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第6回

ー/ー



 一体どこの馬鹿だ、それは。とはかなり失礼だが、正直な感想だった。

 実際このときのセオドアは、この突拍子もない提案による唐突な展開についていけず、すっかり面食らってしまっていたのだ。

 魔断は、この世界で唯一魅魎を断つことのできる、生きた剣である。
 普段は必要ない力の放出を抑えるために擬人化しているが、退魔時には刀身となって退魔師の持つ魔導杖に収まり、心強い助言者として退魔を補助してくれる。

 だが全権は操る退魔師の側にあり、退魔師の状況判断が甘ければ一緒に魅魎に喰い殺されてしまう可能性が高い。

 自分の操主となる退魔師の能力によって、自らの命運が左右されるのだ。

 そんな者たちが、はたして自分のような落ちこぼれとすすんで組もうとするだろうか?
 いるとすれば、それは物好きとしか言いようがない。選ぶ立場から、わざわざ選ばれる立場になろうというのだから。

「……だれですか?」

 率直に返したセオドアに、アルフレートは机上のベルを振って、右の部屋に通じるドアへと目を向けた。

「もういいわよ。お入りなさい」

 声に応じて、ドアが向こうから押し開かれる。

「ようやく終わりましたか」

 ひょこり。ドアの影から顔を出したのは美貌ぞろいの魔断の中でも現実離れした美貌で有名な魔断・伯怜牙(はくれいが)の化身、白俐(はくり)だった。

 完璧に整った顔立ち、きらびやかな姿態。額には誓血石(しょうけっせき)と呼ばれる金剛石色の結晶を頂き、青とも銀ともつかない、月光のように細く流れる糸髪と象牙の肌をしている。
 その銀の星のような瞳にはほんの少しだけラベンダーが色を落としており、凍てついた冬の星に降りた一筋の春の如き、と女退魔師候補たちの間では評判の男である。

「よろしいのですか?」

 続くようにして現れたのは、魔断・砕光牙(さいこうが)の化身、紫蘭(しらん)である。
 先の白俐と同様、紫水晶色の誓血石を額につけたその華やかな美貌はもはや人の持てる域をはるか越えており、感嘆の息をつかずにはいられない。
 窓から差しこんでくる陽の白光にきらきらと輝く紫の瞳、大理石の肌。ゆるく波打つ淡い青紫色の髪は肩ロで切り揃えられているのが残念なほど美しい。
 見ているだけで心地良い、まるで女の子の好きな砂糖菓子ででもできているような男性。彼からほほ笑みと魅惑的な眼差しを向けられて、素直に見返せる女性はまずいない。
 いつだったか、そう言ってはしゃぐ女たちの言葉を思いだしながら、セオドアは続いて現れた3人目へと目を移した。

 無言のまま、先の2人に続いて入室してきたのは、やはり蒼駕だった。

 常に控えめな、物静かな知者として知られる蒼駕については特に目立つうわさを聞いたことはなかったが、その額の誓血石と同じ、深みのある青藍色の瞳が誰よりも澄んでいること、眼差しの誠実さはこの幻聖宮の誰をも凌いでいること、短く切り揃えられた、まるで真夏時の空を思わせるあざやかな碧髪の美しさは見ている者をうっとりさせずにいられないことを、興味本位のうわついた言葉で聞かなくとも、セオドアが一番よく知っていた。

 気品ある顔立ちも、すらりと伸びた肢体も最上級の部類で、決して先の2人に見劣りしない。

 ただ、最後の4人目の存在が意外過ぎた。

 暗緑色の髪からのぞき見える緑玉石色の誓血石といい、どこか神秘的な、冷水をたたえた湖水を思わせる瞳。琥珀色をした肌。
 造り自体は甘やかな面なのだが、いつも憂いが漂っているせいか、その測り知れない深い情が人の歩み寄りをためらわせる。
 一切の戯れ言を拒み、残酷な真実だけをまとわせる、碧凌。緑雷牙(りょくらいが)の化身。

 かくて、数秒も経たないうちに部屋の中には4つの人の形をとった美の集積体が並び、それぞれがそれぞれに魅惑的な視線をセオドアへと向けていた。

「……あ、あの……、これは……、一体……」

 4人からの視線に落ち着くことができず、視線を泳がせながら、切れ切れの言葉でなんとかしてこの場の意識をアルフレートへ戻そうとする。

 魔断側から申しこんでくるというだけでも前代未聞のことだというのに、よりにもよってこの4人とは!
 どの者も今まで何十人もの退魔師と組んできた、魔断の中でも強さ、経験、知識に優れた者たちばかりだ。そんな手練れが、こんな自分と組もうとしているだと?

 ――いや、蒼駕は分かる。彼は母親の魔断だった人で、自分が生まれたときから親がわりになって育ててくれた人。その思いから今の自分の状態を不欄に感じて申しこんでくれたのだろう。
 しかし、あとの3人はどういうことだ? 自主的に申し出た、というのは実はアルフレートの自分を思いやる方便で、実際は彼女から頼まれたとか?
 それならばまだ少しは納得がいくのだが……だが、何のために引き受けた?

 分からない。いくら考えても納得できる理由が思いつかない。

 そんな、セオドアの当惑する心までも見透かしたように、あっさりとアルフレートも肩をすぼめた。

「どこからもれたかは不明だけれど、とにかくあなたと組みたいと言ってきたのよ。
 本当はまだ数名いたのだけれど、あの魔導杖のランクを考えると、この者たちほどの手練れでないと、まず感応は無理でしょう。
 まったく……わたしは蒼駕が適任であると思ったのですけれどね。あなたの母であるアスールの魔断であったことからも、あなたとの感応の可能性は高いでしょうから」

 その可能性を蒼駕自身が手放したらしいということは、アルフレートの視線を受けた蒼駕の返す苦笑で分かった。

「返還された魔導杖は光系の物です。相性から言えば、紫蘭でしょう」

 謙遜か、それとも本気か……蒼駕が淡々と静かな声で答え、それを肯定するように、紫蘭の笑みが深みを増す。

 光波の紫蘭、雷撃の碧凌、凍気の白悧、真空の蒼駕。
 魔導杖との相性では、そういう順になるか。

 だからかもしれないと、セオドアは思った。
 蒼駕はどうしても、という気でいるわけではないのだ。やはり。

 やはり彼は、彼女と組める可能性よりも、彼女がだれとでもいいから組める可能性を選んでいる。

 前々からそんな考えでいるのではないかと思ってはいたけれど、こうもはっきりと示されるとさすがに胸のふさがれる思いがする。

「どうかしら? あなたが望まなければできないことだから、気がのらないというのであればこの件は白紙に戻すわ。この者たちのうちの1人との、感応式でもいいのよ?」

 思い沈み、セオドアが無言で半眼を閉じたのを見て心配気味にアルフレートが言う。
 セオドアは、必要外の負担を彼女に感じさせてしまったことに気付き、急ぎ首を振ると言葉少なに応じる返答を返した。

「やったね!」

 白俐が喜びを表した、そのときだ。

「待ってくださいアルフレートさま!」

 突然背後のドアが乱暴な音をたてて押し開かれ、そんな言葉とともにマシュウが飛び込んできた。


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 一体どこの馬鹿だ、それは。とはかなり失礼だが、正直な感想だった。
 実際このときのセオドアは、この突拍子もない提案による唐突な展開についていけず、すっかり面食らってしまっていたのだ。
 魔断は、この世界で唯一魅魎を断つことのできる、生きた剣である。
 普段は必要ない力の放出を抑えるために擬人化しているが、退魔時には刀身となって退魔師の持つ魔導杖に収まり、心強い助言者として退魔を補助してくれる。
 だが全権は操る退魔師の側にあり、退魔師の状況判断が甘ければ一緒に魅魎に喰い殺されてしまう可能性が高い。
 自分の操主となる退魔師の能力によって、自らの命運が左右されるのだ。
 そんな者たちが、はたして自分のような落ちこぼれとすすんで組もうとするだろうか?
 いるとすれば、それは物好きとしか言いようがない。選ぶ立場から、わざわざ選ばれる立場になろうというのだから。
「……だれですか?」
 率直に返したセオドアに、アルフレートは机上のベルを振って、右の部屋に通じるドアへと目を向けた。
「もういいわよ。お入りなさい」
 声に応じて、ドアが向こうから押し開かれる。
「ようやく終わりましたか」
 ひょこり。ドアの影から顔を出したのは美貌ぞろいの魔断の中でも現実離れした美貌で有名な魔断・|伯怜牙《はくれいが》の化身、|白俐《はくり》だった。
 完璧に整った顔立ち、きらびやかな姿態。額には|誓血石《しょうけっせき》と呼ばれる金剛石色の結晶を頂き、青とも銀ともつかない、月光のように細く流れる糸髪と象牙の肌をしている。
 その銀の星のような瞳にはほんの少しだけラベンダーが色を落としており、凍てついた冬の星に降りた一筋の春の如き、と女退魔師候補たちの間では評判の男である。
「よろしいのですか?」
 続くようにして現れたのは、魔断・|砕光牙《さいこうが》の化身、|紫蘭《しらん》である。
 先の白俐と同様、紫水晶色の誓血石を額につけたその華やかな美貌はもはや人の持てる域をはるか越えており、感嘆の息をつかずにはいられない。
 窓から差しこんでくる陽の白光にきらきらと輝く紫の瞳、大理石の肌。ゆるく波打つ淡い青紫色の髪は肩ロで切り揃えられているのが残念なほど美しい。
 見ているだけで心地良い、まるで女の子の好きな砂糖菓子ででもできているような男性。彼からほほ笑みと魅惑的な眼差しを向けられて、素直に見返せる女性はまずいない。
 いつだったか、そう言ってはしゃぐ女たちの言葉を思いだしながら、セオドアは続いて現れた3人目へと目を移した。
 無言のまま、先の2人に続いて入室してきたのは、やはり蒼駕だった。
 常に控えめな、物静かな知者として知られる蒼駕については特に目立つうわさを聞いたことはなかったが、その額の誓血石と同じ、深みのある青藍色の瞳が誰よりも澄んでいること、眼差しの誠実さはこの幻聖宮の誰をも凌いでいること、短く切り揃えられた、まるで真夏時の空を思わせるあざやかな碧髪の美しさは見ている者をうっとりさせずにいられないことを、興味本位のうわついた言葉で聞かなくとも、セオドアが一番よく知っていた。
 気品ある顔立ちも、すらりと伸びた肢体も最上級の部類で、決して先の2人に見劣りしない。
 ただ、最後の4人目の存在が意外過ぎた。
 暗緑色の髪からのぞき見える緑玉石色の誓血石といい、どこか神秘的な、冷水をたたえた湖水を思わせる瞳。琥珀色をした肌。
 造り自体は甘やかな面なのだが、いつも憂いが漂っているせいか、その測り知れない深い情が人の歩み寄りをためらわせる。
 一切の戯れ言を拒み、残酷な真実だけをまとわせる、碧凌。|緑雷牙《りょくらいが》の化身。
 かくて、数秒も経たないうちに部屋の中には4つの人の形をとった美の集積体が並び、それぞれがそれぞれに魅惑的な視線をセオドアへと向けていた。
「……あ、あの……、これは……、一体……」
 4人からの視線に落ち着くことができず、視線を泳がせながら、切れ切れの言葉でなんとかしてこの場の意識をアルフレートへ戻そうとする。
 魔断側から申しこんでくるというだけでも前代未聞のことだというのに、よりにもよってこの4人とは!
 どの者も今まで何十人もの退魔師と組んできた、魔断の中でも強さ、経験、知識に優れた者たちばかりだ。そんな手練れが、こんな自分と組もうとしているだと?
 ――いや、蒼駕は分かる。彼は母親の魔断だった人で、自分が生まれたときから親がわりになって育ててくれた人。その思いから今の自分の状態を不欄に感じて申しこんでくれたのだろう。
 しかし、あとの3人はどういうことだ? 自主的に申し出た、というのは実はアルフレートの自分を思いやる方便で、実際は彼女から頼まれたとか?
 それならばまだ少しは納得がいくのだが……だが、何のために引き受けた?
 分からない。いくら考えても納得できる理由が思いつかない。
 そんな、セオドアの当惑する心までも見透かしたように、あっさりとアルフレートも肩をすぼめた。
「どこからもれたかは不明だけれど、とにかくあなたと組みたいと言ってきたのよ。
 本当はまだ数名いたのだけれど、あの魔導杖のランクを考えると、この者たちほどの手練れでないと、まず感応は無理でしょう。
 まったく……わたしは蒼駕が適任であると思ったのですけれどね。あなたの母であるアスールの魔断であったことからも、あなたとの感応の可能性は高いでしょうから」
 その可能性を蒼駕自身が手放したらしいということは、アルフレートの視線を受けた蒼駕の返す苦笑で分かった。
「返還された魔導杖は光系の物です。相性から言えば、紫蘭でしょう」
 謙遜か、それとも本気か……蒼駕が淡々と静かな声で答え、それを肯定するように、紫蘭の笑みが深みを増す。
 光波の紫蘭、雷撃の碧凌、凍気の白悧、真空の蒼駕。
 魔導杖との相性では、そういう順になるか。
 だからかもしれないと、セオドアは思った。
 蒼駕はどうしても、という気でいるわけではないのだ。やはり。
 やはり彼は、彼女と組める可能性よりも、彼女がだれとでもいいから組める可能性を選んでいる。
 前々からそんな考えでいるのではないかと思ってはいたけれど、こうもはっきりと示されるとさすがに胸のふさがれる思いがする。
「どうかしら? あなたが望まなければできないことだから、気がのらないというのであればこの件は白紙に戻すわ。この者たちのうちの1人との、感応式でもいいのよ?」
 思い沈み、セオドアが無言で半眼を閉じたのを見て心配気味にアルフレートが言う。
 セオドアは、必要外の負担を彼女に感じさせてしまったことに気付き、急ぎ首を振ると言葉少なに応じる返答を返した。
「やったね!」
 白俐が喜びを表した、そのときだ。
「待ってくださいアルフレートさま!」
 突然背後のドアが乱暴な音をたてて押し開かれ、そんな言葉とともにマシュウが飛び込んできた。