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第2章~第3話 選択のオーバーロード仮説③~

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 次の日の放課後、文芸部に少し顔を出したあと、私はネコ先輩と一緒に、山の手の高級スーパー、ル・グルメゾンに向かう。
 
 前日とは異なり、バックヤードではなく、お店の入口から全国ご当地カレーフェアの特設コーナーに行ってみると――――――。

 売り場面積は、少し小さくなっていたものの、前の日とは比べ物にならないほど多くの人が、カレーフェアのコーナーに集まっていた。

 よく見ると、前日まで『全国ご当地カレーフェア』と書かれていたディスプレイに、『北海道・東北編』と付け加えられている。日本全国から地域を絞った分、特設コーナーであつかっている商品の種類は大きく減っていた。

「昨日とは、ぜんぜん、雰囲気が違いますね? やっぱり、北海道と東北のグルメ・フェアは、人気があるんでしょうか?」

 特設コーナーに集まるお客をながめながら、私がたずねると、ネコ先輩は、「フフッ……」と、微笑んだあとで語り始める。

「まあ、北海道や東北のグルメフェアを行えば、デパートなどでも人が集まる、ということはあるだろうが……今回の件は、多すぎた選択肢の数を絞った効果が大きいと見るべきだ」

「選択肢が多すぎると、ダメなんですか?」

「いやいや、そのことについては、昨日、キミが感想を漏らしていたじゃないか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とね」

 私の問いかけに、先輩はニヤリと笑って答えた。

「それが、なにか関係あるんですか? あと、昨日は、さぁ、()()()()()だよって言ってましたけど、今回のことって、実際に理論的に説明されているんです?」

「あぁ、今回の例は、『選択のオーバーロード仮説』あるいは『ジャムの法則』と言う言葉で説明できる」

「選択のオーバーロード、ですか?」

「そう、これは、選択肢が多すぎることによって、消費者の決定や購買行動が阻害され、結果的に購買率や満足度が低下してしまう心理現象のことだ。選択できる数がが多すぎると、購買者の認知負荷が増大してしまうようだ。このことは、実際にスーパーマーケットで行われたジャムの購入率を計測した実験で証明されている」

「あっ、それで『ジャムの法則』って言うんですか?」

「そのとおりだ。コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が1995年に発表した『ジャムの実験』で、試食できるジャムの数が6種類だと、消費者の購入率が30%だったのに対し、試食の数を24種類に増やすと3%に激減したことから、この名前がついたんだ。選択肢が多いと『最適なものを選びたい』というプレッシャーや『選ばなかったものにもっと良いものがあったら』という不安から、選ぶこと自体を先延ばしにしてしまうことが原因と考えられている」

「なるほど〜。たしかに、20種類上のジャムを全部試食して選ぶなんて、実際には難しいですもんね? 5〜6種類くらいなら、少し厚かましいお客さんが『全部、試食させて』って言うかもですけど……」

 私が笑いながら答えると、ネコ先輩もうなずきながら苦笑する。

「ここは、高級スーパーだし、近隣も高級住宅街だから……客層から考えて、そういうお客が多いとは思わないがね」

「たしかに、そうかも……」

 と、私もクスリと笑うけど、北海道と東北の7つの道と県に絞られたフェアでは、試食を希望するお客が後を絶たない。
 そんな店舗内のようすを観察していると、店内巡回をしていたと思われる店舗責任者の猪狩(いかり)さんが、ネコ先輩と私に気づいて、笑顔で歩み寄ってきた。

「お二人とも、ありがとうございます。あなた達のアドバイスのお陰で、リニューアル初日から目に見えてカレーフェアの売り上げが上がりました。本当に、なんと、お礼を言って良いか……」

 私はなにもしていないけれど、ネコ先輩のアドバイスが劇的な効果を上げたということがわかって、なんだか嬉しく、少し誇らしい気持ちになった。

「いえいえ……ワタシとしても、有名な実験を実証的に確認できる機会をいただいて感謝しているところです。引き続き、各地方ごとに6種類前後のカレーを商品棚に並べれば、今日の売り上げが維持できるのではないでしょうか? それから、地方フェアが一巡したあとに売れ残った商品に関するセール方法もお伝えしておきましょう」

 小声で語る先輩に、猪狩さんは、感激したように応じる。

「おぉ、そんなことまで! ぜひ、よろしくお願いします。この先は、ぜひ、バックヤードの方で……お礼の代わりに……と言ってはなんですが、皆さんのお好みのカレーも持って帰ってもらおうと思うので……」

 私は、思ってもいなかった好待遇に感謝しつつ、なにもチカラになれていない自分が、ネコ先輩と同じ恩恵を受けても良いものなのか、と恐縮してしまう。
 そんな私のようすに感じることがあったのか、先輩はこんなことを聞いてきた。
 
「どうだい、ネズコくん。今回の実証実験で気づいたことはあるかな?」

「そうですね。自由度が高すぎるために、なにをして良いかわからないゲームより、お使いゲームと言われても、やるべきことの選択肢が決まっているロールプレイングゲームが人気のある理由がわかった気がします。ラブコメマンガで言えば、ヒロインが数え切れないほど出てくる『君のことが大大大好きな◯◯人の彼女』よりも、選択できる適正人数は、『◯等分の花嫁』くらいの方が良いと言うことですね? このことは、日辻先輩に伝えてもらっても良いですよ?」

 私が、冗談めかして返答すると、「むぅ……」と唸ったネコ先輩は、ドヤ顔で答える。

「五等分なんて、そんなに多くの選択肢は必要ない。ヨウイチが好んで読んでいるマンガは、『からかい上手』の女子が出てくる作品だ」

 これは完全に私の個人的な見解になるけど――――――。
 
 いつも、日辻先輩に軽くあしらわれているネコ先輩が、幼なじみの彼と良い仲になるまでの道のりは長そうだと感じた。


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 次の日の放課後、文芸部に少し顔を出したあと、私はネコ先輩と一緒に、山の手の高級スーパー、ル・グルメゾンに向かう。 
 前日とは異なり、バックヤードではなく、お店の入口から全国ご当地カレーフェアの特設コーナーに行ってみると――――――。
 売り場面積は、少し小さくなっていたものの、前の日とは比べ物にならないほど多くの人が、カレーフェアのコーナーに集まっていた。
 よく見ると、前日まで『全国ご当地カレーフェア』と書かれていたディスプレイに、『北海道・東北編』と付け加えられている。日本全国から地域を絞った分、特設コーナーであつかっている商品の種類は大きく減っていた。
「昨日とは、ぜんぜん、雰囲気が違いますね? やっぱり、北海道と東北のグルメ・フェアは、人気があるんでしょうか?」
 特設コーナーに集まるお客をながめながら、私がたずねると、ネコ先輩は、「フフッ……」と、微笑んだあとで語り始める。
「まあ、北海道や東北のグルメフェアを行えば、デパートなどでも人が集まる、ということはあるだろうが……今回の件は、多すぎた選択肢の数を絞った効果が大きいと見るべきだ」
「選択肢が多すぎると、ダメなんですか?」
「いやいや、そのことについては、昨日、キミが感想を漏らしていたじゃないか? |こ《・》|れ《・》|だ《・》|け《・》|あ《・》|っ《・》|た《・》|ら《・》、|ど《・》|れ《・》|を《・》|買《・》|っ《・》|た《・》|ら《・》|良《・》|い《・》|か《・》|迷《・》|っ《・》|ち《・》|ゃ《・》|い《・》|そ《・》|う《・》、とね」
 私の問いかけに、先輩はニヤリと笑って答えた。
「それが、なにか関係あるんですか? あと、昨日は、さぁ、|実《・》|証《・》|の《・》|時《・》|間《・》だよって言ってましたけど、今回のことって、実際に理論的に説明されているんです?」
「あぁ、今回の例は、『選択のオーバーロード仮説』あるいは『ジャムの法則』と言う言葉で説明できる」
「選択のオーバーロード、ですか?」
「そう、これは、選択肢が多すぎることによって、消費者の決定や購買行動が阻害され、結果的に購買率や満足度が低下してしまう心理現象のことだ。選択できる数がが多すぎると、購買者の認知負荷が増大してしまうようだ。このことは、実際にスーパーマーケットで行われたジャムの購入率を計測した実験で証明されている」
「あっ、それで『ジャムの法則』って言うんですか?」
「そのとおりだ。コロンビア大学のシーナ・アイエンガー教授が1995年に発表した『ジャムの実験』で、試食できるジャムの数が6種類だと、消費者の購入率が30%だったのに対し、試食の数を24種類に増やすと3%に激減したことから、この名前がついたんだ。選択肢が多いと『最適なものを選びたい』というプレッシャーや『選ばなかったものにもっと良いものがあったら』という不安から、選ぶこと自体を先延ばしにしてしまうことが原因と考えられている」
「なるほど〜。たしかに、20種類上のジャムを全部試食して選ぶなんて、実際には難しいですもんね? 5〜6種類くらいなら、少し厚かましいお客さんが『全部、試食させて』って言うかもですけど……」
 私が笑いながら答えると、ネコ先輩もうなずきながら苦笑する。
「ここは、高級スーパーだし、近隣も高級住宅街だから……客層から考えて、そういうお客が多いとは思わないがね」
「たしかに、そうかも……」
 と、私もクスリと笑うけど、北海道と東北の7つの道と県に絞られたフェアでは、試食を希望するお客が後を絶たない。
 そんな店舗内のようすを観察していると、店内巡回をしていたと思われる店舗責任者の|猪狩《いかり》さんが、ネコ先輩と私に気づいて、笑顔で歩み寄ってきた。
「お二人とも、ありがとうございます。あなた達のアドバイスのお陰で、リニューアル初日から目に見えてカレーフェアの売り上げが上がりました。本当に、なんと、お礼を言って良いか……」
 私はなにもしていないけれど、ネコ先輩のアドバイスが劇的な効果を上げたということがわかって、なんだか嬉しく、少し誇らしい気持ちになった。
「いえいえ……ワタシとしても、有名な実験を実証的に確認できる機会をいただいて感謝しているところです。引き続き、各地方ごとに6種類前後のカレーを商品棚に並べれば、今日の売り上げが維持できるのではないでしょうか? それから、地方フェアが一巡したあとに売れ残った商品に関するセール方法もお伝えしておきましょう」
 小声で語る先輩に、猪狩さんは、感激したように応じる。
「おぉ、そんなことまで! ぜひ、よろしくお願いします。この先は、ぜひ、バックヤードの方で……お礼の代わりに……と言ってはなんですが、皆さんのお好みのカレーも持って帰ってもらおうと思うので……」
 私は、思ってもいなかった好待遇に感謝しつつ、なにもチカラになれていない自分が、ネコ先輩と同じ恩恵を受けても良いものなのか、と恐縮してしまう。
 そんな私のようすに感じることがあったのか、先輩はこんなことを聞いてきた。
「どうだい、ネズコくん。今回の実証実験で気づいたことはあるかな?」
「そうですね。自由度が高すぎるために、なにをして良いかわからないゲームより、お使いゲームと言われても、やるべきことの選択肢が決まっているロールプレイングゲームが人気のある理由がわかった気がします。ラブコメマンガで言えば、ヒロインが数え切れないほど出てくる『君のことが大大大好きな◯◯人の彼女』よりも、選択できる適正人数は、『◯等分の花嫁』くらいの方が良いと言うことですね? このことは、日辻先輩に伝えてもらっても良いですよ?」
 私が、冗談めかして返答すると、「むぅ……」と唸ったネコ先輩は、ドヤ顔で答える。
「五等分なんて、そんなに多くの選択肢は必要ない。ヨウイチが好んで読んでいるマンガは、『からかい上手』の女子が出てくる作品だ」
 これは完全に私の個人的な見解になるけど――――――。
 いつも、日辻先輩に軽くあしらわれているネコ先輩が、幼なじみの彼と良い仲になるまでの道のりは長そうだと感じた。