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第2回

ー/ー



 朝食まで時間がある。今のうちに蒼駕の元へ行ってこようと歩きだして、セオドアはふと、別館へとつながる回廊の中に明るい若草色の、自分と同じように盛装衣を身につけた少女の姿を見つけて足を止めた。

 よりによってこの姿のときに彼女と会ってしまうとは。

 かといって、通らないわけもいかない。己の運の悪さに滅入(めい)りながらも再び足を動かして回廊へと入る。そのときには彼女のほうもセオドアの存在に気付いていていた。

「あらセオドア」

 中庭を吹き渡る強い風に、真珠飾りのついた布でひとつに高く束ね上げた明るい紫紺色の髪をなびかせて、横から差しこんでくる朝日にまるで猫のそれのようにきらきらと照る、マシュウの金がかった號珀色の瞳がセオドアを捉えている。

 さながら、獲物を見つけた肉食獣――訂正。仲の良い友人でも見つけたようなほほ笑みに、セオドアは全く正反対の、ヘビににらまれたカエルのような思いで、どうやればこの場を切り抜けられるかを必死に考えていた。

「ずいぶん早いのね。いつもならまだ寝ているころじゃない? あんたときたら、自分の料理当番のとき以外は、食事時ですら遅れてくるのにね」

 いつもの皮肉が、内容とはまるで不似合いの笑顔とともに飛びだしてくる。
 しかしこれははずれで、セオドアはちゃんと起きていても諸々(もろもろ)のわずらわしさから部屋から出ず、食事も人気のない時間を見計らって出ているだけだ。

 しかし、確かに今日は蒼駕に起こされたせいでいつもより早いし、わざわざ口にして訂正するほどのことでもないとして、黙っていた。

 マシュウはそれをいいことに、ますます棘だらけの一方的な会話を続ける。

「それ、見覚えのある服ね。確か2年前にも一度着ていたでしょ? あたしはあのときまだ訓練生で、傍観(ぼうかん)する側だったけど、あんたってあのころから並外れて大柄で、人目を引いてたから覚えてるわ。
 その白金色の髪や碧翠色の瞳にみごとに映えて、最高級の生地といい、ほどこされた刺繍の美しさといい、周囲にいた同じ候補生たちのやっかみの的だったものね、
 ああ、だから着ないでいたのかしら? でも大丈夫よ。そのだれもがもうあなたのその姿を見ないですむ所へ行ってしまっているから。もちろんまた注目は浴びるでしょうけど、もうだれもあんたを(うらや)むなんてこと、起きないわ。ええ、絶対に。
 それにしても、2年も前の服が入るなんて、よかったわね。どこも変わってなくて」

 などと、セオドアがまともに耳をかたむけていただけで、これだけの言葉をくり出してくる。その全く隙間のない滑らかさには、とてもじゃないが相づち一つもはさめない。

 彼女の言いたいことは分かった。つまり、自分の同期生は皆、どこかの国で仕事についていて、いまだこの幻聖宮にいるのはセオドアだけだと言っているのだ。実に明確な話し方をする。

 ただ、体の造りのことにまでとやかく言われるのは余計なお世話だと言いたかったが、反論したところで事実は変わらないし、それに、このことについて言うのはべつに彼女に限ったことではなく、むしろ陰にこもらないで正面から言ってくる分、他の者たちよりずっとましなんじゃないかと思うと、じゃあ何を言えばいいのか分からなくなってしまう。

 マシュウはセオドアの止めが入らないのをいいことに、一方的に話し続ける。笑顔までまじえているので、はたから見ればたわいない、女同士のおしゃべりに思えたかもしれないが、その内容は辛辣(しんらつ)なものばかりだった。

 もっとも、セオドアが積極的に言い返し、無理矢理にでも断ち切ろうとすればマシュウも黙っただろう。だがセオドアはそこまで会話というものに()けていなかった。
 だから、こうしていれば彼女も話すことがなくなって、そのうち満足して離れてくれるんじゃないかと漠然(ばくぜん)と考えて、無言で立っていた。

 そんなセオドアには助け舟、マシュウにはいらぬ邪魔、を入れたのは、碧凌(みりょう)だった。

「それくらいにしておけ、マシュウ」

 碧凌の、これ以上ないほど穏やかだが、その分感情というものを消し去られた静かな声と瞳がマシュウを威圧する。

 それは、人の持つものではなかった。人とは全く異なる存在の持つ、独特の威圧感であり、蒼駕など他の魔断の化身たちの持つそれと同じようで、どこか違う、彼独特のものだった。

 魔断と感応し、退魔師として手だ練れた者たちであれば、あるいは気にするほどでもないものかもしれなかったが、まだ訓練生であるマシュウには十分効果的のようだ。

「じゃあ、セオドア。あとでまた会いましょうね」

 さっと顔をそむけてつぶやくように言うと、横を抜けて本館のほうへと去っていく。
 その背を見ながら、セオドアは心底助かった思いで息をついた。

「ありがとうございます」

 隣で、同じようにマシュウの背を見続ける碧凌に礼を言う。対し、碧凌は、

「こんな所でいつまでも立ち話をされるのは困るからな。朝から聞いて、爽快になる内容でもなかった」

 と、無表情に加えて先と同じで抑揚のない、感情が感じ取れない分冷淡とさえ感じる声で返してくる。無愛想だが、しかし愛想のなさではセオドアも他者には言えない。

「行かないのか?」

 碧凌の指が別館を指したことで当初の目的を思いだしたが、しかし蒼駕の元を訪れるには長びいたマシュウとの立ち話のせいで時間に余裕がなくなってしまっていた。

 さすがにマシュウに指摘されたばかりで食事の席に遅れるのは、良策であるとは思えない。どう返せばいいのか分からないだけで、好きで陰口をたたかれているわけではないのだ。わざわざその材料を与えてやる必要もないだろう。

 少なくとも、そうとられていたと気付いたことくらい、回避しなくては。

「またにします」

 食後がある。
 軽く頭を下げて歩き出したところを、碧凌が呼び止めた。

「セオドア。執務室へ来るようにと、宮母さまから言葉があった。その様子では蒼駕から聞いたかもしれないが、一応伝えておく」

 その言葉を聞いた途端、うまく形容できない、何かいやな感覚が自分の中を走り抜けた気がして振り返る。

「……宮母さまが?」
「食後に、とのことだ」

 セオドアが何を知りたがっているのか見通している上で、それだけを言うと、碧凌は背を向けて別館へと去って行った。


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 朝食まで時間がある。今のうちに蒼駕の元へ行ってこようと歩きだして、セオドアはふと、別館へとつながる回廊の中に明るい若草色の、自分と同じように盛装衣を身につけた少女の姿を見つけて足を止めた。
 よりによってこの姿のときに彼女と会ってしまうとは。
 かといって、通らないわけもいかない。己の運の悪さに|滅入《めい》りながらも再び足を動かして回廊へと入る。そのときには彼女のほうもセオドアの存在に気付いていていた。
「あらセオドア」
 中庭を吹き渡る強い風に、真珠飾りのついた布でひとつに高く束ね上げた明るい紫紺色の髪をなびかせて、横から差しこんでくる朝日にまるで猫のそれのようにきらきらと照る、マシュウの金がかった號珀色の瞳がセオドアを捉えている。
 さながら、獲物を見つけた肉食獣――訂正。仲の良い友人でも見つけたようなほほ笑みに、セオドアは全く正反対の、ヘビににらまれたカエルのような思いで、どうやればこの場を切り抜けられるかを必死に考えていた。
「ずいぶん早いのね。いつもならまだ寝ているころじゃない? あんたときたら、自分の料理当番のとき以外は、食事時ですら遅れてくるのにね」
 いつもの皮肉が、内容とはまるで不似合いの笑顔とともに飛びだしてくる。
 しかしこれははずれで、セオドアはちゃんと起きていても|諸々《もろもろ》のわずらわしさから部屋から出ず、食事も人気のない時間を見計らって出ているだけだ。
 しかし、確かに今日は蒼駕に起こされたせいでいつもより早いし、わざわざ口にして訂正するほどのことでもないとして、黙っていた。
 マシュウはそれをいいことに、ますます棘だらけの一方的な会話を続ける。
「それ、見覚えのある服ね。確か2年前にも一度着ていたでしょ? あたしはあのときまだ訓練生で、|傍観《ぼうかん》する側だったけど、あんたってあのころから並外れて大柄で、人目を引いてたから覚えてるわ。
 その白金色の髪や碧翠色の瞳にみごとに映えて、最高級の生地といい、ほどこされた刺繍の美しさといい、周囲にいた同じ候補生たちのやっかみの的だったものね、《《当時は》》。
 ああ、だから着ないでいたのかしら? でも大丈夫よ。そのだれもがもうあなたのその姿を見ないですむ所へ行ってしまっているから。もちろんまた注目は浴びるでしょうけど、もうだれもあんたを|羨《うらや》むなんてこと、起きないわ。ええ、絶対に。
 それにしても、2年も前の服が入るなんて、よかったわね。どこも変わってなくて」
 などと、セオドアがまともに耳をかたむけていただけで、これだけの言葉をくり出してくる。その全く隙間のない滑らかさには、とてもじゃないが相づち一つもはさめない。
 彼女の言いたいことは分かった。つまり、自分の同期生は皆、どこかの国で仕事についていて、いまだこの幻聖宮にいるのはセオドアだけだと言っているのだ。実に明確な話し方をする。
 ただ、体の造りのことにまでとやかく言われるのは余計なお世話だと言いたかったが、反論したところで事実は変わらないし、それに、このことについて言うのはべつに彼女に限ったことではなく、むしろ陰にこもらないで正面から言ってくる分、他の者たちよりずっとましなんじゃないかと思うと、じゃあ何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
 マシュウはセオドアの止めが入らないのをいいことに、一方的に話し続ける。笑顔までまじえているので、はたから見ればたわいない、女同士のおしゃべりに思えたかもしれないが、その内容は|辛辣《しんらつ》なものばかりだった。
 もっとも、セオドアが積極的に言い返し、無理矢理にでも断ち切ろうとすればマシュウも黙っただろう。だがセオドアはそこまで会話というものに|長《た》けていなかった。
 だから、こうしていれば彼女も話すことがなくなって、そのうち満足して離れてくれるんじゃないかと|漠然《ばくぜん》と考えて、無言で立っていた。
 そんなセオドアには助け舟、マシュウにはいらぬ邪魔、を入れたのは、|碧凌《みりょう》だった。
「それくらいにしておけ、マシュウ」
 碧凌の、これ以上ないほど穏やかだが、その分感情というものを消し去られた静かな声と瞳がマシュウを威圧する。
 それは、人の持つものではなかった。人とは全く異なる存在の持つ、独特の威圧感であり、蒼駕など他の魔断の化身たちの持つそれと同じようで、どこか違う、彼独特のものだった。
 魔断と感応し、退魔師として手だ練れた者たちであれば、あるいは気にするほどでもないものかもしれなかったが、まだ訓練生であるマシュウには十分効果的のようだ。
「じゃあ、セオドア。あとでまた会いましょうね」
 さっと顔をそむけてつぶやくように言うと、横を抜けて本館のほうへと去っていく。
 その背を見ながら、セオドアは心底助かった思いで息をついた。
「ありがとうございます」
 隣で、同じようにマシュウの背を見続ける碧凌に礼を言う。対し、碧凌は、
「こんな所でいつまでも立ち話をされるのは困るからな。朝から聞いて、爽快になる内容でもなかった」
 と、無表情に加えて先と同じで抑揚のない、感情が感じ取れない分冷淡とさえ感じる声で返してくる。無愛想だが、しかし愛想のなさではセオドアも他者には言えない。
「行かないのか?」
 碧凌の指が別館を指したことで当初の目的を思いだしたが、しかし蒼駕の元を訪れるには長びいたマシュウとの立ち話のせいで時間に余裕がなくなってしまっていた。
 さすがにマシュウに指摘されたばかりで食事の席に遅れるのは、良策であるとは思えない。どう返せばいいのか分からないだけで、好きで陰口をたたかれているわけではないのだ。わざわざその材料を与えてやる必要もないだろう。
 少なくとも、そうとられていたと気付いたことくらい、回避しなくては。
「またにします」
 食後がある。
 軽く頭を下げて歩き出したところを、碧凌が呼び止めた。
「セオドア。執務室へ来るようにと、宮母さまから言葉があった。その様子では蒼駕から聞いたかもしれないが、一応伝えておく」
 その言葉を聞いた途端、うまく形容できない、何かいやな感覚が自分の中を走り抜けた気がして振り返る。
「……宮母さまが?」
「食後に、とのことだ」
 セオドアが何を知りたがっているのか見通している上で、それだけを言うと、碧凌は背を向けて別館へと去って行った。