち聞きしていることに、彼女は気づいていなかった。
侍女はそっとその場を離れ、王宮の奥へと消えていった。
(これは、王宮に新たな波乱の予感……!)