第2回
ー/ー
「やっと、手に入れたんだぞ」
言葉の端々が強まっているのは、怒りを押し殺しているためらしい。殴りたくてたまらないのを必死に抑えているところだと、そう言わんばかりに突き出してくる震えたこぶしを見て、セオドアは、頬杖で隠していた口元でそっと溜息をつく。
やれやれ。弁償かな? これは。
高くつくだろうというのはうすうす分かった。でなかったらこれほどまでにショックを受けたり、怒ったりはしないだろう。
そしてもしこれが、自分の想像どおりの物だったとしたら……4つもあるところを見ると、法外な値段をふっかけられるのは間違いないだろう。
いや、それどころか破損させたと知られるだけで、大陸中から手酷い非難を浴びること間違いなしだ。単なるドジではすまされない。
「――いくらになる」
お先真っ暗な暗澹たる気持ちでそう持ちかけたセオドアの前、男は先まで上睨みにしていた目を今度は丸くして、まじまじと見てきた。
「払えるのか? おまえに」
馬鹿にしている響きはない。
正直な思いだろう、無理もないことだ。この珠が、竜心珠であるのなら。
「やはり竜心珠か……」
男の反応に確信して、今度は隠す気力もないと、大きくため息をついた。
竜心珠。フォリアス国の郊外にあった、今はもうない岩壁の中からしか産出されなかった、特殊な石でできた物だ。もうないというのは今から400~500年ほど昔に魅魎の襲撃を受け、国ごと破壊されたからだ。
伝え聞くところによると、その壁には数多くの竜の影が刻まれていて、竜心珠の原石は影の心臓部から1つだけ発掘されたらしい。その中に込められた、高貴な力のみを残すように研磨すると、あたかも石自身がそうなることを望んでいたかのように真球状態になり、そしてその力は魅魎の内でも中級に属する魅妖をもたやすく封魔し、自然浄化させてしまうらしい。
退魔師が使えばそれは絶大なる力でもって退魔を支援し、上級魅魎の魅魔や、伝説上の存在とされる魎鬼帝ですらもからめとるという。
もっとも、それはその者にそれほどの力を操れる能力があればの話で、個人では持て余してしまうその力の実際の使用目的は、街や城に結界を張る法師たちの力を補うというものだ。
結界強化の道具。しかも壁のなくなった今では数に限りのある貴重な聖魔具を、4つも破壊してしまった!
目まいどころかこれは夢に違いないと現実逃避をしたくなってもしかたのないことだが、セオドアはそうしなかった。
逃げたところで現状が変わるのは悪いほうにだけだ、ということはよく知っている。また、これだけの物を集めるにはこの男もずいぶん苦労してきたに違いない。
その苦労の結晶を、不可抗力とはいえ自分は砕いてしまったのだから、その償いをしなくては。
セオドアは深呼吸をして立ち上がった。
まったく。胸の中にたまったままだった空気を吐き出すように、重苦しいこの考えを一掃できたらいいのに……。
「わたしの責任だ。ちゃんと弁償する。大丈夫、わたしは退魔師だ。知っているだろう? 退魔師の報酬はいい。一生をかければ払えるだろう」
このとき、彼女の口にした『退魔師』という肩書は、男の不審だらけの目の光を、わずかではあったが和らげるのに成功したようだった。
しかし、それはあくまで「少し」であって、全体の怒りからすれば焼け石に水のような微々たるものだった。セオドアはまだ十代の少女だ。手練れには見えない。全額払いきるまで生きているかどうかも怪しい。
だが退魔師の受け取る給料が一般の者たちよりはるかに高額であるというのは確かだった。
能力位に応じて、というのが気になるが、それでも一介の者よりも完全弁償する可能性はある――というより、退魔師に払えないのであれば、あとは王族か首長、大きな街の長くらいしかいないのだ。
男が考えたのはそんなところだろうか?
「いくらになる?」
間を見計らい、もう一度尋ねたセオドアに答えた男の額は、覚悟していたとはいえ、立ったセオドアをもう一度その場にへたりこませるだけの威力があった。
「……おまえ、いくらなんでも高すぎると思わないか……?」
ようやく出た声には、まるで力が感じられない。
これはもしかすると、先に自分は退魔師だというのを口にしたことが悪かったのかもしれないと思った。
いくら聖魔具とはいえ、完全にぼられてしまっている。
「どこがだ?」
耳聡くセオドアの独り言を聞きつけて、男は噛みつかんばかりの勢いでそう言ってきた。
「この4つはな、全部買取主が決まっていたんだよ! 前金ももらって、あとはこれを届ければ残金がもらえるという状態だったんだ!
それが全部駄目になったってことは、返金に加えて違約金も払わなくちゃいけないってことだ。それにこれまでの手間賃と、商売の保証を失った補償金。加えてだなっ!」
きらり、勢いに押されて身を放すセオドアを逃さずつめ寄っていく男の目が陽の光を受けて、あざやかな緋色に輝く。
「水がないんだ! 町を出るときしこたま買いこんだ、大事な飲料水が!」
その証拠だと言わんばかりに振ってくる革袋の底からは、しずくがぽたぽたと落ちていた。
……もう、どうにでもなれという気分だった。
吹いた強風のせいで体のあちこちについた砂を払いながら、セオドアは言葉にならないうめきをかみつぶす。顔をそむけ、目を閉じてしまったのは、今男を見るとこのむかむかした怒りに任せてつい、殴り倒してしまいそうになったからだ。たとえそれが、理不尽な八つ当りだと分かっていても。
――ああ!!
一体どうしてこんな所に来てしまっているんだ、わたしは!
これが現実だということを、セオドアは心から嘆かずにはいられなかった。
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「やっと、手に入れたんだぞ」
言葉の|端々《はしばし》が強まっているのは、怒りを押し殺しているためらしい。殴りたくてたまらないのを必死に抑えているところだと、そう言わんばかりに突き出してくる震えたこぶしを見て、セオドアは、頬杖で隠していた口元でそっと溜息をつく。
やれやれ。弁償かな? これは。
高くつくだろうというのはうすうす分かった。でなかったらこれほどまでにショックを受けたり、怒ったりはしないだろう。
そしてもしこれが、自分の想像どおりの物だったとしたら……4つもあるところを見ると、法外な値段をふっかけられるのは間違いないだろう。
いや、それどころか破損させたと知られるだけで、大陸中から手酷い非難を浴びること間違いなしだ。単なるドジではすまされない。
「――いくらになる」
お先真っ暗な|暗澹《あんたん》たる気持ちでそう持ちかけたセオドアの前、男は先まで上睨みにしていた目を今度は丸くして、まじまじと見てきた。
「払えるのか? おまえに」
馬鹿にしている響きはない。
正直な思いだろう、無理もないことだ。この珠が、|竜心珠《りゅうしんじゅ》であるのなら。
「やはり竜心珠か……」
男の反応に確信して、今度は隠す気力もないと、大きくため息をついた。
竜心珠。フォリアス国の郊外にあった、今はもうない岩壁の中からしか産出されなかった、特殊な石でできた物だ。もうないというのは今から400~500年ほど昔に魅魎の襲撃を受け、国ごと破壊されたからだ。
伝え聞くところによると、その壁には数多くの竜の影が刻まれていて、竜心珠の原石は影の心臓部から1つだけ発掘されたらしい。その中に込められた、高貴な力のみを残すように|研磨《けんま》すると、あたかも石自身がそうなることを望んでいたかのように真球状態になり、そしてその力は魅魎の内でも中級に属する魅妖をもたやすく封魔し、自然浄化させてしまうらしい。
退魔師が使えばそれは絶大なる力でもって退魔を支援し、上級魅魎の魅魔や、伝説上の存在とされる魎鬼帝ですらもからめとるという。
もっとも、それはその者にそれほどの力を操れる能力があればの話で、個人では持て余してしまうその力の実際の使用目的は、街や城に結界を張る法師たちの力を補うというものだ。
結界強化の道具。しかも壁のなくなった今では数に限りのある貴重な聖魔具を、4つも破壊してしまった!
目まいどころかこれは夢に違いないと現実逃避をしたくなってもしかたのないことだが、セオドアはそうしなかった。
逃げたところで現状が変わるのは悪いほうにだけだ、ということはよく知っている。また、これだけの物を集めるにはこの男もずいぶん苦労してきたに違いない。
その苦労の結晶を、不可抗力とはいえ自分は砕いてしまったのだから、その|償《つぐな》いをしなくては。
セオドアは深呼吸をして立ち上がった。
まったく。胸の中にたまったままだった空気を吐き出すように、重苦しいこの考えを一掃できたらいいのに……。
「わたしの責任だ。ちゃんと弁償する。大丈夫、わたしは退魔師だ。知っているだろう? 退魔師の報酬はいい。一生をかければ払えるだろう」
このとき、彼女の口にした『退魔師』という肩書は、男の不審だらけの目の光を、わずかではあったが|和《やわ》らげるのに成功したようだった。
しかし、それはあくまで「少し」であって、全体の怒りからすれば焼け石に水のような微々たるものだった。セオドアはまだ十代の少女だ。手練れには見えない。全額払いきるまで生きているかどうかも怪しい。
だが退魔師の受け取る給料が一般の者たちよりはるかに高額であるというのは確かだった。
能力位に応じて、というのが気になるが、それでも一介の者よりも完全弁償する可能性はある――というより、退魔師に払えないのであれば、あとは王族か首長、大きな街の長くらいしかいないのだ。
男が考えたのはそんなところだろうか?
「いくらになる?」
間を見計らい、もう一度尋ねたセオドアに答えた男の額は、覚悟していたとはいえ、立ったセオドアをもう一度その場にへたりこませるだけの威力があった。
「……おまえ、いくらなんでも高すぎると思わないか……?」
ようやく出た声には、まるで力が感じられない。
これはもしかすると、先に自分は退魔師だというのを口にしたことが悪かったのかもしれないと思った。
いくら聖魔具とはいえ、完全にぼられてしまっている。
「どこがだ?」
|耳聡《みみざと》くセオドアの独り言を聞きつけて、男は噛みつかんばかりの勢いでそう言ってきた。
「この4つはな、全部買取主が決まっていたんだよ! 前金ももらって、あとはこれを届ければ残金がもらえるという状態だったんだ!
それが全部駄目になったってことは、返金に加えて違約金も払わなくちゃいけないってことだ。それにこれまでの手間賃と、商売の保証を失った補償金。加えてだなっ!」
きらり、勢いに押されて身を放すセオドアを逃さずつめ寄っていく男の目が陽の光を受けて、あざやかな緋色に輝く。
「水がないんだ! 町を出るときしこたま買いこんだ、大事な飲料水が!」
その証拠だと言わんばかりに振ってくる革袋の底からは、しずくがぽたぽたと落ちていた。
……もう、どうにでもなれという気分だった。
吹いた強風のせいで体のあちこちについた砂を払いながら、セオドアは言葉にならないうめきをかみつぶす。顔をそむけ、目を閉じてしまったのは、今男を見るとこのむかむかした怒りに任せてつい、殴り倒してしまいそうになったからだ。たとえそれが、理不尽な八つ当りだと分かっていても。
――ああ!!
一体どうしてこんな所に来てしまっているんだ、わたしは!
これが現実だということを、セオドアは心から嘆かずにはいられなかった。