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第6回

ー/ー



「いいんじゃない? どうせ俺たちが無事生き残る可能性のほうが低いんだし。
 俺たちを殺したらきっとあの魅妖、気をおさめきれずに緑地の町の者たちの元へ向かうんだろう? 魅妖だろうと魅魔だろうと相手が違うだけで、どうせ死ぬんなら死ぬ間際になって悔いにならないようにやれることをやっといたほうがいいに決まってるさ。
 それに、もし魅魔が出てきたとして、何も知らずにこの町までおびき寄せられて魅妖に喰われるかもしれなかった退魔師を助けることになるかも知れないじゃないか。

 戦いのためにかまえた場がその者の生きるか死ぬかを左右するのはよくあることだし。そうしたら魅魔が出てきたおかげでこの町まで来ずに、有利に戦える場を構えられるかもしれないだろ?
 近辺の者は……そりゃどうしようもないだろうが、希有な存在である退魔師を失うよりずっとマシだ。
 違うか?」

 よくもここまで割り切った考え方ができるものだ。これは楽観主義という程度のものじゃない。無責任で、大雑把というんだ。

「……まるで魅魎のようなことを言うんだな」

 エセルの目に余る暴言に、こみ上げる怒りを抑えつつ、どうにか口にする。
 そして、紅鋼玉の瞳をにらみ上げた。

 しかしエセルは自分を見るその目を全く不当なものであるとして、心外そうに見返した。

「どうして? 俺はかなり人向きだと思うけど。
 魅魎から人は人を庇えないけど、退魔師にはできる可能性があるんだ。その退魔師を優先させるのは、あとに起こる大事を防ぐためにもなる。
 遠くを見れば、当然だろう?」

 声にも口調にも、まるきり悪びれた様子はない。

「たしかにそうかもしれないが、私はおまえの倫理観を訊いているんだ。
 なぜ大勢の者が死んで、平気だなどと口にできるんだ? 人が死ぬんだぞ? しかも、それはわたしたちの判断ミスでだ。
 わたしたちには悔いは残らないかもしれないが、犠牲者たちの悔いはどうなる?
 しようがない、だって? 魔断刀も封魔具もない退魔師は、ただの人でしかないんだぞ。その退魔師と普通の者とを比べて、どうして退魔師のほうに価値があると……いや、そもそも等価である命を比べられるんだ? それ自体からしておかしい」

 いっもいつも怒りの感情の糸すれすれにかすめる、まるでわざとやってるんじゃないかと勘ぐりたくなるほど逆撫でしてくるエセルの言動に、いいかげん腹も据えかねて言いつのる。

 エセルはそんなセオドアを見て、そしてあからさまな態度でほうっと息をついた。

「エセル!」
「やめよう、話がそれてる。今は俺たちが言い合うより、これをどうするか、だろ。
 決めるのはおまえだ。
 それで? 決心がつかないんならこのまま放っとく? それとも視て確かめる?」
「……視てみるさ……」

 無表情という仮面にふさわしい、いら立った感情そのままの、突き放すような声が出る。
 悔しくて、顔をそむけることしかできなかった。

 言い返せないのは、事実だからだ。
 今、迷いなんかに費やしている余裕はないし、こいつの考えはこいつの考えであって、自分が口出しすることじゃないんだ。
 1人1人考え方が違っているのは当たり前。なぜこいつの考えが自分と違うことに、こんなに腹を立てなくちゃいけない? こんなに気にかけて、こんなに……。

 ばからしい!

 喉元までこみあげてきていた、もやもやするその考えごと口の中にあった苦いものを飲みくだして、無言のままずいっと壁に正面を向ける。

 今はこちらに全神経を集中しなくては。
 ひとの作った結界内を覗き視るというのは、何かの片手間にやれるほどたやすいことじゃない。

 これがせめて知り合いの張ったものであるとか、なぜこんなことをしたのか、その経緯をある程度知っているのであればまだやりやすいのだが、そういったものを一切知らない今回の場合なんかには、最悪の場合、命取りにさえなり得る厄介なものだ。

 結界は、張った者の思いが幾層にも織りこまれて形成されたもの。いわば残留思念だ。それゆえに、その者の思いの深さ、力の強弱がそのまま結界の出来具合に関わる。

 つまりは張った者の意図によってその性質がまるで変わってしまうわけだ。それだけに、へたな手出しはできない。

 だが、到底これほどに見事な結界を作った者が知り合いのはずはないし、いきさつを知ろうにも無理だ。大体これは古すぎる。もともと張った者の力が並外れて強く、堅固な作りになっている上に長い歳月のおかげですっかりこっちの空間に同化してしまっていて、解く糸口さえ見つからない始末だ。

 そろそろと、手を伸ばす。無理矢理手を加えるのだから、拒絶される衝撃は覚悟の上だ。

 そして一番の外郭に触れたと思った瞬間、セオドアは強引に脳裏へと飛びこんできた荒々しい映像に気圧されて、声を上げることもできずに背後へと弾け飛んでいた。

「セオドア!」

 慎重に伸ばす手を止めたと思えば突然身を強張らせ、目に見えない何かに突き飛ばされたように倒れてきたセオドアに、彼女を抱きとめたエセルの驚きの声が上がる。
 けれども、それはセオドアの耳には語尾程度しか入っていなかった。

 セオドアは一瞬、現実世界に流れる時間に換算してほんの瞬きほどの時間だが、完全に気を失っていたのだ。


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「いいんじゃない? どうせ俺たちが無事生き残る可能性のほうが低いんだし。
 俺たちを殺したらきっとあの魅妖、気をおさめきれずに緑地の町の者たちの元へ向かうんだろう? 魅妖だろうと魅魔だろうと相手が違うだけで、どうせ死ぬんなら死ぬ間際になって悔いにならないようにやれることをやっといたほうがいいに決まってるさ。
 それに、もし魅魔が出てきたとして、何も知らずにこの町までおびき寄せられて魅妖に喰われるかもしれなかった退魔師を助けることになるかも知れないじゃないか。
 戦いのためにかまえた場がその者の生きるか死ぬかを左右するのはよくあることだし。そうしたら魅魔が出てきたおかげでこの町まで来ずに、有利に戦える場を構えられるかもしれないだろ?
 近辺の者は……そりゃどうしようもないだろうが、希有な存在である退魔師を失うよりずっとマシだ。
 違うか?」
 よくもここまで割り切った考え方ができるものだ。これは楽観主義という程度のものじゃない。無責任で、大雑把というんだ。
「……まるで魅魎のようなことを言うんだな」
 エセルの目に余る暴言に、こみ上げる怒りを抑えつつ、どうにか口にする。
 そして、紅鋼玉の瞳をにらみ上げた。
 しかしエセルは自分を見るその目を全く不当なものであるとして、心外そうに見返した。
「どうして? 俺はかなり人向きだと思うけど。
 魅魎から人は人を庇えないけど、退魔師にはできる可能性があるんだ。その退魔師を優先させるのは、あとに起こる大事を防ぐためにもなる。
 遠くを見れば、当然だろう?」
 声にも口調にも、まるきり悪びれた様子はない。
「たしかにそうかもしれないが、私はおまえの倫理観を訊いているんだ。
 なぜ大勢の者が死んで、平気だなどと口にできるんだ? 人が死ぬんだぞ? しかも、それはわたしたちの判断ミスでだ。
 わたしたちには悔いは残らないかもしれないが、犠牲者たちの悔いはどうなる?
 しようがない、だって? 魔断刀も封魔具もない退魔師は、ただの人でしかないんだぞ。その退魔師と普通の者とを比べて、どうして退魔師のほうに価値があると……いや、そもそも等価である命を比べられるんだ? それ自体からしておかしい」
 いっもいつも怒りの感情の糸すれすれにかすめる、まるでわざとやってるんじゃないかと勘ぐりたくなるほど逆撫でしてくるエセルの言動に、いいかげん腹も据えかねて言いつのる。
 エセルはそんなセオドアを見て、そしてあからさまな態度でほうっと息をついた。
「エセル!」
「やめよう、話がそれてる。今は俺たちが言い合うより、これをどうするか、だろ。
 決めるのはおまえだ。
 それで? 決心がつかないんならこのまま放っとく? それとも視て確かめる?」
「……視てみるさ……」
 無表情という仮面にふさわしい、いら立った感情そのままの、突き放すような声が出る。
 悔しくて、顔をそむけることしかできなかった。
 言い返せないのは、事実だからだ。
 今、迷いなんかに費やしている余裕はないし、こいつの考えはこいつの考えであって、自分が口出しすることじゃないんだ。
 1人1人考え方が違っているのは当たり前。なぜこいつの考えが自分と違うことに、こんなに腹を立てなくちゃいけない? こんなに気にかけて、こんなに……。
 ばからしい!
 喉元までこみあげてきていた、もやもやするその考えごと口の中にあった苦いものを飲みくだして、無言のままずいっと壁に正面を向ける。
 今はこちらに全神経を集中しなくては。
 ひとの作った結界内を覗き視るというのは、何かの片手間にやれるほどたやすいことじゃない。
 これがせめて知り合いの張ったものであるとか、なぜこんなことをしたのか、その経緯をある程度知っているのであればまだやりやすいのだが、そういったものを一切知らない今回の場合なんかには、最悪の場合、命取りにさえなり得る厄介なものだ。
 結界は、張った者の思いが幾層にも織りこまれて形成されたもの。いわば残留思念だ。それゆえに、その者の思いの深さ、力の強弱がそのまま結界の出来具合に関わる。
 つまりは張った者の意図によってその性質がまるで変わってしまうわけだ。それだけに、へたな手出しはできない。
 だが、到底これほどに見事な結界を作った者が知り合いのはずはないし、いきさつを知ろうにも無理だ。大体これは古すぎる。もともと張った者の力が並外れて強く、堅固な作りになっている上に長い歳月のおかげですっかりこっちの空間に同化してしまっていて、解く糸口さえ見つからない始末だ。
 そろそろと、手を伸ばす。無理矢理手を加えるのだから、拒絶される衝撃は覚悟の上だ。
 そして一番の外郭に触れたと思った瞬間、セオドアは強引に脳裏へと飛びこんできた荒々しい映像に気圧されて、声を上げることもできずに背後へと弾け飛んでいた。
「セオドア!」
 慎重に伸ばす手を止めたと思えば突然身を強張らせ、目に見えない何かに突き飛ばされたように倒れてきたセオドアに、彼女を抱きとめたエセルの驚きの声が上がる。
 けれども、それはセオドアの耳には語尾程度しか入っていなかった。
 セオドアは一瞬、現実世界に流れる時間に換算してほんの瞬きほどの時間だが、完全に気を失っていたのだ。